平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2011年12月4日 キリストのまなざしの中で

2012-02-28 21:35:41 | 2011年
ルカによる福音書22章54~62節
キリストのまなざしの中で


 私たち人間は、まったく意識できずとも、どこかで誰かを傷つけないでは生きていけない存在なのではないでしょうか。存在しているという、それだけのことが、どこかで、誰かにストレスを与えたり、誰かを傷つけているということになっている、そういうことだってありうるのです。そして、実際には、お互いは、赦し、そして誰からか、知らないところで、赦されて生きているものなのです。
 新約聖書に登場するファリサイ派と律法学者といった人々は、自分は、当時の社会規範に則り正しく生きている、結構努力して生きている、やることはやっている、といった意識、誇り、正義感をもっていました。そして、そうできない人々に、罪人のレッテルを貼っていたのです。ファリサイ派の人々や律法学者は、彼らのようにできない人々をどうしても赦すことはできませんでした。
 さて、聖書の中では、弟子たちを始め、すべての人々が、イエス様から赦されて生きているのだと、知らされています。弟子たちを始めと述べたのは、弟子たちは、イエス様からあれほど愛されていたにもかかわらず、イエス様が捕らえられたとき、イエス様を見捨てて逃げてしまいました。
 ところで、ここに登場しているペトロは、聖書の中では、他の弟子たちよりも、イエス様から愛された人物として描かれています。彼は、イエス様からペトロ(岩)という名をつけてもらいました。もともとの名前は、シモンでした。息子に、シモンという名をつけている人が結構おられますが、それは、ペトロが、人間的な弱さや愚かさをもち、身近な感じがするというのもありますが、イエス様から愛されただけでなく、最終的には、イエス様が十字架につけられて復活されたあと、弟子の一人として、イエス様に従い、よく伝道をした人物だからです。しかし、生前、ペトロほど、イエス様に叱られた人もおりませんでした。
 イエス様が、何ゆえ、シモンにペトロという名を付けたかということは書かれておりませんが、逆説的な感じが致します。ペトロは、岩という意味ですから、微動だにしない強固なものといったイメージがあります。ところが、ベトロというのは、そんな強い人物どころか、どちらかというと、軟弱な感じすらする男だったでしょう。ペトロに、私たちが親しみを感じるのは、非常に愛すべき人物であるからです。ペトロにまつわるいろいろな物語を見ていきますと、自分もおそらくそう言うだろうなあ、そうするだろうなあ、そう思えて、何だか自分に近いものを人々は感じて、親しみをおぼえるのです。
 ペトロのことについて、聖書の物語を思い出してみてください。ペトロは、最初にお弟子さんになった人でした。イエス様からわたしに従ってきなさい、人間を獲る漁師にしよう、と言われたときには、網をその場において、従っていくような潔さの持ち主でもありました。彼は、そのとき名もなき一介の漁師でした。単純な男であるとの見方もできないわけではありません。
 また、私を誰と思うかとイエス様に弟子たちが問われたときに、あなたこそメシア、キリスト、救い主です、と真っ先に答えたのもペトロでした。素直な人間でもあります。しかし、イエス様が、その直後に、ご自身が捕えられ、十字架につけられ苦難に遭われるというようなお話をしたときに、イエス様を脇に引き寄せいさめるということをして、逆に、イエス様からサタンよ引き下がれと、こっぴどく叱れているのです。
 ペトロは、メシア、キリスト、救い主が、そんなみじめなことになるはずがない、と考えたのでしょうか。ペトロは、イエス様のことがわかっているようで、何もわかっていない、そうした弟子たちの代表のような人物でした。嵐の湖で、イエス様が湖の上を歩いているのを見て、自分もそちらに来ていいかとイエス様に尋ね、こちらに来なさいと言われて、一歩湖の上に足を踏み入れるところまではよかったのですが、湖を吹いている強い風に気づいて、恐れを抱き、あわてておぼれそうになって、信仰の薄い者よと、イエス様から引き上げられるのです。ペトロは、非常に軽いところもあって、実に、親しみを感じさせる人物です。
 そして、きわめつけが、このお話なのです。イエス様は捕えられて、大祭司の屋敷に連行されていきました。ペトロは、イエス様の身を案じたからでしょうか、そのあとをこっそりと遠く離れてではありましたが、ついていったのでした。そして、屋敷の中庭の中央では、人々が火を焚いておりました。ペトロは、その火にあたっている人々に混ざって、腰を下ろしました。
 すると、たき火の光に照らし出されたペトロの顔をある女中がじっと見て、突然、「この人も一緒にいました」と言ったのです。ペトロは、どうしたでしょうか。彼は咄嗟にそれを打ち消して「わたしはあの人を知らない」と答えました。それからしばらくして、今度はある男が、ペトロを見て「お前もあの連中の仲間だ」と言ったのです。それに対して、ペトロは、「いや、そうではない」と答えました。
 ペトロは、気が気ではありません。これほどまでに、自分の顔をここにいる人が見ていたとは思いもよらなかったでしょう。彼は、そこにいるのが不安になってきました。その場をすぐに立ち去りたかったでしょうが、それをしたら逆に、いかにも彼らの言うとおりであることになりますから、彼は、まだそこにおりました。
