「神田日勝 大地への筆触」 東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー
「神田日勝 大地への筆触」 
2020/6/2~6/28



東京ステーションギャラリーで開催中の「神田日勝 大地への筆触」を見てきました。

1937年に東京の練馬で生まれた神田日勝は、7歳の時に家族とともに戦災を逃れ、北海道の十勝に入植すると、農業を続けながら絵画を制作し、道内の展覧会などで作品を発表しては高く評価されてきました。

その日勝の東京では約40年ぶりの回顧展が「大地への筆触」で、油彩の代表作からペンや墨の作品を網羅し、目まぐるしく変化した画風を辿っていました。

はじまりは10代の頃の「自画像」で、白いシャツを着ながら、まだあどけない表情をした自らの姿を描いていました。入植後も神田一家は、荒地の開墾などで苦難の生活を送りましたが、後に東京藝術大学に進む兄の一明の影響を受けた日勝は、小さい頃から絵にのめり込むと、ほぼ独学で絵画を習得しました。


「ゴミ箱」 1961年 個人蔵(神田日勝記念美術館寄託)

暗い色遣いを基調に、どこか重厚でかつ暗鬱な雰囲気を漂わせているのも、早い段階の日勝の画風の特徴と言えるかもしれません。「ゴミ箱」では、大きなドラム缶や打ち捨てられた靴、そして空き缶などを真正面から捉えていて、一面はナイフで細かに刻みこんだような黒褐色の絵具で覆われていました。まさに誰も気にも留めない場末の景色を見るかのようで、物悲しさを感じてなりませんでした。


「飯場の風景」 1963年 神田日勝記念美術館

「閉塞感」も日勝の画業を語る一つのキーワードではないでしょうか。「飯場の風景」は、労働者が狭い室内で休憩を取る光景を描いていて、膝を組みつつ、横になって眠る男たちは、もはや空間へ押し込められたのように窮屈でした。そこには束の間の安らぎと言うよりも、むしろ労働の過酷さが滲み出ているようで、全体を包み込む静けさのみがひしひしと伝わってきました。

一連の日勝の作品を通して特に胸を打つのが、馬をモチーフとした絵画でした。初期の「馬」は飼い葉を食べる馬を横から描いていて、背骨の浮き上がり、太い脚を地面へどっしりと降ろした農耕馬の逞しさが感じられました。


「死馬」 1965年 北海道立近代美術館

その一方で「死馬」は、石の床で死んだ馬を捕らえた作品で、目を伏して、丸々ように横たわる馬の姿には、日勝の馬への強い追慕の念が表れているかのようでした。また細かに毛並みを描いているのも特徴的で、一本一本がうねるようにざらついた筆触は、あたかもゴッホの絵画を目にするようでした。

1964年に独立展に初入選し、その後も入選を重ねると、日勝は色彩を大きく取り込んだ作品を制作するようになりました。以前の黒褐色とは一変し、赤や黄色、青などの原色を多用していて、力強い筆致やざらついた絵具の質感こそ受け継がれたものの、色だけを取り上げれば同じ画家とは思えないほどでした。


「画室A」 1966年 神田日勝記念美術館

「画室A」は日勝が1966年から挑戦した連作の1つで、絵具缶や筆などの画材が画室内へ散乱するように置かれた光景を、原色を用いて平面的に描いていました。また「画室C」も同じ主題の作品で、中央に集めた椅子や画材の背後には、もはやポップアートに登場するようなショッキングピンクが広がっていました。これほどの激しい色を日勝はどこに秘めていたのでしょうか。


「晴れた日の風景」 1968年 神田日勝記念美術館

「晴れた日の風景」も驚くべき熱量を蓄えた作品かもしれません。太陽の日差しの元、人と馬のいる光景を描いていましたが、馬は赤や黄、青などの色で象られ、人とともにデフォルメされつつ、それこそ絵具をぶちまけたかのような筆触で描いているなど、強い個性が表れていました。アンフォルメルの影響との指摘もありますが、日勝は同時代の美術の潮流や画壇へ敏感に反応していて、時に社会事象を投影した作品を描くなど、何も孤高で隔絶した画家というわけではありませんでした。


「室内風景」 1970年 北海道立近代美術館

日勝最後の完成作であるのが「室内風景」で、一面の新聞紙に囲まれた空間の中、ただ一人、膝を立ててはしゃがみ込む自身の姿を描いていました。また床には鞄や時計といった日用品の他に、赤ん坊の人形や果物の皮、さらに魚の骨なども散らばっていて、現実と非現実がないまぜになっているかのようでした。

1968年、31歳にて長女が誕生し、アトリエを増築しては、展覧会へ出品するなどして活動した日勝でしたが、1970年の春先に体調を崩すと入院し、8月末には腎盂炎による敗血症のために亡くなりました。実に32歳の若さでした。


「馬(絶筆・未完)」 1970年 神田日勝記念美術館

その日勝の遺作として伝わるのが、馬を横から捉えた「馬(絶筆・未完)」でした。ちょうど馬の前半身のみが描かれていて、頭部と前脚部分こそ完成しているものの、腹部は下塗りのままの状態で、残りは輪郭線のみが引かれ、ベニヤ板の支持体が露出していました。そこには部分ごとに絵を完成させようとする、日勝の制作プロセスも垣間見られるかもしれません。

ここでとりわけ印象に深いのは、憂いを帯びたような馬の目で、やや虚ろな瞳の奥には、無限の空間が広がっているように思えました。どのように仕上げようとしたのかは分かりませんが、大きく画風を変えた日勝が、ともすると原点に回帰した作品とも呼べるのではないでしょうか。



なお神田日勝は、2019年のNHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」に登場する、山田天陽のモチーフになった画家だそうです。私は知りませんでしたが、会場内で「テレビで見た。」などと話されている方もおられたので、ひょっとすると日勝の作品もドラマ中に登場していたのかもしれません。



最後にチケットに関する情報です。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、事前日時予約制が導入されました。原則、ローソンチケット、もしくはインターネット予約にて入館時間を指定の上、入場する必要があります。(前売券や招待券を持っている場合は予約不要。)

入場時間枠は10時から17時半まで、各1時間毎の7回あり、予定枚数に達し次第、売り切れとなります。なお金曜は17時半から19時半の夜間開館の枠が追加されます。



チケット購入は各指定時間の30分前までで、各回の入れ替え制ではなく、指定時間内であればいつでも入場出来ます。(インターネット予約のみ指定時間の3時間前まで。)私はローソンの店内にあるLoppiでチケットを手配しました。端末で展覧会を検索し、氏名と電話番号を入力するだけで、スムーズに購入可能でした。



今のところ各指定時間ともに、入場枠には余裕があるそうです。前売などのチケットをお持ちでない場合は、必ず事前に時間を指定の上、お出かけ下さい。

【「神田日勝 大地への筆触」 巡回スケジュール】
神田日勝記念美術館:2020年7月11日(土)~9月6日(日)
北海道立近代美術館:2020年9月19日(土)~11月8日(日)


会期中は無休です。6月28日まで開催されています。

「神田日勝 大地への筆触」 東京ステーションギャラリー
会期:2020年6月2日(火)~6月28日(日)
休館:会期中無休。
料金:一般1100(800)円、高校・大学生900(600)円、中学生以下無料。
 *ローソンチケット、インターネット予約による事前発券制。
時間:10:00~18:00。
 *毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
住所:千代田区丸の内1-9-1
交通:JR線東京駅丸の内北口改札前。(東京駅丸の内駅舎内)
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