昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章“石ころと流れ星”(短期集中再掲載)   30.苦悶の始まり

2013年02月06日 | 日記

苦悶の始まり

その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。僕自身にとっての“今”とあるべき“未来”が幾層にも重なって浮かんできた。

その頃は、“きちんと学生をする”暮らしが次第に身に付き、毎日が時間割をなぞるように過ぎていき始めていた。変化がない安心感もわかり始めてきていた。しかし一方で、間欠泉のように噴き出してくる焦りとも怒りともつかない、不安定な熱情に戸惑う夜もあった。

おそらく小学生の時に掘り当ててしまったのであろうこの間欠泉に、僕はしばしば手こずっていた。湯量も噴き出すタイミングも安定せず、僕の内側をただただ熱くしていたからだ。

何事にも、静かに、穏やかに、向き合おうと努力し続けていたのも、この間欠泉の正体が掴みきれなかったからだった。時には、身体から迸り出てしまう熱湯や湯気で人を傷つけてしまうこともあった。そんな時は、僕自身も十分に傷ついた。

対抗策として堅牢な外壁をこしらえ、綻びを見つけては修復を繰り返していた。

環境が田舎から京都に変わっても、新聞配達をしていても、中華料理の下ごしらえをしていても、学生運動の扉をそっと開けてみても、小さな刺激に外壁は容易に綻んだ。

そんな頃の嵐山の一夜、小杉さんは僕の目を正面から見据えながら、「内力では、人もモノも動かないんやぞ。君の内側で迸っているものは、コントロールせずにぶつけるんや。ぶつける対象を見つけへんと、内側で臭気を発するようになるだけやぞ。立ち枯れた木のように内側から腐っていったらどないするんや。もったいないエネルギーやで」と言った。

黙ったまま目で視線を押し返したが、僕の外壁にはぽっかりと穴が開いた。妙に心地よかった。以来、小杉さんはずっと気になる存在だった。

「自分の内側にあるエネルギーを外に向ければ、人が動き空気も動く。その変化が君を変える力にもなるんや。待ってたらあかん。ただ溜めこんでても意味あれへん。行動することやで」

僕の肩に手を置き静かに語った小杉さんの言葉には、些細なこだわりやためらいを振り払う力があった。単純で明快な行動への動機付けになった。僕が意を決して奈緒子と会い、目や耳だけの存在から肉体を取り戻すことができたのも、少なからず小杉さんの影響があってのことだった。しかし、その小杉さん自身が今やいない。彼は、彼のエネルギーを今どこに向けているのだろうか。

天井には豆電球の光が電球の影を映していた。小杉さんや夏美さんや上村や山下君やその姉弟子の印象が次々と浮かんできた。しかし、誰一人確かな輪郭を描かないまま消えていった。すべてがうたかたのようだった。

不安になり、奈緒子を思い描こうとした。しかし、奈緒子さえも確かな輪郭を描けない。奈緒子の笑顔、奈緒子の部屋、奈緒子の……。一つひとつが確かな体験のはずなのに、何も思い描けない。

僕は飛び上がるようにコタツを抜け出し、奈緒子からのハガキを手に取った。ハガキの微かな重さがうれしかった。薄暗がりの中でも読み取れる奈緒子の文字に安心した。

返事を書かねば、と思ったが、思い留まった。

もう一度横になり、今度は豆電球だけを見つめることにした。僕の外壁は崩れ去ってしまったような気がした。丸裸の解放感の虚ろな寂しさがあった。

 

翌朝は、目覚ましより早く目覚めた。コタツに潜り込んでいた身体が汗で濡れていた。ともかく、また“大学生の一日”が始まったんだ、と思った。

ブックバンドで縛った教材を数冊肩からぶら下げ、いつものように学校に向かった。途中にある郵便局に立ち寄り、ハガキも買った。

学校に着くと、正門の前に人だかりができていた。10人以上の男子学生の輪からは、次々と怒号が発せられていた。はっきりと聞き取れるのは、「総括しろ!」という言葉だけだった。

“小杉さんだ!”と咄嗟に思った。興奮の肩越しに輪の中を覗き込んだ。力なく座り込んでいる男の頭に見覚えはなかったが、もしやという思いが僕を留まらせた。

しばらくすると、男は顔を上げた。怒りを湛えたその目は、救いを求めて動き、一瞬僕を捉えて止まった。僕は上げていた踵を下ろし、目を逸らした。一気に怒号が高まった。その瞬間、僕も輪の中にいるような気がした。いたたまれず、その場を去った。胸の高鳴りが苦しく、陽ざしに輝く構内は霞んで見えた。

