GlobalHeart 社長Blog

株式会社グローバルハートの社長がお送りするBlog

こういうことはいいんでしょうか?

2007年09月22日 | Weblog
来週と来月の準備有り本日出社、今月のブログは終わりにしようと昨日書いたのですが今日のニュース、社会保険庁、社会保険事務所職員の横領報道を聞き少し時間ありましたので「こういうことはいいのでしょうか?」との疑問が発生しパソコンに向かった次第です。あるところからこういう話を聞き現実に体験しましたこと、少々前置きしなければ誤解を招いて誹謗中傷になりますのでそこのところは慎重にそれぞれがお話しとして小耳にはさんで頂ければ良いのでそこのところ誤解なくお願いしたいのです(このブログ読んで頂いている方々に)。つまり、今度民営化される郵便局の簡保を集める職員さん、本当にいつも助かっていますが、特に私の鹿児島の田舎では母一人、近所に親戚・友人はいますが郵便その他のお仕事のついでに少しでも声を掛けてくれて、たまに電話すると「今日は郵便屋さんと1回だけ話しただけ」という日が多いらしく、私のような田舎から出て遠くにいる人間には郵便屋さんは大変心強く感謝している次第です。しかしながら、どこにでも不届き者はいますが、これは「いかんでしょう」という事例。郵便局が民営化され民間との熾烈な競争が待ち受けているのは国民、職員の方々ご承知済みのこと、そこでそういう厳しい現実が来る前に、いつも「今日は、郵便局の職員です、元気ですか、何か困ったことありませんか」と何年ものいつもの言葉に安心して心を委ねている保険の契約者(特にご年配の)に「今度、こういうところに転職しました、中身は前と同じですから、切り替えておきましょうね」と他の保険会社の商品に切り換え、そこで莫大なコミッションをはじめに頂戴し、そして今までのお客さんを回りきったら、この業界から転職していく、もちろん民間のお仕事ですから商品を薦め、購入していただくのは当たり前の業務活動ですが、このようなケース、私、釈然としないし、何らかのルールがなければ、例えは悪いですが、おじいちゃん、おばあちゃんを狙った「振り込め詐欺」と今回の社会保険庁の横領事件に類似したことになるのでは、と危惧します。そこで今月末に「金融商品取引法」が施行されますから大丈夫、という人はそんなにいないでしょう。保険商品や年金の仕組みを熟知していないと、つまり「年金数理計算」の概要ぐらいは説明できないと保険や年金の商品は理解できません。私、証券は25年、年金8年、保険1年じっくりと実務やってきましたが、業務として進める当の本人が「何だコレー」といいたくなるような金融商品を田舎のおじいちゃんおばあちゃんが分かるはずないです、いつか近い将来、この問題は表に出てくるでしょうが、郵便局の職員がいけないことしている、といっているのではなく、もっと現場に近い人が法律やルールを決める世の中になって欲しいものですね。

今月最後のブログ

2007年09月21日 | Weblog
来週は火曜日から金曜日まで札幌出張、で今月は今日で最後のブログとなります。一昨日は大阪、名古屋への日帰り出張でしたが、新大阪の駅での出来事。遅めの昼食をとっていると、隣の席にどこかの会社社長とその部下が会話から携帯に切り替わり、ゴルフの打ち合わせを狭い喫茶店で堂々と大声でやっている。大阪から東京へ帰る途中らしく、商談を終えビール飲みながら・・・。本当にマナー悪いオヤジです、それもどこかの大手企業の下請け会社の社長らしく、言葉の端々に大手の会社の名前を連呼、その部下は社長のお気に入りらしく、ゴルフの日時と参加者を勝手に決めて「社命だ、仕事だー」ほざいて携帯で呼びつけていました。こういう社長に限って親会社には「ペコペコ」が目に浮かび無視していましたが、あまりにもマナーが悪いので「おい、うるさいな、回りに迷惑だろう」とにらみつけると本人は横向いて部下にあごで指示。本当にこちらが情けなくなり、気持ちが暗くなり、「なーんでこんな日本人いるんだろう、社長、社長とゴマすりにご満悦のバカ社長」本当にばっかじゃないかと思い、最後にいやな思い出の出張でした。つまり、最近のいやな体験での共通していることは、誰かや何かの影に隠れて正々堂々とした行動をとらない人が多くなっている、私の耳が悪くなったのかと心配するぐらい、はっきりと物を言い相手に伝える人が少なくなったのではないかなと心配です。規制に守られてチャレンジしなくなった社会は衰退すること必然です。何だかわが国日本は「後退」しているようで怖いという人が増えている実態は直視しないと何も始まりませんね。

