都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「モーリス・ド・ヴラマンク展」 損保ジャパン東郷青児美術館
損保ジャパン東郷青児美術館(新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン本社ビル42階)
「没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展」
4/19-6/29
嵐の画家、ブラマンクの画業を概観します。損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展」へ行ってきました。
構成は以下の通りです。海外の個人蔵の作品が数多く展示されています。(約80点)
1.「フォーブの時代」
1893年、17歳の頃より絵を描き始めたヴラマンク。「父よりもゴッホを愛する。」とも述べたゴッホの影響。1900年、ドランと出会い、パリ西郊のシャトゥーにアトリエを借りた。フォーヴィズムの影響下の作品。
2.「セザンヌ風の時代」
1907年、セザンヌ回顧展に接し、直線的で簡潔な構成と青を多様したセザンヌ風の作品を残す。自然主義的な方向へ。
3.「スタイルの確立」
シュルレアリスムや抽象表現に背を向け、独自の画風に邁進したヴラマンクの世界。
知る機会の少ない初期作の揃う冒頭(第1章)がまた貴重ですが、初めの「室内」(1900-01)は、厳格で多面的な構成をとった彼らしからぬ興味深い作品です。茶色の調度品と、四角形の造形が印象に残る木目調の室内が、あたかもペンキを塗ったかのようなぶ厚いマチエールにて示されています。またキラキラと光る水面を、まるで石畳を表すかのような白と水色とで描く「ル・アーヴル港の帆船」(1906)や、明るいイエローが華やかに果実を支える「静物」(1906)なども、一見ではヴラマンクとは分かりかねる作品の一例かもしれません。ただ、総じてこの時期の作品は、第2章で紹介されるセザンヌ影響下のものよりも、後に現れるヴラマンクの特徴がストレートに出ています。「冬のシャトゥー」(1907)における、ややくすんだグレーの混じる雪景色の大地や木々の枝のうねる表現は、事物のぶつかり合うような激しさこそないものの、『ヴラマンク・スタイル』の萌芽が見られるとも言えるのではないでしょうか。名物だった舟遊びも衰退し、逆に水質汚染が問題にもなったとされる産業化を迎えた当時のシャトゥーを、ヴラマンクはこの薄汚れた色にて忠実に描いたのかもしれません。
セザンヌの時代は、後の独自のスタイルへ向かう完全な過渡期です。構成は直線を多用して簡潔になり、色彩もセザンヌの色、つまりは薄い青みをおびた透明感のあるものへと変化していきます。ここはまず「白いテーブルクロスの静物」(1909-10)が印象的です。何やらブラックを思わせるキュビズム風の線と面が錯綜する面白い作品ですが、この切子面を多用する構成はまず他のヴラマンクで見ることが出来ません。またセザンヌの色に近いものとして挙げられるのは、「川の上のヨット、シャトゥー」(1909-10)でしょう。色彩にセザンヌほどの繊細さが見られませんが、空や水面に見る瑞々しさや、小さな点描のようなタッチにて細かれた木立などにその影響を感じさせています。結局、ヴラマンクは、抽象にもキュビズムにも向かわず、セザンヌより受け継ぐ自然主義の面へと進みますが、他にも「三軒の家」(1910)や「橋のある風景」(1910)における一種の素朴さは、そうした側面を良く表している作品とも言えそうです。
スタイルの確立した後のヴラマンクは、それこそ絵筆によって風景や事物へ一心不乱に魂を与えていきます。つまりは力強く、またスピード感のある厚塗りのマチエールと、渦巻くような面が全体を支配する、言わば物の怪の取り憑いたような鬼気迫る嵐の風景などが次々と登場していくわけです。まるで水しぶきのように激しく交差する雪道と、今にもちぎれ飛びそうな木々の枝、そして暗鬱な空に雲の重くのしかかる「雪の道」(1934)は、ヴラマンクの魅力が凝縮された格好の一枚ではないでしょうか。その他、前景に大きく木が迫出し、後ろに寂寥感漂う麦の穂の広がる、あたかもロマン派詩人の歌う一情景を示したような「林檎の木とかむら麦の畑」(1942-43)や、天と地の境も失われ、道も空とが渾然一体となって今にも崩壊せんとばかりの森を描く「雪の覆われた下草」(1947-48)、さらにはもはやこの世の終わりを告げるような太陽が全てを爛れ焦がす「下草と太陽」(1954-55)など、思わず絵の前で立ちすくんでしまうような作品ばかりが並んでいました。激しさと強さと、その反面の儚さの同居したヴラマンクの世界が怒涛の如く示されています。
