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車椅子で卓球@渡邊剛

2013年より車椅子卓球をスタート。備忘録の意もこめてここにブログを綴ります。
内容は基本パラ卓球、時々食文化。

能登復興支援パラ卓球金沢大会 前編

2025年08月19日 22時57分54秒 | 日記
表題の試合出場の為、金沢へ行ってきました。

8月17日(日)の大会で、16日(土)午後は会場での練習OKということで、15日に出発し、17日に試合終了後即帰京というスケジュールで。



金沢と言えば、飲食時代共に働いたスタッフが夫婦でパティスリーを営んでいるので(超有名店)、まずはそこに挨拶に行きたいと思っていた。

というのも、今回大会主催者から賞品としてそこのお菓子を購入したいという話をいただいて、その旨連絡をしていたのもあったので。

16日の午前中は時間の余裕があるから丁度いいので、15日出発の前に、手土産にと以前の職場のパンを購入してからの出発。

天候も良かったので、ルートは(もちろん車を自走で向かう)中央自動車道を松本まで走り、そこから158号線を西に向かい乗鞍岳のふもとをぐるっと回り、471号線を北上し、あのスーパーカミオカンデの近くを走り抜くという奥深い山道を楽しむ。

以前バイクに乗っていたころは毎年乗鞍岳を登りに行っていたので、それを懐かしんでそのルートを選択。

登ると言っても登山ではなくバイクでワインディングを楽しむということ。

ちょっと遠回りをしてワインディングを徹底的に楽しむ時間が自分へのご褒美でもあった。

乗鞍岳畳平が標高2702mで、その高さを往復するワインディングがたまらなく楽しかったのだ(特に長野側からの登り)。

10月頭にはもう紅葉が始まっていたりもして、それに当たった時はものすごく感動したのを覚えている。

標高が高いから酸素が薄くなり、エンジンがパワーダウンしギアを1つ落とさざるを得ないというのがまた楽しかったりもした(笑)

当時はまだマイカー規制がされておらず、国道の最高標高地点として通行出来たので、乗鞍越えを満喫し、高山のはずれにあるシャルキュトリーに行くことが当時の僕の楽しみだった。

でも今回のように車で158号を通るのは初めてで、こんなに狭かったんだと新しい感覚を覚えたり、ワインディングをバイクで走っていた時の感覚を思い起こしたりとかなり懐かしく楽しいドライブだった(笑)

そして471号は初めての道。

思っていたよりも交通量は少なく快適な流れ。

下り坂が長く続くから、結果的に高速よりも燃費が良くなっていた。

途中の景観が実に見事で、ずっと濃い緑の深い谷間を走る景色には心を洗われる思いで、そんな中高原川から新猪谷ダム湖にかけては川霧が立っていて季節を忘れるほど!あの景色には驚かされ、心の中で自然ともののけ姫が流れてきたのだった(笑)



今回の宿泊、金沢市内では思うような宿が取れなかったので、であればと富山で宿泊することに。

だから2日間片道60数キロの往復だったけど、それは別段苦になるものではなかった。

ちなみに食事はいつもながらコンビニ飯。

その方が色々調整や管理をしやすいから。



翌日はまず金沢のパティスリーへ。

オープン前に着くと僕が一番乗りだった。

でもオープンまでには僕を含め3組が待つ状態。

オープンしてからも続々をお客が入れ代わり立ち代わり入ってくる。

流石だなと思った。

それでも、「今年のお盆は思ったよりも忙しくないですね」という。

この状況でそう言えるのは凄いことよ、と感心。

このお店、何が素晴らしいかって、ケーキや焼き菓子、ヴィエノワズリー(クロワッサン等)にアイスクリームもあるのだけれど、それらの商品だけでなく、接客の心地よさ、店内の居心地の良さも大きくあると感じた。

オーナーシェフが素材にものすごく高いこだわりを持っていて、それらの素材を高い技術力で様々な作品へと形を変えていく。

そんな作品の味わい、魅力を損なわない、というよりもむしろ高める効果を生み出す美しくナチュラルな雰囲気を醸し出す店内、そして若く爽やかで清潔感のあるスタッフ達と、彼らを束ねるマダムの素晴らしさ。

彼女の接客能力の高さは20年前に感服していたけれど、それがまさに形を成していると痛感。

雑談をする中で彼女が僕に質問するポイントも「流石だな」と思うものだったし、あの感覚、実に懐かしいものが蘇ってくる思いで楽しい時間だった。

ちなみに今回はケーキを買うわけにはいかないので、焼き菓子とヴィエノワズリーを購入(お店でマダムの淹れてくれたコーヒーを御馳走になるw)。

そのヴィエノワズリー、結局食べたのは夜だったのだけれど、これが実に美味しかった!

僕は個人的にクロワッサンなどのヴィエノワズリーはブーランジェ(パン職人)の仕事ではなくパティシエの仕事だと思っている。

だからパティスリーでは必ずヴィエノワズリーに目をやるし、逆にパティシエのいないパン屋さんのクロワッサンにはさほど興味を持たない。

僕が今まで食べたクロワッサンで最高だと思っているのは都内のパティスリーのもの。

味覚の部分で甘さの加減が最高なのだ。

味覚だけではなく触感で「すごい!」と思わされるものもある。

今回のシェフのクロワッサンは初めて食べたけど、一口目で「ん!」と驚いた。

甘さ、味わいが僕の記憶に残るクロワッサンと同じ印象だったから。

それが夕飯だった(笑)



パティスリー訪問の後はそのまま会場へ向かう。

金沢の街並みは好きだ。

ひがし茶屋街のような分かりやすい場所だけでなく、街並みの中所々にも古都感があって、当時の繁栄ぶりが道路の広さにも表れている(と勝手に思っているw)雰囲気があり、「金沢」という独特の空気を感じる。

そんな街を走り抜け、昼前に会場に到着。

すごく大きく立派な体育館だった。

震災後は避難施設として使われていたらしい。

そういう話からも現地のみなさんのご苦労が伝わってくる。



施設のメイン・アリーナでTリーグが開催され、すぐ隣のサブ・アリーナでパラの大会が開催されるというもの。

サブアリーナと言っても台が20台くらいあり、ものすごく大きな会場。

練習時間よりも早いタイミングで既に複数の選手が来ていたのだけれど、実はその前にパラ卓球の告知イベントとして車椅子代表選手とTリーグ選手(車椅子に座ってプレー)との対戦が組まれていたのでその観戦をする為でもあった。

