車椅子で卓球@渡邊剛

2013年より車椅子卓球をスタート。備忘録の意もこめてここにブログを綴ります。
内容は基本卓球、時々食文化。

日本人として

2018-09-11 20:30:13 | 日記
次の海外遠征を前にして思う。

僕は日本人だ。

だから、日本人としてのオリジナルのスタイルを学び、それを心掛けようと思う。



パラ卓球で海外へと赴き、世界のトップ選手たちをこの目で見た。

技術の差は言うまでもないけど、でもある意味それ以上に、フィジカルの差を痛感している。

でも、その差を生み出すのにはそれなりの理由があるはず。

さらに、戦術面、戦略面、携える武器(用具)やその背景にある習慣や取り組み、それらを全部ひっくるめた環境面の違いも様々ある。

まさに「卓球文化」の違いがそれぞれ明確に存在する。

欧米人のフィジカルはともかく、同じアジア系の選手でもトップ選手は少なからず立派なフィジカルをしている。

それは筋肉だけじゃない、骨格もそうなのだ。

筋肉は努力次第で後付け出来るけど、骨格はもって生まれたものであり、後からどうこうすることはできない。

じゃぁ諦める?

仕方ない?

んなアホな!

そこを努力で、それこそ鍛錬でリカバーするのが日本人ではないか!



かつて、日本は蒙古襲来を受けた。

その時、日本の「サムライ」達はそれを2度にわたって見事に退けた(僕は必ずしも神風のおかげだとは思っていない)。

武器も違えば戦術ももちろん異なる相手を、しかもものすごい大軍勢なのに、日本のサムライはそれを百も承知の上で、勇敢に立ち向かい勝利を収めている。

今の日本があるのはその時のサムライの活躍があればこそだと思っている。

・・・話が逸れた。

幕末だってそうだ。

外国人の体の大きさも同じアジア人の比ではないし、あの大国清が欧米列強に負けたという情報も得た上で、当時の彼らはそれでも尊王攘夷を謳い、軍事力にはるかに勝る欧米列強に正面から立ち向かおうとしていたのだ(立ち向かってコテンパンにやられた事実もあるけど)。

と同時に、情報を駆使し、如何に負けないようにするか、対等に生き抜いて行くかを思考錯誤し、国を導いていった人達もいる。

いずれにしても、どのような立場でどのような体勢であれ、諦めることなく勇猛果敢に挑み、立ち回り、戦い抜いているのだ。

それこそが「サムライ」だと考える。



相手の身体が大きい。

武器がすごい。

自分たちは同じ武器を持っていない。

でもそこで諦めない。

出来ることを駆使して挑む。

己を磨き続けた先に宿る、それこそ刀の刃のような、凛として静かに輝きを放ち、見るものを圧倒するような存在感。

それこそがサムライ魂。

武士道精神。

大和魂。

まず根幹にそれをもってして、日々己を研鑽していく。

磨き続けた先にしかそれは存在し得ない。

だからこそ、自分に厳しく毎日を過ごすということ。

そういう積み重ねが大前提ということ。



現在は洋の東西など関係なく、様々な情報が飛び交い、僕らはそれを好きなように取捨選択出来る。

そんな今だからこそ、僕はあえて日本人というスタイルを頑なに貫こうと決意する。

海外へ行ったからこそ、今そう思う。

武士道精神。

大和魂。



身はたとえ 武蔵野のべに朽ちるとも とどめおかまし 大和魂



お手本になる偉人達はたくさんいる。

劣勢を承知の上で、人のために戦いを挑む人。

自分のためではなく人のために生きる人。

己の権利よりもまず果たすべき義務、責務を優先する生き様。

日本人である僕の命は、そうした偉人達の投げうった犠牲の上に成り立っているといっても過言ではない。

僕ごときがそうした方々と同じレベルで語るなんて厚かましいにも程があるけれど、それでも僕は彼らに倣って日本人としてのスタイルで研鑽を積んでいこうと決意した。



武士道精神。

日本オリジナルのスタイルで脅威を退けた鎌倉時代。

明らかに劣勢であるなか、それに臆することなく自らのスタイル、文化を守り抜いた幕末。

それでいく。

今だからこそ、サムライ魂。

そんなチャラい意味じゃない。

武士道精神なのだ。

それはパラ卓球にも通じるものだと僕は考える。

日本人だからこそそう思える。

それが、日本人としての僕のアイデンティティなのだ。

日の丸を背負い海外へ赴くということは、それ即ちサムライであるということ。

それこそが日本人。

まずは博多湾へ行かなきゃならないな。

孤高のパラ卓球プレイヤーとして、日々己を磨いていこうと思う。



ところで、僕の憧れのサムライは誰か?

