2014年6月28日午後4時半、群馬県草津市は、いきなり爆弾性低気圧の襲来に見舞われました。
それまでの夏日がうそのよう---湯畑上空が一天にわかにかき曇り、ぶ厚い黒雲がごーっと集まってきたと思ったら、構える暇すら与えず、重低音の雷がごろごろと鳴りはじめ、もの凄い豪雨がいきなり滝のようにじゃばーっと降ってきたのです。
雨! 雨! 雨軍団の御到来ー!
平穏なニンゲン管理世界が突如として終わり、厳かな神の時間が水煙とともにやってきました。
大変だー!---通りの歩行者は、みーんな泡喰って逃げていく。
すぐ下を駆けていく若い女の子のふたり連れなんか、もう頭の先から爪先まで究極の濡れネズミ---濡れた服が身体の線にぴっちりと貼りついいて、透けた薄手のブラウスがモロ・セクシーです。
----おお、凄ぇ…!
なんつって中2階のベランダから眼を細めてそれを眺めている、不謹慎な中年男が僕---。
前日、万座の「湯の花旅館」さんに1泊したイーダちゃんは、翌早朝、万座からバスに乗りついで、ええ、今日は、ここ草津までやってきていたのです。
体調の不調はあいかわらずでしたけど、せっかくきたのだからと懐かしの草津にまあ停泊して、お昼ごろ草津の「大滝乃湯」でひと風呂浴びたらまたしても気持ちわるくなっちゃって、湯畑近くの民宿「ゆたか」さんってとこに素泊まりのお部屋を借りまして、居室内で芸もなくごろごろしていたのです。
そしたら、ベランダあたりからなにやら物凄い音がしてくるじゃありませんか。
バラバラバラと、地上の音をかき消すヴォリームの謎の音。
煙草片手にいってみると、うわ、なんだ、これ、雹じゃねえの…。
雨とはちがう、あまりの屋根轟音にびっくりした御主人が、ベランダまで小走りでやってきます。
----うわ。なんて音だろうときてみたら…
----ええ、雹ですよ、御主人。しかも、もの凄い雹…。草津では、こういうの、よくあるんですか?
----いや、いくらなんでもこんなのは、ここに宿だしてからはじめてですね…。
----外車とかいいクルマだと屋根、やられちゃいますね、もしかしたら…?
----うん、やられちゃいますねえ、これじゃあ…。
眺める御主人のほうもやや当惑気味---あとから調べたら、群馬のあちこちで大雨注意報がでてたらしい---その中心部にあたる標高1200mの草津では、これほどの規模の豪雨であり豪雹だったわけなのですよ。
少なくとも、僕は、あんな猛烈な雹を見たのははじめてだった…。
で、しばらく体調の不良も忘れて、ベランダで豪雹見物がてらモクってたんですけど、いつまでもそうしてても埒あかないんで、そうだ、こちらの民宿「ゆたか」さんのお風呂にでも入ってみるか、と---そのときは僕、湯あたり疲れで部屋でごろごろしてるばかりで、こちらのお宿のお風呂にはまだ入ってなかったんですよ---手拭1枚もって、こちらのB1Fの貸切風呂に何気に行ってみたんです。
こちらの民宿「ゆたか」さんのお湯は、草津の湯畑源泉から直接引いてまして。
であるからして、名湯であることはほぼまちがいなし---僕がいちばん怖れる塩素湯ではという危惧も、ここ草津にかぎっては成り立たちません、なぜって、草津のお湯って強烈な酸性湯なんで、塩素なんか入れたくても入れらないんですよ---だから、いい湯なのは、ま、ある程度は予想してたの。
ところがところが……僕のそんな通人気取りの陳腐な予測針をはるかに振りきって、その夕、イーダちゃんを待ち受けていたのは、大雨仕立てのとびっきり---いわば、スペシャルランクの超・名湯だったのです……。
ねっ! 見てよ見て! このお湯の強烈な濁り具合ってどーよ?
常識外れの膨大な雹の落下が草津・湯畑お湯を底の底まで掻きまわしたおかげで、湯畑の底にたまった湯の花がまんべんなく湯中に拡散され、ちょっと想像できないくらいの濃ゆい、効能たっぷりの「湯っこ」が、そこに、偶然できあがっていたのです。
一目見て、僕は、もう恋に落ちたな…。
おバカかもしれないけど、息、つまっちゃった。
で、慌てて掛け湯して、この極上湯っこに入ってみたら---。
もー イーダちゃんは、泣きましたね…。
それは、過去に例のないくらいの、すンばらしいお湯でありました。
香りも、肌触りも、濃度も、湯気も、滋味も、もー なにもかも極・上。
豪雨がシェフした特製の濃厚白濁湯---湯畑源泉のお湯はね、フツーは透明色なんですよ---の表面近くで掌をひらひらさせているだけで、爪の肉のあいだの皮膚から、なにやら「むみょ~っ」と滋養成分が浸透してくるのが分かるんですよ、マジ。
----こりゃあ、すげえ…。効く、効く、効いてるぅ…!