その観戦を終えてから、会場での練習。

多くの選手が各地から来ているので事前に相手を決めていなくても誰かしらと打つことが出来る環境にあった。

なので僕も親しい選手と打ち、翌月の大会に向けたダブルスの練習なども出来た。

その練習途中に金沢在住の親戚が駆けつけてくれたりもして、かなり久々に顔を合わせることも出来て、また練習風景も見てくれて、ハートウォーミングな時間を過ごすことも出来た。

練習に関しては、会場には練習球が多数用意してあり、さらにはボールパーソン(球拾いしてくれる方)もいて、練習に集中できるものすごくありがたい環境が設けられていたので助かった。

だから、限られた練習時間を目一杯使うことが出来た(親戚と話していて練習相手を待たせたりもしたけれどw)。

そんな感じで存分にボールを打つことは出来た。



そして富山のホテルへ戻る。

本来はお昼に食べようかなと思っていたクロワッサン(とパン・オ・ショコラもあった)だったけれど、食べないままだったのでそれを夕飯にすることに。

プラスのスープや野菜、タンパク質系は帰路のコンビニで購入し、コーヒー豆は持参しているのでそれ淹れてディナーを済ませて一日が終了。

翌日の試合は翌月の大会に向けた調整の一環としての出場の為、自分自身で課題などチェック項目を設けており、その最終チェックなども行う。

また、前日の長時間の運転による疲労などあっても不思議ではないので、フィジカルのケアも行うのが自分ルール。

といっても自分一人で出来る限られた範囲でしかないけど(笑)

だからケアというよりはむしろ確認といった程度。

でもそれを行うかどうかでフィジカルだけでなく心理的に全然違ってくるのもまた事実。

この時は幸い心身共に疲労感は全くなかったし、むしろすごく良い状態だった。

それはやはり親戚や仕事仲間との短くても心満たされる時間を過ごせたからだと思う。

クロワッサンも美味しかったし。



まさに「思想の健康は肉体の健康に勝る」だと言える。



ホント、何よりもまずは心の健康ですよ。

その健康であるためのポイントは人によって異なるものだろうし、誰かのやり方がそのまま自分にも当てはまるものではないので、一概にどうすれば良いと言えるものでもないからその答えは自分で見つけるしかない。

でもその答えってどこか遠くにあるものではなく、逆にむしろ自分の足元に、すぐそばに転がっているものだと僕は思うので、まずはそれを見つけようという意識が大切なのだと思う。

そしてそれはきっと成長と共に変化していくものでもあるだろうから、その理解に関しても柔軟にアップデートしていく必要があるとも思う。

僕は幸か不幸か単純な思考なので、自分でも分かりやすい(笑)

その点の理解や学びに障害は一切関係ないので、自身のこれまでの人生経験がそのまま活かされているし、その結果、人生の途中で障害を負ったって思想を健康に保てている(と思っているw)今の自分が存在し得ると思うし、だからこそ、上を向いて生きていけるのだと思う。

そんな自分でいられるのは、これまでの僕を支えてくれる、応援してくれる家族や親戚、そしてこれまで共に歩んできた仲間たちであり、出会ってきた素晴らしい友人達の存在だと思う。

類は友を呼ぶのであれば、そうした友と類する存在の自分であるように磨いていきたい。



と、長くなったのでここまでを前編とし一区切りさせてもらう。

試合の結果等は後編で。

次回をこうご期待(笑)

告知!ワールドツアー、ジャパン・オープン開催!

2025年08月10日 21時54分19秒 | 日記
2025年9月10日~12日の3日間、パラ卓球ジャパン・オープンが開催されます!

会場は錦糸町駅近くのひがしんアリーナ(墨田区総合体育館)です
アクセス | ひがしんアリーナ(墨田区総合体育館)

僕も出場する予定ですし、日本選手も多くが出場予定、海外からは現時点で17か国の選手のエントリーが予定されています。

シングルス、男女各ダブルスとミックスダブルスが行われます。

もちろん車椅子だけではありません、立位の選手、知的障害の選手も多くが出場しますので、全11クラス、各クラスで様々なプレースタイルが存在しますが、健常者顔負けのパワフルかつスピーディーなプレーがあれば、パラだからこその特異なプレーもあり、きっと驚くような卓球の世界が広がっていると思います。

興味ある方、ぜひ会場へ足を運んでいただければと思います。

そして、頑張る選手たちを応援していただければと思います。



個人的には、車椅子のクラス4、5のプレーを見てもらいたいですね。

シンプルに、かっこいいですから(僕はクラス3ですw)。

クラスの違いは障害の違いなので、身体能力の差になります。

各クラスの選手は「動かせる部分」を鍛え磨いていくことで身体能力を高めています。

それこそ「自身の可能性を突き詰める」努力を行っているのですが、障害の程度で可能な部分の違いがあることから障害の重さによるハンディキャップは否めません。

その点、車椅子で最も障害の軽いクラスである4、5(クラス4と5は同じカテゴリーとしてプレーするようになっている)はパワフルできっと驚かれると思います。



立位も同様です。

立位の選手は立ってプレーするから障害のより重いクラスであれ健常者のプレーと違いは全くと言っていいくらいにありません。

が、やはり軽いクラスになればなるほどよりパワフルかつスピーディーになっていくのは同じです。

その凄さには本当に驚かされると思います。

実際、パラとオリの代表を兼務する選手は複数いましたし、パラの選手が日本のオリの代表選手に勝ったこともあるというほどですから。



そんな国際大会が東京で開催されます。

その活躍を見てもらうことで、障害者の可能性をより高く、より大きく感じてもらえると思いますし、それが障害者との関係性や共生社会へのより具体的な取り組みへの手助けになるのではとも思います。

ですので、個人的には企業や事業所のトップ、または人事の方などにも見ていただきたいですね(笑)

今、この日本社会で様々な角度から言われている共生社会、その実現に向けたヒントがその会場にはあると思いますので。

しかもこの大会、国際大会ですから、日本人だけでなく海外の選手が多数出場する訳です。

だからこそ、より具体的で現実的な「何か」を得るチャンスだとも思います。



って、めちゃくちゃプレゼンしてるなぁ(笑)