大好きな画家の回顧展というだけでも私は満足です。出来れば会期末までにあと何度か足を運びたいと思います。
6月29日までの開催です。なおこの展覧会は後、大分県立芸術会館(7/9-8/17)、鹿児島市立美術館(10/3-11/3)へと巡回します。
「没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展」
4/19-6/29
嵐の画家、ブラマンクの画業を概観します。損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展」へ行ってきました。
構成は以下の通りです。海外の個人蔵の作品が数多く展示されています。(約80点)
1.「フォーブの時代」
1893年、17歳の頃より絵を描き始めたヴラマンク。「父よりもゴッホを愛する。」とも述べたゴッホの影響。1900年、ドランと出会い、パリ西郊のシャトゥーにアトリエを借りた。フォーヴィズムの影響下の作品。
2.「セザンヌ風の時代」
1907年、セザンヌ回顧展に接し、直線的で簡潔な構成と青を多様したセザンヌ風の作品を残す。自然主義的な方向へ。
3.「スタイルの確立」
シュルレアリスムや抽象表現に背を向け、独自の画風に邁進したヴラマンクの世界。
知る機会の少ない初期作の揃う冒頭(第1章)がまた貴重ですが、初めの「室内」(1900-01)は、厳格で多面的な構成をとった彼らしからぬ興味深い作品です。茶色の調度品と、四角形の造形が印象に残る木目調の室内が、あたかもペンキを塗ったかのようなぶ厚いマチエールにて示されています。またキラキラと光る水面を、まるで石畳を表すかのような白と水色とで描く「ル・アーヴル港の帆船」(1906)や、明るいイエローが華やかに果実を支える「静物」(1906)なども、一見ではヴラマンクとは分かりかねる作品の一例かもしれません。ただ、総じてこの時期の作品は、第2章で紹介されるセザンヌ影響下のものよりも、後に現れるヴラマンクの特徴がストレートに出ています。「冬のシャトゥー」(1907)における、ややくすんだグレーの混じる雪景色の大地や木々の枝のうねる表現は、事物のぶつかり合うような激しさこそないものの、『ヴラマンク・スタイル』の萌芽が見られるとも言えるのではないでしょうか。名物だった舟遊びも衰退し、逆に水質汚染が問題にもなったとされる産業化を迎えた当時のシャトゥーを、ヴラマンクはこの薄汚れた色にて忠実に描いたのかもしれません。
セザンヌの時代は、後の独自のスタイルへ向かう完全な過渡期です。構成は直線を多用して簡潔になり、色彩もセザンヌの色、つまりは薄い青みをおびた透明感のあるものへと変化していきます。ここはまず「白いテーブルクロスの静物」(1909-10)が印象的です。何やらブラックを思わせるキュビズム風の線と面が錯綜する面白い作品ですが、この切子面を多用する構成はまず他のヴラマンクで見ることが出来ません。またセザンヌの色に近いものとして挙げられるのは、「川の上のヨット、シャトゥー」(1909-10)でしょう。色彩にセザンヌほどの繊細さが見られませんが、空や水面に見る瑞々しさや、小さな点描のようなタッチにて細かれた木立などにその影響を感じさせています。結局、ヴラマンクは、抽象にもキュビズムにも向かわず、セザンヌより受け継ぐ自然主義の面へと進みますが、他にも「三軒の家」(1910)や「橋のある風景」(1910)における一種の素朴さは、そうした側面を良く表している作品とも言えそうです。