 しかし、それから1時間たって、ようやくほとぼりがさめて、ほっとして胸を撫で下ろしたころ、またもや別の者が、思い出したように「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張ったのでした。今度ばかりは、ガリラヤの者という、ある種の根拠を述べながら、イエス様と一緒にいたという証言をしたのでした。ペトロの話す言葉にイエス様と同じようなガリラヤ地方のなまりでもあったのでしょう。しかもこの男は、そう簡単には自分の主張を撤回することをしませんでした。
 しかし、ペトロは、それでも「あなたの言うことは分らない」と白を切ったのでした。ペトロもまた、必死になって、そのことを打ち消したことでしょう。この物語には、前話しがありまして、イエス様は、苦難のときがきて、ペトロが試されるときがくる、しかし、そうなったとしても、ペトロの信仰がなくならないように自分は祈ったということを、その日のうちにペトロに告げられたていたのでした。
 そのとき、ペトロは、「主よ、ご一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言いました。まさに、そのときが、来たわけであります。ところが、ペトロは、一緒に牢に入ることすらも、恐れて、イエス様のことを知らないと裏切ることになりました。イエス様は、牢に入って死んでもよい、とまで言うペトロに、「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」と告げたのですが、ペトロは、そのことを忘れていたようです。
 今日の今日であります。私たちは、えてして、このようなことに遭遇するものです。自分が日頃あれほど、こうすると、これが大事だと言っておきながら、実際、そのときが訪れると、自分がこれまで言っていたことをどういうわけか忘れていたり、できなかったりするのです。実に弱い存在です。ペトロが、三度目の「あなたの言うことが分らない」と言い終わらないうちに、突然鶏が鳴きました。ペトロは、このとき、イエス様の「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた言葉を思い出して、外に出て、激しく泣いた、とあります。
 ところで、この物語は、他の三つの福音書にも記載されているのですが、ルカによる福音書だけは、この場面で、イエス様が登場しています。それは、ペトロが、三度知らないと言い終わらないうちに、鶏が鳴きましたが、そのときでした。「主は振り向いてペトロを見つめられた」。このときのイエス様のまなざしがどのようなものであったのか、それは、怒りでもなく、情けないといった表情でもなく、憐れみと愛に満ちたものであったに違いないと、考えます。
 なぜなら、イエス様は、彼が知らないといって裏切ることを予告しておられました。その上で、それがために信仰を捨ててしまわないように、イエス様は、ペトロのために前もって祈られたというのです。そして、立ち直ったならば、他の弟子たちを励ますように、と言われていました。
 このペトロの物語は、イエス様に従って生きようとした者が、弱さ、あるいは、罪ゆえに、そうできない、それどころかむしろ裏切ってしまう悲しさを語ろうとしているのではなく、そういった人間であっても、赦されて生きていくことを願う神様の思い、愛を逆に受け入れるようにとの勧めの物語です。
 ところで、このイエス様のまなざしは、このあと、もう一度、今度は群衆に降り注がれることになります。それは、ルカによる福音書の23章の34節ですが、イエス様が、十字架におつきになったときのことでした。このときには、イエス様のほかに、二人の犯罪人も一緒に処刑されることになりました。イエス様の十字架の右と左に同じように十字架にかけられました。
 そのときに、イエス様は、そこに集まっていた人々を前に十字架の上から、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と言われた、と記されています。このとき、十字架につけたのは、ローマの兵士だったのでしょうが、その前の裁判のようすを見る限り、ローマ総督のピラトは、イエス様を無罪ということで釈放しようとしたけれども、そこに集まってきていた「十字架につけろ」という群衆の圧力に負けて、イエス様を彼らの手に渡したとあります。
 「ピラトは、三度目に言った。いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。ところが、人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。そこで、ピラトは、彼らの要求をいれる決定を下した」。イエス様が、「彼らをお赦しください」、と言われたときの彼らとは、いったい誰であったのでしょうか。
 それは、イエス様を捕え、裁判にかけた祭司長や律法学者、他にもユダヤの議員たちもそこには含まれていたでしょう。また、無罪だと判断したにもかかわらず群衆の圧力に屈してイエス様をユダヤ当局者たちに渡したローマ総督ピラトもそうでしたでしょうし、磔に手を染めている兵士たち、それを取り巻き、罵声を浴びせている人々、そして、十字架につけよと叫んだ群衆の一人一人も当然の事ながら、それらの中に含まれるでしょう。
 皆でイエス様を十字架につけたことになります。ペトロをはじめ、弟子たちさえも、イエス様を裏切り、見捨てて逃げておりました。そして、今、私たちは、この群衆の中に自分の姿を見出すのです。十字架の上で、無力で憐れみをもよおすほどのやつれた男の姿をみて、期待がはずれた、こんな男など、十字架につけよと叫んでいる自分の姿を見るのです。しかし、イエス様は、十字架の上から、「彼らをお赦しください」と神様に執り成しておられるのです。イエス様の深い苦悩と愛を思わないではおれません。