その辺のセールスより営業してるかも(笑)

別に僕は委託を受けてやってるわけではありませんよ(笑)

あくまでも個人の意思としてプレゼンしてます。

だって、知ってほしいから、周知したいから。

僕らは代表選手としてウェアにスポンサーロゴも掲げてプレーします。

そのスポンサーに対して何かしらのメリットを提供する「義務」も背負っています。

こういうことをこの場で公言することが適切かどうかは分かりませんが、リアルな話、僕はそう自負しています。

少しでも多くの方にこの大会を知っていただくことで、その結果スポンサーのメリットが生じるようにしたいですし、それも僕らの活動の一端だと思いますから。

ついでを言えば、スポンサーというのは選手や団体に対して「お小遣い」をくれる訳ではないはずです。

あくまでもこれはビジネスです。

そこを勘違いしてはいけない。

けれど、勘違いしてるんじゃない?と思う話を度々耳にします。

だからこそあらためて、僕は個人の意思でここでそうする判断をしました。

(だって大会で十分な成績を残せていないから)



話が逸れたけど、ジャパン・オープン、エントリー決定はまだですが、少しでもいい結果を残せるように、そして見据えるその先にも向けて、しっかり頑張っていきます。



ちなみにですが、この週末(カザフスタンからの帰国1週間後)、地元江戸川区での試合に出場してきました。

毎年恒例(年2回)の健常者の団体戦です。

1~7部まである中で、僕らのチームは5部に出場。

5チームで行われるリーグ戦で全勝し、昇格を果たしました。

僕はシングルスで4試合に出場。

トータル3勝1敗でした。

1ダブルス4シングルスで行われ、ダブルスに出場した選手はシングルスの3番、4番手に出ることが出来るので、シングルス3、4番はチームのエース格が出るのが大半です。

そんな中で僕は初戦こそシングルス2番手でしたが、以降は3番手を担当。

そこでこの結果はまずまず。

負けた最後の試合もなんとかフルゲームまではいけたのは良かったのですが、内容はダメダメでした。完全に相手の土俵で戦わされていた感があり、この反省点を収穫としてまた頑張っていきます。



そして次の週末にも試合を予定しています。

これも全てジャパン・オープンに向けた調整の一環です。

現時点で身体の疲労感を感じることはないのですが、疲労が全く無いというと嘘になるので、そのケアも欠かさず行っていく必要も実感しているところです。

まずはケガや故障などフィジカルのアクシデントを生じさせないように注意していこうと思っています。

基本の食事、睡眠、そして心の栄養摂取を忘れずに、毎日のトレーニングという心地よい負荷を与え続けて体調管理を行っていきます。

最近は味覚よりも栄養素やカロリーを重視するようになっている自分を不思議に思います。

だって、あれだけ食べるものに拘るというか、凄く意識をしていたのに、今はその方向性が大きく変わっているから。

「不味いものを食ってる暇なんて無いんだよ!」

は僕がまだ駆け出しの頃お世話になったグラン・シェフに聞かせてもらった名言です。

その「不味いもの」の対象が変化していることに自分でも驚きを隠せませんし、そんな自分を楽しんでもいます。

味覚が落ちたというつもりはありませんし、味覚は一生落ちることはないというのもまた別のグラン・シェフから教わったことですが、単純に味わいだけではなく別の角度で味覚を駆使して食事を楽しむ自分を楽しんでいて、それもまた今までの自分の経験があればこそだと自分の歩いてきた道を誇らしく思います。

なんて偉そうに(笑)



余談が長くなっちゃったけど、ジャパン・オープン開催!という告知でした。

まずはこの暑い夏を無事に乗り越えましょう!

季節の野菜、夏野菜をしっかり摂取して、体調面を整えていきましょう。

一押しはラタトゥイユ。

加える調味料は「野菜のうまみを引き出す為」の塩だけ。

ブイヨンとかハーブ、スパイスも一切加えません。

煮終えたらミキサーでピュレ状にして冷蔵庫でストック。

冷たいままスプーンで食べても美味しいですし、ドレッシングの代わりや温めて魚やチキンのソースにも使えるし、ベーコンやソーセージ、あるいはシーフードなどで旨味を足してパスタソースにも使えます。

あとはナスやピーマンでカレーも良いですね。

キュウリは身体を冷やす効果があると聞きますから、わかめと一緒に酢味噌で食べるのもこの時期にはもってこいです。

ちなみに我が家の今夜のメニューはナスと合挽肉のみそ炒めでした。

味噌は炒め物用の調味味噌に酒や砂糖、塩を加えて調整。

最高でした(笑)

食後は桃を(笑)

季節の野菜やフルーツで栄養を摂取するのは最も効率の良い手段だと思います。

旬だからこそ、生命力が高く栄養価が高いという説があり、年間通して旬のものを食べるからこそより多くのものを摂取し、それだけ腸内環境が満たされていくとも聞きます。

やばい、また余談が(笑)



ではでは、皆さんくれぐれも体調管理気をつけて、ご自愛なさってください。

そして、ジャパン・オープンをどうぞよろしくお願いします!

怒涛のスケジュールのピーク、カザフスタン遠征

2025年08月06日 21時24分56秒 | 日記
先月、台湾2連戦から帰国したその週末、実は名古屋での試合を予定していた。

スケジュールはこんな感じ。

台湾より帰国 ⇒ その週末名古屋で試合 ⇒ その足で九州へ ⇒ 木曜日に帰京 ⇒ 土曜日に横浜で試合 ⇒ 翌週末よりカザフスタン遠征

我ながら見事なスケジュールだった(笑)

特にコンディション不良もなくすべてを無事に終えることが出来たのは良かった。

試合の結果は決して満足いくものではないけれど、自分で引いたラインを超える結果が出せた点は評価したい。

それは逆にこのスケジュールだったからと言えるとも捉えている。

特にトラブル等も無くまずは無事に終えることが出来たという点においては自分自身糧になる経験ともなった。

貧乏性な性格なので、物理的に可能だと思えば予定を詰め込む傾向は昔からある。

そこにコンディションを考慮するということもプラスしだしたのがここ10年くらい。

今までだったらこのスケジュールは組まなかっただろうけど、この春から少し思考を変えることにチャレンジしていて、その一環もあり今回のこの日程となった。

結論としては、成功だったと思える。

もちろん反省点や得られた課題は複数あるけれど、この判断と行動に誤りはなかったと断言できる。



では、順を追って振り返る。



まずは名古屋での土日2日間にわたる試合(団体戦と個人戦)。

それも今となっては記憶の彼方となりつつある(笑)

