先日、思わぬご縁で某トップ選手のラケットを試打させていただいたのだけれど、ズバリ、笑いが止まらなかった(笑)
変な意味ではない(笑)
それだけ凄さを感じた、ということ。
その選手のプレーはテレビでも動画でも散々見ているので、ある意味その根幹にあたる部分をこの目で見て、この手で触れられたことにものすごく喜びや感動を得たし、でもそれ以上に、そのラケットは何よりも僕自身の卓球活動に強いインパクトを与えてくれた。
ごく短い時間のその試打から、新たな発想が大きく芽を伸ばした。
今までにはない新しいことへのチャレンジを促してくれる。
「やってみよう!」
という行動を伴う新しい扉を開かせてくれた感がある。
「やってみたい」ではない。
「よし、やってみよう!」
なのだ。
それこそまさにPDCAサイクルの始まりなのだな(笑)
ちなみに、「やってみたい」ではほぼそこで頓挫する。悲しいかな、それが人間。「でも・・・」「だけど・・・」と、何かしらの理由(言い訳)をつけて終わるもの。それがリアルなんだなぁ。
テレビで記者会見等を見ていても様々な方のコメントを見受けるけれど、その際「〜したいと思います」という表現を聞いた時、「あぁこの人、やらないか、やっても続かないんだろうな」と思ってしまう。僕自身がそうだから(笑)
「言葉」というのは頭の中、心の中を表現する為の、いわばアウトプットのツールに過ぎないので、どういう「言葉」使うかで与える印象や発信したい情報には誤解が生じてしまうし、聴く側もただその「言葉」の意味をそのまま受け取るだけでは誤った情報伝達になり得ると思っている。
言葉をどう使うかで実はその人の「本気度」までも伝わるものだし、その言葉の奥にある「真意」を読み取ることが「行間を読む」とか「本音を探る」、或いは「空気を読む」ということになり、それがコミュニケーション能力に直結することになる。
役者のように表情豊かで演技力があり、学者や専門家のように知識やボキャブラリーも豊富に持ち合わせている人がいたとして、自分の頭を使わずにただその人の言葉だけを受け止めていると、人は簡単に騙される(笑)
話を戻そう。
まだまだ僕には足りない部分が多くあって、今の自分に満足している訳ではないけれど、別段今の自分にレーン・チェンジが必要だとは思っていないし、何か新しいことを必要としている訳でもなく、必要なのはアップデート、今の自分をもっと高めていく、大切なものは自分の中にある、そんな気持ちで取り組めている。
そこにおいてのこのインパクト。
そしてそれを即行動に移した自分、それが出来た自分。
成長したなぁと思った(笑)
得意の自画自賛(笑)
でも、今だからこそこれだけのインパクトを感じられたのだとも思う。
以前であれば、PDは出来てもCで得られるものは桁違いの差があっただろうし、それ故にAには至らずに終わったように思う。
そんな今の自分を嬉しく思う。
自画自賛(笑)
でも、今の自分が以前の自分と異なるなら、これまでとは違った新しいことに挑戦出来るのだと思った時、「じゃぁもしかしたら」と過去を振り返りたくもなる。
「あの時はこう感じたけど、今ならまた違っているかもしれない」と思えてくる。
恋愛と同じか?(笑)
それは「タラレバ」になるかもしれないけれど、逆に建設的思考にもなり得るとも思う。
結局は本人次第ということか。
ただ、前向きに捉える為には過去のデータを再度洗い出すという膨大な労力、或いはコストを費やすことにもなるので、その時点で「ま、いいか」と頓挫することも少なくない。
仮に、過去のデータを洗い直す作業に取り掛かってみても、そこから得られるものは案外ごく僅かなものだったり、全く収穫はなかったということもあるので、そうした経験のある人はその重要性を分かっていても費用対効果を考えてそれには着手しないということも少なからずあると思う。
でも、今の僕は違う。
それくらいのインパクトが得られたラケット試打。
そういうチャンスに恵まれたことにまず感謝。
そういうインパクトを感じられた自分の、これまでの取り組みに感謝。
そういう活動を支えてくれている今のこの環境に感謝。
お陰で今日の練習もすごく内容の濃い良いものに出来た。
その分疲労感も大きいけど(笑)
まだまだ社会の状況は厳しく、好転の兆しが見えないどころか、緊急事態宣言延長の声も聞こえてきたり、ネガティブな報道が多く飛び交っている。
けれど、前を向く。上を向く。
自分が気をつけるしかないと思っている。
リスクを背負うかどうかの判断は自分で出来るのだから、どういう選択をし、行動を取るかは自分で決められる。
今得られたこの素晴らしい衝撃を無駄にしない為にも、それを上手く「利用する」為にも、今自分の行動を改めて客観視し、厳しく取り組んでいかなければと思う。
不安は大きくある。
でも、背筋を正し前を向いて歩くのだな。
脊髄損傷で背筋を正せないチェアウォーカーだけど(笑)
