ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

津波

2011-12-31 07:55:13 | 日記

激動の2011年が残すところ今日一日となった。

本当にいろいろなことがあった。

悲しいこと。腹だたしいこと。初めての体験もいっぱいあった。

今年、嬉しかったことってなんだったか。

 

先の3,11東日本大地震の特集番組があった。

一部しか見ることができなかった。

未曽有の大地震の映像は、予想をはるかにというか、予想など無理というものだった。

押し寄せる津波。

車が家が、松並木が、船舶が、おもちゃのように、流されていく。

炭のように黒い波が、防波堤を壊して民家を襲う。

みるみる、4階建ての校舎の周りが海になる。

なすすべなく、フェンス越しに見つめる人々。

自然の猛威の前に人間は、なんと無力なことか。

津波の犠牲者は地震による犠牲者の8割以上とか。

「溺死」と書かれた検案書。

中には「推定」というのも。

津波による溺死というのも「溺砂」とか肺炎とかによるものもあるそうな。

津波の力は80tとも。

脅威なんてことばでは言い表せない。

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手続き

2011-12-27 23:13:41 | 日記

今日は、市役所に諸手続きに行った。

国民保健証と住民基本カードの返却、は必須。

と思い出向いた。

3人の国民保健証と、住民基本カードと、埋葬の補助金があるということだったので、

それらの、手続きをするべく、明日は28日、たぶん役所は御用納め。

昼ごろ出向いて「業務は終わりました」と言われてしまうと、問題なので、急きょ、出向いた。

役所についたのは、16時半頃。

来庁のわけを説明。

受付で、再度来庁の理由をおおまかに説明。

番号札を渡され、待つこと、2,3分。

窓口に行くと、「このたびは、ご愁傷様です」との第一声。

健康保険等の手続きに来た旨を伝える。

ふと目をやると、右手に小さなホワイトボードがあり、「年金」「介護」とかの欄があり、赤いマグネットが

2か所についている。

ほどなく、「年金課のものです」と、説明があった。

「火葬料を」援助してくれるとのことで、書類を書く。

6,100円を、現金でいただいた。

国民年金に、入っている二人の変更手続きを行う。

世帯主が変わったことによる変更なのだそうな。

世帯主が国民健康保険でないための「擬似」の書類を書く。

国民保険税が、途中変更となり、金額の清算があった。

記録では未納分があるとかで、5200円が不足だった。

納税を済ませている旨を伝えて、後日の清算に。

次は、

告別式を行ったことへの、補助金の手続きをする。

5万円が、後日振り込まれるとのことで、振込口座などの書類に署名。

遺族年金についての説明も受ける。

説明の窓口は、一か所ですんだ。

担当の係りの人が、同じ窓口に出向いてくれたので、こちらが移動することはなかった。

一か所の窓口で、かわるがわるの説明を受け、手続きを処理していった。

手続きが終わったのは17時を過ぎていた。

まだ、何人かの手続きを待つ人も、まだいた。

無事に手続きを終えて役所を後にした。

思ったより、スムーズに進んで、予定の手続きはすべて終わった。

役所の手続きも、見直しされたのか、ここだけのシステムなのか、すんなり進んでありがたかった。

クレームをしていいた、市民がいたけれど、うまく対応していたようで、後半には、平穏だった。

ごたごたの多い昨今。

初めて、スムーズなひと時だった。

 

 

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2011-12-27 00:21:49 | 日記

人の命には、当然限りがある。

知人や、親しい人の命が終わった。

母を送り。父を送った。

今年は33年連れ添った連れ合いがたった1週間の異変ののちに逝った。

両親が逝った時、自分にとって、役目を終えたという気がした。

不思議なくらいに、役目を終えると、皆逝ってしまう。

それも運命だと思う。

自分の運命も、どうなのかと関心が高まる。

連れ合いを送っての帰り道、子どもに、初めて意思を伝えた。

延命措置は不要。

連絡先は職場以外は、緊急でなくていいこと。

保険のこと。連絡先のこと。各種設定のパスワードのこと。

帰り道、意思を伝えた。

今日の久しぶりの練習に参加して。自分の運命は、はたして誰に関わっているのだろうと思った。

それぞれに自立しなければ、役目は終えないと思うものの、そこまではいけないという気もする。

23年は本当に激動の一年になろうとしている。

予測しながらのことが今年は、予測外のことが多かった気がする。

今年中に、しなければならないこともあるが、毎年、さまざまあるものの、近年では一番、激動の年に

なったように思う。

まさに一寸先は闇。

本腰を入れて身辺整理を始めた。

 