スタイルの確立した後のヴラマンクは、それこそ絵筆によって風景や事物へ一心不乱に魂を与えていきます。つまりは力強く、またスピード感のある厚塗りのマチエールと、渦巻くような面が全体を支配する、言わば物の怪の取り憑いたような鬼気迫る嵐の風景などが次々と登場していくわけです。まるで水しぶきのように激しく交差する雪道と、今にもちぎれ飛びそうな木々の枝、そして暗鬱な空に雲の重くのしかかる「雪の道」(1934)は、ヴラマンクの魅力が凝縮された格好の一枚ではないでしょうか。その他、前景に大きく木が迫出し、後ろに寂寥感漂う麦の穂の広がる、あたかもロマン派詩人の歌う一情景を示したような「林檎の木とかむら麦の畑」(1942-43)や、天と地の境も失われ、道も空とが渾然一体となって今にも崩壊せんとばかりの森を描く「雪の覆われた下草」(1947-48)、さらにはもはやこの世の終わりを告げるような太陽が全てを爛れ焦がす「下草と太陽」(1954-55)など、思わず絵の前で立ちすくんでしまうような作品ばかりが並んでいました。激しさと強さと、その反面の儚さの同居したヴラマンクの世界が怒涛の如く示されています。
大好きな画家の回顧展というだけでも私は満足です。出来れば会期末までにあと何度か足を運びたいと思います。
6月29日までの開催です。なおこの展覧会は後、大分県立芸術会館(7/9-8/17)、鹿児島市立美術館(10/3-11/3)へと巡回します。
コメント ( 18 ) | Trackback ( 0 )
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はろるどさんの情熱が伝わってくる熱い記事ですね。やはりスタイル確立後のヴラマンクがお好きですか。最後のほうはとくにかなり激しいタッチでしたね。
個人的には、初期の貴重な作品たちをとくに興味深くみました。その後の変化を思い描きながらみる楽しみがありました。
実はもう前々から楽しみしていた展示だったので会期2日目に見てきたのですが、なかなか言葉にならなくてこうも感想が遅れてしまいました。好きなものを言葉にするのは結構難しいですよね。
>初期の貴重な作品たちをとくに興味深く
セザンヌの時代は過渡期かなという印象もありましたが、
初期作は思いの外見応えがあって面白かったです。
出来はともかく図録も買ってきました。暇があればパラパラめくってます。
そろそろ二度目の観賞といきたいところです!
イスラエル美術館とかちょっと意外なところから拝借していましたね。
自画像を生涯二点しか描かなかったのは意外ですね。
このあとチケットのご案内を非公開に。
作品の変化がわかりやすいラインナップで、わたし的にはこれからヴラマンクを見る時のガイドになってくれそうな展覧会でした。
雪と空の絵が大好きです。
こんばんは。
>イスラエル美術館とかちょっと意外なところから拝借
個人蔵が目立ちましたが、確かに聞き慣れない美術館の作品も出ていましたね。
彼の基準作というものが分からないので、展示品の質については何とも言えないのですが、ともかくヴラマンク好きにはたまらない展覧会でした。
>このあとチケットのご案内を非公開
ありがとうございます。後ほどまたメールさせていただきます!
@ogawamaさん
こんばんは。
>うわーヴラマンクお好き
そうなんです。
初めて見知った時以来、浮気することなくずっと好きですね。
>雪と空の絵
空はもうあの色が心に染み入ります。
また薄汚れた雪が、近代化の過程における環境汚染と関係していたとは知りませんでした。
構図だけでなく色の変遷を見るのも面白いかもしれませんね。
最近ずーっと美術館へ行けてなかったのですが、
ヴラマンクは外せない!と見に行き、先ほどブログをアップしたばかりです。
はろるどさんもヴラマンクお好きだったな~と思い、
こちらに来てみたら、さすがにもう見に行かれてたんですね!
さっそくTBいただいてしまいました。
ヴラマンク、他の展覧会で見るたびになぜだか心にひっかかってきてたので、
今回は初めてヴラマンク単独の展覧会が見れて、感激しました。
シンプルで、いい展覧会だったと思います。
はろるどさんの、臨場感あふれる熱の入った文章にも、
浸らせていただきました(*^^*)
いつもながら、的確な表現力に感心してしまいます!
TBありがとうございました~☆
はろるどさんのレビューはいつも丁寧で知的だけど、今回のはお好きな画家ということでまた一段とひきこまれました!
