都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「生誕120年・没後100年 関根正二展」 神奈川県立近代美術館鎌倉別館
神奈川県立近代美術館鎌倉別館
「生誕120年・没後100年 関根正二展」
2020/2/1~3/22
神奈川県立近代美術館鎌倉別館にて開催中の「生誕120年・没後100年 関根正二展」を見てきました。
1899年に福島県の白河に生まれ、16歳にして二科展に入選するも、僅か20歳にて結核で夭折した画家、関根正二は、昨年、生誕120年と没後100年を迎えました。
それを期して行われているのが「生誕120年・没後100年 関根正二展」で、代表的な油彩画をはじめ、関連する画家の作品を交え、計150点の作品と資料が出品されていました。しかし前後期で多くの作品が入れ替わることもあり、二つの会期を合わせて一つの展覧会と言って差し支えありません。
家族と共に9歳にて上京し、深川に移り住んだ関根は、同じく深川生まれの日本画家、伊東深水と知り合うと、後に深水の紹介で印刷会社の図案部に勤めました。そしてワイルドの思想に触れ、会社を辞めると、旅先の長野で画家の河野通勢と出会い、彼の研究していたデューラーなどの北方ルネサンスの画家に影響を受けました。
その頃に描いたのが「死を思う日」で、うねるようなタッチによる木立の中、一人、寂しく歩く人物を横から捉えていました。草の濃密な描写や土色に染まる空などは独特で、河野やゴッホの画風を連想させる面があるかもしれません。そして「死を思う日」こそが、二科展に初入選した作品で、画壇へのデビューを果たしました。
関根正二「井上郁像」1917年 福島県立美術館(寄託)
深川で酪農を営み、関根のパトロンだった人物の祖母をモデルにしたのが「井上郁像」で、やや険しい表情で前を見据えつつ、物静かな様子で両手を重ねては座る女性の姿を描いていました。ここで興味深いのは「死を思う日」とは一変し、細かな筆で青などの色を重ね、やや透明感のある色彩を引き出していることで、セザンヌ的な色面の構成を見ることが出来ました。これは二科展で、セザンヌの影響を受けた、安井曾太郎の作品を見たことに由来すると指摘されています。
チラシ表紙を飾った「少年」も同年に描かれた一枚で、自ら手にした花を、一心不乱で凝視する少年の姿を真横から捉えていました。少年は目鼻などの頭部こそ比較的細かに描かれている一方で、首から下は不明瞭な線のみで象っていて、青や茶色が滲む背景はまるで抽象のようでもありました。また燃えるように赤い花や頬の朱色も目立っていて、物悲しい風情ながらも、色の力ゆえか、激しさも感じられました。
関根正二「チューリップ」 1918年 個人蔵
そうした赤を効果的に用いた「チューリップ」に魅せられました。褐色を帯びた壺のような花瓶には、数輪のチューリップが入れられていて、赤や黄色の花を咲かせていました。背景には青とも緑とも言い難い色面を塗り込んでいて、重厚感のある色面を作り上げていました。絵画の強い物質感も関根の絵画の魅力と言えるかもしれません。
関根正二「神の祈り」 1918年頃 福島県立美術館
1つのハイライトとも呼べるのが、右に「神の祈り」、中央に「姉弟」、そして左に「婦人像」の3点を並べた展示でした。そのうち「神の祈り」は、白い衣服に身を包んだ2人の女性が並んで歩く光景を描いていて、後ろの女性の頭には光輪も見て取れました。
関根正二「姉弟」 1918年 福島県立美術館
関根の作品には時にキリスト教絵画を思わせるモチーフも見られますが、彼自身は必ずしもキリスト教に入信していませんでした。しかし実際にキリスト教信者であった河野の影響もあり、西洋の宗教観へ関心を持っていたとも指摘されています。確かに諦念を誘うかのような神秘的とも言える作風は、宗教的な価値観も反映されていたのかもしれません。
関根正二「信仰の悲しみ」 1918年 大原美術館 重要文化財
関根の代表作で重要文化財にも指定された「信仰の悲しみ」が、2月18日からの後期より公開されました。お腹の大きい妊婦のような女性が5名、花を手にしながら荒野を歩く姿を表していて、もはやこの世とは思えないような彼岸の光景が広がっていました。
当初、関根は作品を「楽しい国土」としたものの、深水に「悲しみを感じる」と否定され、現在のタイトルにしたとする逸話も残されていますが、関根自身、「日比谷公園で休んでいる時、公衆トイレから金色の輝いた人々の列が出現した」と語っているのには驚かされました。実際の光景と関根の頭の中で浮かんだイメージの重なった、言わば幻視的風景と呼べるかもしれません。
