人・企業・地域を元気に!いでっちの奮戦記

イデアパートナーズ㈱の井手修身(おさむ)の地域再生、観光地活性化に関する人・企業・地域の様々なエピソードを紹介する日記。

熊本大学生馴染みの「とん八」閉店

2008年05月25日 | Weblog
先日、熊本大学時代のサークル仲間と久しぶりに会いました。

会うきっかけは、学生時代に良く飲んでいた居酒屋、 とん八 が
30年の営業を閉じることになったので、

昨今は、すっかり学生の飲み会も昔のように団体で飲んだりしなく
なったようです。

私達の学生時代、20数年前は、焼酎と焼き鳥、豚足でよく飲んで
ました。


あの頃は、カラオケもありませんでしたから、とん八で歌合戦、
浜田省吾、オフコース、歌ってましたねー。

先輩からの一気飲み ありました。

無茶の飲み方してましたねー

でも、そんな中で先輩や後輩との関係性を築いた気がします。
コミュニケーションづくり ができましたね。

携帯なんかなくても、十分連絡取れていましたもんねー。

そんな場を提供していただいた「とん八」のご主人と奥様に感謝ですね。



さて、そんな私は大学時代 人形劇サークル「青い鳥」に入っていました。
 続く

大学時代 人形劇サークル「青い鳥」OB

2008年05月24日 | Weblog
私は、熊本大学時代には
人形劇サークル「青い鳥」 に属していました。

人形劇 当然最初は、全くその気なかったのですが、
同下宿人の縁で、入部したらハマってしまいました。

人形劇というと、どんなのを連想しますか?

ひょっこりひょうたん島、里美八犬伝、真田十勇士etc、。

私の世代では、NHKの人形劇がありますが、真にあのような本格的な、人形劇を
やってました。

それはそれは、毎日、体育会系部活の様相でした。

創部が、45年間ほどですから、学生運動真っ盛りの時代。

学生運動で世の中を変えるのではなく、人形劇を通して、

子供達に夢を与える! をいうテーマで活動していました。

今も活動している様です。後輩諸君頑張ってください。
 http://www.kumamoto-u.ac.jp/pageimages/web_kumadai/back_no/img/003-05.pdf

私の 青春時代の思い出 でもあり、その後の仕事にも影響した気がします。

新しい価値をみんなで力を合わせて、創り出すこと

この感覚は、人形劇の脚本家、舞台監督、演出家を通して学んだ気がします。

そんな時代の仲間ですから、一緒に飲んでも楽しいです。


みんな学生時代と変わらないと思っています。



次は、45周年かな、

宮崎県椎葉村・平家落人伝説の里①

2008年05月17日 | 特に宮崎県内の話題
先日から、宮崎県に足しげく入っています。

今回は、平家落人伝説の里で知られる椎葉村です。

およそ800年前、壇ノ浦の合戦に敗れた平家の武士たち。
追っ手を逃れて、各地のふところの深い山奥、椎葉村へ。
しかし、この隠れ里も源氏の総大将頼朝に知れ、
那須与一の弟 那須大八郎 が追討の命を受け、椎葉村に来た。

険しい道を越え、やっとのことで隠れ住んでいた落人を発見。
だが、かつての栄華もよそに、ひっそりと農耕をやりながら暮らす
平家一門の姿を見て、哀れに思い追討を断念。

幕府には討伐を果たした旨を報告し、なんと
大八郎は屋敷を構え、この地にとどまったのです。
そればかりか、平家の守り神である厳島神社 を建てたり、
農耕の法を教えるなど彼らを助け、協力し合いながら暮らしたという。

やがて、平清盛の末裔である鶴富姫との出会い、
いつしか姫と大八郎にはロマンスが芽生えました。

その先は、<椎葉村ホームページ>をご覧ください。
 http://www.vill.shiiba.miyazaki.jp/cms/index.php?blogid=19

戦い、憎しみ合ってきた源氏と平氏の間に美しい恋さえ芽生える・
椎葉村はそんなこの世の理想郷なのかもしれません。

その鶴富姫と那須大八郎の恋物語の舞台ともなった鶴富屋敷 です。



約300年前と思われます。

「並列型民家」と称し、家屋全面に縁を横 一列に設け、
それに各部屋を配置した横に長い形式です。



ここで、姫と大八郎にはロマンスが芽生えたんですね~

宮崎県椎葉村・平家落人伝説の里②

2008年05月16日 | Weblog
鶴富屋敷 は現在、隣が旅館であり、食事を
屋敷内で食べることができます。 0982-67-2320

下記は、そば定食です。おいしい蕎麦でした



下記は、椎葉厳島神社 です。

那須大八郎が、椎葉山中での平家残党の叛意なき姿を深く憐れみ、
平家尊々の安芸の宮島、厳島神社の守護神を勧請し建立したもの
とされています。宮島とそっくりですねー。



宮崎県椎葉村・伝統的建造物群③

2008年05月15日 | Weblog
椎葉村には、伝統的建造物群保存地区 があります。

椎葉村特有の一列型平面形式の民家からなる建築群が、
険しい山々の谷あいに緑豊かな山林に囲まれて、
石垣が重なり合う美しい山村の景観を構成しています。

見事な石垣なんですねー


民家と民家が石垣で覆われています。


また、民家も築100年以上は経っていますね、。
お見事です。



こんな、自然と調和した建築物もあるわけですが、、。

一歩では、?






宮崎県椎葉村・もう一つの建造物④

2008年05月14日 | Weblog
椎葉村には、もう一つ大きな建造物の観光?資源があります。

上椎葉ダム です。

我が国最初のアーチダム で、九州電力が、
5年予の歳月 と延人員500万人の労力を動員し、
130億円ををこえる巨費を投じて、1955年に完成し
歴史的な水力発電を開始いたしました。

まあ、そのダムの威圧感はすごいです
集落側から見上げた、ダムです。


ダムの上から見下ろしました。
すげー、よく造ったね、、



小高いところから見た全景です。
日本人のの技術を感じますな、、


でも、やはり人工物は、自然にはマッチしません。
山の木の伐採が、新たな災害を生む悪循環がありますね。。


アレック・カーさんの話を聞いたからか、土建国家の姿が、
美しい椎葉村の中で目立ってしまいます、、。
 http://blog.goo.ne.jp/idea-p/d/20080420



日本の、中産間地域の現状ですね、。