気に入っていたはずの教育学の講義は上の空だった。転校した翌朝、数人の上級生に囲まれ殴られた小学5年生の春を思い出していた。校庭の真ん中で三人に小突かれている同級生を救うことができなかった小学6年生の秋も思い出していた。思い出の1シーン毎に小杉さんの言葉が蘇ってきた。

ハガキを出し、奈緒子への返事を書こうとしたが、奈緒子に伝えるべき言葉が浮かんでこない。シャープペンシルの芯先をハガキから机の上に移し指先に任せていると、前夜次々と会った人名を書き出していた。木目に途切れがちな名前を見つめていると、彼らの実体がそこにあるような気がしてくる。“間欠泉”と書き終わる頃、隣に人影が近付いてきた。講義は終わっていた。

隣に座ったのは、土浦だった。六条河原町辺りにあるお寺の境内のアパートで暮らしている同級生だった。顔を合わせるのは久しぶりだった。

「しばらく見いひんかったなあ。何してたんや、お前」

一度アパートに泊めてもらった時、懇々と諭されたことのある男だった。

「旅をしたり、人に会ったり……かなあ」

土浦の言葉が“総括しろ”と同義語に聞こえ、僕は少し逃げ腰だ。

「単位、大丈夫なんやろなあ。奨学金止められてまうで、気いつけんと」

「大丈夫やと思うで。今のところやけどな。それより、お前は決めたの?」

彼が学部を変わるか専攻を変えるかで悩んでいたことを思い出し、話題を切り替える。

「心理学やることに決めた。やっぱり、人に関わることやりたい思うてな。……」

もっともっと人間を知りたい、というのが口癖のようだった彼らしい選択だ。

「よかったやないか、決めることできて」

土浦が心理学に求めているものの何たるかを聞きながら、彼のさっぱりと明るい表情を追う。その目は意欲に満ち、光を放っている。正門前で自己総括を迫られていた男の目とはまるで違っていた。

彼が発するエネルギーにしばしの幸せを感じていた時、突然質問を投げ掛けられた。

「ところでお前、どんな人間になりたいんや」

とても大きな質問だったが、意外なことに僕の口から答えはすぐに発せられていた。

「井戸水」

「え?!なに?!井戸水て」

口にしたものの、それが意味するところを説明するだけの背景を持っていなかった。しかし、“井戸水”が出てきた理由を咄嗟に語り始めた。語り始めてみると、以前から決めていたことかのような気がしてくる。

「井戸水って、夏は冷たく、冬はあったかいやんか。せやけど、ほんまは温度が変わってんのは外の方で、井戸水の温度はほとんど変わってないやん。で、いつも湧いていて新鮮で。そんな人間になりたい思うてるんやけど」

終わる頃には確信している自分に感動さえ覚え、小さく身震いをしていた。

「そういうことかいな。しかしそれ、大変なことやで。飯も食っていかなならんしなあ」

土浦は穏やかに微笑んで、「ま、でも、きちんと卒業せんとあかんでえ」と言い残して去って行った。

一人教室に残された僕は、自分の口から思わず出てきた言葉をもう一度噛みしめた。一噛み毎に確信は深まり、本当に井戸水のような人間になりたいと思った。

日の差し込む窓に移動し外を眺めると、教室から出たばかりの学生たちが木のたもとに固まっていた。その談笑する姿は、正門前で遭遇した光景とはあまりにも違っていた。

机に着き、眩しく光るハガキに奈緒子への返事を書いた。

“楽しみにしています。僕はいつでも、君には門を開けています。ずかずかと入って来てください。予定が決まったら、またハガキで教えてね。”

書き終わると、晴れやかだった。胸は波打っていた。それが、経験したことのない苦悩の始まりになるとは、想像だにできなかった。

次回は、2月9日頃を予定しています。

注:第一章はドキュメンタリーです。第二章は経験が元になっています。第三章は、経験を元にしていますが、ほぼ創作です。 人名は、第一章以外、すべて架空のものです。 “昭和少年漂流記”は、第四章か第五章で終わります。

*第一章:親父への旅 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981


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