それが沢山いるんだなぁ(笑)

今思い浮かぶだけでも、楠木正成、石田三成、大谷吉継、前野良沢、平田靫負、林子平、高山彦九郎、山田方谷、吉田松陰、橋本左内、大宮益次郎、川路聖謨、江川英龍 etc

これだけ沢山のお手本が僕にはあるということなのだ(笑)

さぁ、マネージメントをしっかりして、頑張っていきましょう!
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一歩一歩前進すべし

2018-09-07 19:48:50 | 日記
9月の世界ランキングが更新された。

先日の中国大会の結果がもう反映されたもので、このレスポンスには正直驚いた。

次の大会前にとても嬉しい。ありがたい。

そしてその内容。

予想よりもポイント数を多く獲得できていた。

ほんの数ポイントだけど。

でも、その数ポイントがかなり大きいので、お陰でランキングも4つ上がった。



本音を言えば、ジャンプアップしたい。

まぁそれは誰もが考えていること。

でもそれはとても難しい。

ポイント数に差が大きくある、はるか格上に勝たなければならないから。

それが簡単にできれば誰も苦労はしない。

日々の積み重ね。

結果はその重ねた高さで決まるのだ。

やるしかない。

やり続けるしかない。



次の遠征はもうすぐ。

エントリー数はいつもよりもかなり多い。

しかもトップ選手は少なく、逆にポイント数の近い選手が多く乱立する、荒れた試合が予想される。

でもみんな実力は確かなものだし、パワー型の攻撃的な選手が特に多い大会となるため、自分自身の調整もそれに合わせておく必要がある。



青く燃える。

赤い炎じゃダメ。

冷静に、クレバーに、それに合わせた必要な身体の動きを心がけよう。

さぁ、最終調整。

次の遠征からは2連チャンになるので、メンタルを保つためにもコンディションの維持に努める。



思想の健康は肉体の健康に勝る。

心の状態は今すごく良い感じ。

それに連動する身体作り。

コンディションの維持。

それもまた普段の絶え間ない積み重ね。

そこにもジャンプアップは存在しない。

磨き続けること。

ただそれだけ。

今現在の磨きを、最大限に発揮しよう。



上の奴らの背中は見えている。



さぁ、頑張ろう!
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2018年中国大会の大いなる反省。

2018-09-04 18:50:49 | 日記
中国オープンに出場してきた。

結果は個人戦も団体戦も1勝2敗で予選敗退。

格上に勝つことができなかった。

今回は今までの試合で最もハイレベルな試合だった。

格上といってもまるでパラリンピックのような、世界ランキング1位、2位、3位、5位、6位、7位、以下10番代も多数出場している大会で、正直僕はそれをチャンスと意気込み挑んだのだった。

でも、そう甘くはない。

まず初戦で玉砕。

相手はリオの団体戦ゴールドメダリスト。

その後格下には勝ったけど、その内容は良くなかった。

そしてその次はリオの団体戦シルバーメダリスト。

これも勝てなかった。

手応えはあった。

でもいけなかった。



団体戦はエントリー時に予選ブロック4チーム中最下位(メンバーの世界ランキングで決まる)だったけど、読みが的中するなど作戦の成功もあって1勝。

でもそれ以外がダメダメだった。

特に中国チームとの試合。

僕はダブルスとシングルス共に出場。

力が入っていた。

だから、ミスを繰り返し、何にもしないままであっという間に終わってしまった。

特にシングルス。

相手は世界ランク1位。

「ついにこの時が来た!」と、僕はその試合が楽しみで楽しみで仕方なかった。

けれど、恥ずかしいくらいにあっという間に負けた。

相手が何かをする前に、自分がミスをする。

試合になっていない内容だった。

僕がミスをしなければ勝てる、なんてレベルではもちろんない。

でも、もう少し「試合」をしなければ申し訳ないし、情けない。

その「もう少し」が、今の僕には出来るはずなのに、それがすっかり抜けていた。

去年の僕に戻っていた。

極めて情けない。

個人戦の時もそう。

「俺の実力を見せてやる!」

と、いい格好をしようとしてついつい力んでしまうのが僕の悪い癖。

今回の中国オープンは総じてそういうプレーになってしまっていた。

それがどういう結果を招くのか、具体的にどのようなミスを犯してしまうのか、今では自分でも十分に理解できるのに、ヒートアップしすぎてそれすらも認識できないでいる自分がいた。