変な意味ではない(笑)
それだけ凄さを感じた、ということ。
その選手のプレーはテレビでも動画でも散々見ているので、ある意味その根幹にあたる部分をこの目で見て、この手で触れられたことにものすごく喜びや感動を得たし、でもそれ以上に、そのラケットは何よりも僕自身の卓球活動に強いインパクトを与えてくれた。
ごく短い時間のその試打から、新たな発想が大きく芽を伸ばした。
今までにはない新しいことへのチャレンジを促してくれる。
「やってみよう!」
という行動を伴う新しい扉を開かせてくれた感がある。
「やってみたい」ではない。
「よし、やってみよう!」
なのだ。
それこそまさにPDCAサイクルの始まりなのだな(笑)
ちなみに、「やってみたい」ではほぼそこで頓挫する。悲しいかな、それが人間。「でも・・・」「だけど・・・」と、何かしらの理由(言い訳)をつけて終わるもの。それがリアルなんだなぁ。
テレビで記者会見等を見ていても様々な方のコメントを見受けるけれど、その際「〜したいと思います」という表現を聞いた時、「あぁこの人、やらないか、やっても続かないんだろうな」と思ってしまう。僕自身がそうだから(笑)
「言葉」というのは頭の中、心の中を表現する為の、いわばアウトプットのツールに過ぎないので、どういう「言葉」使うかで与える印象や発信したい情報には誤解が生じてしまうし、聴く側もただその「言葉」の意味をそのまま受け取るだけでは誤った情報伝達になり得ると思っている。
言葉をどう使うかで実はその人の「本気度」までも伝わるものだし、その言葉の奥にある「真意」を読み取ることが「行間を読む」とか「本音を探る」、或いは「空気を読む」ということになり、それがコミュニケーション能力に直結することになる。
役者のように表情豊かで演技力があり、学者や専門家のように知識やボキャブラリーも豊富に持ち合わせている人がいたとして、自分の頭を使わずにただその人の言葉だけを受け止めていると、人は簡単に騙される(笑)
話を戻そう。
まだまだ僕には足りない部分が多くあって、今の自分に満足している訳ではないけれど、別段今の自分にレーン・チェンジが必要だとは思っていないし、何か新しいことを必要としている訳でもなく、必要なのはアップデート、今の自分をもっと高めていく、大切なものは自分の中にある、そんな気持ちで取り組めている。
そこにおいてのこのインパクト。
そしてそれを即行動に移した自分、それが出来た自分。
成長したなぁと思った(笑)
得意の自画自賛(笑)
でも、今だからこそこれだけのインパクトを感じられたのだとも思う。
以前であれば、PDは出来てもCで得られるものは桁違いの差があっただろうし、それ故にAには至らずに終わったように思う。
そんな今の自分を嬉しく思う。
自画自賛(笑)
でも、今の自分が以前の自分と異なるなら、これまでとは違った新しいことに挑戦出来るのだと思った時、「じゃぁもしかしたら」と過去を振り返りたくもなる。
「あの時はこう感じたけど、今ならまた違っているかもしれない」と思えてくる。
恋愛と同じか?(笑)
それは「タラレバ」になるかもしれないけれど、逆に建設的思考にもなり得るとも思う。
結局は本人次第ということか。
ただ、前向きに捉える為には過去のデータを再度洗い出すという膨大な労力、或いはコストを費やすことにもなるので、その時点で「ま、いいか」と頓挫することも少なくない。
仮に、過去のデータを洗い直す作業に取り掛かってみても、そこから得られるものは案外ごく僅かなものだったり、全く収穫はなかったということもあるので、そうした経験のある人はその重要性を分かっていても費用対効果を考えてそれには着手しないということも少なからずあると思う。
でも、今の僕は違う。
それくらいのインパクトが得られたラケット試打。
そういうチャンスに恵まれたことにまず感謝。
そういうインパクトを感じられた自分の、これまでの取り組みに感謝。
そういう活動を支えてくれている今のこの環境に感謝。
お陰で今日の練習もすごく内容の濃い良いものに出来た。
その分疲労感も大きいけど(笑)
まだまだ社会の状況は厳しく、好転の兆しが見えないどころか、緊急事態宣言延長の声も聞こえてきたり、ネガティブな報道が多く飛び交っている。
けれど、前を向く。上を向く。
自分が気をつけるしかないと思っている。
リスクを背負うかどうかの判断は自分で出来るのだから、どういう選択をし、行動を取るかは自分で決められる。
今得られたこの素晴らしい衝撃を無駄にしない為にも、それを上手く「利用する」為にも、今自分の行動を改めて客観視し、厳しく取り組んでいかなければと思う。
不安は大きくある。
でも、背筋を正し前を向いて歩くのだな。
脊髄損傷で背筋を正せないチェアウォーカーだけど(笑)
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