Inoueinterior Room Blog

報道されない福岡の危機を伝えます。気分転換は山の話題。

厚狭豪雨水害から6年

2016-06-27 19:38:04 | 災害

6月20日夜から21日未明の記録的な大雨で、熊本県内では6人の死者が出るなど九州では被害が相次いだ。先週は介護で山口に帰省中だったが、山陽小野田市でも22日夕方から雨足がひどくなり、午後6時頃には時間50㎜の猛烈な雨になっていた。午後7時30分には厚狭地区北部に避難勧告が発令された。ここで咄嗟に6年前の厚狭豪雨水害が蘇ってきた。厚狭川は大丈夫か。山口県の防災サイトを見ると、日付けが変わる頃には氾濫注意水位(警戒水位)までわずか20㎝、氾濫危険水位(特別警戒水位)手前1.5mのところまで水位が上昇していた。幸いなことに23日未明から雨は小降りになったので大事には至らなかったが、あと数時間、大雨が続いていたらどうなっていたかわからない。(下グラフ参照)

2010年(平成22年)7月の厚狭豪雨水害では死者は出なかったものの、厚狭川が氾濫するなど多くの被害が出た。その後、平成23年から厚狭川河道の掘削や拡幅工事など洪水による浸水被害を軽減させるための整備事業が進められていた。今年3月には、厚狭川に架かる「鴨橋」の架け替え工事が無事終了し、5年に及ぶ整備事業が完了したばかりだった。22日、上流域ではすでに危険水位を超えていたが、厚狭大橋あたりでは1.5mほど余裕があった。まさに、河川改修工事が功を奏した。

翌日、帰路時、厚狭川を見ると水は濁っていたが、水位は半分近くまで下がっていた。色々と小言を言っていたが、この日は(時間がなく写真は撮れなかったが)「新鴨橋」が頼もしく見えた。山口県が言っていたとおり、橋は災害に強い橋に生まれ変わっていた。それにしても、ここ数年、水害のない年はないといっていいほど集中豪雨による被害が続いている。地球温暖化だけでなく都市部におけるヒートアイランド現象が大きく影響しているのだろう。このような状況だから、いつでも迅速に行動できるよう防災の意識や知識をしっかり身に着けて、その時に備えなければならない。 

 

 

 

 

   参照:山口県土木建築部河川課。雨量・水位グラフ

 

 

 

 

 撮影日:2010年7月18日(豪雨水害の3日後に帰省して撮ったもの)

 鴨橋 

 

 

 

 

 

 新橋

 

 

 

 

 

被害を受けた厚狭のまち

 

  

 

 《関連記事》

厚狭川はんらん3306世帯に避難指示(宇部日報社 2010.7.15)

厚狭川西側で床下浸水680世帯(宇部日報社 2010.7.16)

厚狭新橋の撤去作業進む(宇部日報社 2011.2.23)

 

《関連資料》

山陽小野田市HP。厚狭川激特だより 

国土地理院HP。JR厚狭駅周辺の洪水氾濫地域の地形(2010.7.16)

国総研HP。山口県山陽小野田市厚狭川 氾濫浸水被害調査報告(2010.7.29)

 

 《動画》 

2010年厚狭川の氾濫(2010.7.17)

※氾濫寸前の様子が映し出されている

 

 

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ミヤマキリシマ~大船山

2016-06-15 17:42:10 | 

今年のくじゅうミヤマキリシマは虫害もなく良好で、特に扇ヶ鼻は近年にない咲きっぷりとの情報もあったが、久しぶりの山行となるのでショートコースで大船山をめざすことにした。このコース(ガラン台コース)の中腹には、岡藩3代藩主中川久清が眠る入山公墓がある。今年はその生誕400年の記念の年ということもあり、老朽化した石垣や参道石段の修復工事が行われることになっている。墓は見ていないが、登山道にはすでに案内板が整備されていた。

大船山のミヤマキリシマは、中腹あたりでそろそろ終焉を迎えていたが、山頂直下では満開のミヤマが一面に広がっていた。それでも昔と比べるとずいぶん数は少なくなった。代わって増えているのがノリウツギ。(樹液を糊に使っていたのでこの名がついた)平治岳では、所有者である九電がミヤマキリシマの植生保護のため、ノリウツギやアセビなどを伐採しているのでそうでもないが、大船山では人の手があまり入らないせいか、ここ数年ノリウツギの繁殖が著しい。そのため中腹あたりから標高の低いところではミヤマが激減しており、植生が変わったように感じる。