銀座三すくみ

2007年09月15日 | Weblog
本日普通の人はお休みですが私一人会社で作業中、そこで先日私の先生、まあオヤジみたいな大先輩からこんなお話し聞きましたので・・・、「銀座三すくみ」という言葉をきいてすぐ分かる人はなかなかの銀座通、もともと「三すくみ」とはへびがナメクジを、ナメクジはカエルを、カエルはへびを恐れることから、三つのものがお互いに適を抑えあうこと、とは三省堂の国語辞典の解説、で、何で「銀座三すくみ」なのか、つまり、昨日こんなことがありふと思い出したのですが、8月の後半、20何年お付き合いさせていただいている私よりも3つぐらい上の社長とそのお友達で久しぶりに酔っ払いの勢いで新宿歌舞伎町のクラブに飛び込みで入り、数日後何故だか知りませんが私の携帯にお電話、つまり、「カモさん、ねぎしょっていらっしゃいよー」のお誘い電話。若い頃は「そーう」なんてバカみたいに3回に1回ぐらい行ったりもしましたが、ここ10年ぐらいはそんな余裕も気力も体力もなく、そんで先日のオヤッさんの「銀座三すくみ」を思い出した次第。ストレス解消にこんなこと書いているのですが、前置き長すぎー。銀座、特に夜の銀座といえば昔から超一流のクラブがひしめき合うところとは皆さんご存知の通り、昔から接待用にとお偉いさんや時の成金さんが一度は通うところ、そこで一旗上げようと一生懸命頑張ってお化粧し、パーマかけ夜のご出勤、大体私が帰る頃7時30分過ぎがピークのご出勤タイム、夜なのに「おはようございまーす」は業界用語は常識ですが、お店も銀座といえば高い家賃でしょう、人件費払って家賃払って、経費払って儲からなければすぐつぶれてしまいます。お客も1回座って、ん万円はそんなに大富豪じゃなければいくら気に入ったところがあってもそう通えるものでじゃありません。でもお呼び出しかかればいきたくなるというのも人情、でもお金がない。そこでお店もお客が来ないと商売にならないからホステスさんに努力してもらいお客を呼ぶ、ホステスさんも売り上げ上げないと首になるからお客を掛け(つけ?)で呼ぶ、お店とホステスさんとお客がお互い回らなくなるとみんながつぶれてしまう。あまり美味く説明できないのですが、どーもそんな感じを「銀座三すくみ」というらしいです。なんだか最近の日本の社会に似てませんか、国という組織と国民と経済を支える会社。これから低成長経済、社会保険料と税金はアップ、会社経営はグローバル化で益々益々大変。つまり国と国民と会社が三すくみ、どこかが立ち行かなくなるとみんなこけちゃう、そんな状態なのにどこか他人事。今自分達の置かれている状況はどこなのか、すくんでいるうちはまだいいですが、もうすぐひっくり返りそうなのに「ぼけーっ」として権利だけ主張し始めたら「民族の危機」。

銀座の顔

2007年09月14日 | Weblog
銀座で仕事はじめて丸8年目、よく考えてみるとこの界隈は一体なんなんだろう、と最近不思議に感じます。銀座の中央通りは昼間はアジア系の方々が闊歩、夕方はオフィス帰りのOLさんとこれからご出勤の「夜の蝶(これは古いわ)」、夜は運転手付のどこかの会社のお偉いさん、ブランド店は世界一流のお店がずらり、3対7か2対8で女性特に比較的上の層の方々(雰囲気が)。先日池袋行ったときは若者ばっかで疲れましたがほとんどが日本人。昨日は久しぶりに神宮球場で野球観戦していたら、懐かしい声で「やじ」が飛び交い、皆さんストレス解消か。昔巨人戦といえば満員だったのに内野席ガラガラ。
政界は今度は福田さんとか、政治経済すったもんだなのにのんびり野球見てる自分も自分。なんだかどーにでもナレーといいたくなるような気分になって飲むビールが美味かった、ということで今日は何を書いているのか分からない締めですが、まだ今晩もう一戦、夜の会合が「焼き鳥屋」さんでホッピー飲みながらございます。
世の中明日から3連休、そういえば来週も暦の上では3連休。少し休みすぎるのではないか、たるんでる日本人!と大声を一人出して叫ぶ場所がないですわね、この銀座では。

