昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星  60

2012年03月30日 | 日記

僕が痛みに小さく呻くと、「痛かった?」と上目遣いに言って、また僕の乳首を捻った。

「イテ!」

あまりの痛さに奈緒子の手を払いのけた。

「痛かった?」と、また上目遣いの奈緒子に僕は、「痛いに決まってるやないか!なんで、そんなことすんの」と声を荒げてしまう。

「ちょっとね、試してみたかったの」

「なにを?」

「痛みがどの程度わかる人なのかな?って」

「身体の痛みに鈍い人って……、まあ、おるやろなあ」

「ほら、ね」

奈緒子は僕を見つめていた目を転じて、そのままクルリと背を向けた。奈緒子が言わんとしたことはなんとなくわからないでもないが、その真意を掴むまでには至らない。

むしろ、二人が抱き合うに至るまで見せていた奈緒子の屈託のない明るさや積極的な言動との落差に、僕は戸惑ってしまう。

「どうしたの?…ねえ」

奈緒子の裸の背中を指先で突っつく。左肩甲骨の黒子が目に留まる。

「いろいろ傷ついてきてるんだから、こう見えても、私」

「そうなの?……そうだったんだ……でも、それと…」

「俺がつねられるのとどう関係あるの?って言いたいんでしょ?」

身体を反転させて鼻先と鼻先がくっつかんばかりに顔を寄せ、そう言うと、奈緒子は今度は僕の鼻の頭を小さく噛んだ。痛くはなかった。

「うん。ほんの少しわかるような気もするんだけど、きちんと説明してくれる?」

「わかるような気がする、じゃ、だめなんだね」

「うん。ちゃんと、わかりたい!」

「わかった。じゃ、ゆっくり聞いてね。……何から話そうかなあ。………あっ、その前に」

「なに、なに」

「どう?私、経験あるって思った?」

奈緒子の目が、熱く鋭い。

「いや、それは、ちょっと、俺にはわからへんなあ。……どうなの?」

「どう思った?」

「いや、わからへんけど、どっちでもええんちゃうの?」

「…………。ま、じゃ、それはいいとして。……坂田君、知ってる?知ってるよね」

「知ってるよ。よ~~く、知ってる。だって、クラブの後輩やし、仲良かったし。……で?」

「坂田君、下宿してたの、知ってる?」

「ああ。あいつの中学遠いから、下宿してたんやろ?」

僕たちの高校には山間部の中学からの生徒も多く、その多くは片道1時間以上をバスに乗って通学していたのだが、バス通学が困難な者もいた。

そんな生徒のために女子寮は用意されていたが男子寮はなく、そのため、市内に下宿している生徒が各学年に10数名いたのだった。

下宿の多くは管理が厳しかったが、中には自由の利く下宿もあり、そんな下宿は不良の溜まり場とみなされ、生活指導の教師たちの不意の訪問を受けたりしていた。

坂田の下宿のことは詳しくは知らないが、彼の話からは自由度の高さを窺い知ることができた。

「坂田君の下宿に、私、よく遊びに行ってたの」

「あ、そうなの」と答えたが、僕の心はざわついた。“私、経験あるって思った?”という奈緒子の言葉と、僕を見つめた熱く鋭い目が意味ありげに蘇る。僕は、けれんみのない奈緒子の目線を避け、少しだけ身を捻った。

「キスはしたわよ。だって、お互い好きだったんだから」

「つきあってたんだね。あいつ、いい奴だしねえ。よかったね」

先輩としての面目をやっと保ちながら、僕は不思議な感覚に襲われる。坂田との間では歴然としてあった2学年の差が、ここでこうしている奈緒子との間にはない。女の子って不思議だなあ、と思わざるを得ない。

「うん。すごく、いい奴だったよ。でも、でもね、突然、もう遊びに来るなって」

「いつ頃?」

「2年の夏休みが終わった時」

「受験が気になってきたのかな?実家に帰った後やしなあ」

「そうだと思う。でも、受験て、そんなにいろいろなことを犠牲にしなくちゃだめなものなのかなあ」

「人それぞれなん、ちゃう?好きな女の子のこと忘れようとするエネルギー、すごくいるから。それがマイナスになる奴だっているはずやし…」

「でもね、坂田君のお蔭で、今こうしていられるのかもしれないんだよ」

「そりゃ、そうだ。別れようって言ってくれたんだから…」

「じゃなくて!いっぱいお話ししてくれたんだよ、柿本さんのこと。………ちょっと待って、なんだか堅苦しいね、こんな呼び方。お互い、呼び方決めない?」

そこで僕たちは、お互いを“ケンちゃん”“ナオちゃん”と呼ぶことに決めた。僕にはいきなり“ナオちゃん”と呼ぶことへの抵抗があったが、奈緒子は僕の呼び方をすんなりと“ケンちゃん”に変えてしまった。

不思議なことに、そうすると、二人の心理的な距離がうんと近づいた気がした。そして、それが後押しになったのか、奈緒子は一気に話し始めた。

                                                ……つづく

つづきをお楽しみに~~。    Kakky(柿本)

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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