「ヨコハマトリエンナーレ2017」(前編) 横浜美術館

横浜美術館
「ヨコハマトリエンナーレ2017 島と星座とガラパゴス」(前編)
8/4~11/5



「ヨコハマトリエンナーレ2017 島と星座とガラパゴス」へ行ってきました。

今年で6回目を迎えた「ヨコハマトリエンナーレ」。会場は3つです。昨年と同様に横浜美術館に主会場に据え、横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜市開港記念会館にて、「接続」と「孤立」とテーマに、38組のアーティストが作品を展開しています。

タイトルは「島と星座とガラパゴス」です。一体、どのような展示が行われているのでしょうか。まずは横浜美術館の会場から見てきました。



美術館の建物を巨大な赤いボートが覆っています。アイ・ウェイウェイによるインスタレーションです。ボートはいずれも救命用でした。さらによく見るとエントランス支柱にも無数の救命胴衣が巻き付けられていることが分かりました。



実際に難民が着用していた胴衣だそうです。アイ・ウェイウェイは欧州に拠点を移した2015年以降、各地の難民問題に目を向け、一連のインスタレーションを発表しました。



館内へ進んでまず目に飛び込んで来たのは、大きな竹製のオブジェでした。インドネシアのバンドンで活動するジョコ・アヴィアントの「善と悪の境界はひどく縮れている」です。太い竹を幾重にも練り上げては、巨大なねじりハチマキのような立体物を築き上げています。中央に開口部があり、中に入って行き来することも出来ました。日本のしめ縄に着想を得ているそうです。竹はインドネシアの家屋や日用品としてよく使われる伝統的な素材でもあります。



展示室へのアプローチを築き上げたのがマップオフィスでした。1996年に結成されたモロッコ人とフランス人によるアーティストユニットで、現在は香港を拠点に活動しています。



島や領海などをリサーチし、政治や社会の問題に向き合いながら、階段上のテラスに群島をイメージしたサウンドインスタレーションを展開しています。やや取っ付きにくい面はありましたが、美術館内にビーチのような空間を現出させていました。



その上で待ち構えるのがミスターのキャラクターです。キューバで生まれた作家は、日本のガラパゴス的なオタクカルチャーなどに注目し、絵画やオブジェに表現しました。時に無造作に作品が配されているからか、都市の雑踏にでも踏み入れたかのような錯覚に陥ります。電線やコンビニの店頭などの見慣れた光景の中に、たくさんの少女のキャラクターや萌え絵が、半ば散乱していました。



遠目では作品の存在が分からないかもしれません。ホワイトキューブに銅線を張ったのがプラバワティ・メッパイルでした。金細工師の家系に生まれた作家は、伝統とミニマルの手法を用い、空間へ新たな価値を与えました。大変に繊細な作品です。視線を変えると空間の印象自体も変化します。しばらく見上げながら楽しみました。



一つのネックレスが地球の長い歴史を物語ります。ケイティ・パターソンです。ネックレスの素材は化石で、全部で170個もつなぎ合わせています。備え付けの虫眼鏡で細部を見ると、一つ一つの色や質感が全て異っていることが分かりました。どれほどの地域、また場所から採取された化石なのでしょうか。



なお作家は地質や天文学などの自然科学を表現として取り込んでいます。もう一点の「すべての死んだ星」は、過去に観測された超新星の天球図でした。何らかの模様を描くかのように星が点々と連なっています。人智の及ばない宇宙的スケールの世界を、一つの平面作品へ置き換えていました。



パリで活動するタチアナ・トゥルヴェのテーマは「家」です。確かに建築物らしき模型が置かれていますが、どれも扉や窓はおろか、壁も部分部分にしか存在し得ず、本来的な家の機能を有していません。「有機的」と解説にありましたが、むしろ幾何学的なオブジェのようでした。いずれも背が低く、否応なしに視線は床面の方向へと誘われます。あえて最も天井高のある展示室で作り上げられた「新しい家々」(解説より)は、人の生活をどう変えていくのでしょうか。