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東京丸の内ガラ・コンサート2011

2011-12-25 19:26:35 | 日記

東京丸の内ガラ・コンサート2011

2011年12月31日(土)


丸の内ビルディング 1F MARUCUBE

 http://www.marunouchi.com/marubiru/access/index.html


【第1部】17:00〜17:45


モーツァルト/フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K314

フルート/竹山愛

プッチーニ/歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」

ソプラノ/橋絵里

ビゼー/歌劇『カルメン』より「ハバネラ」
メゾ・ソプラノ/富岡明子

プッチーニ/歌劇『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」

テノール/樋口達哉 

 ビゼー/歌劇『カルメン』より「闘牛士の歌」 

バリトン/成田博之


 合唱/丸の内合唱団 
 管弦楽/丸の内ジルベスターオーケストラ
 指揮/神尾昇

(15分間休憩)

【第2部】18:00〜19:00

「ベートーヴェン 交響曲第九番ニ短調作品125≪合唱≫より第4楽章」

  ソプラノ/橋絵里
  メゾ・ソプラノ/富岡明子
  テノール/高野二郎
  バス・バリトン/北川辰彦
  合唱/丸の内合唱団
  管弦楽/丸の内ジルベスターオーケストラ
  指揮/神尾昇

「リヴァイブ/ザ・ジェイド」(小椋桂・筒美京平/作詞・作曲)
  ザ・ジェイド、管弦楽/丸の内ジルベスターオーケストラ
  指揮/神尾昇 

「ふるさと(震災復興祈願より)」
  ザ・ジェイド
  合唱/丸の内合唱団
  管弦楽/丸の内ジルベスターオーケストラ
  指揮/神尾昇 

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2011-12-23 00:39:31 | 日記

33年連れそった、人がさきだった。

長生きはしない相をしていたので、長生きはしないだろうとは思っていた。

まだ61歳。

 

母が逝った時、何時間もたってから病院で対面した。

涙は湧き出るものこともあると、その時思った。

 

父が逝った時、焼き場で、窯に入っていくのを見送ったとき、

嗚咽となって、直視していられなかった。

 

連れ合いがなくなった時、目の前の遺体をみても、信じられなかった。

警察で事情聴取を受けているときも、自分でも冷静なことが、疑問に思うほどだった。

「検視では、不十分。解剖をしますので、承諾書を」と言われても、淡々と受け答えをしている自分がいた。

そういえば、最近涙もろさが遠ざかっていたような。

冷静な自分に、かえって、不思議な気がした。

そんな、冷静に対応していたのに、解剖を終え、さっぱりとしてもらった遺体が、保管所へ向かう車を見送ったら、

涙が、湧き出てきた。

 

それまで、自分でも不思議なくらい冷静に対処してきたのに、突然に涙が迸った。

「なんでや・・・」と思わず口走った気がする。

「本当に逝ったんだ」と脳が納得した瞬間だったのだろうか。

この4日間。一粒の涙もなかったのに、なぜこの瞬間になってと、自問自答した。

また、一つ涙の不思議を味わった。

 

 

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メモリー

2011-12-20 09:56:40 | 日記

1996年7月28日

2008年7月6日

2011年12月16日

新たなメモリアルが追加された。

近しい人が、近いところから消えていく。

順番なんだ。

遺品を片付けながら、自分の命の終わりのことを考える。

身辺整理をと毎年のように深く思う。

来年は、なお、一層の身辺整理をしよう。

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歌舞伎

2011-12-17 10:48:25 | 日記

歌舞伎をだいぶ以前、観に行った。

玉三郎の「楊貴妃」だったと記憶している。

その頃も、財政的に逼迫状態。

ふと、思い立って出向いた。

「うん千円」くらいと高をくくって行った。

思ったより高価で、財布の軽さに、「ここまで来たのに・・・・」とあきらめあぐねていた。

チケットを求める人々が行列だった。

待ち合わせ風の何人かの女性グループが、声をかけてきた。

「チケットが一枚あまっている」とのこと。

飛びついた。

グループと一緒に、入場。

たっぷり、玉三郎の舞台を堪能した。

あれから、何十年と過ぎ。

その後は、テレビで観賞する程度。

あの時の、喜びは、今でも忘れられない。

あの時の、舞台の感動は薄れてしまったけれど、お金があったら、生の舞台をまた観たいと思う。

お能や歌舞伎への興味は、高校生の頃の課外授業で確立。

縁があって、何回か、生の舞台を観ることができたけれど、貧乏人には、テレビで観賞するしかない。

なかなか、縁の作れない状況ではあるけれど、また生の舞台を観たいと思った。

 