まさに「前陣自滅型」となってしまっていた。

ただ逆に、これまでに磨いて来たものを披露することはできたし、自信が持てた部分も少しはある。

世界のトップに通用するものが僕にはあると確信できた。

だけど、これまで積み重ねて来たものは発揮できなかったし、まだまだそれでは足りないという事実も確認できた。



最近の僕は調子に乗っていただけだと思い知らされる。

練習でもトレーニングでも、自分の変化というか進化を、成長を実感できていた。

だけど、世界のトップの連中はそのもっともっと先をものすごいスピードで走り抜けている。

それを知りもせずに、自分がちょっと成長できたからといい気になっていただけなのだ。



僕に足りないもの、それがこれまで以上に明確に出来た気がする。

もちろん技術もフィジカルも、メンタルも戦術を錬る頭も、コートに立ってプレーをする以前に、それまでの準備や心構えなども含め、全てにおいて自分のスケールの小ささを思い知らされた感がある。

悔しい。

子供の頃にケンカで負けた相手からナメられたような、そんな悔しさが強く残る。

ものすごく悔しい。

自信を持って挑んだだけに、結果を出せなかったことがものすごく悔しい。



でも、今回ようやく僕は世界のトップをこの目で見て、体感することもできた。

「中国で世界の頂点をこの目で見る」は僕がずっと求めていたこと。

ついにそれを実現することができたのだ。

それはやはり「すごい!」と思うものだった。

だけど、正直届かないものではないとも思えた。

山の頂上をこの目で見て、そこまでの道程をついにこの目で見たのだ。

ものすごく険しい道になる。

立ちはだかる難関が複数あることもよく分かる。

でもそこに道は確かにある。

今回世界のトップの連中をこの目で見て、対戦して、自分でつかんだこの感覚、そして悔しさ。

ものすごく強いバネを自分の中に仕込むことができた。

そんなこともあって、帰国後は空港からコーチの元へ直行。

報告を兼ねて、その確認後そのまま練習。

僕が思ったこととコーチの思ったことはほぼ同じ感覚。

でも、僕がcm単位で感じたことを、コーチはナノ単位で見ている、そんな印象。

僕はもっともっと練習をして技術力を上げる必要があるし、トレーニングで体づくりもしっかり行わなければならない。

と同時に、経験を重ねて心と頭も磨いていかなければならない。



みてろよ自分。



ついに迎えた、ようやくのスタートライン。

そして、ここからはもう全く言い訳の効かない道。

みんなから常に見られている、明るく華やかで、でも険しく厳しく、困難が絶えない道。

格好悪い走りはしていられない。

リタイアと言う名の逃げ道は常に側にある。

その選択はいつでも出来る。

楽も出来る。

どの道をどう進むかは自分次第。

人にも自分に嘘をつかずに、自分の美学と、スポーツマンとしてあるべき美学を貫いて、僕は僕の信念に従って、その険しい道のど真ん中を、大手を振って進んでやろうと思う。

かつて大和魂を抱いた偉人たちに、あの世で認めてもらえるような、そんな男でありたい。



さぁ、のんびりしている時間はない!

いくぞ!

自分!

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2018年、後半連戦間近!!

2018-08-20 20:02:01 | 日記
遠征後半戦が間もなくスタートする。

ドドドッと慌ただしいスケジュールになるので、コンディションの維持がとても重要になると考えている。

国内では参加したい大会がいくつか海外遠征と被っているので、残念ながらそちらは不参加、あるいは棄権せざるを得ないことになる。

また、遠征の間にも様々な予定が入っているので、本当に慌ただしいのだ。

実は出発前日や帰国翌日にも予定を入れまくっている(笑)



だけど、そんなスケジュールをこなす自分に酔いしれるのが僕なので、正直楽しみにしていると言った方が良い(笑)



