■外拜殿■
(10th October 2007)
★吉野宮★ 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
・舊社格は官幣大社。
・祭は人皇第九十六代後醍醐天皇。
・舊稱吉野宮。
・建武中興十五社の一社。
・南朝の後村上天皇、父の後醍醐天皇が延元四年(1339)に崩御後、その像を吉水院に安置。以降、佛教式の供養が行われていたが、佛分離により明治六年(1873)、吉水社に改稱、後醍醐天皇を祭とする社となった。その後、明治二十二年(1889)に後醍醐天皇を祀る官幣中社吉野宮創建が、明治天皇の意向で決定、明治二十五年(1892)に社殿竣工し、吉水社から後醍醐天皇像を移して遷座祭が齋行された。
・本殿、拜殿、門は、後醍醐天皇が生前、京都の御所へ帰還される事を熱望されていた心情を汲んで、京都の方角を向き、北向きに建てられている。
■社號標、二の鳥居■
(6th December 2009)
■參道■
(6th December 2009)
■三の鳥居■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■境内風景、門、手水舎■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■外拜殿■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■内拜殿■
(10th October 2007)
■攝社三社■
(6th December 2009)
・向かって左から、御影社、船岡社、瀧櫻社。
・御影社に藤原資朝、藤原俊基、船岡社に兒島範長、兒島、櫻山茲俊、瀧櫻社に土居通益、得能通綱を祀る。
((コメント))
2007年10月10日
もう、何度行っていることか。奈良にいるときは、海外旅行の前は必ず行く。正直、自分の中では、この吉野宮は、他の皇族を祭る宮とは重みが違う。背負っているものが違うから。
2009年12月6日
いつもは、海外旅行前に挨拶に行く吉野神宮だが、此度はカナダに発つ前にいけなかったので帰国後、行くことにした。最後だったので、閉門前の暗い時間帯であった。相変わらず、雰囲気も変わらず、厳粛なところである。
(10th October 2007)
★吉野宮★ 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
・舊社格は官幣大社。
・祭は人皇第九十六代後醍醐天皇。
・舊稱吉野宮。
・建武中興十五社の一社。
・南朝の後村上天皇、父の後醍醐天皇が延元四年(1339)に崩御後、その像を吉水院に安置。以降、佛教式の供養が行われていたが、佛分離により明治六年(1873)、吉水社に改稱、後醍醐天皇を祭とする社となった。その後、明治二十二年(1889)に後醍醐天皇を祀る官幣中社吉野宮創建が、明治天皇の意向で決定、明治二十五年(1892)に社殿竣工し、吉水社から後醍醐天皇像を移して遷座祭が齋行された。
・本殿、拜殿、門は、後醍醐天皇が生前、京都の御所へ帰還される事を熱望されていた心情を汲んで、京都の方角を向き、北向きに建てられている。
■社號標、二の鳥居■
(6th December 2009)
■參道■
(6th December 2009)
■三の鳥居■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■境内風景、門、手水舎■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■外拜殿■
(10th October 2007)
(6th December 2009)
■内拜殿■
(10th October 2007)
■攝社三社■
(6th December 2009)
・向かって左から、御影社、船岡社、瀧櫻社。
・御影社に藤原資朝、藤原俊基、船岡社に兒島範長、兒島、櫻山茲俊、瀧櫻社に土居通益、得能通綱を祀る。
((コメント))
2007年10月10日
もう、何度行っていることか。奈良にいるときは、海外旅行の前は必ず行く。正直、自分の中では、この吉野宮は、他の皇族を祭る宮とは重みが違う。背負っているものが違うから。
2009年12月6日
いつもは、海外旅行前に挨拶に行く吉野神宮だが、此度はカナダに発つ前にいけなかったので帰国後、行くことにした。最後だったので、閉門前の暗い時間帯であった。相変わらず、雰囲気も変わらず、厳粛なところである。