昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星  61

2012年04月02日 | 日記

坂田との交際や彼から聞いたという僕の話はほどほどに終わり、奈緒子の話の大半は水上に関することだった。水上に手紙を手渡された時の驚きと戸惑い。彼との手紙のやり取りからわかってきた水上の偏執的な性格。一言僕について触れてから以降繰り返された、執拗な僕との関係に対する疑いと僕への批判。そして、そんなことに疲れた奈緒子が水上の手紙に返事を書かなかった時から始まった彼女に対する個人攻撃……。

それはまず、奈緒子の書いた手紙の言葉を書き写し、そこに読み取れる奈緒子の心理や過去の経験の分析から始まった。さらにそれは、奈緒子の性格分析と、それが将来もたらすであろう奈緒子の精神的被害と苦痛の羅列へと進んでいった。時々奈緒子は、水上の分析に感じた誤解を解こうと手紙を書いていたが、その度にむしろ激しさを増す彼の文面に、ついに“もう止めてほしい”と手紙で懇願した。すると、ほぼ連日手紙が届くようになった。奈緒子が卒業を迎えるまで手紙を渡すのさえ思い留まった思いやりと優しさをなぜ理解できないのか、などという非難はまだしも、彼女のテニス部の仲間や後輩たちに聞いたと思われる言動の一部がわざわざ太い文字で記され、そこに赤のボールペンで仲間や後輩たちが受けた被害がみっちりと書き込まれているのを見るに及んで、奈緒子の背筋に悪寒が走った。彼女は決心した。直接対決しよう、と。そして、水上の自宅の電話番号を調べ、呼び出した。それが、僕が喫茶店“白鳥”で見かけた時の奈緒子と水上だったのだ。

水上を思い浮かべながら聞いていた僕は、その話の内容と同様、それだけのことが起きた時間の短さに驚いた。

「卒業してから“白鳥”で会うまでって、一か月ちょっと?えらく短い間に、ねえ」

僕の最後の言葉に疑問のニュアンスを感じたのか、奈緒子はそれまで僕の腕の中に置いていた頭を離した。

「水上さんが手紙を手渡して……、それもわざわざ家を訪ねて来てよ!…渡されたのは、私の大学入試の発表があった翌日なのよ。2月の中頃。……それにしても、確かにたった2ヶ月なんだね。長く感じてたけど……」

「2ヶ月あれば、十分いろんなこと起きるもんだけどね。…………それにしても、水上……」

「なあに?水上さんがどうしたの?」

奈緒子は頭を僕の腕の中に戻し、大きく息をつく。

「いやあ、すごく好きなんだ、奈緒子のこと、って思って……」

「ナオちゃん!」

「あ、ごめん。ナオちゃんのこと」

「好きだったらいいの?何をしてもいいの?相手が迷惑かどうかも考えなくていいの?」

「そんなことはないよ。好きだからって、権利が生まれるわけじゃないし。相手を大事にしようって思わない“好き”って、自分が好きなだけかもしれないし、ねえ。……でも……」

僕の頭に過去1ヶ月ほどの間に出会った女性たちが浮かび、その周りにいる男たちが浮かぶ。みんなが語っていたのは、ただ“自己愛”だったような気さえしてくる。

「“でも”なあに?ケンちゃん!」

「あいつ、きっと飢えてたんだよ」

「何に?」

「愛されることに」

「そうかなあ。いつも水上さんの手紙に感じてたのは、“僕ってすごいでしょ?偉いでしょ?優しいでしょ?”ってことだったよ。ケンちゃん」

「評価されたかったんだね。……でも、それって、“愛されたい”と同じかもよ」

“愛してくれ”って詰め寄ることは、むしろ嫌われることにつながっていくんだなあ、と僕は思った。いやむしろ、詰め寄ることは、それがどんな動機によるものであっても、人を遠ざけてしまうものかもしれない、と思った。そして、ひょっとすると僕は、そんなことをほのかに知っていて、自ら行動を起こすことから逃げているのかもしれない、とも思った。

それに引き替え、奈緒子は……。

「あ!ひょっとして、奈緒子は……いや、ナオちゃんは、水上から逃げようとしたらちょうど僕がいて、それで……」

「ダメ!そんなこと言っちゃ!」

奈緒子がまた頭を腕から離す。しかし今度は、すぐに腕の中に戻してきた。僕はまた抓られるのではないか、と警戒した。

「私も考えたよ。そうだったんじゃないかなあ、って。でも、坂田君から聞いていたケンちゃんは、いい人だったし。その人が、ちょうど“白鳥”にいたわけだし。水上さんの手紙では付き合ってる人がいるって話だったけどそうじゃなかったし。……でしょ?……私は運がいいんだって思うことにしたの」

僕は、奈緒子の言葉にささやかな感動を覚えた。思わず小さく身震いさえした。腕の中の奈緒子が可愛く、いとしく思えた。

「また、傷つけるところだったね、ごめん、ナオちゃん!」

そう言うと僕は、奈緒子を抱きしめた。守ってあげなくてはいけない小さな存在が、今腕の中にいるんだと感じた。

つづきをお楽しみに~~。    Kakky(柿本)

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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