大人のマナー

2007年09月13日 | Weblog
最近娘のバイト帰りのお迎えの時の話が面白い、「んー、なんであんなにおじさん(私も含まれていますが)おばさんのマナーが悪いの」とお怒りのご様子、「何かあったの?」今駅中の「イタリアンレストラン」でバイトしている娘の話を聞いてると、「ドリンクバーでセルフサービスだっちゅうに、コーヒーもって来て」とか一度オーダーして勝手に席変わったりとか、なんかで帰りにお怒りのトーク、私は面白いやら見に覚えがあるやら、でも「そー、なんだろうね、マナー悪いね」と相槌打つのが精一杯。娘「今時の小学生でもあんなの(言葉悪いのですが正確に表現してます)いないよ」と。そーいえば分からなくもなく、最近の大人のマナーはどうなんだろう、とふと考えてしまいます。これもだんご社会のたまものか、と言葉では割り切れても常識の通じない社会はこれはお互い不幸。なんでこんな社会になったのか、日常私が感じている大人のマナーの欠如している人は、①挨拶しない②返事がない③自筆で気持ちや考えを伝えられない④はっきりした自分の言葉で話が出来ない⑤本当の仕事をしない人⑥機械と遊んでる人⑦政治や経済について話さない人ぐらいでしょうか、いくつか自分にも人から見たらあるのでしょうが、大人のマナーなくして子供にマナーなんて言えるはずもなく・・・、と半分自省の念をこめまして本日のブログ終わり。今日は久しぶりにわが最愛なる奥様と夜のおデート、友達からもらった神宮球場でのヤクルトー巨人戦のいいシートでビール飲みながら観戦。最近野球には全く興味なく、今どうなってるのかも全然知りませんが、体育館みたいなドームより自然の中での野球観戦のほうが気分良く、大人のマナーをわきまえてビール飲みまくり、騒いでこよう、と一人ほくそ笑んでいます。娘と同じくらいの年頃のビール売りに来るバイトのお嬢さんに大きな声で「ありがとう!」といってあげようっと。

「最近困ること」の巻き

2007年09月12日 | Weblog
今日はあまり時間ないので、最近困ること①他人の愚痴をきくこと②話ししていても声が小さくて聞き取れないこと(私の耳が遠くなったのかな)③金融機関に電話すると会社の仕事を分からない、とはっきり言う社員がいること④コールセンターではたらい回し、専門家がいないこと・・・ということでこれも愚痴なのでしょうね。ただ他人に言わなくていい分、気が楽です。政局は混乱、日本経済はどうなるのか、製造業はいいですがサービス産業は幼稚園生、大変な時代ですね。

