日日是好日

退職後の日々を写真で記録

野口英世はなぜ間違ったのか(6)

2013-02-05 17:00:48 | 野口英世
最近、日本におけるワイル病の患者は以前に比べると少なくなったが、依然として存在している。一方、海外では東南アジアを中心に多くの患者が報告されている。相変わらず自然界にはレプトスピラが存在し続けている証左である。
英世は自然界におけるレプトスピラの生存について研究し、人への感染はどのようになされるのかを考察している。その論文が下の写真のものでレプトスピラに関する第4報目のものである。


英世は尿や糞便中でのレプトスピラの生存の可能性について検討した。また汚水や汚泥との関係や種々の細菌、体内の微量物質との化学反応についても検証している。
さらに人に感染させる中間ホストになりうる昆虫等についても色々検討している。

論文の要約及び結論

1.L.icterohaemorrhagiae は安定した培地成分の添加の有無に係わらず、尿中では増殖できない。尿の酸性は生育に有害であり、24時間以上は生きていられない。尿が中性又は少しアルカリ性であれば生育期間は少し長くなる。もし、安定した栄養素が中性又は弱アルカリ性の尿に加えられると、その細菌は約10日間生育できるが、その後増殖はしなくなる。
2.正常又は黄疸のある人の糞便は、よく増殖した培養液を加え、その混合液を26℃に置くと、L.icterohaemorrhagiae を死滅させる。血清と血球の添加は、その細菌の死滅を防がない。オートクレーブをかけた糞便と熱をかけていない糞便のろ過液は、その細菌を少しでも長く生かせる安定した培地とはならない。しかし、血球と血清を十分量添加すると、それらは十分に満足する培地となる。自然な条件下でL.icterohaemorrhagiae を糞便中に入れると24時間以上生き残れない。
3.汚水、下水及び汚泥中では最高でも3日以上L.icterohaemorrhagiae は生き残れない。ろ過又はオートクレーブでそれらの細菌を除くと、それらは普通の希釈液になる。そして動物の血清と血漿を混合すると、培養培地として使用できるかも知れない。中性の滅菌した土は培養液に加えたとき、その細菌の生育に不利な効果を与える。
4.便、汚水、下水、土及び生水に見つかる好気性細菌のほとんどは、同じ培地に接種したときL.icterohaemorrhagiae の増殖を阻害する。Bacillus faecalis alkaligenes と非溶血性の溶連菌の多くの株は、最小の干渉を起こす。生育はそれほど元気良くないが、対照の培地中のように存在し続ける。ある病原性細菌(Bacillus typhosusなど)はレプトスピラの増殖を阻害する。
5..L.icterohaemorrhagiae は胆汁、胆汁酸塩、オレイン酸塩の有害な作用に高い感受性を示す。しかしサポニンの作用には抵抗する。この最後の点は多くのスピロヘータとは異なる。これらの因子の破壊作用は血清により中和される。
6.感染したモルモット又はそれらの臓器を与えたとき、イエ蚊の成虫、幼虫、家バエとオオクロバエの幼虫、ウッドダニの幼虫とヒルの幼虫はレプトスピラのキャリアーになるのに失敗した。これはL.icterohaemorrhagiae の中間宿主として、これらのものは役を果たせないことを示している。


上記の要約で最後のものは最も注目すべきである。
英世は「蚊は中間宿主になれない。」と結論付けている。すなわち、蚊は吸血の際、レプトスピラを体内に吸い込み、生存させることができないと言っているのである。
当時、黄熱病の中間宿主は「蚊」であることが知られていた。
なのに、英世はなぜ黄熱病の病原体はレプトスピラであると発表したのであろうか。
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野口英世はなぜ間違ったのか(5)

2013-02-04 16:36:00 | 野口英世
暗視野顕微鏡で観察すると、レプトスピラを生きたまま形態と運動状態を見ることができる。その形態がらせん状で、運動も非常に活発なので見ていて飽きない。
英世はレプトスピラの形態について長文(22ページ)の論文を書いている(下の写真)。第3報目の論文である。