クオリティを上げていき、コンディションを整える環境は着実に出来ている。

完成とまでは言えないけれど、でもそれを迎える日はそう遠くはないと思う。



信頼というのは、失うのは一瞬だけど、それを築くのには時間がかかる、というのはよく聞く言葉。



僕もありがたい御縁で様々な方に出会い、その皆さんのスキルという応援をいただき、僕の活動は日進月歩進化出来ている。

その応援の力を失わない為にも、信頼を裏切らない為にも、僕はそれこそ真摯に活動し、結果へと結びつけていかなければならない。



「成せば為る 成さねば為らぬ 何事も 為らぬは人の 成さぬなりけり」

僕の好きな言葉。

障害を負う僕らだからこそ、「成せば為る」の気持ちを常に持って、頑張っていかなければならない。

「障害があるから仕方ない」

「障害者だから仕方ない」

と、障害を言い訳にしていたのでは話にならない。

恩師の言葉を借りれば、「問題外のさらに外」だと思う。

「成せば為る」は、チャレンジして、出来なくてもチャレンジして、頑張り続けることで出来るようになるという上杉鷹山公の教えなんだと最近ようやく理解出来た。

障害を負ったからこそ理解出来たのかもしれない。

だからこそ、僕の伸び白はまだまだ大きいのだと思えてきた。

いくつになっても、障害の有無を問わず、人は成長出来る。



ただし、自分自身の活動を立体的にイメージし取り組んでいかなければ、怪我や故障を生みかねない。

コンディションの維持とはそういうことなのだとあらためて思う。

成長の為の負荷、それを補う補給と休養、それをどういうレベルで行っていくのか。

年間通して同じではなく、タイミングを計ってその強弱などもマネージメントしていかなければならない。



卓球は個人競技であるが故に、そういった活動も自分自身で行う。

自分に嘘はつけないから、その方が良いのかもしれない。



毎日確実に成長できていると実感出来る。

それはコーチをはじめ、僕の練習に付き合ってくれる皆さんのおかげであり、アドバイスをくださるみなさんのおかげでもある。

でも、成長出来たからこそ世界レベルの扉を開くことが出来ただけで、言ってみれば今ようやくスタートラインに立ったような気がしている。

自分自身をそう客観視できるのもまた成長の証なのだと思う。

怪我をせず、故障もせず、日々負荷を掛けて成長していく。



これまでの集大成を、これからの遠征で発揮できるように挑んでいきたい。



様々な点でコンディションを整える。

その準備は出来ている。

あとは、アクシデントに柔軟に対応できる余裕を持つこと。

大丈夫、僕なら出来る。



今から既に楽しみでしかたない。

さぁ、青く燃えるぜ!
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車椅子対応卓球台というものは

2018-08-13 22:28:13 | 日記
車椅子使用者対応卓球台というものがある。

パラ卓球の国際大会において、国際ルールで車椅子クラスにはその台の使用が義務付けられている。

それは具体的にどういうものなのか?

そもそも、車椅子対応だからといって、台の高さ、大きさ、ネットの高さなどが通常の卓球と異なることは無い。

全て同じ。

違う部分はただ一つ。

台の足の位置のみ。

車椅子対応台は、脚の位置が台のエンドラインより400mm以上奥でないといけない、となっている。

なぜならば、車椅子で前に深く突っ込んだ時、台の脚(フレーム)に自身の足が「ゴン!」とぶつかってしまうから。

ブレーキを掛けて車椅子を固定していたり、そこまで動きませんよという選手には実感は無いと思う。

でも、動く選手にとって、その台の脚の位置の違いはかなり危険なのだ。



再びそもそも(笑)、僕がそうなのだが、車椅子使用者の大半は足の感覚が無い。

だから、足がぶつかっても痛みは感じない場合が多い。

ただ、身体が何かにぶつかったかな?という衝撃を感じる程度。

でも、膝や脛周辺はただでさえ筋肉が少ない箇所。

さらに下半身不随の人は足が痩せている場合が多いから、余計に怪我をし易い。

感覚のない人が怪我をした場合、治癒も当然時間がかかる。

感染症なんかの危険性も通常よりもっと高くなる。

場合によっては生命の危険を招くこともある。



そんな選手だけれど、プレーに集中し懸命にボールを追いかけていると「ゴン!」とぶつかってしまうのは当然のことになる。

逆に、ぶつからないように意識しながらプレーするなんていうのは本末転倒で、試合に集中出来ないし、足をぶつけない為に、出来るプレーや戦術が限られる結果になってしまう。