だから歌舞伎はおもしろい

富塚慶秀

祥伝社

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空き巣

2011-12-16 12:41:39 | 日記

終戦記念日の12月8日、作曲家が亡くなった。

 

告別式の当日、空き巣が入り、思い出の品などが、被害にあわれたとか。

 

以前、空き巣は、朝の新聞を見て、告別式の記事を参考にすると聞いたことがある。

どんな、空き巣なのか、捕まって欲しいもの。

告別式の会場へ出向いて、香典を盗まれるという被害も一時期あった。

 

そういうお寒いご時世ゆえに、最近では、告別式の場所を新聞に出さないというのも増えている

らしい。

火事場泥棒とか、災害ドロなども、最近では、増えているよう。

 

人の悲しみに付け込むなんて、「罰あたり」なんて、つい思ってしまう。

 

助け合って、協力し合って、行こうよ。

同じ地球人でしょ。

 

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横断中

2011-12-15 15:40:32 | 日記

横断中の旗を出しているのに、歩行者が事故に会ったそうな。

最初に、頭に浮かんだのは、

旗を出すタイミングは?ということだった。

青信号が赤信号に変わる時、すぐには、変わらない。

点滅するか、黄色に変わってそれから赤になる。

車は、すぐに止まれないからだ。

横断歩道を渡る時、歩道側の信号が変わるか変わらないかで、飛び出す人をたまに見かける。

信号が青に変わっても、「右見て、左見て、もう一度右を見て」なんていうのは、小学生くらい。

 

昔は、そういう風に言われていた記憶があるが、最近は信号が変わる前から一人くらいは、飛び出す。

渡り終えるまで、速度は同じ。

後から渡り始めても、途中で追い越してしまうこともある。

そういう少し急いで出る人がずっと、急いでいるわけではない。

初めの一歩が早いだけという人は結構よく見かける。

 

つられてわたり始めそうになって、赤信号に、あわてさせられる人も時折目撃する。

歩行者は、青なら安全と思っているのだと、勘違いしている人が10人に1人くらいいるかも。

横断中の旗を出しても、すぐわたり始めるのは危ないというのは、長いこと、横断している身としては、

身に沁みこませている者としては、旗のタイミングを、まず疑ってしまう。

 

小学生くらいは、旗が出ると、猫のようにダッシュするのをよく目にするからだ。

大人でも信号が変わった瞬間、時には、変わりそうというタイミングで出てくる人も。

 

車の近付き具合と、ダッシュのタイミングを考慮しないと、こうした事故は起きてしまう。

運転手が、黄色信号で、すぐ徐行するか、停止を考えるかは、車の鼻づらでわかることもあるが、

たまに、動くのか、止まるのかわからない運転手もいる。

そういう時は、安全を考慮しないといけない。

 

旗を振ってくれる交通整理員は、ほとんどボランティア。

振るタイミングを見ていると、車の接近は考慮するが、止まったことを確認している人はほとんど見ない。

 

車は車道を走る物。

けれど、時折歩道に飛んでくることもある。

旗を出せば、止まってくれると思うのは、最近では無理だと認識したほうがよろしいようで。

 

 

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65歳

2011-12-14 12:46:27 | 日記

「65歳までの雇用を義務化」を要求している厚生労働省に対して、当然のことながら経団連会長

から、慎重論がでるそうな。

企業側とすれば、65歳どころか、定年を引き下げたいくらいだろう。

終身雇用の図式も無くなった今でも、正規雇用者にとっては、定年は、いつかは、重大時。

定年後の雇用についても、企業や、産業別でも、様々なパターンがある。

60歳になった年度。60歳になる月時。その上に、役定というのもあって、65歳まではと延長されたとしても、素直に、反映されるか疑問。

正規雇用者は年々減っているし、恩恵に蒙れる労働者も、年々減っている。

ほんの一部の人への朗報でしかない。

大学は出たけれど、就職先がない若者がいる。

正規雇用の口を望んでいるけれど、非正規雇用で就労している人が年々増えている現状で、

65歳までの話でどれだけの労働者が救えるのか。

定年が延びれば、益々若者の雇用の場が減るかもしれない。

 

双方の手当ても視野に入れて対応して欲しいもの。

 

