「高橋由一展」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館
「近代洋画の開拓者 高橋由一」
4/28-6/24



東京藝術大学大学美術館で開催中の「近代洋画の開拓者 高橋由一」へ行ってきました。

「ああ、思い出した、あの鮭だ。」。

ともかくこのキャッチコピーしかり、「鮭」のビジュアルでも圧倒的な高橋由一ですが、意外にも都内で本格的な回顧展が開催されたことは一度もありませんでした。

本展ではそうした由一の絵画表現の変遷を「鮭」を基盤に5つの観点からひも解いています。

構成は以下の通りでした。

プロローグ:由一、その画業と事業
1:油画以前
2:人物画・歴史画
3:名所風景画
4:静物画
5:東北風景画


冒頭のプロローグでは、実はあまり知られていない由一の経歴を軽くおさらいします。

由一は江戸時代の1828年、佐野藩の江戸屋敷に武家の子として生まれ、その後日本画を学びつつも、西洋の石版画に触れたことで、次第に西洋画を志すようになりました。

本格的に西洋画の道へ入ったのは由一35歳、1862年の頃です。幕府の洋画研究所である「蕃書調所画学局」へ入所します。

以降ワーグマン、また明治になってからはフォンタネージらの教えを受け、40代も半ばにようやく洋画家としての地位を固めました。

そのような由一のただの一つの現存する自画像がプロローグで登場します。


高橋由一「丁髷姿の自画像」1866-67年頃 笠間日動美術館

まだ髷姿ながらも、彫の深い顔面表現などは、いかにも由一ならではのリアリズムを見ることが出来るのではないでしょうか。

さて幕府時代の由一は植物図譜の制作にも取り組みます。素材は油ではなく和紙に水彩です。

「博物館魚譜」における細密な魚の写しには、水彩でも由一の追い求めた絵画における迫真性を強く感じることが出来ます。

一方で軽妙な墨画を残している点も見逃せません。円朝コレクションとしても知られる「幽冥無実之図」は文字通りの幽霊画です。

また「山水」では墨の緩やかな筆致を活かし、明かりの煌めく波間に浮かんだ小舟を抒情的に描いています。

これらの半ば見慣れない墨画などを楽しめるのも回顧展ならではのことと言えそうです。

油画はジャンル別です。人物、風景、そして静物画の順に展示されています。

人物では肖像画が多く、大久保利通や岩倉具視らといった大物もモチーフとしている一方、歴史、とりわけ古代史に関心があったのか、例えば「日本武尊」などの歴史的、神話的主題をとる人物も描いています。

そして圧巻なのが「花魁」です。


高橋由一「花魁」1872年 重要文化財 東京藝術大学

完成後にモデルが「こんな顔じゃない。」と泣いて怒ったというエピソードにも知られるように、ここには絵画としての美しさよりも、エキゾチックでかつデロリすら連想させる、由一の徹底した質感表現が追求されていることが分かります。

際立つおしろい、また装身具のゴツゴツとしたまでの質感が、不気味な感触をもって浮かびあがります。油絵具の塗りの重み、その質感は、言わばモデルの存在をも押しつぶしていました。

さて風景画でまず気になるのはいわゆる「枝垂れモチーフ」を多用していることです。

中でも「不忍池図」は顕著です。前景に垂れる枝葉と後景の池との対比、またそこから生じる遠近感は、どこか浮世絵の構図を思わせます。


高橋由一「芝浦夕陽」1877年 金刀比羅宮

一方で風景画においてもリアルな表現を求めている点は変わりません。「洲崎」での船の仕掛けの透き通る様には目を見張るものがあります。また暗い闇に煌煌とともる鵜飼の篝火を描いた「鵜飼図」なども独特です。

結果的に静物画において由一は才能を最も効果的に示したのかもしれませんが、風景画においても部分部分、そうした側面を見ることができました。

そしてその静物画です。ここではちらし表紙を飾る「鮭」が別バージョンの2点を従え、ようは3点並んで展示されています。


高橋由一「鮭」1878年頃 山形美術館寄託

一番右は通称、伊勢屋の鮭、現在は山形美術館の寄託として知られる一枚です。切り取った身の部分は何やらジューシーで、その旨味すら伝わってくるような感覚を与えられます。

中央は目玉、芸大美術館所蔵で重要文化財の指定を受けている「鮭」です。


高橋由一「鮭」1877年頃 重要文化財 東京藝術大学

3点中最大のサイズということもあってか、その姿は実に堂々としていますが、切り身の部分の描写はやや硬めで、乾いた鱗の質感表現など、細かな部分に目が向きます。


高橋由一「鮭図」1879-80年 笠間日動美術館

一番右は笠間日動美術館からやってきた作品です。身が最も大きく切り落されている上、頭の部分はかなり黒く、他2点とは明らかに印象が異なりました。

それにしても静物のセクションでいささか残念なのは、「鮭」と並び由一の傑作として名高い「豆腐」が東京会場には出品されないことです。(巡回先の京都会場では展示。会場別出品リスト。)

余計な話かもしれませんが、鮭の切り身ばかり食べているとむせてしまうように、ここは口直し、また箸休めとしても豆腐があればと思いました。

ラストは由一が当時の山形県令、三島通庸の委嘱を受けて描いた栃木、福島、山形など、主に東北各地の風景です。


高橋由一「山形市街図」1881-82年 山形県

三島はこれらの地域で土木工事を指揮していましたが、完成、もしくは工事中の橋やトンネル、それに道路などを由一に記録させました。

写生帖や下絵など、かなり作品があります。いずれも時に各地域の植生にまで目の届いた繊細なスケッチばかりです。油画表現に邁進した由一の別の軌跡、制作を知ることが出来ました。

チラシにも記された「和製油画」とも呼ばれる由一の濃厚な絵画を紹介する本展、質と量を鑑みても、おそらくは数十年に一度のスケールと言えるのではないでしょうか。

なお会場は思いの他に賑わっていました。この後、6月10日にはEテレの日曜美術館の本編での特集も控えています。

「真に迫れり~近代洋画の開拓者・高橋由一~」@NHK Eテレ *6月10日(日)9:00~(再放送:6/17 20:00~)

ひょっとすると会期末に向けてさらに混雑してくるかもしれません。

「高橋由一/古田亮/中公新書」

6月24日まで開催されています。おすすめします。

【巡回予定】
山形美術館 7月20日~8月26日
京都国立近代美術館 9月7日~10月21日

「近代洋画の開拓者 高橋由一」 東京藝術大学大学美術館
会期:4月28日(土)~6月24日(日)
休館:月曜日
時間:10:00~17:00 *入館は16時半まで。
住所:台東区上野公園12-8
交通:JR線上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ千代田線根津駅より徒歩10分。京成上野駅、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅より徒歩15分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (kazupon)
2012-06-10 23:10:33
京都での展覧会を楽しみに待っています。由一の出会いは子供のころに見た金毘羅さんでの展示館においてです。数年前の表書院公開の折久しぶりにのぞきましたが、建物は変わっていたけど、ぞくぞくしました。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2012-06-12 19:55:43
@kazuponさん

こんばんは。

>由一の出会いは子供のころに見た金毘羅さんでの展示館

それは素晴らしいです!ブログ中にも書きましたが京都展は「豆腐」も出ます。また見応えありそうですね。

金比羅山といえば芸大の展示も懐かしいです。
実は一度も現地へ出向いたことがなく…行きたいですね。
 
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