世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

意地っ張りの系譜

2024-06-15 02:16:42 | 月夜の考古学・第3館

散歩の途中で紛れ込んだお寺の中で
腰をゆらしてもじもじする子よ
「はやくこっちへ来なさい!」
厠の前で叫ぶ母ちゃんを無視して 背を向ける子よ

遊びやテレビに夢中になって
いつもぎりぎりまでがまんして
下着を汚してしまうのに
母ちゃんが言わなくては
自分で行こうとしないくせに
何度言っても
ちっとも言うとおりにしないんだね
怒りの玉はむくむくとふくらんでくる
クソがきめ!

とうとう落ちたバクダンに
しぶしぶと従う子よ
用を足し終わっても
まだ説教をたれる母親を
ぎろりとにらみかえしてくる子よ
怒られてくやしいか
それとも
母ちゃんがどなったこと 後悔するとでも
思ってるのか?
ちがうね
笑いたくなったね
だって
今のおまえのその顔 その視線
まさしく 三十年前の母ちゃんそのもの

小学校二年だったか三年だったか
子供のころの母ちゃんが
親戚の家にお泊りした晩のことさ
夜中にオシッコがしたくなって
おばちゃんがついてきてくれたんだけど
母ちゃん 何が気にさわったのか
行くとちゅうの階段で座りこんじまった
「したいんだろ? したくないの?」
おばちゃんはやさしく言ってくれる
でも母ちゃんはテコでも動かない
フンと横を向いたまま
おばちゃんの言葉になど耳もかさない
オシッコはまんぱいで 今にももれそうだ
おばちゃんはキーキー言い始める
とうとうお父ちゃんが起き出して
「いいかげんにしろ!」
どなったもんだから
しぶしぶ顔で 内心は大喜びで
厠に駆け込んだ
おばちゃんは後々にもそのことを持ち出して
「あの時はもう気が狂うかと思ったよ」
愚痴を言ったもんだ

だからおまえが
そんなににらみかえしてきたって
ちっともこわくなんかないのさ
母ちゃんは
十回言われたって言うこときかなかった
おまえはたった三回で母ちゃんの言うこときいた
ぜんぜん修業が足らないね

お寺を出て 海に向かう途中の道で
母ちゃんはふと 心底笑いたくなった
青い空に 体を全部 心を全部
放り出して
でっかい花火を あげたくなった


小さな自分の 重みを抱えて
涙をちくちく かみしめて
母ちゃんの後を とぼとぼついてくる
おまえよ
おまえよ……

かわいい

かわいいよ

涙が 出てくるよ

空も 海も
おまえごと
みんな抱きしめて しまいたいよ




(1999年)





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