宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

『ノルウェイの森』村上春樹(1949生)、1987年、講談社文庫

2011-09-02 23:54:35 | Weblog
 《評者の感想1》
 哀しい物語。
 小6のときに、自分をとてもかわいがってくれた姉を自殺で失い、首をつって死んだ姉の顔を見てしまった妹。彼女が直子。
 その苦しみからのがれるため、直子が頼った幼馴染で、また恋人であるキズキ君も、高2のとき自殺する。
 直子は、打撃を二重に受け、心を病む。
 僕、ワタナベは、キズキの友達だった。僕が直子と会ったのは高2のとき。キズキの彼女が直子だったから。3人で会うことがしばしばあった。
 キズキの死後、僕は、直子を好きになる。
 しかし直子は死んだキズキのことだけ考えていた。そのことを、僕は最後にようやくわかる。
 直子は僕に二つだけお願いがあると言った。①「あなたに、私が感謝してる、とわかってほしい」②「私のことを忘れないでほしい」と。
 直子は結局、首をくくる。彼女は、キズキ君のところに、またお姉さんのところに帰った。直子は二人の声を幻聴の中でいつも聞き、二人と会話していた。
 僕は、ビートルズの「ノルウェイの森」に歌われているように、かわいい小鳥を失った。

 第1章
 今、僕は37歳。18年前、20歳の1969年の秋、直子は死んだ。僕は直子の回復を待ち一緒に暮らすことを考えていた。
 直子は僕に感謝していたが、僕を愛していなかった。
 直子は、死んだキズキを愛し続けていた。
 
 第2章
 高2のキズキの死後、僕は直子と会うことがなかった。
 僕は高3の時、ある女の子と寝る。その子は泣いたが、僕は別れて神戸から東京に出てくる。1968年4月。
 やはり東京の大学に出てきた直子と、偶然出会う。
 
 第3章
 僕は、死んだ友達の恋人、直子とデートする。
 1968年に僕はフィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』を完全な小説と思う。思想的に「反動」に近かった。
  1
 ギャッツビーを読む点で、僕は2歳年長の東大法学部の永沢さんと友人になる。
 頭がよく、オーラがあり、男ぶりがよい永沢さんと何度か、寝る女の子を捜しに出かけ、彼の魔力で僕は合計7-8人の女の子と寝る。
  2
 直子も望んだので、僕は彼女と何度もデートする。
 1969年4月、直子が20歳となる。死んだキズキは17歳のまま。
 誕生日の日、彼女は4時間、しゃべり続け、その後、泣き続けた。
 その夜、僕は直子と寝た。
 直子はキズキと寝たことがなかった。なぜなのかと尋ねると彼女は泣いた。
  3
 その後、直子は突然、越してしまう。
 彼女は精神の病気で療養所に入った。「あなたに会う準備ができていない」と直子が手紙で僕に伝える。
  4
 1969年5月から「大学解体」のスト。夏休みに機動隊導入。
 すると「大学解体」と言った連中が授業に出ている。単位がほしいのだ。下劣な連中。

 第4章
 僕は「演劇史Ⅱ」の講義に出ている小林緑と出会う。緑は文章が書け旅行のガイドブックの原稿を書き結構、お金が入る。
 僕は、「人に好かれなくたって構わない」と思っている。
 新宿で男に裏切られて傷心していた小柄の女と僕は寝る。