ラストは関根とも関わりのあった河野通勢、伊東深水、安井曾太郎らの作品が展示されていました。またここでは、関根の唯一の日本画とされる「大黒天」も出展されていて、米俵に乗る大黒天や米粒に集める可愛らしい鼠を軽妙に描いていました。
関根正二「三星」1919年 東京国立近代美術館
私自身、関根正二を初めて知ったのは、かつて東京国立近代美術館で行われた「モダン・パラダイス」(2006年)での「信仰の悲しみ」で、悲しみに暮れながらも、清らかな表情をたたえたようにも見える女性の描写に、ただならぬ雰囲気を感じたことを覚えています。それ以来、東京都美術館の「二科100年展」(2015年)にて「姉弟」を目にすることがあったものの、単発的にしか作品を見る機会がなく、いつか一度、網羅的な回顧展に接したいと思っていました。
昨年9月に福島県立美術館ではじまり、三重県立美術館へと巡回し、神奈川へとやって来た今回の回顧展で、ようやく関根正二という画家の存在が強く心に刻まれたような気がします。また一人、私にとって印象に深い画家と出会うことが出来ました。
新型コロナウィルス感染拡散防止のため、3月4日から15日までの臨時休館が決まりました。当初の会期は3月22日までですが、15日以降の開館状況については、同館のウェブサイトで改めてお知らせがあるそうです。
「生誕120年・没後100年 関根正二展」 神奈川県立近代美術館鎌倉別館(@KanagawaMoMA)
会期:2020年2月1日(土)~3月22日(日)
前期:2月1日(土)~16日(日)、後期:2月18日(火)~3月22日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館し翌日休館。
時間:9:30~17:00。 *入館は16時半まで
料金:一般700(600)円、大学生550(450)円、65歳以上350円、高校生100円。中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1
交通:JR線・江ノ島電鉄線鎌倉駅より徒歩約15分。鎌倉駅東口2番のりばから江ノ電バス(大船駅・上大岡駅・本郷台駅行き)に乗車(約5分)し、八幡宮裏にて下車、徒歩2分。
「生誕120年・没後100年 関根正二展」
2020/2/1~3/22
神奈川県立近代美術館鎌倉別館にて開催中の「生誕120年・没後100年 関根正二展」を見てきました。
1899年に福島県の白河に生まれ、16歳にして二科展に入選するも、僅か20歳にて結核で夭折した画家、関根正二は、昨年、生誕120年と没後100年を迎えました。
それを期して行われているのが「生誕120年・没後100年 関根正二展」で、代表的な油彩画をはじめ、関連する画家の作品を交え、計150点の作品と資料が出品されていました。しかし前後期で多くの作品が入れ替わることもあり、二つの会期を合わせて一つの展覧会と言って差し支えありません。
家族と共に9歳にて上京し、深川に移り住んだ関根は、同じく深川生まれの日本画家、伊東深水と知り合うと、後に深水の紹介で印刷会社の図案部に勤めました。そしてワイルドの思想に触れ、会社を辞めると、旅先の長野で画家の河野通勢と出会い、彼の研究していたデューラーなどの北方ルネサンスの画家に影響を受けました。
その頃に描いたのが「死を思う日」で、うねるようなタッチによる木立の中、一人、寂しく歩く人物を横から捉えていました。草の濃密な描写や土色に染まる空などは独特で、河野やゴッホの画風を連想させる面があるかもしれません。そして「死を思う日」こそが、二科展に初入選した作品で、画壇へのデビューを果たしました。
関根正二「井上郁像」1917年 福島県立美術館(寄託)
深川で酪農を営み、関根のパトロンだった人物の祖母をモデルにしたのが「井上郁像」で、やや険しい表情で前を見据えつつ、物静かな様子で両手を重ねては座る女性の姿を描いていました。ここで興味深いのは「死を思う日」とは一変し、細かな筆で青などの色を重ね、やや透明感のある色彩を引き出していることで、セザンヌ的な色面の構成を見ることが出来ました。これは二科展で、セザンヌの影響を受けた、安井曾太郎の作品を見たことに由来すると指摘されています。
チラシ表紙を飾った「少年」も同年に描かれた一枚で、自ら手にした花を、一心不乱で凝視する少年の姿を真横から捉えていました。少年は目鼻などの頭部こそ比較的細かに描かれている一方で、首から下は不明瞭な線のみで象っていて、青や茶色が滲む背景はまるで抽象のようでもありました。また燃えるように赤い花や頬の朱色も目立っていて、物悲しい風情ながらも、色の力ゆえか、激しさも感じられました。
関根正二「チューリップ」 1918年 個人蔵
