その山に登るためには、いくつもの道があります。
なだらかで易しい道
ちょっとだけ険しい道
大変険しい道
歩かずともロープウェイで山頂に行ってしまうこともできます。
どの道も、それぞれに意義があり、素晴らしさがありました。
みんな、思い思いの道を選んでいきました。
山を前に、あなたは考えました。
あなたは、自分の足で歩いて登っていきたいと思いました。
そのほうが山頂にたどり着いた時の喜びが大きい、と考えました。
そしてあなたは、一番険しい道を行くことにしました。
その道は大変険しいけれど、一番景色が美しい道と言われていました。
その道でしか咲いていない花があるとも聞いていました。
あなたはそれを見たいと思いました。
そしてあなたは、登り始めました。
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ほんとうに険しい道でした。
一歩登るたびに息が切れました。
急斜面を越えると、また急斜面が立ちはだかりました。
あなたは、もう登ることはできないかもしれない、と何度も思いました。
なぜこの道を選んでしまったのだろう、と悔やみました。
崩れるようにたどり着いた木陰で、あなたは呆然としていました。
そよ風が、疲れた身体を吹き抜けていきました。
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その時、目の前に、見たこともない美しい花が咲いていることに気がつきました。
清らかな、でも凛とした花でした。
美しい、
そう感じました。
あなたは、不意に微笑みました。
目には、涙が溢れました。
そしてあなたは思い出しました。
この道を行く意味を。
あなたは、その花をしばらく見つめていました。
摘むことはしませんでした。
そうしてはならないし、その必要はないとわかっていたから。
あなたは、思ったのです。
また誰かがきっとここへたどり着き、この花に巡りあう。
そしてきっと、登ってきてよかったと、微笑むだろうと。
さらに、思いました。
いつか、頂上にたどり着くことができたら・・・
この花が心にあることを、きっと嬉しく思うだろう。
誰よりもよれよれになっているだろう。
怪我もたくさんしているだろう。
でも、頂上へたどり着いた喜びは、どんなに大きなものだろう。
それを感じたい、思いきり。
あなたは再び、歩き出しました。
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あなたは、待たれています。
その先に広がる絶景に。
やがて訪れる素敵な人との出会いに。
この道でしか出逢えない、さまざまなことに。
そして、登りきったあなたが、どんなに素敵な人になっているか!
今はまだ、内緒にしておくことにいたしましょう。