車椅子で卓球@渡邊剛

2013年より車椅子卓球をスタート。備忘録の意もこめてここにブログを綴ります。
内容は基本パラ卓球、時々食文化。

物理的要因

2019年01月29日 21時59分41秒 | 日記
全ての物事には物理的要因が存在すると思う。

いや、心霊現象とか、第六感的感覚とか、そういうものを否定するつもりはない。

でも、世の中に起こることの大半は、物理的要因を伴うものだと思う。



こと、スポーツにおいては。



テクニカル、フィジカルの部分は誰もが認めること。

用具の良し悪しなんて露骨なもの。

ではメンタルは?

その部分は本人のみぞ知る感覚的なものなので、一概に物理的とは言い難いように思える。

でも、物理的に解決させることのできるもの、物理的要因で解決の糸口を掴めるものでもあるようだ。



その話をすると長くなるので端折る(笑)



大切なことは、より広く深く学ぶこと、知ることで、より理解を深めていけば、ぼやけるようにしか見えていなかった困難なことが、より鮮明に、明確に、立体的に見え、そうなると困難なものではなく「解決できること」として認識できるようになるということ。

そうなると、その解決の糸口は「物理的」なものとして捉えられる。



大切なことは常に広く学び、知識を高めていき、でも常に謙虚に、識者と交流を持ち、学を高めていくことだと知る。



「学盗人」という言葉があると聞く。

本などから知識を得、でも他者と交わることをせず、自分だけ勉強したつもりで偉くなったようにいる人のことを言うらしい。

「学」とはそうではなく、得た知識は人と交流することでより高まり昇華していくものだという。



卓球にも同様のことがいえると思う。

自分だけ勉強したつもりになって、自分よりも卓球を知らない人とばかり交流し、その人たちには上から目線のように先輩面して接するけれど、自分よりもレベルの高い人との交流は自尊心からか避けるというような人も時々見受けられる。

ある意味、日本の村社会主義を象徴するかのようなものかもしれない。



広く学び、広く交流をすることで、より大きな知識を得、大きな世界を知ることが出来るはず。

そうなると、それまで超常現象に思えていたことが物理的なものだと知ることが出来るのだと思う。

人類の歴史がその連続だから。



2013年から始めたパラ卓球。

あの時出来なかったこと、出来ないと思っていたことが少しずつでも出来るようになっている。

「こうやれば出来るんだ」

「あれ、出来るようになった」

ということもあれば、

「あぁ、なるほどね」

と、案外簡単なことに思えるものも出来てきた。



勝負の一年はスタートしている。

取り組むべきことはどんどん細分化され、より質の高いものになっている。

逃げることも出来れば妥協することもできる。

やったふりだけすることも簡単なこと。

でも、周囲は騙せても自分にだけは嘘はつけない。

かっこ悪いのは嫌だ。

せめて、常に胸を張れる自分ではいたい。

だから、出来ることは出来るだけやっていきたい。

常に謙虚な姿勢で学ぶ意識を失わずに、努力を重ねていく。

結果はその後についてくる。

努力が足りなきゃ結果は出ない。



僕が選択した道は間違っていないと確信している。

ただ、他よりも困難が多いだけ。

それは最初からそのつもりでいるので大丈夫。

それを評価し応援してくれる方々が周りにはたくさんいてくださるので、僕はすごく恵まれている。

だから、物理的な解決方法を知ることが出来るのだ。



さぁ、いこう。

目の前に道は伸びていない。

自分で切り開かなきゃならない。

でも、僕には進むべき方向ははっきりと見えている。

結果的に、道はこの足元から伸びているのが分かる。

前へ進むのが楽しくて楽しくて仕方ない。

さぁ、明日もまた前進していこう!

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