そうした赤を効果的に用いた「チューリップ」に魅せられました。褐色を帯びた壺のような花瓶には、数輪のチューリップが入れられていて、赤や黄色の花を咲かせていました。背景には青とも緑とも言い難い色面を塗り込んでいて、重厚感のある色面を作り上げていました。絵画の強い物質感も関根の絵画の魅力と言えるかもしれません。
関根正二「神の祈り」 1918年頃 福島県立美術館
1つのハイライトとも呼べるのが、右に「神の祈り」、中央に「姉弟」、そして左に「婦人像」の3点を並べた展示でした。そのうち「神の祈り」は、白い衣服に身を包んだ2人の女性が並んで歩く光景を描いていて、後ろの女性の頭には光輪も見て取れました。
関根正二「姉弟」 1918年 福島県立美術館
関根の作品には時にキリスト教絵画を思わせるモチーフも見られますが、彼自身は必ずしもキリスト教に入信していませんでした。しかし実際にキリスト教信者であった河野の影響もあり、西洋の宗教観へ関心を持っていたとも指摘されています。確かに諦念を誘うかのような神秘的とも言える作風は、宗教的な価値観も反映されていたのかもしれません。
関根正二「信仰の悲しみ」 1918年 大原美術館 重要文化財
関根の代表作で重要文化財にも指定された「信仰の悲しみ」が、2月18日からの後期より公開されました。お腹の大きい妊婦のような女性が5名、花を手にしながら荒野を歩く姿を表していて、もはやこの世とは思えないような彼岸の光景が広がっていました。
当初、関根は作品を「楽しい国土」としたものの、深水に「悲しみを感じる」と否定され、現在のタイトルにしたとする逸話も残されていますが、関根自身、「日比谷公園で休んでいる時、公衆トイレから金色の輝いた人々の列が出現した」と語っているのには驚かされました。実際の光景と関根の頭の中で浮かんだイメージの重なった、言わば幻視的風景と呼べるかもしれません。
ラストは関根とも関わりのあった河野通勢、伊東深水、安井曾太郎らの作品が展示されていました。またここでは、関根の唯一の日本画とされる「大黒天」も出展されていて、米俵に乗る大黒天や米粒に集める可愛らしい鼠を軽妙に描いていました。
関根正二「三星」1919年 東京国立近代美術館
私自身、関根正二を初めて知ったのは、かつて東京国立近代美術館で行われた「モダン・パラダイス」(2006年)での「信仰の悲しみ」で、悲しみに暮れながらも、清らかな表情をたたえたようにも見える女性の描写に、ただならぬ雰囲気を感じたことを覚えています。それ以来、東京都美術館の「二科100年展」(2015年)にて「姉弟」を目にすることがあったものの、単発的にしか作品を見る機会がなく、いつか一度、網羅的な回顧展に接したいと思っていました。
昨年9月に福島県立美術館ではじまり、三重県立美術館へと巡回し、神奈川へとやって来た今回の回顧展で、ようやく関根正二という画家の存在が強く心に刻まれたような気がします。また一人、私にとって印象に深い画家と出会うことが出来ました。
新型コロナウィルス感染症拡散防止のため、葉山館・鎌倉別館は2020年3月4日(水曜)から15日(日曜)まで休館します。それ以降については、当館ウェブサイトとツイッターで随時お知らせいたします。ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
— 神奈川県立近代美術館 (@KanagawaMoMA) March 3, 2020
新型コロナウィルス感染拡散防止のため、3月4日から15日までの臨時休館が決まりました。当初の会期は3月22日までですが、15日以降の開館状況については、同館のウェブサイトで改めてお知らせがあるそうです。
「生誕120年・没後100年 関根正二展」 神奈川県立近代美術館鎌倉別館(@KanagawaMoMA)
会期:2020年2月1日(土)~3月22日(日)
前期:2月1日(土)~16日(日)、後期:2月18日(火)~3月22日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館し翌日休館。
時間:9:30~17:00。 *入館は16時半まで
料金:一般700(600)円、大学生550(450)円、65歳以上350円、高校生100円。中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1
交通:JR線・江ノ島電鉄線鎌倉駅より徒歩約15分。鎌倉駅東口2番のりばから江ノ電バス(大船駅・上大岡駅・本郷台駅行き)に乗車(約5分)し、八幡宮裏にて下車、徒歩2分。
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