レプトスピラの形態を非常に詳細に観察し、比較のためにその他のスピロヘータも含めた多くの写真を論文に添付している(下の写真)。


論文の要約

この研究は感染性黄疸の起因因子の形態学及び系統的位置を論じている。Spirochaetoidea の属として今まで知られていなかった幾つかの特徴がある。それで私はこの微生物を独立した属名であるLeptospira と命名した。
レプトスピラは特有な微小の基本的らせんが体全体を走っている。明確な末端鞭毛又はどのような鞭毛も無く、その微生物の末端すなわち尾部の非常なしなやかさは他と区別する特徴である。
Spirochetes と呼ばれる他の全てのものと違い、この微生物は10%サポニンの有害な作用に抵抗する。
Spirochata、Saprospira、Spironema 及びTreponema を含む関連する属との詳細な比較研究は、それらと新しい属の間のより大きい差異を明らかにした。
アメリカ、日本及びヨーロッパから得たLeptospira icterohaemorrhagiae の株間に何か違いがあるかどうかを発見する研究がなされたが、何も見つからなかった。
新しい属の創設がより正確な形態学的描写を今まで可能であったものより容易になることを望む。


英世は以前からスピロヘータの研究をしており、それらと今回のらせん菌は明らかに異なることから新しい属名であるレプトスピラを提案し、その違いについて多くの写真で示している。
しかし、レプトスピラの写真を見ると、染色処理をしているためと思われるが、生の菌とは形態的に異なるものもある。
何れにしても、英世は形態的にもレプトスピラを熟知していたのは間違いないと思われる。

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野口英世はなぜ間違ったのか(4)

2013-02-01 15:46:51 | 野口英世
野口英世は梅毒の病原体であるスピロヘータの培養に成功したと発表しているが、現在でも誰も追試に成功していないことから間違いだったのではないかと考えられている。
しかし、ワイル病の病原体であるレプトスピラ(Leptospira icterohamorrhagiae)の培養については熱心に取り組み成果を上げた。
それは英世のレプトスピラに関する論文の第二報(培養条件の研究)に記載されている。


論文の要約と結論
1.Leptospira icterohamorrhagiae の培養には動物又は人間の血清が必須である。
2.血清の栄養価は60℃、30分の加熱でかなり減少する。100℃では破壊される。
3.動物によりその栄養価は異なる。ラットと豚の血清は全体的に欠けている。ウサギ、ウマ及びヤギの血清はモルモット、羊、ロバ又は牛血清より、生育により適している。人血清は適しているが、腹水は適さない。
4.正常モルモット又はウサギの肝臓、腎臓、心筋、又は睾丸の新鮮又は加熱乳剤は、その微生物の培養価値が無い。卵白、卵黄も同様である。
5.10%以上の正常ウサギ血清を加えたRinger液の培地では増殖する。5%血清では中程度の生育である。2%以下だと生育しない。
6.培地の張度はその微生物の生育と形態にあまり影響しない。希釈液として蒸留水を含む培地又は8%食塩を含む培地は同じ結果を与えるように見える。その微生物の生活力は希釈液としてRinger液又は等張の食塩液を使用した培地で最大になった。
7.その微生物は少しアルカリ性の培地で最も元気に発育する。もし中性だと生育は貧弱で、培養菌は短命である。少量のカセーソーダを加えててアルカリ性になったとき又は塩酸を加えて酸性になったときは生育は起きない。
8.Leptospira icterohamorrhagiae は絶対好気性である。酸素の接近を妨害すると、培養に不利な因子となる。
9.培地への炭水化物(糖)の添加は、その微生物の生育又は形態に明確な影響を与えない。培地のpHはそれらの存在で変わらない。
10.Leptospira icterohamorrhagiae は10~37℃のどの温度でも生育する。最適なのは30~37℃である。生育は30℃又は25℃よりも37℃でより早く進む。42℃では生育しない。
11.新鮮分離株の培養のために3種類の異なる培地を記載した。これらの培地で長期間培養後、株はRinger液又は等張食塩液で希釈した血清中で容易に培養される。

 *Ringer液:生理的食塩液で、食塩8.6g、塩化カリ0.3g、塩化カルシウム
  0.33gを蒸留水1000ccに溶かしたもの。

以上のように英世はこの論文でレプトスピラの培養に関する条件を明らかにした。なかでも他の細菌が利用する糖類をレプトスピラは利用しないことを見出していることは特筆に値する。一般の細菌は炭素源として糖類を利用するが、レプトスピラは血清中の脂質を炭素源としてTCAサイクルを一般の細菌と逆に進めることが現在では解っている。

また、この論文中に以下の考察がある。
「この微生物の増殖する能力と10℃で長期間活動的である能力は、流行病学的見地から興味深い。これはある昆虫が病毒の貯蔵所として役立つかも知れないことを示唆している。」
これは蚊が媒介することが知られていた黄熱病を意識した考察と考えられる。すなわちこの時点でレプトスピラが黄熱病の病原体ではないかと考え始めていたように思われる。
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