パンダの着ぐるみやTシャツやクッションなどの日用品が並んでいます。ロブ・プルイットです。いずれもオークションサイトのeBay上で、作家が日々アップしているという商品の実物でした。ネット上のフリーマーケットを可視化する試みとも言えるかもしれません。



もう一点の「スタジオ・カレンダー」も面白い作品でした。カレンダーにたくさんの絵が記されていますが、これは作家がオバマ元大統領の在職した8年間、日々ひたすらに描き続けたものだそうです。ニュース写真を元にした作品は全2922枚にも及びます。何という根気なのでしょうか。一つの歴史を築き上げていました。



マレーシアのアン・サマットは、同国に伝統的な織物をモチーフにした作品を展示しています。色はとても鮮やかですが、細部に目をこらすとフォークや調理器具のような素材も編み込まれていることが分かります。中にはガーデニング用品やパソコンの基盤などもありました。



名付けて「酋長シリーズ」です。作品には性別があり、社会における性差の問題についても言及しているそうです。全体と細部の双方に見入りました。



直方体のジェルのオブジェが現れました。ザ・プロペラ・グループ、トゥアン・アンドリュー・グエンによる「AK-47 vs M.16」です。ジェルは無色透明で、ほぼ中央に何かが貫通したかのような穴が開いています。解説を読むまでは、一体、何で生じた穴なのか分かりませんでした。

答えは銃弾です。ソ連とアメリカがベトナム戦争で用いた銃弾を、このジェルブロックの中で衝突させています。それにより出来た穴です。映像で銃弾が中で衝突する様子を見ることも出来ます。凄まじい威力です。武器による破壊の恐ろしさをひしひしと感じました。



写真家の畠山直哉の展示が充実していました。とりわけ目を引くのが故郷、陸前高田の連作でした。かの震災の津波により、建物も人命も根こそぎ奪われてしまった同地の風景をパノラマ的に捉えています。



しかしその荒涼たる大地の中にも、虹がかかり、菜の花が群生する姿を見ることも出来ます。ただひたすらに美しい。そこに畠山の故郷再生への願いが込められているのかもしれません。



同じく震災に向き合ったのが瀬尾夏美です。作家は2011年3月、ボランティアで被災地に出向き、多くの人々に出会っては、一人一人の体験を絵や言葉にして表現しました。



風間サチコも充実しています。お馴染みの木版画と大型の立体作品での展開です。風刺を帯びた作品からは、作家自身の鋭い社会、権力批判の精神が垣間見えるのではないでしょうか。そのスタンスはトリエンナーレという場においても失われていませんでした。



木下晋の鉛筆画に迫力がありました。足や腕、それに手などを大画面のケント紙に描いています。血管が浮き上がり、皺にまみれた手などからは、モデルの生きた長い年月が感じられました。鉛筆のみでこれほど表現力を持ち得た作品は、なかなかほかに見当たりません。凄みがありました。



あえてハイライトを挙げるとすれば、ワエル・シャウキーの映像三部作「十字軍芝居」にあるかもしれません。巨大なスクリーンで展開されるのは人形芝居です。冒険物語などを織り交ぜながら、中世のイスラムとキリスト教徒の物語を壮大なスケールで描いています。



中世におけるキリスト教の聖戦も大きなテーマです。テーマも興味深く、人形劇自体も精緻に組み上げられています。上映時間は約2時間です。全ての鑑賞を希望される方は時間に余裕を持って出かけるのが良さそうです。



その人形劇の手前で、驚くべきほどに深遠な空間を作り上げたのはマーク・フスティニアーニでした。ずばり「トンネル」です。ご覧のように地下鉄か坑道を思わせる半円のトンネルが遠くの彼方にまで伸びています。行く手を確認することは出来ません。

しかしここは美術館です。そもそも無限に伸びるトンネルなどありえません。実際、作品の裏手にまわってみたところ、奥行きはせいぜい1メートルに過ぎませんでした。結論からすれば鏡を利用したシンプルな仕掛けですが、トリッキーな視覚体験はなかなかスリリングでした。



