昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第五章“パワーストーン” ……31

2014年09月08日 | 日記

第31回

 

「あと10分。いや、5分でいいんですけど」

竹沼の目配せに呼応し席から腰を浮かせた飯嶋を、比留間は未練がましく押し留めようとする。

「比留間、もう約束の時間だから行かなくちゃいけないからさ。で、どうする?お前、やめとくか?」

竹沼は飯嶋の腕を掴み、顎を出口に向ける。

「わかりました。じゃ、今日はこれまで、ということで」

比留間がいかにも不服そうに書類を二つ折りにする。その乱暴な扱い方に、竹沼のビジネスプランの危うさが覗く。

 

「比留間君が出してきた書類なんだけどさあ、あれ、使い回してない?」

比留間を喫茶店に残し、外苑東通りから坂を下りながら、先を行く竹沼に飯嶋が声を掛ける。飯嶋は比留間が語った内容よりも、飯嶋が商社マンであることを十二分に意識したのであろういでたちや高いプライドを感じさせる語り口と、プレゼン資料の一部が薄く黄ばんだ表紙の落差の方が印象に残っていた。

「すまん。資料は飯嶋用に作っておいてくれって言っておいたんだけどさ。なんか、あるものをただ持ってきたって感じだったな。……申し訳ない」

竹沼は立ち止まり、飯嶋に頭を下げる。

「ベンチャー・キャピタルプにもプレゼンしたんだろ?」

「うん。起業した頃は、専らベンチャー・キャピタルだったなあ」

竹沼は飯嶋と肩を並べて歩き始める。午後2時過ぎの乃木坂に、人通りはない。

「9年前だろ?じゃあ、もうベンチャー・キャピタル相手じゃなかったかもしれないなあ、プレゼンすべき相手は」

「シリコンバレーの成功譚に引きずられてたのは確かだな。俺がITのこと知らな過ぎたせいもあるけどさ」

「いやいや、起業のエネルギーは深く知らないことから生まれるものかも知れないじゃない。比留間君は比留間君で、ビジネス社会には疎かったんだろ?」

「それは俺もそうだったよ。一つ強い武器を持ってれば、それをビジネス展開していくのは容易だ、ぐらいに思ってたからなあ」

「まず店頭公開に漕ぎ着けてキャピタルゲインしてしまえば、あとはどうとでもなるって?」

「それが手前勝手な幻想だと気付くのに2年かかったけどな」

「あ!ひょっとして、俺に比留間君を会わせたのは、俺が会社に話を持ち帰ることを期待してのことか?商社の資金を狙ってのことか?」

「いや、それは……。イエスでもありノーでもあるかな?だって、商社だって可能性に投資する時代は終わってるんだろ?」

「それもイエスでありノーだな。可能性に賭けることができなくなったら商社じゃないしな。まあ、バスに乗り遅れるな、みたいなことはなくなったかもしれないし、衛星打ち上げちゃえみたいなことの痛みも知ったしな。系列の銀行からいくらでも金は持ってこれる、って感覚もなくなったし、正気に戻ったんじゃないか?」

「みんなまともになってきてるってことか。いいことなんだろうけど、困るなあ、ギャンブラーがいなくなると。……俺たちは特にな」

「俺たちって?……なあ」

「ここじゃない!?」

間口一間ばかりの細長いビルの前で竹沼が立ち止まる。時々立ち止まり、取り止めもなく話したためか、乃木坂を下りわずか数百メートルに20分近くを要している。

ブラウンのタイル張りが薄汚れたビルを見上げると、4~5Fに“乃木坂CM研究所”との看板が見える。看板には雨で汚れた跡があり、会社の歴史の古さを感じさせるが、いかにも勢いがない。

「機材の積み下ろしが大変なんだよ~~」と、田端が嘆いていた小さなエレベーターで5階まで上がり、外階段に出る。もう1フロア上がると小さな受付と試写室を兼ねた会議室がある。

「引越しでもしたみたいだなあ」

エレベーターに乗るなり、内側に貼り付けられた傷防止用のダンボールを撫でていた飯嶋が、外階段に出るとすぐ、大きく溜息をつく。

「静かだなあ。お前、何回目?」

「俺は時々コピーでチャーターされてたから結構来てるよ。でも、2年は来てないかなあ」

「いつもこんな?手すりには錆が着いたまんまだしさあ」

飯嶋は赤くなった掌を叩く。

「いや、ちょっと静か過ぎるなあ。でも、忙しいって話だったから、ロケにでも行ってんじゃないの?」

竹沼は、自分の中にある計画が思惑違いになってしまう予感を打ち消そうとする。しかし、どうも飯嶋の勘が当たっているような気もする。乃木坂CM研究所、先は短いかもしれない。

 

「こんちは~~!」

無人の受付で、竹沼が大声を上げる。以前はあったはずの内線電話は今はなく、観葉植物も消えている。

左右を窺っていると、「お~~~!」という声とともに受付の後ろから田端が現れた。正面からはブラインドになっているが、受付を右に行くと、左側にドアがあり、そこが社長室になっているようだ。

「遅れちゃいまして」

飯嶋が頭を下げると、ドアを開けたまま待っていた田端は、「いやいや、むしろ助かったよ」とドアを閉め、6人がけのテーブルに竹沼と飯嶋を誘う。

座り心地のいい椅子に深く腰を下ろし、正面の60インチ以上はあると思われる大画面テレビの暗い画面に映る自分たちを見ていると、社長の堂島が入ってきた。片手には缶コーラを乗せたお盆を持っている。

「すんません。みんな出払ってるもんやから。あ!あったかいもんの方がよかったですね」

堂島、田端と向き合い、飯嶋と竹沼は缶コーラに手を伸ばす。堂島と田端は同時に大きく溜息をつき、顔を見合わせて苦い笑いを浮かべる。ほんの少し前まで何やら深刻なことを話し合っていたようにも見える。

「お忙しい時に、申し訳ありません」

コーラから手を離し、中腰で竹沼が謝辞を述べる。

この会合、仕掛け人は竹沼だった。内容と目的は、誰も聞かされていない。

                              *次回は9月12日(金)予定    柿本洋一                           

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795

*第四勝:ざばぁ~~ん http://blog.goo.ne.jp/admin/editentryeid=959c79d3a94031f2e4d755a4e254d647


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