昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……15.家の完成。そして……

2013年07月26日 | 日記

家の完成。そして……

ここだぞ!」と公平に案内されて目の前にした土地は、区画整理途中の分譲地の端、大川に近い角地だった。

「50坪って、狭いんだねえ」

隣の優子に呟くと、組んでいた腕の肘をつねられた。

「僕ん家、ここにできるの?」

尋ねる幸助に「そうだよ。幸助の部屋、どの辺かな?」と応える優子の声が、弾む。

総予算1200万円と聞かされ、とても現実のものとは思えない感覚にとらわれていた義郎も、その声にこれから起きようとしていることが現実のことのように思えてくる。

「幸助君の部屋はですね。え~~と……」

公平の会社の設計士長沼がしゃがみ、少し高くなっている義郎の土地に図面を拡げる。

「今やLDKの時代ですから。ほら、ここがキッチンで、ここからここまでがリビングダイニングで。ね、広いでしょ?10畳ちょっととってありますから」

住宅設計の仕事が少なく不満を抱えているようだった長沼は、義郎の家の設計を楽しんでいた。

長沼に不安があるとすれば、義郎に自分の家に関する理想もイメージもないことだけだったが、それも打ち合わせの対象を優子に換えてからは解消された。

最後に残っている大切な打ち合わせはただ一つ、予算の増額ができないか、ということだけになっていた。その説得のための現地打ち合わせだった。

「LDKを家族のための素晴らしい空間にするには、キッチンユニットとソファと照明が大切だと思うんですよ、僕は」

図面を覗き込む3人の後ろから、長沼は熱心に説明を始める。

「そうですよね。わかります」

長沼を優子が振り向く。図面の上に長沼がパンフレットを拡げる。ページをめくるたびに優子は小さな感嘆の声を上げる。

「そうだ。幸助君の部屋のことも考えてあるからね。……ちょっと待ってね」

長沼が幸助の部屋の備品のパンフレットを取りにクルマに向かう。

「まだ本当のことと思えないくらいだわ」

パンフレットから義郎に向けた優子の顔が輝いている。義郎は、予算の増額を覚悟する。

「優子ちゃんの好きなようにしてね」

そう囁きかけると、涙が滲んできた。

「お待たせ~~。幸助君、ほら!これが君のベッド。それから……」

開かれたパンフレットには、いかにも都会の子供と見える女の子がベッドに腰掛けて本を読んでいる。

「これが机で、これがクローゼット」

次々と目の前に広げられるパンフレットに、幸助は息をのみ「ベッドだよ~~、母ちゃん。……ク、クロー…」と優子を見つめる。

「クローゼットよ。……洋服ダンスよ、幸助の」

優子は愛おしそうに幸助の頭を撫でる。

まるで小学校1年生の母子のようだ、とその姿を眺めながら、義郎は心の奥深くにできた覚悟が決して予算の増額にまつわるものだけではないことを自覚した。

 

半地下の広い駐車場と8畳の事務所もプランに加えられた義郎の家は、予算総額1500万円と決まった。

土地代に関しては達男の、工事費と備品に関しては公平の尽力があって実現した低予算だということは理解できたが、義郎にとっては天文学的な数字だった。

「100万円だって凄いお金だと思ってたのに、1500万円だなんて……」

心奥深く出来上がった覚悟とは裏腹に、義郎の気弱が時々漏れることもあったが、にこにこと聞き流す優子に、悲観の淵に落ち込むことはなかった。

公平の後ろ盾で融資も決まり、2か月分先払いしてもらった売上を頭金に、義郎の家は着工の運びとなった。義郎が有限会社KOUを立ち上げてまだ1年にもなっていない1980年暮れのことだった。

 

プレハブ工法で進んでいく家作りにあっけにとられている間に、義郎の家は完成した。着工から3か月も経っていなかった。

「幸助の新学期に間に合ってよかったわねえ」

優子は完成した家に取り付けられたキッチンユニットを撫でながら胸を撫で下ろしたが、義郎は心穏やかではなかった。

新築の家が出来上がっていく手軽さが、危うさにも見えたからだった。しかも立地する場所は、大川堤防からの坂下。水がまた溢れたらひとたまりもない。起業から1年という手早さが不安でもあった。

「幸助も、来年中学だもんね。自分の部屋ができてよかったよね」

そう言いながら、自分の中学入学の頃を思い出すと、随分無理して背伸びしているような気がした。

「中学の頃って、楽しかったわよねえ」

優子がキッチンユニットを撫でる手を止め、少し遠くを見る目になる。義郎は、無言のまま動かない。

気付いた優子は慌てて言葉を継ぎ足す。

「1年の頃かな、一番楽しかったのは。……3年生になる頃は、なんとなくもう……」

そこまで言って、義郎に近付き、肩に手を掛ける。

「ごめんね。義郎ちゃんは大変だったのよね。お父さん亡くなったんだもんね。……ごめんね」

「大丈夫」

顔を上げ、義郎は笑ってみせる。その頬に優子がそっと唇を寄せる。

「義郎ちゃん、カッコよかったよ、あの時」

優子が肩を揺すり、顔を覗き込む。

「え?!ウソ~~。あの時って?……いつ?」

義郎の目が複雑に光る。

「ほら?松が淵に飛び込んだことあったでしょ?」

優子が声を落としながら確かめるように言う。少しばかり、後悔を含んでいるように聞こえる。

「え?!あの時?親父の葬式の夜?」

訊きながら、義郎は思い出す。いたたまれず家を出て、走り、角を曲がり、竹工場を通り過ぎる時、確かに2つの黒い人影があった。そして、その一方が公平だったということは後になってわかった。もう一方は優子だったということか?

                                                次回は、7月30日(火)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


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