「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」 国立歴史民俗博物館

国立歴史民俗博物館
「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」
2015/12/15~2016/2/7



国立歴史民俗博物館で開催中の「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」を見てきました。

江戸時代末期、当時のアイヌの有力者の肖像画を描いた一人の画人がいました。その名は蠣崎波響。松前藩の家老です。

松前藩主の五男に生まれた波響は、後に家老の資格を持つ蠣崎家に入り、藩政を担当。と同時に幼き頃から画才を発揮し、南蘋派に学んだ画人でもありました。何でも宋紫石に師事。応挙や抱一とも交流があったそうです。

波響がアイヌの肖像画を描いたのは1789年のことです。切っ掛けはアイヌ人の蜂起。「クナシリ・メナシの戦い」です。当時の「和人の非道」(解説より)に耐えかねたアイヌ人は松前藩の足軽や商人などを殺害。対して松前藩は鎮圧に乗り出します。結果、アイヌの首謀者は処刑。蜂起は退けられました。

この時、アイヌの中で松前藩に協力した有力者がいたそうです。彼ら彼女らこそが波響の肖像に登場する人物です。全員で12名。松前藩は波響に命じてアイヌの協力者の姿を「御味方」として描かせることを指示。それに応じて波響も「夷酋列像」と呼ばれる表題の作品を制作しました。


蠣崎波響「夷酋列像 ションコ」 ブザンソン美術考古博物館

「夷酋列像」は大変な反響を呼び、時の老中松平定信が写させたほか、京都の公家や天皇の上覧を得ることも出来たそうです。よってたくさんの粉本や模写が残っています。

しかしどういうわけか波響の「夷酋列像」は後にフランスへと渡りました。現在はブザンソンの美術考古博物館に収められています。前置きが長くなりました。つまり「夷酋列像」の里帰り展というわけです。ブザンソンからやって来た「夷酋列像」を起点に、粉本ほか、アイヌにまつわる資料を交え、18~19世紀におけるアイヌ、ないし北東アジアの文化や歴史を辿っています。

さて「夷酋列像」。一言で表せば驚くほど精緻です。保存の観点か照明がやや暗いこともあり、細部の確認には単眼鏡が必要ではないかと思うほどでした。衣装の文様、刀や弓などの装身具、そして身体の筋肉や体毛までが一つ一つ、極めて細かな筆にて描かれています。その意味では写実性が強い。波響の高い画力を伺わせます。

とはいえ、波響は必ずしもアイヌの人々を全てリアルに引き寄せて写したわけではありません。あえてアイヌの威容、ないし異様を強調して捉えています。実際にも戦いの後、松前に招かれたアイヌの有力者たちは、藩の所有の蝦夷錦を与えられ、外国の衣装を身につけた姿で描かれたそうです。

この蝦夷錦の一つを見ても松前藩とアイヌの関係は一筋縄ではありません。というのも蝦夷錦とは元々、中国から樺太を経てアイヌにやって来た衣装。それをアイヌの人が松前藩に献上していた経緯があります。一方でそれとは別に、アイヌでは中国から長崎を経由し、松前藩からもたらされた錦を着用していたこともありました。


蠣崎波響「夷酋列像 マウタラケ」 ブザンソン美術考古博物館

列像のうちの一人、マウラタケが下に敷いているのはラッコの皮です。18世紀にはアイヌの良産物とされ、松前藩から幕府を経て外国へ輸出。大変に高価だったそうです。それゆえに毛皮を獲っていたアイヌの首長たちに富をもたらすこともありました。


蠣崎波響「夷酋列像 チョウサマ」 ブザンソン美術考古博物館

チョウサマが持つのはアイヌの宝器である鍬形。イニンカリが連れて歩く動物はヒグマの子どもです。またシモチやニシコマケは弓を射ていますが、この弓こそが和人たちによるアイヌの象徴でした。また興味深いのはポロヤの衣装です。日本の着物とは逆に右の襟が上になっていますが、実際にアイヌにこのような習慣があったのか定かではありません。つまりあえて和人とは異なることを示すために描いたわけです。


蠣崎波響「夷酋列像 ポロヤ」 ブザンソン美術考古博物館

真っ赤な衣を纏うイトコイの立ち姿は中国の英雄、関羽に見立ているとも言われています。ほか巨大な鹿を背負うノチクサは源平合戦の逸話を思い起こさせるもの。波響は衣装や装身具こそ松前にあったアイヌの文物を丹念に写しましたが、ポーズや構図などはかなり自由に演出、ないし脚色しています。


「蝦夷錦」 国立歴史民俗博物館

「夷酋列像」のほかにはアイヌゆかりの刀や弓も展示。ラッコの皮やアザラシの皮で作った靴なども紹介されています。さらに蝦夷を写した地図や多くの模写に粉本、波響の描いた花鳥画までありました。いわゆる特別展ではなく、常設内の特集展示の扱いですが、思いのほかに資料は充実。アイヌの生活と和人のアイヌ観、引いては異国への視点が浮かび上がるような展示でした。

ところでいわゆる常設展こと広大な総合展示のある歴博。特集展のみならず総合展示においてもアイヌの文化を紹介するコーナーがいくつかあります。


「ジットク」 国立歴史民俗博物館(第3展示室)

例えば第3展示室では近世における日本とアイヌ文化の関係を紹介。18世紀のアイヌ絵で名高い小玉貞良の「蝦夷国魚場風俗図巻」の複製のほか、蝦夷地にてアイヌが所有していた着物、「ジットク」なども展示されています。(こちらは撮影可)


アイヌ関連展示(第3展示室)

第4展示室では現代におけるアイヌ工芸なども展示。アイヌの模様を施したiPhoneケースなどもあります。ほか第5展示室でも明治維新後にアイヌの「同化政策」に言及し、近代以降のアイヌの人々の生活のひずみなどについても紹介していました。さらに映像でアイヌの歌も聴くことが出来ます。「夷酋列像」展と合わせて見るのが良さそうです。


アイヌ関連展示(第3展示室)

作品の借用に際して筆記具の使用が認められなかったそうです。(係りの方による)よって「夷酋列像」展の会場内では鉛筆でもメモが取れません。ご注意下さい。

ちなみに本展は昨年秋、北海道博物館で行われた特別展がベースになっています。(作品数からして歴博は縮小版のようです。)この後は大阪の国立民族学博物館へと巡回します。

[夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界 巡回予定]
国立民族学博物館:2016年2月25日(木)~5月10日(火)



2月7日まで開催されています。おすすめします。

「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」 国立歴史民俗博物館@rekihaku
会期:2015年12月15日(火)~2016年2月7日(日)
休館:月曜日。但し休日の場合は翌日が休館日。年末年始(12月27日~1月4日)
時間:9:30~16:30(入館は16時まで)
料金:一般420(350)円、高校生・大学生250(200)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *毎週土曜日は高校生が無料。
 *総合展示も観覧可。
住所:千葉県佐倉市城内町117
交通:京成線京成佐倉駅下車徒歩約15分。JR線佐倉駅北口1番乗場よりちばグリーンバス田町車庫行きにて「国立博物館入口」または「国立歴史民俗博物館」下車。東京駅八重洲北口より高速バス「マイタウン・ダイレクトバス佐倉ICルート」にて約1時間。(一日一往復)
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