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恐怖

2011-12-13 12:29:46 | 日記

落語にもあるが、歌舞伎の怪談物は仕掛けにも、驚かされる。

怪談が、もてはやされるには、平和でなくてはならないらしい。

「恐怖感」は、実際に起こっていない実体験でないから、客観的に楽しむ(?)ことが出来る。

歌舞伎の世界で、男が女に化けて、演じることは、娯楽として楽しめることの、要素らしい。

なるほどと、目からうろこだった。

落語の怪談ものの、同じ要素で、客の心をつかむのかもしれない。

通学路の映画のポスターに、高校生の頃まで慣れずに苦労した。

大人になった今は、死体の話でも、怪談でも悪魔の話でも妖怪の話でも、平気になったが、

怖いもの見たさというより、感覚がマヒしたのかもしれない。

恐怖を感じることが少なくなった。

恐怖を食べて力をつけるのは悪魔だというが、悪魔なんていない、天国なんてないさと冷ややかな

者にとっては、恐怖さえ感じなくなる?

 

江戸歌舞伎の怪談と化け物

横山泰子

講談社・選書・ミチエ

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特集番組

2011-12-12 12:32:37 | 日記

開戦記念日にあたり、特集番組があったので、拝聴した。

一応、戦後の生まれなので、ほとんど知識がない。

特集番組を見たり、書物をひもといても、わかるのは、ほんの一部。

さきの大戦がどれほど悲惨で、どれほど、理不尽なことだったか、推し量ることしか

できない。

今回、特攻のこと。

戦艦大和のこと。

沖縄戦のこと。

原爆のこと。

ノルマンディーの事の知識が少し増えた。

少し増えたということだけで、気が済んでしまった気がして、戸惑った。

 

もう、70年もたった。

わずかという人もいるだろう。

やっとという人もいるだろう。

たったという人もいるだろう。

 

どういう風に受け止めるにしても、戦後は、続いている。

先の戦争は、やっぱり、たくさんの人々の過ちの負の遺産なんだろう。

特集を見て、その先にある物が見えてこない。

 

 

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名画

2011-12-10 08:38:29 | 日記

読み応え、見応えがある。

 

名画がすべてカラーで、解説では該当部分がアップしてあるので、分かりやすかった。

画家の解釈による表現の違い、描かれ方のなかの約束事が、結びつきを感じた。

音楽もだが、絵画も宗教と深い結びつきがあったことを、改めて感じた。

 

監修者は、大学院の神学研究科修了ということだったが、

「幼児天使」の記述が何箇所かあるのが気になった。

某菓子メーカーにエンジェルと称されている小さな子どもは、本来天使ではないときいたことがあった。

wikipediaによると、天使も変遷したようで、天使と呼ぶようになったよう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BD%BF

 

福音書の著者による記述の違いが、面白かった。

 

「天地創造」から「最後の晩餐」まで一冊でわかる

名画と聖書 107の名画とともに聖書のストーリーを解説

船木弘毅 監修

成美堂出版

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誕生日

2011-12-09 12:37:17 | 日記

開戦記念日から一日過ぎた。

今日の誕生日の人も結構いることだろう。

そのうちの一人に中日の監督だった(?)落合博満がいる。

彼が、ロッテに指名で入団したころ、明治神宮球場で、偶然会った。

ロッテのファンに「神宮で会った」と自慢しようとしたところ、「そんな選手は知らない」

「いない」とはっきり、言われてしまった。

その後、三冠王を取って、住居近くのショッピングセンターで、愛甲選手と来るという

噂を聞いて、家族で、出かけた。

 

愛甲選手と並んで椅子にかけ、目の前でサインをしてくれた。

目がクリックリッと動いて、若さ一杯の三冠王が目の前にいた。

 

その後、どんどん有名人になり、ロッテから移籍したり、早い引退。

すぐの監督。と、駆け上っていくのを静観していた。

ひそかにエールも送っていた。

 

これからは、どういう人生を歩むんでしょう。

何はともあれ、58歳の誕生日、おめでとう。

 

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昔話

2011-12-08 12:49:36 | 日記

毎日、昔話とか、童話を提供してくれているサイトがある。

日本の童話や他国の昔話とか童話が中心。

このサイトを知って、お気に入りに追加。時間がとれると、アクセスして、

その日の、童話などを読む。

それぞれの、思惑が見えておもしろい。

時には、驚かされることだったり、ぞっとするような話のこともある。

時間がある時は、日にちを変えて、楽しんでいる。

先人の、老婆心や、知恵だったりすると、感心したり、そういう、話があったのかと気付かされることも。

童話や昔話をたまに読んでみるのもいいものだと、一人満足している。

http://hukumusume.com/douwa/pc/kaidan/12/08.htm

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