コンディションに何の問題も無かったのでもちろん予定通り出場。

台湾遠征で掴んだ感覚をそのままにプレーすることを意識して挑んだ試合だった。

初日が団体戦、2日目が個人戦となる。

団体戦は健常者も障害者(立位、車椅子、知的、精神、聴覚等)も一切関係なしの「みんな同じ人間!」としてプレーするもので、結果として僕らのチームは5試合全てが健常者チームと対戦の組み合わせだった。

僕はシングルス5試合に出場し、なんと健常者相手に全勝(笑)。

これには自分自身驚いている。

しかも中には大学生2人も含まれるのだけれど、よくやったと思う。

2日目は個人戦(車椅子のクラス)。

前日の感覚を意識することに重きを置いてプレー。

ただ、車椅子のクラスであるからこそのプレッシャーを少なからず感じ、逆にそれとどう向き合うかという課題をもってプレー。

良いフィーリングでプレー出来たことは自信になったけれど、負けた準決勝の試合では技術的な課題が浮き彫りになり、収穫として持ち帰ることに。



そして試合後は名古屋からその足で九州へ向かう。

それは公共交通機関を使わない、マイカーを走らせる一人での移動。

ちなみに名古屋までももちろんマイカーを運転しての移動。

なぜ九州かというと、それは大学同期の友人が教頭を勤める長崎の中学校での講演を承っていたため。

まず西へ向かう際は山陽道を走るか中国道を走るかとワクワクするのはいつものこと(笑)

今回は山陽道を下ることに。

車も快調に走ってくれて実に軽快な楽しいドライブだった。

そして長崎は松浦市の中学校での講演で2時間の授業。

同期の彼の熱意を受け、僕も何か助力できればという思いで快諾。

会場の体育館には冷房が完備されていないので、時期的にも暑さを考慮し通常とは異なる形での講演を実施。

でも全てにおいて滞りなく無事に終えることが出来たのは良かった。

生徒さん達にも何かしら伝わればという思いで過ごしたけれど、教頭先生とも個人的なつながりがあるので今回の出会いは今後に繋がっていけるものだと思うし、この出会いを無駄にしないよう「考える力」も学んでもらうきっかけになればと願う。

実際、生徒さんからもらった質問にも印象的なものがあり、それは僕自身が学んでいることに直結するからもっと深く細かく答えてあげたかったのだけれど、当日はその時間も無いので、あとから「こう伝えてくれ」とキーワードと一緒に同期へメールを送るなどしている。



このついでに福岡の実家へ帰省し、地元の飯塚市役所にもご挨拶に伺うという予定を熟した。

地元福岡県飯塚市への帰省は1年ぶりとなるのだけれど、今回は本当に両親に顔を見せるだけの帰省になった。

どこかへ食事に行くでもなく(本当は資さんうどんに行きたかったw)、夕方に帰宅して祖父母に線香をあげて、好きなお店の唐揚げを含め母の手料理をいただき、風呂に入って寝て翌朝出発という帰省。

父が地元のお祭り「飯塚山笠」の流れの会長を務めたのだけれど、ちょうどそれと時期が重なったこともありゆっくりする時間はお互いになかったのもある。

そして父は地元の自治会長を務めているのだけれど、そのご縁で飯塚市役所の方にご挨拶する機会を頂戴した。

そこで伺ったお話も、また長崎の同期から聞いた話も、それぞれが深くリンクする内容もあり、今後の自身の活動のひとつの軸になるなと思えるものもあった。



そして陸路福岡から東京まで一気に戻ってきたのが木曜日。

帰路は中国道を通ることに。

この日は一部の地域で大雨の予報もあり、中国道の方が影響が少なそうという判断をする。

あのワインディングが好きなのだけれど、今回はそうは言ってられない(笑)

すると案の定、兵庫では警報が出ていたらしい。

別段雨の影響を受けることはなかったけれど、道中は山口県内SAでコーヒーを買い、兵庫県内SAでまたコーヒーを買い、滋賀県内SAで給油し、三重と愛知で大雨に遭遇するもトラブルはなく、静岡県内SAでコーヒーを買って走りきるというドライブだった。

東名(新東名)では雨の心配があったので中央道にしようかと直前まで悩んでいたのだけれど(中央道も好きw)、時間を考えるとここは新東名だなという判断で、結局いつもと同じルートを選択したのでした。



翌金曜日はいつも通りに午前中は会社の業務、午後は練習を行い、そして翌土曜日に今度は横浜での試合に出場。

関東選手権大会というもので、午前に団体戦、午後に個人戦というスケジュール。

今回はいずれも車椅子のクラス。

団体戦は初戦敗退となった。

僕はダブルスとシングルスをプレーしたけど、シングルスの感覚は維持できていたのでそこは自信になった。

色々課題が見えた点もあり、それをどう消化していくかがまた課題にもなっている。

シングルスは準優勝だった。

僕としては2回戦が山場だったけど、それを1ゲーム目2-8から逆転で、結果3-0で勝てたのは大きかった。

そのまま決勝まで上がり、決勝は今までとはちょっと違うプレーを意識したけれど、ストレートで負ける。

それでもまぁカザフスタンに向けての調整としては手ごたえを得ることが出来た。



そしてカザフスタンへ。

今回のフライトは自身初の一人旅。

しかも乗り継ぎで航空会社が変わる為手続等にも不安があった。

でも結果的には往路復路共に全く問題なくスムーズに出来たし、サポートしてくれた現地空港スタッフとも親しくコミュニケーションが取れてお互いに楽しい時間を過ごすことも出来た。

コミュニケーション、これ大切(笑)



話を戻そう。

横浜での試合のあとの1週間の過ごし方が重要だと考えていたけど、そのマネージメントも上手くやることが出来た。

それはメンタルにも大きく影響するので(僕の場合)、100%ではなくてもその成功は大きい。

特にフィジカルのチェックを重要視していたけれど、それまでのハード・スケジュールにもかかわらず良い状態だったことに自信を持てたし、物理的にも心理的にもその点で不安というマイナスではなく逆に自信というプラスに意識を保てたのは大きい要素。