九電といえば、平成25年から平治岳北部で地熱調査を行っている。進捗状況が気になっていたが、帰路、平治岳の麓を通りかかったところで大きな櫓が見えた。おそらく構造試錐井の掘削がはじまっているのではないだろうか。近くまで行くことができないので何とも不明だが。

今年は熊本地震という未曽有の災害に見舞われた九州。それでも山には多くの登山者が戻っていた。自然は時に残酷だが、人間はそれに癒されながら生きている。美しいくじゅうの山々を見つつ、平穏な日が早く訪れますようにと願った。

 

 

6月11日撮影

中央に※米窪(火口)、左縁に段原、背後に平治岳

※約2000年前米窪火口で爆発的噴火、玄武岩質のスコリアを噴出

 

 

 

  

ガラン台から入山

 

 

 

  

 

 入山公墓入口

 

 

 

  

 

新しく設置された案内板

 

 

 

  

  

中腹あたり、終焉

 

 

 

  

 

庭園風

 

 

 

 

 

蔓延るノリウツギ(標高1500m付近)

 

 

 

 

  

 

 ツクシドウダンも満開(標高1600m付近)

 

 

 

 

 

 シロドウダン、秋は葉の紅葉が美しい(標高1600m付近)

 

 

  

 

 

山頂はガスに包まれて 

 

 

 

 

 山頂から平治岳を望む

 

 

 

 

 

 山頂直下の岩場

 

 

 

 

 

 ひっそりと 

 

 

 

 

 

 

白いミヤマ(山頂直下)

 

 

 

 

 

咲き誇る(山頂直下)

 

 

 

 

 

 ガスに包まれた三俣山 坊がつるにはテントが20張くらいかな

 

 

 

 

~今回、出会った花たち~

 

ゴマギ(ガラン台付近)

 

 

 

 

 

ヤマアジサイ(ガラン台付近)

 

 

 

 

 

シシウド(ガラン台付近)

 

 

 

 

 

ツクシアザミ(ガラン台付近)

 

 

 

 

 

シライトソウ(標高1200m付近)

 

 

 

 

 

オオナルコユリ(標高1200m付近)

 

 

 

 

 

ベニバナニシキウツギ(標高1400m付近)

 

 

 

 

 

マムシソウ(標高1400m付近)

 

 

 

 

 

マイズルソウ(標高1600m付近)

 

 

 

 

 

愛らしい

 

 

 

 

~おまけ~

 

アワフキムシの幼虫が入ってる?

 

 

 

 

 

正体不明(大船山山頂)

 

 

 

 

 

九電、地熱調査中

 

 

 《関連記事》

入山公墓を改修 竹田市教委(大分合同新聞 2016.2.12)

 

《参考》

くじゅう山系火山防災マップ(pdf)

 

 

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福岡市議会・議会改革調査特別委員会 ~「熟議しているか 請願継続審議」

2016-06-03 17:47:13 | 市政

福岡市議会・議会改革調査特別委員会では、昨年10月から議会改革に関する審議が行われている。しかし、市民の関心が高かった「議事録への発言者名記載」についての議論は突然中断され、結論が出ない状態のまま、4月からは「イ議会活動に対する住民理解の促進に関すること」の審議に入った。(下表参照)

先月5月19日の委員会では、請願の取り扱いについて話し合われ、「継続審査」の採用が決まった。だが、問題は「継続審査」を採用するかしないかではない。市民から出された請願が闇に葬られてしまっているところが問題なのだ。本質的な議論がされず、問題がすり替わってしまったことに、傍聴者からは不満が噴出していた。斯くいう私も口を挟みたくなる衝動に駆られたが。

ところで、先日5月30日、西日本新聞のこだま欄に「熟議しているか 請願継続審査」という寄稿文が掲載されていた。まさに的を得たご意見なので、ここに紹介したい。

 

転載はじめ。

 

【本文】

昨秋から始まった福岡市議会の議会改革調査特別委員会。今月19日に開かれた会合で、請願の取り扱いについて従来通り「継続審査」を採用することで一致した、と報道された。

たしかにすべての請願に対して賛成か反対か結論を出すのは難しいというのは理解できる。多数決は最後の手段であって、熟議のために継続審査することは必要だ。しかし、問題の本質は「本当に熟議をしているのか?」という点だ。

