飛水峡

思い出

岐阜新聞

2006年07月21日 22時12分53秒 | 岐阜の水と緑

「川」で村おこし

 「馬瀬村といえば馬瀬川の鮎釣り。村おこしのキーワードは川でした。川がきれいであるだけでなく、魚にとっていい水質であるかどうかに着目しました」。旧益田郡馬瀬村(現下呂市)の元助役小池永司さん(62)はこう話す。
 馬瀬村では「森が魚を育て、川が郷(むら)を興(おこ)す」というキャッチフレーズを掲げ、一九九四(平成六)年度から「魚付き保全林」事業を始めた。川の水源をはぐくむ森の手入れをすることで、木々や腐葉土からの栄養分をたっぷりたたえた川を目指そうという取り組みだ。
 人工林の荒廃と河川環境の悪化。その因果関係は今でこそ当たり前のように指摘されるが、当時はまだ一般的ではなかった概念。「森と川と農地と。環境というのは流域が一体となって結びついているというのは新しい見方でした」と小池さんは振り返る。
 きっかけは九一年の温泉開発によって観光客が急増したこと。馬瀬川沿いでバーベキューをしてごみを放置するなど、マナーの悪さから川が汚れていった。「ただ単に客を集めるだけではいけない。自然をうまく生かして守るということをアピールできる村づくりをしようと考えた」(小池さん)
 九四年度に行政や学識者らでつくる「馬瀬村森林山村活性化研究会」を設置。「エコリバーシステム活性化プロジェクト」という構想を描く中の一つに魚付き保全林事業を位置づけた。
 村の森林のうち六割がスギやヒノキの人工林。間伐の遅れも多く見られた。そこで水源となる谷川があり、比較的広葉樹が多い森林六カ所を魚付き保全林に指定。対象面積約二千三百八十ヘクタールの間伐を進めようとした。
 この森林整備には約百人の所有者の同意が必要。しかし国、県、村の補助金を充て個人負担がほとんどなくても渋る人が多かったという。「土砂崩れ防止のための保安林なら分かりやすいが、魚のためにといってもなかなか理解してもらえない。間伐の必要性は分かっていてもいざ木を切りましょうと提案すると、もったいないと首を縦に振らないのです」と担当者。村を出てしまって連絡先が分からない所有者もいた。
 構想から十年余、昨年度ようやく約十ヘクタールの間伐にこぎ付けた。合併後も事業は継承されており「一年間に二十ヘクタールやったとしても最短でも十年かかる。息の長い取り組みになりそうです」と担当者は話す。
 小池さんはこう力を込める。「ある有識者がこう言っていました。釣りは自然を釣るんだ、と。魚がたくさん住むには周囲のあらゆる自然が大切だということです。確かに効果が目に見えにくい取り組み。しかし自然を壊すのは簡単だし、放っておけばそのままなんです。長い目で見れば、流域住民の意識改革をしていく試みでもある」
 山あいの村で、時代に先駆けるように進められてきた努力。流域に生きる人間の在り方が見えてくるようだ。


 
(写真)「川と魚を大切にする村づくりを目指した」と話す小池永司さん。写真奥の森林は魚付き保全林に指定されている=下呂市馬瀬惣島、馬瀬川

《岐阜新聞7月21日付朝刊一面》

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