丁寧にみてらっしゃるな~と思います。
後半の絵はすごかったですね。
あの雰囲気はポストカードではでないと思ったので買いませんでした><
こんばんは。
お褒めの言葉恐縮です。どうもありがとうございます。
>ヴラマンク、他の展覧会で見るたびになぜだか心にひっかかってきてたので、今回は初めてヴラマンク単独の展覧会が見れて、感激しました。
私も全く同じです。
ヴラマンクは国内の美術館でも見る機会の多い作家だとは思いますが、回顧展を見るのは今回が初めてでした。本当に楽しかったです。
>シンプルで、いい展覧会
そうですね。時系列に追いながら、その作風の変遷を見ていくという、とても分かりやすい内容でした。このくらいが私のような初心者には助かります。
@はなさん
こんばんは。早速のTBをありがとうございます。
>今回のはお好きな画家ということ
何故好きか自分でも良く分からないのですが、初めて見知った頃からすぐ惹かれたので、ようは一目惚れだと思います。惚れっぽくてすみません…。
>あの雰囲気はポストカードではでないと思ったので買いません
あの画肌はカードでは再現不能ですよね。
実物で見る、絵具を浴びるような凄みもまた良いなと思います。
後半はノックアウトでした。
はろるどさんがヴラマンクがお好きと伺って、なんとなく納得したりしました。
記事を読んでいると、どうしてか『はげ山の一夜』が勝手に頭の中に流れてきました。
たぶん、わたしの思い込みからのBGM選択なんでしょうが、なんとなくそんな気分です。
しかし初期作品やセザンヌ先生の影響下にある頃の作品など、普段見れないものを見たのは収穫でした。
「はげ山の一夜」でしたか。確かに何となく似ている部分がありそうですね。ムソルグスキーとヴラマンクの関係は意識したことがなかったので、次回鑑賞の際に音楽を頭の中に流してみたいと思います。
>初期作品やセザンヌ先生の影響下にある頃
これは貴重でしたね。
他で見られるブラマンクは皆スタイルの確立した後の作品が多いので…。
ここまでいい印象になるとは思ってもみませんでした。
ヴラマンクはあの線がたまりませんね。
現実を越えてしまってる感があるのがいいなあと思いました。
>ヴラマンクはあの線がたまりませんね。
現実を越えてしまってる感
そうですよね。
時代を経るごとに線もどんどん奔放になっていますが、
それが説得力を持っていく部分がまた凄いなと思いました。
そごう美術館の佐伯祐三展と今回のヴラマンク展がタイミングよく開催されていて、ラッキーでした。
また、ゴッホやセザンヌとの関連も大変参考になる展覧会でしたね。
私はヴラマンクの雪の白が一番印象に残っているのですが、力強くスピード感のある筆さばきは、アクションペインティングに通じるものがあるのかな、と一瞬思いました。
佐伯とヴラマンク展は本当にタイミングが良かったですね。互いの遣り取りを色々思い浮かべながら見ることが出来ました。また仰るようにセザンヌとの関係も未知だったので興味深かったです。一般的なヴラマンクのイメージとセザンヌは全然結びつきませんよね。
>力強くスピード感のある筆さばきは、アクションペインティング
そうご覧になられましたか!確かにあの激しさはそういう部分もありそうですね。表現主義の抽象にも近い絵があったかなとも思いました。
今頃・・・ですが記事を書きましたのでTBさせて頂きました。
今迄ヴラマンクのことをろくに知らなかったのに、
すっかり魅了されました。
会場終盤の風景画はどれも迫力があって
ツボに入りまくりでしたが、
最後の連作がまた穏やかで味わい深かったです。
>今迄ヴラマンクのことをろくに知らなかったのに、
すっかり魅了されました。
ヴラマンク好きとしては嬉しいお言葉をありがとうございます。
彼の魅力を知るに最適な展覧会だったかもしれませんね。
仰るような迫力など、見応え十分でした。
また後ほどTB先へお伺いさせていただきます。
うまくコメントが反映されると良いのですが…。
やはり無言TBというのは気がひけますので、
コメント出来る様になって嬉しいです。
(cookieの設定をいじりました。)
こちらへのコメントも有難うございました。
無事コメントを受け取れました。
>コメントもうまく反映
gooブログの方では特に設定が変わった様子もありませんが、
cookieなど本当に色々とお手数をおかけしました。ありがとうございます。
>無事コメントを受け取れました。
前回は入力のキーワードを間違えてしまったようです。
今度とも宜しくお願いします。