だんご社会の人間関係

2007年09月11日 | Weblog
30年ぐらい前、学生のときに「縦社会の人間関係」(中根千枝?)という本を読んだことを思い出しました。いわゆるヒエレルヒー、ピラミッド型の社会構造を解説した当時学生の必読書でした。今その縦社会が崩れ立ち行かなくなっている現実は携帯やインターネットという新しい情報通信技術の発展の賜物ですね。特に情報の伝達の速度がこんなにも早く、また人の移動も飛行機や新幹線の発達で大変なスピードになっています。ただこの技術の変化に世代ごとの適応力が異なっておりこれが好むと好まずに係わらず世代間の格差や人間関係の疎外感をかもしだしています。私はこれを「だんご社会」と勝手に名づけ考えているのですが、全ての社会では人間関係を伴います。人間関係はコミュニケーションで成り立ちます、その関係つくりの手段がいつの時代でも様々な方法があったと思いますが今ほど変化に富み、スピードの速い時代はなかったのでは。縦社会の窮屈な関係は勘弁してもらいたいですが、日本独特かもしれませんが「だんご社会」も少々冷たいのでは、と感じています。少子化と超高齢化が大変なスピードで進行している今の日本社会で今とこれから一番必要なことは疎外感をもたないもたせない社会づくり、ではないかと考えます。変化を恐れチャレンジしない社会は衰退が必然、人は何のために生きているのかを本気で考え遂行するところに「微力ながらも生きがい」を感じ元気が出るのでは。先日の日曜日にあまりのも天気がよく、くそ暑かったのでクーラーのかかった部屋でビデオ鑑賞を決め込みました。観たのは4本「忍ぶ川」と「サンダカン8番娼館」いづれも熊井啓監督、栗原小巻主演、で昭和47年ぐらいの作品。我ながら「しぶい」と思いつつ、なんと大変な感激、昭和47年というと私13歳中学生、高度経済成長のはじめ、34年前の映画。なんと栗原小巻さんが美しかったことか、本当にきれいでしたしかわいかったー、とでれーとしながら見てましたが、この時代の描写からエネルギーが伝わってきたのです。ついでに最新作の洋画も見たのですが、こちらはぜんぜんつまらない、漫画見ているようで何かが伝わってこないのです。私達が小学校、中学校のときは日本全体が活気があったのでしょうね。偶然、昨日は高校1年の同級生と3人で飲んでましたが、お互い増えたのは年と白髪。その子供達がこれからの日本社会を見捨てず引っ張っていけるような夢のある社会は創れないものなのでしょうかね。

日本の力

2007年09月10日 | Weblog
最近ブログさぼってばかりですが、日本の底力ははやりすごいのだと思います。昔お付き合い頂いた社長さんに教えられましたが「日本人は魚群」に似ている、とのこと。つまり先頭の魚が方向を変えると全部、一糸乱れずついていく姿を例えた言葉でした。今日も株価は下がり、政治は混迷、格差社会は益々広がり、社会保障制度は不安だらけ、でも2,000年の歴史、は何らかのDNAを生み出し子孫に伝えているはず。昨日「生きる」というドラマを見ました、これは依然ここで紹介した、黒澤明監督の現代版ドラマ。日本の社会は「ゆっくりと変わる」社会、劇的に代ることを嫌う社会なのかもしれませんね、いいか、悪いかは別問題。子供達のアルバイト先の話を聞いていると、本当に面白いです。世の中の縮図がはっきりと出ており、いい勉強しています。こうやってDNAが引き継がれ少しずつ世の中が変わって域のかもしれません。アメリカの覇権が変わりつつある今、私達日本人はこれからどう考え生きていけばいいのか、映画じゃなく本当の社会で。死んでからいい人だったいわれるより、生きている間に世の中に役に立つ仕事が一つでも出来れば最高、ですね。