ただ、反省点としては、長距離の運転の影響と思われるけど、ハンドルを持つ右手前腕に疲労感を持っていたことが上げられる。

普段の練習やトレーニングで疲労を感じる個所ではなかったのでそう判断したのだけれど、そのタイミングが試合と被るようなことが無いように今後は対策を取るべきと思う。

でも今回はカザフスタン前にその疲労感も消え、万全の状態で遠征に赴くことが出来た。



カザフスタンではシングルスにのみエントリーすることに。

ダブルスも悩んだけれど、今回はパートナーも未定だったしカザフスタン遠征も初めてでどのように過ごせるか不安も少なからずあったので、その先を考え無理はしないでおこうという判断に。

エントリー・リストが発表されてから、全く情報の無い選手が1/3という状況に苛まれもするけれど、それは誰しも同じこと。

今回はその感情とどう向き合うかも良い勉強になった。

組み合わせが出てから練習会場で対戦相手を探すも、当日でも全く見つけられず。

結局コートに入った時に初めて見る選手だった。

印象的なのは1ゲーム目0-0の1本目。

初見の相手だし通常は様子見で手堅くいくところなのだけれど、相手サーブが「その感じなんだ」というものだったので、であれば「このレシーブで狙ってみよう」と咄嗟に判断し最初から攻めの姿勢を見せてみた。

完璧とは言えないまでもそれなりに相手の意表を突くレシーブが出来たつもりでいたら、相手はそれをフィジカルとパワーをもってしてバチンと打ち込む3球目攻撃を綺麗に決めてきた。

それは想定外だった。

初見の選手であれここは国旗を背負って立つ選手が集うコート。

国内の常識は通用しないのは当然の事。

この1本は今大会で一番印象深いものとなった。

けれどそれを引きずらずに直ぐに修正しプレーに集中し、結果3-0のストレートで勝てたことは大きかったし、ここに一番の手ごたえというか、トレーニングの成果を実感。

多分、以前の自分だったらその印象をずるずると引きずって流れを与えていたかもしれないと思えるから。

そして予選を通過し準々決勝で敗退。

その準々決勝の試合は逆に悪い自分が出ていて、というか出ていることに自覚がなくて、試合後に動画をチェックしてようやく気付くレベル。

これは大きな反省点。

でもこの気づきも大きな収穫。

最近で一番ダメな試合だったし、そんな試合を未だしてしまう自分を認識し修正していく。



カザフスタンは首都のアスタナでの開催。

きっと景気が良いんだろうな、高度経済成長期なのかなと思える印象で高層ビルなど建設中の建物が至る所にあった。

ロシア圏の国だから言葉もロシア語のようだし、国際情勢からマックはなく代わりのハンバーガー店が散見されたのも印象的だった。

建物は幾何学的なデザインが印象的な町並みで、何となくロシアというか東欧というか、昔でいう東側をイメージする感じ。個人的にはそのさっぱりしたデザインの街並みに好印象を受けるのだけど。

山がない平原の街で、だから空がめちゃくちゃ広く、また街中に緑が多くて吹き抜ける風も実に心地いい。

さらには気候も乾燥していて夏場でも朝晩は20℃を切るし、日中も30℃を下回るからすごく過ごしやすかった。

毎日のようにざっと雨が降っていたのは意外だけど。

食事はホテルで朝晩、会場でお昼といった具合だったけど、メニューはいずれも似た感じ。

朝食はスタンダードで様々な種類のパンと複数のハムやソーセージ類に卵のメニューも数種類、チーズもハード系スライスが2種類にサーモンマリネもあったし、もちろんヨーグルトも。

でも一番の感動はオレンジジュースがフレッシュだったこと!

これは嬉しかったし美味しかった。

ランチとディナーは会場が違うこともあってか似たメニューが並んでいた。

ビーフ・ストロガノフの頻度が高かったのが象徴的で、食文化に触れる思いだった。

でもこのビーフ・ストロガノフ、肉が一般的な日本のそれと異なっていたのだ。

赤身を棒状に切ったもので食べ応えのあるものだけど、赤身であるが故に繊維が強くパサつきを感じるものでもある。
こま切れやバラのスライスとかだと脂身がしっかりある分旨味や食べ応えもかなり違ったものになるし、柔らかさも大きく異なる。

牛肉と言えば、やはり我々日本人は脂身の多い肉に馴染んでいるのだなと痛感するし、柔らかいものを美味しいものと感じるのが日本人のある意味アイデンティティなのだとあらためて思ったりもした。。

噛み応えのある赤身(モモや肩)を嫌う傾向にあるのは日本人の常識とは言え、でもアスリートフードとしては高たんぱくで低脂質な赤身肉は効率的と認識している。

対して不満なく食べれたのが挽肉で、一般的な挽肉は結構な脂身を加えると思うけど(スジなども加わるケースも少なくない)、そうした挽肉の方がまだ好まれるのね、とあらためて思った。

パスタ用に提供されていたミートソースはこれまた赤身の挽肉(と思われる)で調理されていたので、脂質が実に少なく肉肉しいけどさっぱりした味わいだった。

ちなみに僕は赤身のビーフ・ストロガノフ大歓迎(笑)

まぐろも中トロや大トロよりも赤身が好き(笑)

だけどマグロもそう、まぁ美味い赤身にはそう簡単に出会えるものでもないけれど。



最後にまとめとして、今回のカザフスタン遠征、現地での「おもてなし」の意識をすごく感じた。

その背景は分からないけれど、現地スタッフが「国を背負って」「アスタナを背負って」大会を開催し、運営し、選手や関係者を迎えているという思いが伝わってきた。

与えられた仕事としてやってます、ではなく、カザフスタン人として、アスタナ市民として、この大会を成功させるぞ!という意気込みが感じられたのだ。

そういう人の思い、気持ちは空気感染するものだと思っているけど、だからこそ、今回の時間を快適に過ごすことが出来たのだと思う。

プライベートでも訪れてみたいと思えた。

そうそう、期間中現地のテレビ番組のインタビューを受けた。

放送されたのかどうかは未確認だけど、日本選手を代表する形で回答させていただいた(英語でw)



そしてもう一つ、カザフスタンではなく松浦市のことを。

道の駅に立ち寄ったのだけれど、またそこがめちゃくちゃに魅力的なところで、海産物が驚く程に魅力的で安い安い!