この議論の発端は「継続審査と言いつつ、実際にはほとんど議論されず、実質的な不採択になっている」と問題視する声から始まっている。継続審査をなくして、賛成か反対かの結論を出すかどうかが本質ではない。

議員同士の討議を活発にし、そこに市民も参画できる仕組みを作れるかどうかが議会改革の鍵だと考える。行政側はパブリックコメントや審議会への市民公募など、少しずつ市民参画が進んでいるのに比べ、議会は大きく遅れている。市民は傍で聴く存在(傍聴者)ではない。主権者だ。市民からの意見や提案に対する議会の姿勢が、いま問われている。

(本河 知明、39歳、福岡市早良区)

 

転載終わり。

 

 

 

 第6回議会改革調査特別委員会(平成28年4月18日)で傍聴者に配布されたスケジュール表

 

 

 

《関連記事》

請願「継続審査」従来通り 福岡市議会、改革特別委が一致(西日本新聞 2016.5.20)

《関連資料》

福岡市議会HP。議会改革調査特別委員会 案件及び資料一覧

 

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益城町テント村報告会見(提言)

2016-06-01 19:30:20 | 熊本地震

5月30日の益城町テント村報告会見は、テント村の設置に協力した岡山県総社市片岡市長、避難者の健康管理にあたったAMDA菅­波代表が同席。野口健さんの尽力もさることながら、総社市の存在がいかに大きかったかがわかる会見だった。しかしながら、肝心なところが殆ど報道されていないので、今後のために少し紹介したい。

まず、テント村を作るためには、行政間同士の契約が成立しないと建てられない。テント村の設営は片岡市長の采配で益城町と決まった。そこで、総社市片岡市長と益城町西村町長の話し合いが行われた。すぐさま合意がなされたが、決め手となったのは車中泊の多さだった。場所は総合運動公園。片岡市長は会見で、「人口3万人の益城町で、武道館にも匹敵するような総合運動公園を貸してくれると言われた。これは西村町長のご英断だった」と述べておられる。さらに、合意の背景には、総社市独自の取り組みがあった。それは、総社市が東日本大震災後につくった「災害支援条例」、いわゆる地方版ODAだった。税金を使ってよそのまちを助けるには、市民に対してそれなりの理由がいる。姉妹縁組をしていないと職員は使えない。まさに今回、この条例が活躍したというわけだ。言い換えれば、この条例があったから、テント村ができたと言っていいだろう。(ちなみに、この条例が定める公金は年間一千万円。今回、テント村にかかった経費はおよそ800万円。これを運営に賛同した丸亀市や備前市など加盟団体で折半するという)

災害が発生した場合、従来(というか現在)の行政支援は「やどかり支援」といわれるもので、自治体は、被災した市や町が作っている避難所に入り込んで物資を搬入したり、医療チームを派遣したりする。ところが、今回は被災地と契約を結び、外部の人間が外部の物資を被災地に持ち込んで、建設、運営を行い避難所(テント村)をつくるという、日本初の支援手法が実現した。今後、南海トラフも懸念される中、テント村が、仮設住宅ができるまでの避難所のひとつとして活用できることが証明された。避難所のあり方は大きく前進したと思う。そして、「交渉さえ成立すれば、そして責任を持って建設、維持管理をするのであれば、この国の新しいルール(支援方法)として成り立つのではないか」という片岡市長の発言は、全国の自治体に向けて貴重な提言となった。ただ課題もある。今回は町の要請で閉村となってしまったが、これが長期間の運営となると経費は嵩む。片岡市長も予想以上にお金が掛かったと述べておられる。単独の自治体で運営するには負担が大きい。やはり、国全体で考えていかなければならないということだろう。災害はいつどこで起きるかわからない。これを機に、各自治体あるいは議会で議論が高まっていけばと思う。

 

 

(写真:片岡市長ブログより) 

 

《動画》 

野口健さん 熊本県益城町テント村報告会見(日本記者クラブ 2016.5.30)

《参考》

・テント村記者会見(岡山県総社市 片岡市長ブログ 2016.5.30)

 《関連記事》

「テント村」避難の選択肢に 登山家野口健さん(熊本日日新聞 2016.5.30) 

益城町「テント村」が閉村 利用者、感謝と不安(熊本日日新聞 2016.5.31) 

《追記》

唯一、条例のことについて触れている記事。

・ 社説:熊本テント村 経験を今後に生かそう(毎日新聞 2016.6.8)

 

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