喫茶店で瞑想して、 銭湯で元気になる

日本中の素敵な建物たちを見て歩き

千鳥飛ぶ

2008-04-30 | Weblog
4/26(土)
谷中のneonさんのnidoでの個展のあと、日暮里駅方向へ
向かう途中に見つけた千鳥の飛ぶ戸袋。
周りに木の枠があり、その中に波と千鳥があしらわれている。
木はリアルで、職人さんの腕自慢のようにも思われる。

町のお医者さん

2008-04-28 | Weblog
そのフラワー通りに、町のお医者さんがありましたとさ。
現在は浦安では洋館の第一号だということで、大切に保存
されて公開されている。


平成8年まで診療が続けられていたので、中に入ると薬の袋や診察券
がそのまま残っていて、懐かしさに溢れている。

フラワー通りをさまよう

2008-04-27 | Weblog
4/19(土)
千葉県浦安市のフラワー通りの銭湯。
このあたり、何軒かの銭湯が残っている。
ここも路地を行くといい感じ。心惹かれる何かが残る町並みだ。



よーく見てください。綺麗に並んだ長靴を。
僅かに漁師町の風情が残っていました。

切り絵風に

2008-04-25 | Weblog
東金市の町で出会った煙草屋さんの看板。
薄い板を切り絵の如く切り抜いている。
枠の木のデザインにも注目。


下の台は、白いタイル。
今はもう、お役を退きひっそりと建っている。

時計店だそうさ

2008-04-24 | Weblog

匝瑳市(そうさし)と言われても、えーどこ?って思ってしまう。
千葉県八日市場市が合併で匝瑳市(そうさし)になったという。
こんな漢字知らないので、ルビがなければ読めないし、書けない
し。
その町の中心部に素敵な時計店。
1階部分は残念ながらリニューアルしているので、横を通ったら
気付かないかもしれない。2階は見事な手仕事の世界。
こちらは登録文化財だし、住み手の誇りが感じられる。


乗ってけ乗ってけ波乗りうさぎ

2008-04-23 | Weblog
4/6(日)
2日続けての千葉旅行。もちろん18切符で。
木更津の町は人影もなく、食事する適当な場所を
探してフラフラ町をさまよっていると、
流石に木更津です。
波に波に波に乗れ乗れ波乗りうさぎ~

そういえば、近所にはたぬきさんで有名なお寺もありました。

元は銀行です

2008-04-23 | Weblog
4/5(土)
18切符で千葉へ行く。
大網白里町には元銀行の自転車屋さんがある。
こんな立派な銀行があったということは、JR大網駅からは
ちょっと離れているけど、このあたりが大網の中心部だった
のだろう。
見事な転身ブリだが、違和感なく町の中に溶け込んでいる。


三条病院町

2008-04-22 | Weblog
3/8(土)
JR三条駅から町を散策すると、個人病院が固まって残っている。
ここはそのひとつ、小出整形外科だ。
駅から真っ直ぐの道に面して、これだけの規模の病院建築が
今も残っていることが嬉しい。
全面の木々が、どこか避暑地の病院のような雰囲気を作っている。

吉田町のレンガ銀行

2008-04-21 | Weblog
3/8(土)
JR燕三条駅から弥彦線に乗り換えて吉田駅で下車する。
大正期に建設された旧今井銀行の建物が残っている。
今井家は大地主というだけでなく、銀行や病院創立など、
社会事業にも貢献している。

入口にふくよかな顔が微笑んでいる。



レンガ蔵のイメージの3階建。
内部のインテリアも素晴らしいという。
現在も家庭薬の製造販売と味噌醸造会社を営んでいる。

ちどり足で行く

2008-04-18 | Weblog

3/2(日)
登米の町を行くとエントツが見えた。

でもどこからアプローチできるんだろう。周辺を行ったり来たり。
大冠をかぶっているような建物は、元は写真館。


その左側に路地を見つけた。「千鳥湯」へはここを入っていくんだな。
うわぁ、解りにくいです。


入っていくと、通路の左側はお住まいであり、丸見えでびっくり。
ご主人が出てきて「銭湯は閉めたよ」とおっしゃった。
遅かりし・・・あぁ


日常的な風景

2008-04-17 | Weblog
登米の警察資料館という古い建物の見学をする。
明治22年に建てられた旧登米警察署庁舎だというが、
それより、窓の外を見て大びっくり。
こんな建物が日常的に残っているのか、この町には!!

ホンマ、何に感動するか、わからんやっちゃ。


角館のような

2008-04-16 | Weblog
宮城県の登米市登米町(とめし とよまちょう)にやってきた。
最寄のJRの駅からのバスの本数も少ないため、全く使えない。
まぁ、車で移動する人には問題ないんでしょうよ。
「みやぎの明治村」と名付けられているような町ということで、
そういった建物が何軒か残っているとは思っていたけれど、
町の中に、町指定の文化財クラスでない建物も多く残っていた。

歩いているとまるで「角館」のような通りがあった。


現在は「教育資料館」として公開されている旧登米尋常小学校。
山添喜三郎の設計で明治21年に建てられた。
金成尋常小学校と同じ頃だ。
立派である。楽しそうな子供たちの笑い声が響いてきそうだ。