「川端龍子ー超ド級の日本画」 山種美術館

山種美術館
「特別展 没後50年記念 川端龍子ー超ド級の日本画」 
6/24~8/20



山種美術館で開催中の「川端龍子ー超ド級の日本画」の特別内覧会に参加してきました。

超ド級、それは一枚の絵画、「香炉峰」を見ても明らかではないでしょうか。


川端龍子「香炉峰」 1939(昭和14)年 大田区立龍子記念館

大きさは横7.2メートルに縦2.4メートル。ご覧のように特大のスケールです。日中戦争が始まった昭和12年から描かれた連作、「大陸策」の第3作で、龍子は海軍省の嘱託として大陸に渡り、実際に偵察機に乗った体験を元に描いたと言われています。実のところ私も初めて見ましたが、これほど迫力のある作品とは思いませんでした。


川端龍子「香炉峰」(部分) 1939(昭和14)年 大田区立龍子記念館

画面を支配するのが飛行機です。機体中央にはオレンジ色の日の丸があります。そして尾翼、ないし両翼の一部を同じオレンジで描く一方、胴体部は何故か白、或いは銀色を帯びた半透明の姿で表しています。何やら得意げな様で機体を操縦するのは画家自身の姿でした。眼下には香炉峰を含んだ廬山の景観が広がっています。うねる様な筆触による表現も力強いのではないでしょうか。よく見ると、微かに楼閣や小さな滝の姿も望めました。

そもそも軍の嘱託とあればいわゆる戦争画です。にも関わらず、何故に龍子は機体を半透明に描いたのでしょうか。これほど独創的に飛行機を表した作品はほかに思い当たりません。


川端龍子「香炉峰」(部分) 1939(昭和14)年 大田区立龍子記念館

龍子は「日本画の範囲において飛びつつある飛行機をどう、どこまで表現し得」るかが課題で、「迷彩に背景の自然の山を利用」したと述べています。確かにこれほど画面に大きな戦闘機を描けば、眼下の風景は隅に追いやられてしまいます。飛行機の圧倒的な量感と、廬山の雄大な景観を同時に表そうとした、龍子なりの一つのアイデアの産物だったのかもしれません。

大田区立龍子記念館を除くと約12年ぶりの回顧展です。作品、資料は全74点。(展示替えあり)主に山種美術館と大田区立郷土博物館、それに東京国立近代美術館の所蔵品にて、初期から晩年の画業を辿っています。


川端龍子「機関車」 1899(明治32)年 大田区立龍子記念館 ほか

明治18年、和歌山に生まれた川端龍子は、10歳で上京し、画家を目指すようになります。当初は洋画家を志し、白馬会洋画研究所などに学びました。明治40年には文部省美術展覧会に入選。と同時に、生活の糧を得るため、「国民新聞」や「少女の友」などの新聞や雑誌の挿絵も手がけました。この時のマスメディアでの仕事の経験が、のちに時事的なテーマの作品の下地になったとも考えられています。

大正2年に単身で渡米し、サンフランシスコからニューヨーク、それにボストンやシアトルを訪ねました。ボストンでは日本の古美術やシャヴァンヌの絵画にインスピレーションを受けたそうです。おおよそ半年で帰国すると、日本画家へと転向しました。そして才能は早々に見出されます。大正4年、30歳にして再興日本美術院展に初入選し、2年後には同人にも推挙されました。


川端龍子「火生」 1921(大正10)年 大田区立龍子記念館

その院展に出品したのが「火生」でした。高野山明王院で赤不動を拝観した龍子が、火を描きたいとして制作した作品です。確かに燃え盛る火炎が金色で表現されています。ともかく激しい。今にも炎がこの世の全てをのみ込むかのようでした。

ここで驚くのが不動を日本武尊の姿に変えていることです。剣の形状はもとより、装身具は勾玉の首飾りに置き換えています。しかも裸で何も着ていません。これから難を逃れるべく、剣は草を薙ぎ払うのでしょうか。髪を逆立て、物凄い形相で両手を振り上げていました。

この作品に対し、当時は「会場芸術」という批判が起こります。しかしこのようにエネルギッシュな作品を生み出す龍子のことです。批判も逆手にとり、以降、むしろ自らの制作を、広く大衆に訴える「会場芸術」であるべきだと考えるようになりました。


「青龍社第1回展覧会ポスター」 1929(昭和4)年 大田区立龍子記念館

結果的に龍子は昭和3年、院展を脱退し、自らの主宰する青龍社の樹立を宣言します。さらに青龍展を開催して、亡くなるまでの約40年間作品を発表し続けました。また当初は龍子の周辺のメンバーが参加するのに過ぎなかったものの、次第に公募展の形式をとり、在野の美術団体としての地位を確立するに至りました。運営にもかなり力を注いだそうです。


川端龍子「鳴門」 1929(昭和4)年 山種美術館

その青龍展の第1回展に出したのが「鳴門」でした。ど迫力の鳴門です。水は渦を巻くというよりも、岩場を抉るかのように荒れ狂っています。一隻の小舟の姿も見えますが、漕ぎ出せばたちまち遭難してしまうのではないでしょうか。鮮烈な青が殊更に目に染みます。なんと群青を3.6キロも使ったそうです。ダイナミックでかつスピード感があり、スケール感もあります。院展への対抗心をむき出しにした野心作と言えるかもしれません。


