世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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燕の子④

2019-06-29 04:35:25 | 夢幻詩語


幼稚園は歩いて十五分ほどのところにある。真夏は、行きは夫の車に乗って送ってもらえるが、帰りは千秋と一緒に歩いて幼稚園から帰ることになっていた。街を歩きながら、千秋はどこかで燕の子が鳴き騒ぐのを聞いた。ふと目をあげると、曲がり角にある米屋の軒下に、小さな燕の巣がある。

親燕らしい鳥が、忙しそうに空をよこぎっていく。巣の中では、もうだいぶ大きくなったヒナが、巣から胸を乗り出しているのが見えた。そんな燕の様子が、自分の家庭のことも思わせて、千秋は知らず幸福な気分になった。ふくふくと太っている燕の子の胸が、真夏のまるいほっぺを思わせた。

米屋の角を曲がって、まっすぐにしばらく歩くと、幼稚園につく。幼稚園の門前までいくと、千秋は先生に呼び止められた。何でも、真夏が雲梯から落ちてころげて、ひざにけがをしたという。
「ほんの少しすりむいただけなんですが」
先生が心配そうに言うのをしり目に、真夏は元気に言った。
「さんだんとばし、やってみたの!」
「まあ、真夏ったら」
千秋は真夏のけがを確かめながら、あきれたように言った。きれいに絆創膏がはってあった。ちょっとすりむいただけだ。心配はない。

「でもできなかったの、さんだんめって遠いんだよ。どうしてもとどかないの」
「まだ無理よ。大きいみさこちゃんだって、できないんでしょ?」
「大きくなったらできる?」
「大きくなってからにしなさいね」
千秋は先生にお礼を言ってから、真夏をつれて家路についた。

「ねえねえ、大きくなったらできる?」
家に帰る途中、真夏は何度も聞いた。
「できるようになるわよ。でも大きくなるには、ちゃんとご飯を食べないとね」
「ごはん食べる! みさこちゃんてね、足も真夏より大きいんだよ」
「真夏はみさこちゃんが好きね」
「うん、好き!」

真夏はまぶしいくらい素直な笑顔で言った。千秋はこういう真夏の明るさが好きだった。時々、自分の子とは思えないとさえ思った。千秋の子供の頃は、どちらかと言えば陰気で暗い子供だった。いじめなんかはなかったが、隅っこで本ばかり読んでいる、目立たない子供だった。そんな自分に、どうして真夏のような明るい活発な子ができたんだろう?

雲梯から落ちてけがをするなんてことも、真夏の美しさがあふれ出ているような気がして、かえって千秋はうれしく思った。自分から生まれた、美しい子供。千秋の子供。真夏。真夏に生まれた真夏。千秋は真夏の手を引きながら、言った。

「もうすぐ真夏の誕生日ねエ」
「うん、真夏、七月に生まれたんだよね」
「ケーキ買ってお祝いしようね」
「うん、ピンクのバラがついたやつにしてね!」

真夏は元気に言った。ふと、千秋の目の前を、燕が横切った。千秋は微笑んだ。また燕の子が騒ぐ声が聞こえる。千秋は米屋の軒を指さしながら、真夏に教えた。

「ほら真夏、つばめよ」
「どこ?」
「あそこ」
「ほんとだ! いる!」
「かわいいわねえ」

真夏はうれしそうに燕の子の数を数え、よんひきもいる!と歌うように言った。なんてかわいい子なんだろう。千秋は胸に情愛が満ちてきて、かきむしるように真夏を抱きしめたいと思った。でも、できずに、ただいっしょに燕の子を見上げていた。燕の子は幸せそうに巣の中で身をよせあっている。

親燕も幸せだろう。あんなにかわいい子供がいて。ふたりはまた歩き出した。千秋は真夏の手をにぎりしめながら、幸せでたまらなかった。

きっと、ずっとこんな日が続いていくに違いない。家への明るい道を歩きながら、千秋はそう思っていた。





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