毎年1月に東京体育館で開催されている全日本選手権。

いわゆる「健常者」の、日本最高峰の試合。

その会場で使用されているのが国内卓球台メーカー三英(サンエイ)のフラッグシップモデル。

でもその台、実は全て車椅子対応台なのだ。



健常者の実業団所属のトップ選手に話を聞いたことがある。

「手前に脚があると、僕たちでも時々ぶつけますからね。」

という話だった。



国内の選手で車椅子を動かしてプレーする選手は数えるほどしかいない。

でも、海外の選手はむしろ積極的に車椅子を大きく動かしてプレーする選手が多い。

おそらく、車椅子卓球における根本的発想が異なっているのではないかと思う。



まぁそれはさておき、おそらくは国際卓球連盟が安全面から設定したであろうルールが、2020年を迎える日本で、未だ十分に周知されていない現状を残念に思う。



実は先日障害者の大会に出場した。

全国各地から選手が集まっているような比較的大きな大会だった。

パラリンピアンも出場していた。

車椅子選手も50人以上がエントリーしていたらしい。

でもその会場、台が全て車椅子対応ではなかった。

ちょっと驚いた。

でもそれはある意味仕方ないことだとも思っている。

主催者は毎年会場探しに四苦八苦されているのだと思う。

その時期にその規模の会場を押さえるだけでも大変だろうに、そこに車椅子対応台の有無を条件に加えれば、会場選びはさらに困難なものになる。

また、実際のところ、対応台でなければ気持ちよくプレーできないという選手は、国内では案外少数派だったりするかもしれないので、公式戦でもないしまぁいいか、という判断を下されてもいたしかたない。



当日朝、全部の台がそうであるのを確認して、僕の中でそれは「試合」ではなく「イベント」となった。

一番は「足をぶつけないようにプレーすること」であり、そういうプレーをしないことに意識を置いた。

それでも、プレー中にボールを追いかけてると、やはり「ゴン!」とぶつかることが度々あった。

対戦相手からも「ぶつかって台が動いたから大丈夫かな?と思った」と言われた。

1度ぶつかるとその試合ではまたぶつからないように意識をする。

そういうプレーになる。

まぁ仕方ない。

でも、その日部屋に戻り足を確認すると、やはり赤くなっていた。

僕の友人も同様だったらしい。

怪我をしてしまってからでは遅い。

練習であれば、内容を選んでそうならないメニューを組むことは出来る。

でも試合ではそうはいかない。



日本において、「車椅子対応台」を認識している関係者はおそらくごく僅かなのだと思う。

それを広く知ってもらう。

その為には何をどうする?

自分が強くなれば良い。

どんどん結果を出していけばいい。

そうすることで、その必要性を認知していただくことが出来る。

口で言うだけなら今すぐにでもいくらでも出来る。

でも、行動で示さなければその言葉に説得力は無い。

行動を「見てもらう」為には、まず「見てみようかな」という関心を引く必要がある。

そうして見てもらい、その結果が求めるものを導いてくる。

関心を引く為には、「アスリート」として360度魅力的な人物でなければならない。

おお、ハードルは高いぞ(笑)



まずは結果を出す。

その為に、絶えず自分を磨き続ける。

自分磨きの項目のひとつに、「怪我をしない」も含まれる。

そこもマネージメントしていかなければならないので、「試合」と「イベント」の使い分けはしっかり意識していく必要がある。



ちなみに、今回出場したその「イベント」、初日は団体戦、2日目が個人戦というものでしたが、特に団体戦はもの凄く楽しめたのでした。

あんなに純粋に卓球を楽しめたのは久々だったように思う。

まずはチームメイトのお陰。

そして、対戦相手を含む選手のフェアプレー精神のお陰。

そんな中で良いプレーをし、「あいつすごいね」と思ってもらうことが大切な一歩になる。



現状、怪我は無い。

でもいつどういう風に怪我をするかは分からない。

怪我をしないように常に気をつけること。

怪我をしない身体づくり、そして行動。

やることたくさん(笑)

だけど、海外のあいつらはみんなやってるはず。

負けてられない。

さぁ、暑いなんていってられないぞ!

後半戦、スタートダッシュ!
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