大変な時代

2007年09月07日 | Weblog
今の日本社会に不安を感じているのは私だけではない、ということが最近の営業活動でだんだん分かってきました。妙に不安を持つ必要もなく一人一人の努力次第でどうなるかは個人差がありますので、このなんとなく不安からはっきりした不安へは私一人の「つぶやき」として書きますことが大前提。今日の読売り新聞トップ1面記事、確定拠出年金(日本版401K)の制度発足6年目にして運用漏れ8万人、211億円、つまり200万人の加入者がいて8万人が自分が入っていることを知らないで転職した人たち、会社が積み立ててくれた企業年金がもらえない、ということに結果的に繋がります。昨日の日経これもトップ記事、企業年金124万人不払い金額1544億円、これは一体全体どういうことなのか、実は、私こんなこと全て分かっていました、但し、金額や人数は分かるはずもないですが、とどのつまり、企業も従業員も両方の責任なのに、全て国に責任がある、ようなマスコミの報道には、これまた、びっくり、です。確かに私達のメルマガ会議でも日本の年金制度については複雑すぎて「分からないところが分からない」となっていますが、日本版401Kの場合も企業に投資教育の義務があるのに全く果たしていない現実は、従業員を代表する組合や従業員代表にも大きな責任があります。外資や新興企業からM&Aされそうになると「会社は株主だけでなく社員の為の物でもある」という経営者が多数いますが、そんなの方便ばっかり、です。日本版401K導入企業へ社員のためにもまた企業も義務があるからちゃんと「投資教育」しましょう、と提案しても表面だけ取り繕う金融機関のマニュアルにしたがっているだけの情けない企業の担当者や経営者がほとんどの日本企業では社員も不安が増大するに決まってます。そろそろ、言い訳ばかりと出来ない理由を初めに考える習性から「自分で考える」方向に日本全体が向かわないと、不安が現実になりそうで大変怖いおもいです。また、日本の株式市場に上場し、資本市場から資金を調達しまた創業者利益を得ているのにもかかわらず、説明責任を一切やらない企業も同じこと。何かそういう大事な柱が日本人にかけているような感じがします。でもトレンド的にはそういう人が増え、警鐘を鳴らし、行動にでてくる地合いが出来つつあるのかもしれませんから「日本が今一番の買い時、つまり今が一番の日本株を買うチャンス」だということです。「夜明け前が一番くらい」という格言があります。日本の国際優良企業と言われているところは世界と競争していますからまだ生き残れるでしょうが、新興市場上場企業や中小、零細企業ではよほどしっかりしないと日本でも生き残れない、競争のない社会は歴史を見れば必然衰退します。どうも最近、「国民なくして国家有り」には恐怖を感じますが、マスコミの論調にもひどさを感じます。最近日本を憂うひとが多くなったと感じますが、我々の次の世代の為にも、魅力のある国に指定期待ですね。
「美しい国」とか「友愛」とか訳の分からないことを言う前に「自分で稼ぐことを考えろ」と言ったら怒られるでしょうね。

久しぶり

2007年09月04日 | Weblog
なかなかこのブログというか、席にいられない状態が続いています。明日は大阪と名古屋、もちろん日帰りですが、なんだか世の中動いているのに暗い道を歩いているような、いつか竹中さんが大臣のときに「ナロウロード」狭い道を日本経済は通っているんだ、その狭い道を過ぎたら大きな道、幸せな社会があるとの賜っていましたが、どこにいまそんな道あるのか探しているのは私だけでしょうかね。最近、回りで明るいいい話しをあまり聞きません。仕事だけではなくプライベートのことも、そういうお年頃なのかも知れませんが今後の日本の社会に生きる喜びや夢、理想が感じられない、から株価も上がらないのでしょうか。先日の日曜日にある評論家が安倍総理について話していましたが、「総理は国家がどうあるべきで、国民はそこにはない」と。アー、そうか、と一人合点がいきました。当然のことでしょうが、国家を守りリードする役割はそーなんだ、つまり一人一人の国民特に弱い立場にある人たちは関係ないとは言いすぎでしょうが、世界の中の日本国を重要視し、国民一人一人はそんなに大切ではないのか、と感じた次第。私達一人一人は自分や家族を中心に生活してます、だからピントが合ってない、のかと。だから民主党がいいのかというとそれは分かりませんが、庶民うけはしますわね。偶然でしょうが、私このブログで「日本の株価は上がるでしょうが、個人の生活は苦しくなるでしょう」なんて預言者みたいなことを偉そうに何度も書いてましたが、私が感じていたことはそういうことだったのかとやっとこの悪い頭で理解できました。なーんか感じていました、国の成り立つ世界から見た諸制度は世界標準なりグローバル企業も多数排出していますが、個人特に中小零細、ベンチャー企業には冷たい社会を作り出している原因。でもこれ、正常化が進んでいる証拠。私の上の娘、アルバイトしたお金で昨日から10日間「上海」旅行です、今までなら大学3年の夏休みで就活が決まる、なんて厳しいことばかりでしたが、なーんだか余裕あり、これはいいこと、だと私感心しています。縮み志向の世界を飛び出て就活どーした、かどうか分かりませんがバイタリティーを感じます。先日発売になりました高杉良の「挑戦・巨大外資」の本を読み20年前を思い出しましたが、今の日本の企業を買収しにくるような元気な日本の会社探すのが本当は大変なのでは,といいたくなりますね。