一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

羽生三冠―村山七段戦の雑感

2017-07-20 00:22:30 | 将棋雑記
やや旧聞になるが、14日(金)は竜王戦本戦トーナメント・羽生善治三冠VS村山慈明七段の一戦が行われた。
本戦では藤井聡太四段がすでに負けている。それはワールドカップやオリンピックで日本が敗退したかのごとくで、巷では「残りの対局は興味なし」の雰囲気すら漂っていた。それを解消するためにも、もうひとりのスター・羽生三冠はこの対局に勝たねばならなかった。
羽生―村山戦はここまで非公式戦を含めて5局あり、羽生三冠の全勝。羽生三冠は通算勝率7割越えだから誰に対しても戦績はいいのだが、それにしたって全勝とは極端である。
羽生―村山戦で印象的なのは6年前の第52期王位戦で、2人は白組リーグの最終局で顔を合わせた。ここで村山五段(当時)が勝てば5戦全勝で挑戦者決定戦進出。だが村山五段は羽生名人(当時)に敗れ、プレーオフに持ち込まれてしまう。
当時も羽生名人は多忙で、プレーオフは3日後の5月28日・土曜日に組まれた。
実はこの日は、東京・将棋会館4階で、将棋ペンクラブの関東交流会が予定されていた。まさか壁一枚を隔ててそんな重要対局が組まれるとは思わないから、私たちは大わらわである。
当日はとりあえず受付を反対側に移したが、その程度ではすべてが解決しない。この後を静粛にせねばならないのだ。チッ、この部屋はだいぶ前からペンクラブが押さえていたんだし、そっちは「ひゃっこみ」じゃねえか、とみなが思ったかは知らないが、私たちもなるべく私語は慎み、対局を行った。
が、4時から懇親会があり、これが面倒だった。懇親会はどうしたっておしゃべりする。最初は小声でやるのだが、話していくうち、声が大きくなってくる。そのたびに幹事氏が「静かに騒いでください」と禅問答のような注意をするが、これとて一時しのぎだ。
誰かがジョークを言えば、笑わずにはいられない。また幹事が注意をする。懇親会はその繰り返しだった。
プレーオフは羽生名人が勝ったらしい。後日、関係者が羽生名人に当日の様子を聞いたところ、「とくに問題はなかった」とのことだった。
ちなみに羽生名人は挑戦者決定戦で藤井猛九段を降し、七番勝負では広瀬章人王位を4勝3敗で破り、王位に返り咲いたのだった。

ともかくそんなわけで、村山七段にとって羽生三冠は目の上のタンコブ、一度は叩いておきたい相手であった。
村山七段の後手番になった本局、村山七段はさして時間を使わず、新手を披露した。明らかに研究手順である。「序盤は村山に聞け」は、「終盤は村山(聖)に聞け」の対比として、将棋界で有名なフレーズである。現在は将棋ソフトがあり、村山七段がそれをどの程度取り入れているかは分からぬが、本局の進行は村山七段の面目躍如となった。
対して羽生三冠はどんどん時間を使う。羽生三冠だってふだんから研究はしているが、他者が「羽生ひとり」にターゲットを絞っているのに対して、羽生三冠はライバル全般が相手だから、とても研究が及ばない。大山康晴十五世名人は相手の研究にハマるのを嫌い、微妙に定跡形を外していたが、第一人者にはそうした苦労がつきまとう。
もっとも羽生三冠はまた別格で、相手の研究によろこんで飛び込み、実戦で解決してしまう貪欲さがある。本局もまたそんな進行だった。
中盤になり、ネットを見れば、まだ村山七段が自信を持って指しているように見えた。が問題は、村山七段が序盤のリードをどこまで維持できるかだ。そもそも村山七段が終盤まで隙のない棋風だったら、「序盤は村山に聞け」のフレーズは生まれていない。
しかし終盤に入り、素人目には、まだ村山七段が互角以上に渡り合っているように見えた。
というところで、66手目村山七段は△5七歩。これが詰めろだから、羽生三冠は攻防の手をひねり出さなければならない。
将棋ソフトの推奨は▲3五飛である。受けては数手後の△3六飛成を消し、攻めては▲3二飛成以下の詰みを見る。いわゆる詰めろ逃れの詰めろだ。
最近のネット中継で変わったことといえば、ソフトの推奨手に全幅の信頼が置かれ、対局者以外が「正着?」をすでに知っている、ということにある。そして対局者がそれを指すかどうか、私たちが一段高いところからそれを見守っている、という構図になっていることだ。
そんな中、羽生三冠の▲5四角が指された。これも▲3五飛と同様の意味だが、後手玉は詰めろになっていない。どうも▲3五飛がベターに見えるがそこはそれ、▲5四角はちょっと曲線的で、羽生三冠好みの手にも思える。羽生三冠に▲3五飛が見えなかったわけがないから、将棋ソフトが軽視した筋を察知したのかもしれなかった。
本譜はここで村山七段が長考し、△5八歩成。最大2時間以上あった考慮時間の差が、ここで一気になくなった。
ということは、流れは羽生三冠である。この難しい局面で、村山七段が正着を続けることは考えにくいからだ。
ともあれ先手は▲7七玉の一手。ここで将棋ソフトは△6四金を推奨していた。しかしここ、プロでもアマでも、敵玉に1路でも近い△7五に金を打ちたくなるのが人情であろう。
ところがそれでは後手が負けらしい。将棋ソフトの強さに舌を巻くとともに、この難解な将棋を盤面に表現する2人に、私は拍手を送ったのである。
果たして村山七段は△7五金と打った。だが、それで村山七段を咎める将棋ファンは誰もいない。
以後は羽生三冠の勝ちとなったようである。ネット中継のコメントでは、89手目▲3二金と王手して、後は平易な詰みだった。
が、羽生三冠は▲1二飛から入った。これでも詰むのだろうか。
詰んだ。後手玉は2四まで逃げたが、そこで▲3五金!!~▲1五金!!が羽生三冠の剛力を示す力強い捨て駒。最後は▲4二馬と活用して詰みで、ここで村山七段が投了した。
いやはやそれにしても、羽生三冠の強さよ。戦前の予想通り、羽生三冠は作戦負けをものともせず、終盤でひっくり返した。そして最後の訳の分からない詰まし方。あの▲5四角も、終わってみればひとつの勝ち方に見えた。
巷では羽生三冠の衰えを危惧する声もあるが、どうしてどうして。現在の若手棋士が羽生三冠を叩くのは、まだまだ大変である。
コメント (2)
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