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寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

彗星「Ochou」効果 (2)

2016年05月04日 15時48分57秒 | 寓話

 その頃の最大の話題は地球の総人口が2048年ついに

100億人を突破したことだった。そのために地球の環境

問題は一段と悪化してしまったが根本的な対策は議論さ

れなかったことを取り上げていた。一部の環境学者や人

口問題研究者は環境悪化の最大の原因は人口の急速な増

加にあると説き、人口増加抑制方法を議論すべきだと熱

心に説いてきたが、人間の基本権利を侵害すると言う人

権論者や宗教者の猛反対を受けていつの間には消えてし

まった。人口増加速度が速くなって各種資源の枯渇が問

題になったが、為政者たちの将来は虹の橋を渡るように

良くなるという談話をマスコミに発表して一般市民を安

心させていった。

 しかし100億の人口を養うために各種の資源を可能な限

り再利用してきたが、地球の地下資源特にエネルギー資源

の枯渇が30年後に訪れるとことが決定的になった。もちろ

んソーラーエネルギーはじめその他のエネルギー生産方法

もフル回転で電力を供給していた。しかし異常気象の多発

によってソーラー電力供給は順調とはいえない状態だった。

 そのため世界中の科学者は地球科学アカデミーと国連主

導で新エネルギー供給源として核融合の研究に全力を傾け、

何とか安全なヘリウム3を使用する核融合炉が完成したの

は2053年だった。

 核融合炉の燃料として必要なヘリウム3の供給をどうする

かが次の問題になった。アラスカ、シベリアやゴビ砂漠の地

下に埋蔵されていることが明らかになっているヘリウム4を

採掘しその中からヘリウム3を分離する方法が有力とされた。

その他に最も有力な資源は月にあることが解っていた。地球

科学アカデミーによって組織された月資源の詳細な調査と採

掘計画が実施された。その結果、月の表面付近には太陽から

のヘリウム3が大量に存在することが確認された。その採掘

のために月基地ルナー市が建設された。

 ルナー市は太陽から飛んで来て岩石に蓄蔵されたヘリウム3

を採掘するための技術者とその協力者が居住することになって

いた。ルナー市の建設は2056年から建設が始まった。一方化

学者たちも協力して月の岩石からヘリウム3を取り出す方法・

技術を完成した。

 初めの新彗星の研究集会から3ヶ月後に開かれる予定だった

ハワイ・マウナケアで開かれる第2回目の研究集会が時期を早

めて急遽開かれることになった。マウナケア特設会議場には続

々と研究者が集まってきた。

 開会冒頭、W.C.トスカーニ国際天文学会長は次のように挨拶

した。

「時期を早めた研究集会にも関わらずこんなにも多数の研究者

の方々にお集まり頂きまして大変喜ばしいことと思います。

「この研究集会の開催時期を予定より早めましたのは多くの方

は既にご存じのことですが彗星「Ochou」以後「Ochou」呼ば

せていただきますが、「Ochou」の異常行動が明らかになった

からでございます。「Ochou」は初め彗星と考えられたいまし

たが、その後の観測結果を総合すると非常に異常な行動を取っ

ていることが解りました。第1に移動速度が変則的であること

が解りました。第2に周回軌道がふらふらと迷走していること

が明らかになりました。そして第3に「Ochou」の質量が彗星

としては異常に大きいことがはっきりしたことです。「Ochou」

の質量は概算値ですが3E14kgと推定されています。

「以上のことから「Ochou」が今後どのような行動を取るかに

ついて検討して頂きたいと思います。かような理由で研究集会

の開催時期を前倒しさせて頂きました」


 

 

 

 

 

 

 


水俣病公式確認60年

2016年05月04日 06時46分54秒 | 寓居人の思い出話

 今年、水俣病が公式に確認されて60年が経ちました。

思えば私の卒業研究の課題が水俣湾で採取された魚と東京

湾で採取された魚に含まれる水銀含量の測定というもので

した。当時は現在のような高精度で測定可能な機器類はな

く、ヂチゾン法という方法が中心でした。チッソ水俣工場

から送られてくる魚を内蔵、骨、可食部(肉部)と分けて

採取して強酸で有機物を分解し、中和したのち、ヂチゾン

という発色薬品をクロロホルムに溶かした溶液で水銀を抽

出して光電比色計という機器で色を比較するのです。東京

湾で採取された魚も同様に処理して比較するわけです。水

俣湾産の魚中の水銀は膨大な量が含まれていてヂチゾン溶

液で抽出しても抽出しても出てくるのには閉口しました。

水銀とヂチゾン溶液が反応するとオレンジ色になります。

オレンジ色が見えるほどになると測定機にかけることができ

ませんのでクロロホルムで希釈するのですが、そんな程度で

はありませんでした。

 結局元の量を少なくしてようやく測定範囲になりましたが、

東京湾産の魚と比較するという状態ではなかったですね。そ

のような魚をたくさん食していたのですから身体に影響が出

るのは当然だったのです。

 私は実際の患者さんにお会いすることはなかったのですが、

記録映像などで視聴するとこんな状態になるまで危険を知ら

せず放置していた(原因不明だったとはいえ)行政やチッソ

水俣工場の責任は重大ですね。

 私の卒業研究の課題は、指導教員の先生が工場側から提供

された魚を使用していたために、学会などで発表することは

ありませんでした。今でも悔いの残る卒業研究でした。

 余分ですが、当時東京工業大学のK教授は水俣湾の魚と東

京湾で採取した魚の水銀量を比較したが東京湾の魚の水銀量

の方が多かったと報告していました。

 水俣病の原因が水銀中毒であることが確認されまでに、タ

リウムやセレニウムなどが原因であるという報告もありまし

たね。

 水俣病という言葉は世界中で使用されるようになっていま

すが、この言葉が社会から消える日が来るといいですね。