都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」 国立新美術館
国立新美術館(港区六本木7-22-2)
「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」
7/14-9/13
国立新美術館で開催中の「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」へ行ってきました。
ともかく「モダンアートの先駆者」(チラシより引用)と言われることだけあって、何らかの現代美術展となると度々登場するマン・レイですが、今回ほどの規模で業績を知る機会は殆どなかったかもしれません。マン・レイ財団の協力のもと、写真だけではなく絵画、彫刻までが全400点も揃う様子は新美術館のスケールにも決して負けていませんでした。
展示はオーソドックスな年代別の構成です。マン・レイの人生を作品とともに丹念に追いかけていました。
1.「New York 1890-1921」
フィラデルフィア生まれのマン・レイは初期、スティーグリッツと出会ったことをきっかけに、写真を芸術の域へ高めようと様々な制作に取り組みます。この時期で興味深いのは何やらカンディンスキーを思わせる抽象面を捉えた「シンフォニー」や、まるでマティスのダンスを立体化させたようなオブジェ、「両性具有」でした。またデュシャンとの関係もあったマン・レイは、有名な「階段を降りる裸体」を記録写真として残しています。かの名画も彼の視点を通してみるとまた新鮮でした。
2.「Paris 1921-1940」
パリへ移住したマン・レイは職業写真家としても成功します。 まずその写真家マン・レイとして楽しめるのが、先述のデュシャンの作品にも関わる写真による複製、つまりは他の芸術家の作品をとった写真です。なかでもマン・レイが死ぬまで手放さなかったというルソーの2点には目が止まりました。彼はルソーに一体何を感じていたのでしょうか。
「キキ・ド・モンパルナス」1923年(プリント年不詳)ゼラチン・シルバー・プリント
また同棲していたキキや、まるで彫像のように写るピカソのポートレート、さらにはマン・レイが様々な写真技法に挑戦した実験的な作品などの見どころも満載でした。実際、マン・レイというと写真家としての業績が一番知られていますが、このパリ時代こそハイライトとして位置付けられるのかもしれません。
3.「Los Angeles 1940-1951」
戦争のために全てをなげうってアメリカへ渡ったマン・レイですが、彼の残した「カルフォルニアは美しい牢獄だ。」の言葉の通り、その業績を正当に評価されることはなかなかありませんでした。しかしながらここで出会う彼の伴侶、ジュリエットは、マンレイの制作意欲を再び高めていきます。彼女をはじめ、同じくアメリカ西部で辛酸をなめた経験のあるイサム・ノグチのポートレートには、この時代のアメリカの空気を取り込んだような独特の臨場感がありました。
「永遠の魅力」1948年 木
またもう一つ、カルフォルニア時代で是非とも触れておきたいのがマン・レイのデザインによるチェスボードです。ガラス製の板の上に並ぶ、赤とシルバーのアルミの駒は実にスタイリッシュでした。マン・レイのセンスの良さを伺い知れる作品と言えるかもしれません。
4.「Paris 1951-1976」
「花を持つジュリエット」1950年代 カラー・ポジフィルム
ジュリエットとともに再びパリへと帰ったマン・レイは、過去の作品のスタイルに一部回帰しながら、写真以外にも多様な制作を続けていきます。写真ではカラーを用いつつ、また彼に特徴的な窃視趣味と呼ばれるモチーフの作品を生み出しました。結局、1976年、彼はジュリエットに看取られて亡くなります。マン・レイの死の3年後に撮られたアトリエ、そしてジュリエットとの墓地の写真を見ると、どこかぐっとこみ上げてくるものを感じました。
「赤いアイロン」1966年 ミクスト・メディア
写真は時に、写す人間の関心の有り様をダイレクトに表すことがありますが、そうした意味でもマン・レイはじめに触れたルソーの他、サドなどにも関心を抱いていたことはやや意外でした。また私の好きなエルンストとの関係などについても興味を覚えます。マン・レイは様々な芸術家との交流がありましたが、会場でその辺りについての解説が充実しているとなお良かったかもしれません。
「シュルレアリストたち」1930年 ゼラチン・シルバー・プリント
率直なところ私自身、これまでマン・レイを苦手だと避けていましたが、それは要するに私が彼について何一つ知らなかったからだということが良くわかりました。決して華やかな展示ではありませんが、それこそマン・レイについて苦手な私のような者でも十分に共感を覚え得る展覧会ではないでしょうか。私にとってのマン・レイ体験の原点がこの展示で良かったとさえ思いました。
会場前にはオルセー展入場のための長蛇の列ができていましたが、ここマン・レイについては一切の混雑とは無縁です。小さなポートレートもストレスなく見られました。
展覧会のHPがかなり充実しています。記者発表会の模様が動画で配信されている他、杉本博司や磯崎新がマン・レイについて語るコーナーなどもありました。
9月13日まで開催されています。 なお東京展終了後、大阪の国立国際美術館(9/28-11/14)へと巡回します。