そして松浦と言えばアジフライ。

冷凍を買って、帰宅して揚げて食べたけど、ちょっとものが違い過ぎた(笑)

めちゃくちゃに美味かった。

道の駅でも揚げたてがパックで売られていて、それを食べた人も「すごく美味しい!」と絶賛してた。

僕が自宅で食べたものも美味しすぎて、「これはソースで食べるべきではない、タルタルなんてもってのほか!塩だよ塩!せいぜい醤油だ!」なんて思ったほど(笑)

そして同期がくれた地元のお菓子はアジフライを模った焼き菓子で、ソースやタルタルソースをチョコレートやホワイトチョコで模して可愛らしく作られたもので、これがまた美味かった。

だからカザフスタン遠征にもコーヒーと一緒に持参した(笑)



そして、これからもすでにフィックスしたスケジュールは続いていく。

その間をどう過ごすか、今回の遠征で得た課題をどう消化していくか、積み重ねていくか、アップデートの為のマネージメントも随時行っていかなければならないし、コンディショニングも怠ってはならないから、まぁ慌ただしい(笑)

でも、そう出来ていることは幸せなことでもある。

物理的なコンディショニングは言うまでもないけど、重要なのはその根幹となる思考と感情のコンディショニングだとあらためて思う。

その状態で物理的なものの見え方、捉え方は大きく変化するものだから。

これは持論である「ピラミッドの理論」(笑)

その点についても磨いていきたい。

そして自分自身もだけど、中学生(小学生、高校生、大学生ら全ての学生)達への思いも同時進行で大切にしていきたい。

僕にとってそれがデュアルキャリアだと思っている。

様々な角度でのスキルアップを意識し、毎日を重ねていくのだ。

まずはこの暑さに負けないようにする。

3週連続試合からの台湾2大会遠征、で銅メダル獲得!

2025年07月09日 21時42分59秒 | 日記
それは6月、まず都内の一般大会からのスタートだった。

健常者の大会にパラ選手としてゲスト出場させていただきみなさんと試合するというもの。

複数のリーグ戦を繰り返し、最後はトーナメントをするという内容で、ゲーム数こそ少ないものの試合数は9~10試合となる。その結果、100人以上の参加者の順位が明確になるというもの。

ちなみに僕は30位台だった。

ちょっと悔しい。



そして次は名古屋での伝統あるパラ卓球大会に出場。

団体戦と個人戦が2日間にかけて行われる。

この大会は自身の確認と調整のつもりで参加したのだけれど、正直不安が残る内容で終えてしまった。

手ごたえを得られた部分もあったけれど、不安の方が大きかったかなと思う。



そして次の週末はまた都内でパラ卓球の試合に。

台湾遠征の2日前の試合。

今までであればそのタイミングで試合に出場することはせず、終始自身の練習に励む判断をしていた。

でも今回はそうはせず、敢えて試合に出場することを決めた。

なぜなら、その方がある意味よりリアルな確認や調整が出来ると考えたから。

それを試してみたい、その価値があると判断したから。

試合の結果は納得のいくものではなかったけれど、手ごたえを得られた点もあり、まぁ一応は良しとしておくか、という思いだった。



そして台湾遠征のスタート。

今回は自身初となる2大会連続の海外遠征。

約2週間となる。

不安も大きくあったけれど、終わってみるとトラブルもなく無事に過ごすことが出来た。

1大会目は台北、2大会目は高雄となる遠征。

結果は以下のとおり。

台北大会
シングルス:予選敗退
男子ダブルス(MD8 インド選手と):準々決勝敗退
ミックスダブルス(XD7):準々決勝敗退

高雄大会
シングルス:準々決勝敗退
男子ダブルス(MD8 韓国選手と):銅メダル
ミックスダブルス(XD7):準々決勝敗退

課題や反省点を上げれば尽きないし、手ごたえを得られた点も複数あるので、とにかく情報量が飽和状態。

でもそれだけ以前よりもより詳細に分析吸収出来ていることが自信になる点でもあれば、それだけ課題の多さを痛感する点でもあり、一つ確実なことが言えるとすればそれは、目の前に伸びる道は「いばらびっしり」ということ(笑)

まぁそうじゃない道は人生ほぼ無しだと思うけど、要はそれをどう進むかが重要な訳で、今回はそこに怯むような感覚は全くなく、むしろそのいばらを詳細に分析出来たような感覚を覚えるので、これからの活動が楽しみでならない。



2大会連続遠征で2週間もの間選手とみっちり過ごすのは僕自身初。

普段の練習とはまた違うマインドなので、それで異なるより濃い環境でその時間を過ごすのは結果的にプラスに働いた。

そこにストレスを感じることが無かった点も評価したい。

ここにも普段のトレーニングの効果が表れていると実感出来た。

「風呂やトイレ、車椅子での移動の問題が無ければ、僕は世界中どこでも生活できていけそうだ」

と思えたほど(笑)

だから、卓球により集中することが出来ていたし、より多くを吸収することが出来ていたのだと思う。

帰国後、トレーナーに報告した際も「報告の内容が今までと全然違っていて、反省点も着眼点が今までにないもの。それはストレスが軽減出来ていることの現れでそれによる効果」という指摘をいただけた。

うん、まさにそうだと思う。

そうやってプロに言語化してもらうからより理解出来る。

だから、より上向きになれる。



心理的余裕があるからか、今まで以上に海外の様々な選手達とのコミュニケーションも楽しむことが出来た。

普段のトレーニングを含めお互いのスポーツ活動環境についての話にもなったりする。

すると、僕を含め日本人選手の実情を話せば「意外だ!」という答えが返ってくる。

詳細は控えておくが、ある国の選手曰く「中国、韓国、東アジアの選手たちも大半がそうだし、ヨーロッパや欧米の選手もみんなそうなのに、日本は違うなんて驚きだ!日本だからこそもっと凄いと思っていたのに!」という声が印象的だった。

でもだからこそ、「日本人選手たちを尊敬するよ」とも言ってもらえた。

国や地域によって環境・文化は大きく異なるし、常識が常識ではないというのは何にでも共通するもの。

でも彼らがどれくらい頑張っているのかを垣間見れたことは大きい。

「自分なりに頑張る」

ではその差は埋まらないということをあらためて思い知る。

いや、それではむしろ置いていかれる。

差が開く。

じゃぁどうする?

