缶詰blog

世界中の缶詰を食べまくるぞ!

白桃黄桃(桜町荘セレナーデ)

2004-06-28 03:03:27 | 連載もの 桜町荘セレナーデ

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「おい、俺の桃缶を見なかったか?」
 川崎が鼻をほじりながら、誰にともなく尋ねた。穏やかな日曜日の昼下がりであった。
「モモカンって何ですか」意思表示の早い隼人が訊き返す。
「バカ野郎。あの、あれだ、ん~」引き抜いた鼻毛をしげしげと眺めながら、川崎はたおやかな眉を寄せた。
「桃の缶詰だよ」
「ああ、あれか。見てないですねえ」
「おい優、お前は?」川崎はDX-7を弾いていた優に訊いた。
 優の弾いていた曲は『戦場のメリークリスマス』、通称センメリであった。
 数年後にはプロとしてデビューし、いつかは武道館でライブをやるのだという大きな目標を掲げている若人4人なのだが、本来はジャズ&フュージョンをやるはずなのである。
 しかし練習している曲はセンメリだったり、エリック・サティの『ジムノペディ』だったり、はたまたオフコースの『さよなら』だったりして、いかにも不成功に終わりそうなへっぽこ4人組であった。
 さて、桃缶の続きである。
「はあ、なんスか?」優は大儀そうに言った。
「なんスかじゃねえよおめえはよ桃缶知らねえかっていってるんだよ」川崎は苛立ちを露わにした。
 そうしながらも、彼自身は座椅子をどかしたり台所に行ったりと本気で探していた。
 彼は桃のシラップ漬け缶詰が大好きな青年であった。
「うっひゃー、このベースライン! どうやっだら思いつくんだべ」お国訛りが一番激しい犬丸が、奥の六畳からすっとんきょうな声をあげた。一人でラジカセを聴いていたらしい。
「何を聴いてたんですか?」意思表示の早い隼人が尋ねる。
ビリー・ジョエルのストレンジャーを聴いでだのや」
「いいっすねえ! ステレオでみんなで聴きましょうよ」
「んだんだ、みんなして聴くべ。そんでベースラインを勉強するぺ」
「おおい、桃缶知らねえかっ!」とうとう川崎は大声を出した。
「ん? 何だよ」犬丸が尋ねる。
「いつもの桃缶がねえんだよ。お前、食わなかったか? 正直にいえば許してやる」
「俺は食ってねえな」
「おいお前ら、本当は食ったんだろ」
 川崎は後輩二人を睨みつけた。しかしいくら怖い顔を作ろうとしても、話題は桃缶である。迫力を出すのは難儀である。
「俺は甘いものは食わないんですよ」隼人がいった。
「バカ野郎! あれはフルーツだ。甘いものとは違うんだ!」
「だってあれシラップに入ってるじゃないですかあ」
「お前な、食ったら食ったっていえよなっ!」
「くぁーっ、このピアノの歯切れの良さ、すんげえ!」
「やっぱビリー・ジョエルは天才っすねえ」
「先輩、ババロアを買ってきましょうか」優が意味の分からぬ気遣いを始めた。
「おーいっ! 話しを聞けっ! 桃缶だって言ってー」
「俺、ババロアとポカリスウェットを買ってきますね」
 優はヤマハDT200に乗って、行ってしまった。
「あんの野郎っ」
「くぅーっ、このベースライン! どうしだら思いつくんだべ? なあ隼人」
「いいっすねえ」
「お前らああっ、頼むから俺の話しを聞いてくれえっ!」
 さて、犯人はだあれ?


 昭和59年、武蔵小金井にて つづく
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~いとしの白桃黄桃缶詰~ 
 白桃缶詰は、岩手、山形、福島などの各県で作られています。製品は、糖度18%以上のヘビーシラップが多く、二つ割り、四つ割りがあります。原料は大久保や白鳳が代表的な品種です。
 黄桃缶詰は、日本の白桃とアメリカ系の黄桃を交配して育成した缶桃という缶詰専用の黄桃を原料に作られます。産地は山形、福島などです。
 参考資料 (社)日本缶詰協会発行 かんづめハンドブックより
 
追:この記事は『和散歩日記』“朝食は果物~♪”、『不埒な天国~Paradiso Irragionevole~』“Bellini”、『**国境を越えて**』“缶桃”、『blackcurrant』“愛缶”~にトラックバック♪