「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」
7/14-9/13
国立新美術館で開催中の「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」へ行ってきました。
ともかく「モダンアートの先駆者」(チラシより引用)と言われることだけあって、何らかの現代美術展となると度々登場するマン・レイですが、今回ほどの規模で業績を知る機会は殆どなかったかもしれません。マン・レイ財団の協力のもと、写真だけではなく絵画、彫刻までが全400点も揃う様子は新美術館のスケールにも決して負けていませんでした。
展示はオーソドックスな年代別の構成です。マン・レイの人生を作品とともに丹念に追いかけていました。
1.「New York 1890-1921」
フィラデルフィア生まれのマン・レイは初期、スティーグリッツと出会ったことをきっかけに、写真を芸術の域へ高めようと様々な制作に取り組みます。この時期で興味深いのは何やらカンディンスキーを思わせる抽象面を捉えた「シンフォニー」や、まるでマティスのダンスを立体化させたようなオブジェ、「両性具有」でした。またデュシャンとの関係もあったマン・レイは、有名な「階段を降りる裸体」を記録写真として残しています。かの名画も彼の視点を通してみるとまた新鮮でした。
2.「Paris 1921-1940」
パリへ移住したマン・レイは職業写真家としても成功します。 まずその写真家マン・レイとして楽しめるのが、先述のデュシャンの作品にも関わる写真による複製、つまりは他の芸術家の作品をとった写真です。なかでもマン・レイが死ぬまで手放さなかったというルソーの2点には目が止まりました。彼はルソーに一体何を感じていたのでしょうか。
「キキ・ド・モンパルナス」1923年(プリント年不詳)ゼラチン・シルバー・プリント
また同棲していたキキや、まるで彫像のように写るピカソのポートレート、さらにはマン・レイが様々な写真技法に挑戦した実験的な作品などの見どころも満載でした。実際、マン・レイというと写真家としての業績が一番知られていますが、このパリ時代こそハイライトとして位置付けられるのかもしれません。
3.「Los Angeles 1940-1951」
戦争のために全てをなげうってアメリカへ渡ったマン・レイですが、彼の残した「カルフォルニアは美しい牢獄だ。」の言葉の通り、その業績を正当に評価されることはなかなかありませんでした。しかしながらここで出会う彼の伴侶、ジュリエットは、マンレイの制作意欲を再び高めていきます。彼女をはじめ、同じくアメリカ西部で辛酸をなめた経験のあるイサム・ノグチのポートレートには、この時代のアメリカの空気を取り込んだような独特の臨場感がありました。
「永遠の魅力」1948年 木
またもう一つ、カルフォルニア時代で是非とも触れておきたいのがマン・レイのデザインによるチェスボードです。ガラス製の板の上に並ぶ、赤とシルバーのアルミの駒は実にスタイリッシュでした。マン・レイのセンスの良さを伺い知れる作品と言えるかもしれません。
4.「Paris 1951-1976」
「花を持つジュリエット」1950年代 カラー・ポジフィルム
ジュリエットとともに再びパリへと帰ったマン・レイは、過去の作品のスタイルに一部回帰しながら、写真以外にも多様な制作を続けていきます。写真ではカラーを用いつつ、また彼に特徴的な窃視趣味と呼ばれるモチーフの作品を生み出しました。結局、1976年、彼はジュリエットに看取られて亡くなります。マン・レイの死の3年後に撮られたアトリエ、そしてジュリエットとの墓地の写真を見ると、どこかぐっとこみ上げてくるものを感じました。
「赤いアイロン」1966年 ミクスト・メディア
写真は時に、写す人間の関心の有り様をダイレクトに表すことがありますが、そうした意味でもマン・レイはじめに触れたルソーの他、サドなどにも関心を抱いていたことはやや意外でした。また私の好きなエルンストとの関係などについても興味を覚えます。マン・レイは様々な芸術家との交流がありましたが、会場でその辺りについての解説が充実しているとなお良かったかもしれません。
「シュルレアリストたち」1930年 ゼラチン・シルバー・プリント
率直なところ私自身、これまでマン・レイを苦手だと避けていましたが、それは要するに私が彼について何一つ知らなかったからだということが良くわかりました。決して華やかな展示ではありませんが、それこそマン・レイについて苦手な私のような者でも十分に共感を覚え得る展覧会ではないでしょうか。私にとってのマン・レイ体験の原点がこの展示で良かったとさえ思いました。
会場前にはオルセー展入場のための長蛇の列ができていましたが、ここマン・レイについては一切の混雑とは無縁です。小さなポートレートもストレスなく見られました。
展覧会のHPがかなり充実しています。記者発表会の模様が動画で配信されている他、杉本博司や磯崎新がマン・レイについて語るコーナーなどもありました。
9月13日まで開催されています。 なお東京展終了後、大阪の国立国際美術館(9/28-11/14)へと巡回します。
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