と、僕は、ほとんど覚醒剤中毒者のノリでしたねえ。
窓の外は、まだドバドバの豪雨---ためしにガラス戸をちょいあけると、雹がぱらぱらと窓桟の木枠にすぐに積もりはじめて。
窓からこっちの至福状態と下界の地獄ぶりとのそんな対比が、またお湯の味わいに滋味をそえて、なんともよろし。
うん、ちょっと、そのときの至福のフォトを1枚ほどアップしておきませうか---
さっすが草津です---それまでの僕は正直いうと、草津のことを凄い凄いとアタマでは認めつつも、でもそれはあくまで歴史上の凄さであって、お湯質はそれほど好きじゃないしなあ、みたいなゴーマン印象をじゃっかんもっていたんですよ。
たしかに凄い湯場だけど、湯質でいったら、万座とか真賀とか紫尾のほうがいいかもなあ、なんて。
でもね、この日このとき、イーダちゃんは改悛しました。
横綱は、やっぱ横綱でした---東の横綱・草津湯の底力は、それはもう凄かった。
あまりのたんまり滋養湯の至福効果にくるまれて、イーダちゃんは、もはやいうべき言葉なんてなにもありませんでした…。
だって、いえねえよ---これほどのお湯を体験しちゃったら---コトバなんて、もう、ねえ……?
× × ×
◆ここで、民宿「ゆたか」御主人の証言◆
「お客さん、お風呂、入りました? 凄かったでしょう? あんな濃い凄い湯、わたし、宿やってからはじめてですよ。明日になったら、もう普通の状態にもどっちゃうかも…。まあ、底の湯花をかきまぜればまた濁り湯にはなるだろうけど、今日みたいにはいかないでしょうねえ、絶対。うん、お客さん、ラッキーですよ…」
◆さらに、民宿「ゆたか」おかみさんの証言◆
「わたし、普段はウチのお風呂には入らないんですよ。でも、今日のはねえ…。これは、入らないと…。素晴らしいお湯でしたねえ。わたし、こんなのはじめて…」
草津のプロのおふたりがこうのたまうほど、この日のお湯は素晴らしかったのです。
僕的にも、この夜は忘れがたい一夜となりました。
ただ、あまりにお湯が魅力的すぎたせいで、イーダちゃんはまたもや湯っこに入りすぎ、素晴らしいお湯が体調不良のボディーにあんまり効きすぎて、その夜はほとんど廃人みたいになっちゃった…。
もーねー なんかまぶたあけるのも億劫になるくらいデロンとしちゃってさあ。
翌朝まで蒲団虫になって、熱っぽい湯あたり症状のままゴロゴロしてるよりなかったですねえ---トホホン…。(^.^;>
でもね、この草津の偶発的超・名湯って、やっぱり一夜限りの自然のマジックだったのですよ。
なぜって、翌朝のお風呂は、あらら、もういつも通りの湯畑源泉の透明湯に戻っちゃってましたから。
やっぱり、あれは、嗚呼、一夜限りの幻の逢瀬だったのね!
もっとも、そのお湯にしても、フツーの温泉ランクからいったらA級ライセンス級の湯だってことには変わりがないんですが、あのウルトラセレブの濁り湯を肌で経験しちゃうとね---むーっ、どうにも歯噛みするよりないですねえ、これは。
おっと。お湯にかまけすぎて宿の紹介するの忘れてました。
この日僕が泊まったのは、湯畑からほんの徒歩55秒のところにある、
赤ちゃん・キッズ大歓迎の宿「ゆたか」さん
〒377-1711 群馬県吾妻群草津市大字草津97
0279-88-6186
こちら、地の利もいいし、お値段も手ごろ---僕の場合は、素泊まり1名でたしか4700円でした---共通の休憩所には、もの凄く大量の子供用のセットが、ディズニーランドみたいに豪奢に並べられている、小綺麗でお洒落な民宿です。
基本、禁煙なんだけどさ、喫煙部屋も2部屋あるし、ベランダ行けば、僕みたいに煙草もOKだしね。
御主人も奥さんもとっても気さくだし、3つある家族風呂はどれも魅力的、へんに高級なとこに泊まるよりよっぽどいいと僕は思うぞぉ---お勧めなり。
× × ×
ぜんぜん関係ないんですけど、僕、この草津に、非常に心安らぐ魅惑のパワースポットを今回発見しました。
それはね---ページトップの湯畑フォトを左方面に、つまり、西の河原通りをしばしまっすぐいき、二つめの小さな角で右に折れ、長ーい石段を上ったさきにある、あの歴史ある「白根神社」のすぐ隣りに隣接してる、ほんにちっちゃな、目立たない公園なんです。
僕は、ここ、6月28日の2時すぎに訪れました。
湯あたりしてフラフラしながら宿を探してたら、偶然ここに迷いこんじゃってたの。
夕立ちがくる1時間くらいまえのことでした。
ま、論より証拠---そこの写真を御覧あれ---!
なんか、よくないですか、ここ?
僕は、ヒジョーにここ、気に入ったな。
「大滝乃湯」の浴後ほとんど半死半生だった僕に、ここの空気はものすごーく効いたんです。
なにしろ、ここ、空気がいいの---すぐ下の湯畑じゃ観光客がイモ洗いみたいに押しっくらしてるというのに、「白根神社」脇のこのぽつんとした公園には、1時間以上いたのに僕以外誰も訪ねてこなかったしね。
平日のせい?---それは、たしかにあるでせう、でも、たぶん、それだけじゃない。
僕は調べてないからなんともいえないけど、この公園、ひょっとしたらむかし「白根神社」の敷地だったんじゃないのかな?
あまりにも、ここ、空気がよすぎたもん。
通常の場所じゃないと思うなあ。
きりっと澄んでて、ときどき尖るように厳しくて、でも、なんといえない寛容の気にも満ちていて…。
僕、ここの公園でぶらぶらしてて、なんもせず、結局1時間半はここにずーっといたんだもんね。
ああ、いま見返してみても、あのときのふしぎな淡い魅惑感が胸中にことことと蘇ってきますねえ!
清澄、清澄、清澄---いま、僕はそれがいちばん欲しいんです---というわけで今夜はそろそろこのへんで---お休みなさい…。(^o^y☆ (fin)