そこは頭と時間とお金の使いようか(笑)

自分で考えてやるしかない。

いずれにせよ、どこにどれだけ「投資」するか、そのボリュームは人それぞれだけど、まず初めは与えてもらうことからではなく自らがペイすることから始めるべきなのかもしれない。

そうすることでリターン出来て、それを元に更に投資して、より大きくなって回収して・・・の繰り返しが生まれるのだろうし、そもそも「投資無くして回収無し」という言葉が示すように、まずは自分から動くことが重要なのだと思う。



最後に滞在期間中のエピソードをいくつか。

台北から高雄は距離薬350kmらしく、その移動がどうなるのか気になっていたが、予想通りバスでの移動だった。

車窓から台湾の景色をずっと眺められるのは良いものだと楽しんでいたのだけれど、途中1台のバスがエンジントラブルで停車し、その乗客全員が他のバスに移乗するというアクシデントがあった。

それで移動時間が1時間強長引くことに(笑)

大会会場と宿泊先を結ぶシャトルバスでは、14歳の車椅子選手が車内で転落し骨折するといったアクシデントも生じていた。

本人の日本好きもあって個人的に親しくなった選手であっただけにすごく驚いたし心配したのだけれど、いたって元気そうで笑顔で話してくれる姿には逆に力をもらえた。

僕はミネラルウォーターのペリエが好きなのだけれど、滞在先ホテルで販売しているのを見つけて買ってみたらガスが少し抜けていた(笑)

ちなみに帰国後に自宅で開けた1本目のペリエもガスが少し抜けていた(笑)

高雄の大会会場は大学施設内で、試合会場とは別に練習場が設けられているのだけれど、車椅子選手の練習エリアは建物1階のロビーでファミリーマートの入り口付近だった(笑)
だから、時々ボールが店内に飛んでいくこともあったし、コートのすぐ横にはイートインテーブルが置かれていて、練習中に美味しそうなお弁当の香りが漂ってくることもしばしあった(笑)

ホテルでの食事は台北・高雄共に申し分なかった。美味しかった。

特に台北はゴージャスなレストランで(ブッフェ形式)、メニューも豊富で贅沢なものだった。

僕は毎日ほぼ同じものしか食べなかったけど(笑)



とまぁこんな感じで試合や遠征が続く。

帰国後すぐの週末から2週続けて試合を予定していて、慌ただしいスケジュールが続く。

でもそれは世界中みんな同じことをやっている。

毎日の充実したトレーニングを頑張って、胸を張って試合に挑んでいる。

僕は仕事もしている。

させていただいている。

それがまた有難いし、楽しめてもいる。

充実した毎日を過ごせている。

隣の芝生を見ればより良く見えるものだけれど、でも自分の足元に広がる芝生もなかなか立派なものであり、良い輝きと芳しい香りを放っている。

僕も一人の日本人として、威風堂々胸を張って世界へ挑みたい。

それを下支えするのは、日々の積み重ね。

自分で積み重ねていくもの。

頑張っていこう。

まずは、コンディショニングをしっかり行い、無事次へ向かうこと。

思想の健康は肉体の健康に勝る。

メンタル強い?弱い?

2025年06月21日 21時23分58秒 | 日記
よく耳にするのが「メンタルが弱い」という一言。

以前は僕も自分をそう思っていたし、自分のことをそう表現していた。

でも、専門家によれば「メンタルは『強い』『弱い』で評価出来るものではない」という。

それを聞いて、合点がいって、それ以降僕はそういう表現はしないようにしている。



そもそも、よく耳にする「メンタルが強い」と言われるような人。

その「強いメンタル」は言葉を変えると「自己中」とも言えるのでは?と思うのだ。

実は以前からずっと(笑)

他を気にしない、自分を貫ける、決して譲らない。

だからメンタルが強い。

であれば、僕は単純にそういうことなんじゃないの?と思っていた。

もし何かを決断しなきゃならない瞬間に、迷うことなく強い意志で即決できるのが「強いメンタル」だとした場合、その背景には何があるのだろう?



仮にその人の中にそれ以外の選択肢が無かっただけだとしたら?

その良し悪し関係なく、ただ自分がやりたいからという理由で選択しただけだとしたら?

リスク・マネジメント?そんなの考えてられねぇよ!ノリでいこうよノリで!ということだったら?

言われたことをただがむしゃらにやっているだけ(自分で考えていない)ということもあるかもしれない。

場合によっては「脳筋」というのも「強いメンタル」かもしれない。



じゃぁ逆に弱いメンタルの背景を考えてみたい。

即決できないのはなぜ?

優柔不断だから?

じゃぁなぜ優柔不断(と評価されるほど悩むのか)を考えてみても良いのではないだろうか?

それは逆にそれだけの選択肢を持っている表れだし、その瞬間にその判断をしようとする思考能力を有していることになる。

無意識に反射的行動を取るのではなく、自分の意識化で行動をしようとしていることの現れ。

それは自分自身を客観的にコントロールしようとしていることと取れる。

その思考の時間(数秒、あるいはコンマ何秒)がマクロでみると空白の時間になっているだけであり、その時間が本人の中で、あるいは周囲の評価として「即決できていない」となり、それを悔やむ、そして落ち込むなんてすると「メンタルが弱い」なんてことになるのではないだろうか?

でもそれは悪いこと?

その決断を悩む理由に選択肢の多さがあるとして、その選択肢にもし自分以外の要因(チーム、チームメイト、スポンサー、応援してくれている家族など)もあるかもしれない。

その人たちのことを考えて、その人たちのプラスになること、マイナスにならないように考えてということもあるはず。

それは「プレーに集中できていない」と言える。

けれど、見方を変えればそれは「自分以外の人のことを考える優しさ、思いやり」と捉えることも出来る。

そんな人を「メンタル弱い」という?



卓球のような個人競技であれば自己責任として結論付け出来るけれど、これがサッカーやバスケなどチーム競技になった場合は全然違ってくると思う。

「自己中」に動く選手はメンタルが強いかもしれないけど、チームとしてはどうなんだろう?