川端龍子「草の実」 1931(昭和6)年 大田区立龍子記念館

龍子は機知に富む画家でした。その一例が「草の実」でした。地は濃紺、そこに焼金、青金、プラチナの泥を用い、薄や女郎花などの秋草を描いています。紺の虚空より雅やかに浮かび上がる秋草は僅かに風に吹かれているようでした。実に美しく、また洗練されています。ここに「香炉峰」や「火生」のような一種のエキセントリックなまでの表現は見られません。


川端龍子「草の実」 1931(昭和6)年 大田区立龍子記念館

では何が一体、機知に富んでいるのでしょうか。本作の発想の源です。何と平安時代の紺紙金泥経を参照。かの経典の小さくて厳粛な世界を大きな屏風絵へと置き換えているわけです。

またしばらく見ていると、無限の空間に秋草が舞う、抱一の「月に秋草図屏風」のイメージと重なりました。実際に龍子は琳派的表現にも接近し、光琳画を参照した「八ツ橋」なども描いています。


川端龍子「春草図雛屏風」 昭和時代・20世紀

龍子は極めて振れ幅の広い画家です。こうした大作の一方、手元で愛でては楽しめるような「春草図雛屏風」や「カーネーション」などの身近な自然を捉えた作品も残しています。ちなみに屏風は娘のための雛人形の背面に飾るために制作した作品です。龍子は家族を愛した家庭人でもありました。


川端龍子「十一面観音」 1958(昭和33)年 大田区立龍子記念館

また敬虔な仏教徒でもあった龍子は、自身の酉年にちなみ、守護仏である不動明王を特に信仰していました。自邸には持仏堂も設置し、朝夕に欠かさず拝んでいたとも言われています。

最後に一枚、後ろ髪を引かれるかのように、絵の前から離れがたい作品と出会いました。それが「爆弾散華」でした。


川端龍子「爆弾散華」 1945(昭和20)年 大田区立龍子記念館

制作の切っ掛けは終戦直前、8月13日の龍子邸でのことでした。この日、東京は米軍の空襲に遭い、龍子の自宅の庭にも爆弾が落ちます。龍子自身は防空壕に避難していて無事でしたが、母屋は倒壊し、使用人も亡くなってしまいます。ただアトリエは無事でした。


川端龍子「爆弾散華」(部分) 1945(昭和20)年 大田区立龍子記念館

一面に吹き飛ぶのが夏野菜です。庭で実をつけていたのでしょう。しかし爆風によって、葉も蔓も大きく屈曲し、もはや原型を留めていません。野菜の周囲で光を放つのは切箔や砂子です。吹き飛ぶような形で蒔くことで、閃光や爆発の威力を表現しています。一見、美しくも映りますが、その反面で散り散りに引き裂かれた野菜は痛々しくも見えました。散華とは仏の供養のために法会で花をまくことを指しますが、先の戦争中は玉砕を意味することも使われていたそうです。この作品に龍子は何のメッセージを吹き込んだのでしょうか。いずれにせよ画家の生々しい戦争の体験が投影されているに違いありません。


川端龍子「牡丹(句集『喜寿』付録)」 1963(昭和36)年

会期中、一部の作品に展示替えがあります。「金閣炎上」は後期から出品されます。

「川端龍子ー超ド級の日本画」出品リスト
前期:6月24日(土)~7月23日(日)
後期:7月25日(火)~8月20日(日)

NHK日曜美術館の本編でも放送が決まりました。


「みなが見てこそ芸術 川端龍子」@NHKEテレ日曜美術館 放送:7月16日(日)朝9:00~9:45

美術史家の山下先生や龍子記念館学芸員木村拓也氏に交え、現代美術家の会田誠さんがゲストで出演されます。興味深い内容になりそうです。

本展にも出品のある川端龍子記念館でも新たな展覧会が始まりました。



「名作展 絵画への意志 新規収蔵品からの展望」@大田区立川端龍子記念館 6月23日(金)~10月15日(日)

同記念館は龍子がアトリエの構えた旧宅の地に、画家が生前に自ら建設した記念館です。今秋には没後50年の特別展も予定されています。まさにメモリアルです。龍子の再評価の一年になるかもしれません。

今から10年ほど前、国立近代美術館で見た「草炎」に強く印象を受けて以来、いつか大きな回顧展に接したいと思っていた画家でした。「会場芸術」などの大作を網羅するだけでなく、画業を時間で辿りつつ、俳人としての活動なども浮き上がらせています。多面的でかつバイタリティのある龍子の創造力に圧倒されました。


川端龍子「真珠」 1931(昭和6)年 山種美術館

なお前期会期中は「真珠」の撮影が可能です。フラッシュ、三脚、自撮り棒などは使用出来ません。ご注意ください。

8月20日まで開催されています。おすすめします。

「特別展 没後50年記念 川端龍子ー超ド級の日本画」 山種美術館@yamatanemuseum
会期:6月24日(土)~8月20日(日)
休館:月曜日。但し7/17(月)は開館、7/18(火)は休館。
時間:10:00~17:00 *入館は16時半まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生900(800)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *きもの割引:きもので来館すると団体割引料金を適用。
 *リピーター割:使用済み有料入場券を提示すると団体割引料金を適用。
住所:渋谷区広尾3-12-36
交通:JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分。恵比寿駅前より都バス学06番「日赤医療センター前」行きに乗車、「広尾高校前」下車。渋谷駅東口より都バス学03番「日赤医療センター前」行きに乗車、「東4丁目」下車、徒歩2分。

注)写真は特別内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 「不染鉄展」... 「第11回 shi... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。