 第5章
 直子から手紙が来る。「歪みを矯正するのでなく、歪みに馴れるための治療を、京都の阿美寮で受けている」という。

 第6章
  1
 僕は、1969年、夏、直子に会いに阿美寮に行く。高い費用がかかるコミューンのような療養所。
 直子のルームメイトの患者で音楽の先生が、39歳のレイ子さん。
  2
 直子が僕に言う。「キズキ君と寝てもいいと思っていた。彼も私と寝たがっていた。でも、私が全然、濡れなかった。キズキ君に指と口で射精させてあげた」と。
  3
 そして「キズキくんが死んじゃって、どうしていいかわからなくなった。人を愛するのがどういうことか、分からなくなった」と直子。
 《評者の感想2》
 彼女は、姉の自殺に出会ったとき、すでにこう思ったのだ。彼女はまだ小6だったので、この気持ちは彼女に内向した。 彼女のこの精神的外傷が、キズキ君との愛を恐れさせ、だから彼女は「全然、濡れなかった」のだ。
 それなのに今度はキズキ君が自殺してしまい、彼女は、一体、どうしたらいいのか?彼女は2度も、愛する人から拒絶された。直子は耐え切れない。
 直子は二人の死者に、「なぜ自殺したのか」、「自分を本当に拒絶し自殺したのか」聞きたい。だから彼女は、姉とキズキ君の声をはっきり聞く。激しい幻聴を彼女は体験する。
  4
 「感情を外に出せないと感情が固まって体の中で死んでいく。そうなると大変」とレイ子さんが言った。
 「行きずりの女の子と寝続けると自分をすり減らす。直子を大事にしたいなら自分を大事にしなさい」とレイ子さんが僕に言う。
  5
 「私は病んでいて根が深いから、あなたを道連れにするから、置いていってほしい。道連れにしたくない」と直子が言った。
 そして「何十年、あなたが待っても私は治らないかもしれない」と直子。
  6
 レイ子さんは、4歳からピアノを始め、大変上手でプロのピアニストになることをめざしていた。ところが、音大4年のとき、突然小指が動かなくなり、生きる意味が消える。ボンと頭のねじが吹き飛ぶ。エネルギーの玉のようなものが体から消える。
 人への信頼、ご主人との結婚で、レイ子さんは病気から立ち直る。
 ところが、筋金入りのレスビアンで、お人形のように綺麗で悪魔みたいに口のうまい13歳の女の子の罠に、レイ子さんはかかる。レイ子さんがピアノを教えた女の子。あの子は体の芯まで腐っていた。
 夫が引っ越してくれず、レイ子さんがガス自殺未遂。夫とは離婚。夫は2年前に再婚。レイ子さんは阿美寮に入る。

 第7章
 僕は、友達として付き合っていた小林緑がだんだん好きになる。
 ミドリの父が死ぬ。「タノム、ミドリ」と父親が言った。

 第8章
 永沢さんの恋人のハツミさんは、永沢さんが好きだった。しかし外交官試験に合格し外務省に入省した永沢さんは傲慢。そして海外勤務に就いてしまう。
 ハツミさんは2年後に別の男性と結婚するが、その2年後に自殺した。

 第9章
 小林緑が僕に「あなたのこと好きだ」と言う。そして「私のことずっと大事にしてくれるよね」と言った。
 直子が手紙で「淋しい時、死んだキズキ君やお姉さんが話かけてくるので、お話をします」と言う。

 第10章
 1969年末の冬に、僕は京都の阿美寮に行く。
直子が小さな白い下着だけになり、指と口で、僕を射精させてくれた。「君のフェラチオ、すごかったよ」と僕が言う。「キズキ君もそう言ってくれたわ」と直子。
 「私は濡れない」、「全部、精神的なもの」と直子が言う。
 僕は直子に口付けする。「さよなら」と直子が言った。これが二人の別れとなる。
  1
 1970年、僕は「4月から一緒に住みたい」と直子に手紙を書く。
 しかしレイ子さんから「直子は言葉が選べないし、幻聴もひどい」、「直子は混乱して怯えています」と返事。
  2
 直子のことだけ考えている僕に、緑は「『その髪、かわいいね』とさえ、あなたは言ってくれない」と絶望し、「もう声をかけないで」と伝える。
  3
 直子は激しい幻聴があり新しい病院に移る。レイ子さんからの手紙。
  4
 緑はこれまでの彼と別れる。僕は緑と和解した。
 「浮気しないように、色んなふうに処理してあげる方法を知ってる」と緑が僕に言った。
 僕はすでに緑を愛していた。

 第11章
  1
 1970年8月、直子が首をくくり自殺した。直子は、死んだキズキを選んだ。
 僕は1ヶ月、放浪する。緑には「しばらく会えない」と連絡する。
 直子は白い灰になり、緑が生身の人間で残る。
  2
 直子のことを報告に来たレイ子さん(19歳年上)と寝て、僕は4回、射精する。
 レイ子さんが「あなたの痛みは緑さんとは関係ない」と忠告する。
  3
 僕は、緑に電話をかけ、「世界中に君以外に求めるものは何もない。君と二人で最初から始めたい」と言った。 

 《評者の感想》
 評者は、著者の1歳年下。1968年から1970年の時代は、ほぼ同年齢で体験した。当時の雰囲気が分かる。
 著者は、女性にもてるし、遊ぶお金があるし、口もうまく、頭もよい。うまく生きていける人だ。
 著者は、18年たって、かつての若かった時代を見事に総括した。合理主義者。過去の体験を、大変上手に合理的に説明した。
 しかしこれは紙の香華である。著者が愛した死者との約束を果たすための詳細な墓碑。

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