他の選手のことも考えた、理解出来た言動が出来なければチームとしてまとまらないだろうし、プレーだって良くならない、良いチームが構築出来ないのではないかと思う。



だから、自分を貫き通せる力を「強いメンタル」とするならば、それは必ずしも高評価に値するとは限らない。



それに、スポーツ選手は生涯現役で過ごす訳ではない。

引退もあるしその後の別のキャリアでの生活もある訳だ。

それなのに、ただ「強いメンタル」と評される自己中的な「人材」をチームの一員として迎えたがる組織が果たしてどれくらいあるのだろう?

むしろ逆に「扱いにくい」と評されることの方が多いように思える。

そういう人材が求められるとしたら、それはその強いメンタルを評価してのことではなくきっと何か別の要素であり、仮にもしその別の要素は欲しいけれどチームの一員としては迎えがたいという場合は一時的な客員扱いというのがオチのように思う。



それでいいの?



だから、「メンタルが弱い」というがそれが必ずしもダメな訳ではなく、なぜそうなのかを理解することでそれはプラスの評価にもなり得ると思うのだ。

そして、それが判断のスピードの問題であればそれをもっと早くするトレーニングを行えばいいし、より的確な判断が出来るだけの選択肢を持てるようトレーニングしていけばいい。

そう、トレーニングで磨いていくことは出来る、それも「メンタル」なのだ(と専門家が言っていたw)。



「技術が下手なんです」

という人は練習をして向上させていく。

「フィジカルが弱いんです」

という人はトレーニングをして身体能力を高めていく。

「メンタルが弱い(自信がない)んです」

という人は、同じようにトレーニングすればいい。

ただ、技術やフィジカルは効果を目(見た目)で確認できるけど、メンタルはそうはいかない。

そこが難しいところだし、トレーニングの難しさでもあるという。



じゃぁそのトレーニングの方法は?

それは、専門家にお世話になるに越した事はないけれど、その専門家は技術やフィジカルのコーチと同じように簡単に出会えるものではないかもしれない。

人口比率は格段に低いだろうから。

じゃぁどうする?

そもそもメンタル・トレーニングに絶対はないと思う。

算数のように答えはひとつではないと思うから。

十人十色であれば、同じ人でもケース・バイ・ケースで答えは変わると思うし。

だから、勉強方法も人それぞれ。

そして、選手とトレーナーの相性もまたそれぞれ。

であるからこそ、まずは自分なりの勉強方法でも良いのでは?と考える。

まずは1冊本を読んでみる。

あるいは話(講義)を聞いてみる。

そこからスタートさせればいい。

恐らくその一歩を踏み出す人の方が世の中少ないだろうから、それだけでライバルに差をつけることが出来る。

そこからアップデートを重ねていけばいい。

必要あれば専門家を探すのもありだし、現代にはネットというツールもあるので相性はともかく出会うことは出来ると思う。



先述した通り、メンタルは強弱で評価するものではない。

であるからこそ、良し悪しのボーダーラインを設けることも出来ないし、人それぞれ違えばその時々で変化もするので評価だって見方や解釈によって変化して当然。

だからこそ、自身をどう評価するかだと思う。

自分を「弱い」と思えばそうなるし、いや、「強い!」、あるいは「弱くはない」と思えばそれが正解なんじゃないだろうか(強弱ではないんだけどw)



先述した「選択肢がたくさんあって、自分以外の人のことも含め考えることが出来る」という人が、迷わず瞬時に的確な判断をし行動に移していけるとした場合、そういう人を周囲は「メンタルの強い人」と評価するだろうか?

いや、その前に「頭の良い人」と評価されるように思う。

であれば、先述した僕の考える「メンタルの弱い人」は、「頭の良い人」になれるポテンシャルを有しているということになる。

それは現時点では原石であることを意味し、磨けば強い輝きを放てるということになる。

であればこそ、成長の為に学ぶ、自身を磨いていく必要がある。



今、磨く方向に進むか?それとも諦めるか?

今は同じ地点にいるけれど、それぞれの方向に進んだ明日は立ち位置が違っていて、その先の未来はさらに違っているはず。

それが1か月、1年、5年とそれぞれの方向へ進み続けた場合、その差はどれくらい開いているだろう?

それが持論の「分度器の理論」(笑)

自分が見定める方向へ足を進めていくのが人生であれば、その時の思いつくままに足を運んでいけるのもまた人生。

ただし、思いつくままに進んだ先で「なんでこんなところにいるんだろう?」と思っても、時間をさかのぼることは出来ないし、引き返すことは出来ないのが人生のリアル。

その人生は引退してからも続く訳だから、現役で活動している時の財産はそのまま引き継いでいくのも然り。

引退したから、就職したから、転職したから、人間がガラッと変わるなんてことはない。

現代のスポーツ選手のスタンダードは「セカンド・キャリア」ではなく「デュアル・キャリア」だというから、様々な面で学びは尽きないし、今学んでいることが未来の自分の財産になる。

だから、自分を卑下することなく常に胸を張って頑張っていればいい。

その頑張りが未来の自分を作る。



そうやって頑張り続ける人は、頑張り続けるからこそ胸を張れる。

でも、判断を誤ることもある。

それはメンタルの問題ではなく、ただシンプルに間違っただけ。

それは戦術とか理論的な判断ミス。

もしそこでその誤りを引きずってしまうとしたらそこにメンタルの問題が生じる。

それがなければ、その誤りを「反省材料」という「糧」として前に向かっていける、進んでいけると思う(少なくとも後悔の念はない)。

それが経験値。

上手くいった場合が成功体験。

そうでない場合は「失敗」ではなく「経験」。

そう考えることが出来ればそれはメンタルがすごく健康な状態にあることだと思う。



と言うのは簡単なんだけどなぁ(笑)

中々自分事として捉えられないのが僕という人間。

いつか日の目を見るその時が来ると信じて、胸張って頑張り続けるしかない。



本当は先週末の試合の結果を報告すべきなのだけれど、この週末にも試合が控えていて、更には来週から2大会連続で控えているのもあるので、それらはまとめてアップ出来ればと思っている。

暑い日が続いている。

体調管理もよりシビアになってきた。

まずはコンディショニング。

頭と心を健全な状態で維持できるよう、まずは身体に不安のない状態の維持が不可欠。

うなぎ食べなきゃ(笑)