 神様は、神様に従いえず、裏切り続けたイスラエルの人々を何度も赦され、愛されました。それでも、なお罪を犯し続ける人々を、どうして神様は赦そうとされたかといいますと、ご自分のひとり子であられたイエス様を私たちを罰する代わりに十字架におつけになって、赦す道を開かれました。これは、一方的な神様の愛、恵み以外の何ものでもありませんでした。なぜなら、私たちには赦される何の材料もないのです。
 アダムのとき以来、私たち人間は、神様に従おうとしても、そうできない歩みを重ねてまいりました。戦争が一番いい例です。そのような私たちを神様は赦してくださいました。しかし、それには、愛するわが子であったイエス様のいのちという代償ぬきには、そのことは起こりえなかったのです。
 人は、赦されて生きている存在です。もちろん誰それに赦されて生きているということもありますが、神様に赦されて生きている存在であることに気づくとき、多くの人はその人のありのままに、それでいて前向きに生きることができるようになります。ペトロもそうでした。赦されるとき、人は、変わります。赦されないうちは、人は、なかなか変わらない、否、変われないのではないでしょうか。
 人と人は、赦す方も同じでしょう。赦さないうちは、その人は、変わらないのです。否、変われないのです。私たちは、聖書の中で、徴税人であったザアカイという徴税人の頭が、イエス様に受け入れらたがゆえに、自分の財産を貧しい人に施す、あるいは、不正に税金を徴収していたら4倍にして返す、といように、人が変えられたお話を知っています。
 私たちは、神様に赦されている存在です。神様以上のお方は、おられませんから、神様が赦してくださったということは、もう何にもはばかることはないということです。根本のところから解放させられました、自由にさせられました。この神様の一方的な赦し、イエス様の十字架による一方的な赦しの恩恵にあずかっているからこそ、私たちは、他者をも赦すことができます。
 ペトロにしろ、私にしろ、皆さんにしても、イエス様がこの私のために十字架におつきなられたということ、その場所に、私もいたということ、そこでイエス様が、「主よ、彼らをお赦しください」と執り成してくださったということ、それらのことが、おそらくキリスト者たちの一つの風景になっていると思います。
 教会に十字架が掲げられているのは、イエス・キリストの十字架によって、あなたがたは赦されています、という宣言の印です。この赦しにあずかってください、という祈りがイエス・キリストの教会には、吊り下げられた鐘の音のように鳴り響いているのです。神様の赦しの愛を今日、心のうちに受け入れていただきたいと願います。
 ヨハネによる福音書には、ご自分を裏切ったペトロを復活されたイエス様が、赦される場面があります。その赦され方は、ペトロの三度に及ぶイエス様への否認に呼応するものでした。それは、三度にわたって、「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」というものでした。その都度、ペトロは、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」と答えました。三度、知らないと否認したペトロに、三度、愛しているか、と問われて、ペトロに、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です、と答えさせたのでした。三度というのは、何度もというような意味もあります。
 そして、そのように答えるペトロに、イエス様は、その都度、「わたしの羊を飼いなさい」とご命令されたのでした。新たなる、使命をペトロは与えられました。イエス様に赦された者は、それで終わりではありません。新たなる使命をいただくのです。ペトロの場合は、「わたしの羊を飼いなさい」というものでした。つまり、イエス様のことを宣べ伝え、福音に与った人々を教会の交わりに迎え入れ、彼らの魂を守り、養いなさい、ということでした。
 ここにおられる多くの方々は、すでにイエス様の十字架による神様の赦しを受け入れました。ペトロと同じような内容の神様からの使命をいただいていることはもちろんですが、それぞれにまた、異なる使命が与えられているかもしれません。
 赦されて生きるということは、安心して生きていくというだけでなく、ペトロのように、イエス・キリストのために生きるという生き方につながっていきます。私たちもそうであります。私たちは、イエス様によって、大いに期待されています。
 振り向いて見つめられたイエス様のまなざしをペトロは、生涯忘れることはなかったでしょう。私たちもまた、忘れることはありません。そして、そのイエス様の憐れみと愛に応えて、何度失敗しても、裏切るようなことになっても、イエス様のところに立ち戻り、歩んでまいりましょう。なぜなら、イエス様は、私たちの信仰がなくならないように、絶えずお祈りしてくださっているからです。
 イエス様のまなざしに気づいた者は、具体的に、神様を愛し、自分の隣り人を愛することへと、つき動かされていきます。他の弟子たち、他者を励ましてあげなさい、それをイエス様は願っておられます。ペトロに、イエス様は、これらの会話の最後にこう言われました。「わたしに従いなさい」。神様を愛し、私の隣人を愛する、これは、イエス・キリストに従う道です。キリストのまなざしの中におかれていますから、それもまた、きっと可能となるのです。


平良師

最新の画像もっと見る