珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

お願いします

2020-09-11 | 日記
先日、ピーチ航空機内でのマスク拒否の記事を書いたけど、他ブログでの同じような書き込みに対して、こんな意見を頂いた。

善し悪しはともかく、日本では「~して頂くようお願いします」という場合は、純粋な「これは当店の勝手なお願い」という意味ではなくて、事実上「~という方針です」「~としなさい」と言うのと同じことを意味している。
「お願いなんだからどちらにするのもあなたの自由である」という意味ではない。
これは日本においては、歴史的に出来上がっている、円滑な人間関係のための生活上の知恵のようなものである、と。

私の経験上、それは円滑な人間関係というより、それもあるにしても「強制するより実は効果がある知恵」ではないかと思う。
厳しく強制されると逆に反発するというか、反発しやすい。
「やれよ、テメエ」と言われると「うっせーな」と言いやすいけど、「申し訳ないんだけどお願いできるかしら。すまないわね」と言われると「そこまで言うなら」と従ってしまうもんね。

実際「お願いされたら、素直にそのお願いに従えば良いだけなのに。私も個人的にはマスクは付けたくないですが、お願いされたら付けますよ」 
という書き込みもあった。
マスク警察には逆らっても、「お願い」されるとたいていの人はすんなり従ってしまうのである。

日本政府もそこは心得て「どうか自粛をお願いします」と言いながら、事実上の「そういう方針なんだからやりなさい」を実に上手くやったと思う。

S時代、多くの人が「断れたら苦労しないんだよ!!」と断るに断れなかったあれもこれもは、「お願いします」を優しく言われたからだろうか?
これはある意味、巧みなテクニックの一つになるのではないかと思う。

強制的に何かをやらせたい時、この技を使ってくる場合が結構多いのでは?
気の進まない話を断りにくい時、これを知っているといいかもしれないと思った。
コメント

故郷

2020-09-11 | 娘と夫の話
娘から「ねえママ、故郷って知ってる?」と訊かれた。
いつものことだけど何の説明も脈略もなく単語を一つ言われるので、推理が必要である。
でも今日は冴えていたみたいで「故郷?魯迅の?」と訊いたら一発で当たった( ̄∇ ̄) 
「今、国語で習っているんだけど何を言ってるのかさっぱりわからない。試験に出るから教えて」
というわけで、私も中3で習ったそれをウン十年ぶりに読んだら面白かった。

「故郷」魯迅・竹内好訳
当たり前だけど、文章がめまいがするほど上手すぎる。
いつも思うけどネットで素人の書き込みばかりを読んでいて、たまにプロの著作を読んだらそのレベルの違いに圧倒されてしまう。
昔はこんな文章をふつうに読んでいたけど、全然ふつうじゃないことをまず解ってほしい。
そして「私」と「ルントウ」の関係やら、豆腐屋のおばちゃんの行動の説明やらをしているうちに、娘の幼さにもめまいを覚えた。

まあ貧富の差とか、遠い昔をふり返るノスタルジーなんてわからなくて当然だよね。私だって中学3年当時は、何もわからずにボケーッと読んでいた。
それを証拠に最後の2行以外は再読するまで全く思い出せなかった。
ただ今回は(これが正解かはわからないけど)意味が解らなかった部分は一箇所もなかった。

いつもいつも本当に理解できるのは、わかったつもりのずっとずっと後である。
これをしみじみ感じた、でも懐かしい良書との出会いだった。
コメント