なおフスティニアーニはもう1つ、館内に無限の「穴」を掘っています。覗き込むと足がすくむかのようでした。



突如、大きな電線の束や変圧器、それに冷蔵庫などが現れました。ザオ・ザオの「プロジェクト・タクラマカン」です。ウイグル生まれのザオは、かの砂漠へ冷蔵庫を運んでは、皆でビールを飲むというプロジェクトを行いました。シルクロードの歴史や同地の孤立した現況に目を向けているようです。



一際、人気を集めていたのがパオラ・ピヴィのカラフルな動物のオブジェでした。いずれも熊で、緑や紫の毛を付けています。二頭の熊が対峙する様子はまるで相撲のようです。とても可愛らしく、写真映えもします。しかしタイトルが「I and I(芸術のために立ち上がらねば)」などと謎めいていました。何か深い意図があるのかもしれません。



光のアーティスト、オラファー・エリアソンは、意外にもワークショップ形式での展示でした。作家はランプを組み立てる行為を通して、様々な人と交流し、現代社会の課題について考える場を提供しているそうです。



エチオピアの孤児救済のため、ファッションブランドと提携して制作した作品も展示されています。単にオブジェだけでなく、エリアソンの関心の在り処や、近年の活動も知ることが出来ました。

ラストは「ヨコハマラウンジ」として、トリエンナーレの構想メンバーの発言や提案などが紹介されています。そのうち興味深いのは、スプツニ子!による「Why Are We? Project」でした。



ネットの検索エンジンのサジェスト機能に着目して、各国や地域を表すキーワードをピックアップするプロジェクトです。例えば日本で一番多いのは「why is japan so safe」です。やはり安全のイメージが共有されているのでしょう。一方でドイツは「why is germany so powerful」であり、メキシコは「why is mevico so poor」でした。それぞれの国情を反映しているのかもしれません。そしてこのpoorが殊更に多いことに気づきました。世界の根深い貧困の問題が浮かび上がっています。



横浜美術館会場を一通り鑑賞したのちは、美術館裏手からのシャトルバスで、次の会場、赤レンガ倉庫1号館を目指しました。


中編(横浜赤レンガ倉庫1号館)へ続きます。

「ヨコハマトリエンナーレ2017」(中編) 横浜赤レンガ倉庫1号館

*「ヨコハマトリエンナーレ2017」 関連エントリ
前編:横浜美術館/中編:横浜赤レンガ倉庫1号館/後編:横浜市開港記念会館地下/BankART LifeⅤ~観光/黄金町バザール2017

「ヨコハマトリエンナーレ2017 島と星座とガラパゴス」@yokotori_) 横浜美術館@yokobi_tweet)、横浜赤レンガ倉庫1号館@yokohamaredbric)、横浜市開港記念会館地下
会期:8月4日(金)~11月5日(日)
休館:第2・4木曜日(8/10、8/24、9/14、9/28、10/12、10/26)。
時間:10:00~18:00
 *10/27(金)、10/28(土)、10/29(日)、11/2(木)、11/3(金・祝)、11/4(土)は20時半まで開場。
  *入場は閉場の30分前まで。
料金:
 鑑賞券 一般1800円、大学・専門学生1200円、高校生800円。中学生以下無料。
 セット券 一般2400円、大学・専門学生1800円、高校生1400円。中学生以下無料。
 *同時に20名以上のチケットを購入する場合は各200円引。
 *セット券で「BankART Life V」、「黄金町バザール2017」のパスポートと引換え。
 *チケットを提示すると会場間無料バスに乗車可。
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1(横浜美術館)、横浜市中区新港1-1-1(横浜赤レンガ倉庫1号館)、横浜市中区本町1-6(横浜市開港記念会館地下)。
交通:みなとみらい線みなとみらい駅3番出口から徒歩3分(横浜美術館)、みなとみらい線馬車道駅または日本大通り駅から徒歩6分(横浜赤レンガ倉庫1号館)、みなとみらい線日本大通り駅から徒歩1分(横浜市開港記念会館地下)。

注)「ヨコハマトリエンナーレ2017」の会場写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
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