ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

NPO法人の解散

2011-03-31 19:56:16 | 日記

登記所で特定非営利活動法人の解散及び清算人就任登記の申請を提出した。

窓口に行くと、優しげな職員が、対応してくれた。

しかし、「代書屋に頼んでは?」と、4、5回勧められた。

「何回も来てもらうことになるかもしれません」というのが一番の理由らしい。

書類を一つひとつ確認しながら、文字の間違いや不備の箇所がないかと

点検していく。

社員議事録の議事録署名人の氏名を追加。

「清算人」が「精」の字になっているのに気付いて、修正。変更する文字を( )で囲んで文字を線で引き、押印。

提出書類は

「社員総会議事録」と「定款」各一通だったが、

清算人が使う印鑑について、法人で登録していた印鑑を再度登録。

「清算人就任承諾書」も必要とのことで、サンプルを見ながら、手書きで書く。

これで、受理されましたと、法務局を後に電車の乗った。

法人の通帳の解約を銀行の窓口で手続きした。

身分証明の運転免許証を提示。

ほどなく、「解約」の押印された通帳を受け取り銀行を出て駅に向かう。

電車を待っていたら、法務局から電話。

就任承諾書に清算人の印鑑登録証明が必要とのことで、自宅に戻る。

次は、先ほどより一つ先の駅へ。

市役所についたのは12時過ぎだった。

「休憩時間?」とは思ったものの、書類だけでも書いておこうと、受付の方まで行く。

印鑑証明書の用紙を一枚手にしていたら、案内係の人に、窓口へ直接どうぞと

促された。

免許証と印鑑カードを手に4、5人並んでいた後についた。

ほどなく番が来た。

印鑑証明を一通と伝えると、端末を操作。

ほどなく書類が出てきて、「200円です」

封筒に、入れてくれて、わずかな時間で市役所を後にする。

ここから一駅分歩けば法務局。

方角を頼りに歩き出す。

地図を頼りに歩くこと30分弱。

どうにか法務局に到着。

てくてく歩きながら、足の不自由な人や電動じゃない車椅子の人には、これないなと思った。

車で移動できるなら気にならないだろうが、段差と階段。横断歩道には、スロープがあるものの急な坂に見えた。

駅からも15分程度なのに、表示もほとんどなくて、地図を片手にいかなくては、行きつけない。

段差や坂道、階段などが多い。

法務局の手続きは、煩雑で、難しい。

一字一句の間違いも許されないのは、仕方のないことではあるが、もう少し何とかならないのかと思う。

先日、地震で会社も自宅も津波にやられた、経営者の人が従業員のために、手続きを取ろうとしているというニュースがあった。

「こんな色々な書類を出と言われた。従業員を助けたいのに、これじゃ、無理だ」と、吐き捨てるように、行っていた経営者の言葉がよみがえった。

役所の、書類は、煩雑で多過ぎる。

わかるけれど、何とかして欲しいと思う。

 

 

 

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地震その後の7

2011-03-30 12:31:53 | 日記

「此処(ここ)より下に家を建てるな」との先人の残した石碑の言葉を守っていた集落の住民が

今回の地震による津波から守られたという記事があった。

先日も、遺言で非常階段を作った学校の生徒が、難を逃れたという記事もあった。

先人の教えをきちんと、伝えてきた人々も偉かったと思う。

そして、教えをきちんと守ってきた人々も、称えられて欲しい。

今回を教訓に、また、後世に伝えていって欲しい。

今朝のニュースで、「海が山のようになった。けれども、こんなになるとは思わなかった」という

被災者の言葉が紹介されていた。

かつて、チリ沖地震が起こり、アジア諸国にも津波が来たことがあった。

今まで、体験したことのない津波を受けて、たくさんの犠牲が出た国があった。

日本は、3cmとか、50cm程度で済んだところが多かったように記憶している。

津波の怖さは、体験してみないとわからない。

海が山のように大きくなって、雪崩のような速さで迫ってきて、すべてを飲み込む。

日本沈没という映画がかつて、あった。

あの時の津波は、セットだから、プールにあふれた水という感じだった。

民家や船や、車を押し流し、また海へ戻っていくあのすさまじさは、現実ってこんなにも違うんだ

と、思い知らされたものだった。

今、復興にむけて、進みだしている。

復興とともに、後世への残していくことも、記憶だけでなく、記録や教えとして伝えていって欲しい

と思う。

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地震その後7

2011-03-29 12:31:25 | 日記

大地震から時がたっていく。

日常に近付いている人もいるし、いやされつつある人もいる。

 

そんななかで、新しい悲劇が起こるのは、いかに辛いことか。

ひとつは、娘さんのために、ガソリンを給油しようと、並んでいた父親の死。

もう一つは、端正込めて育てた野菜が、「摂取制限」の指示を受けた農家の人が

自殺をした報道があったこと。

その他にもWEBニュースには、哀しい出来事や事件やらが何十件と並んでいる。

ブログに紹介されている、ものもある。

一つの大きな悲劇が次なる悲劇を招いたり、生みだしたりする。

こんな、自信さえなめれば起こらなかっただろう悲劇も防げたはず。

やり場のない怒りを、自分に向けてしまう人にも更なる悲劇になる。

悲劇を、食い物にする不届きものが活動を始めているらしい。

便乗商法も、横行しているとか。

東京には、「生き馬の目を抜く」関西には「赤子の手をねじる」ということわざが

ある。

更なる追い打ちをかけるような真似だけは、して欲しくないと切に願う。

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哀悼・支援緊急集会

2011-03-28 15:03:43 | 日記

東北太平洋沿岸大震災への哀悼・支援緊急集会 に、参加した。

バグパイプあり、ギターあり、詩の朗読あり、クリスタルボールあり、合唱あり。

の盛りだくさんのメニューで予定を30分以上過ぎた、9時過ぎ、会場に集まった

全員による、「上を向いて歩こう」と「ふるさと」の斉唱で幕を閉じた。

 

3月13日の震災の脅威に茫然としていた人がおおかっただろう、その時に、

緊急集会をと呼びかけた人。主旨に賛同して、手弁当で駆けつけた人。

人は脆いけれど、たくましくもある。

人は、翻弄されやすいけれど、確固とした信念を持つ。

起きてしまった、災難はは、もう元に戻すことはできない。

心に傷を受けると、立ち直っても、癒えずに残ることもあるし、形をかえて心の

奥に巣くってしまうこともある。

災難を到達点とせずに、出発点とすれば、前に進むだけ。

昨日の集会で、

「愚痴を言う前に、行動を」

の言葉が、心に響いた。

 

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哀悼・支援緊急集会

2011-03-27 07:39:24 | 日記

 東北太平洋沿岸大震災への哀悼・支援緊急集会 

 

2011年3月27日(日)午後6時半より8時半

入場無料

場所 日本福音ルーテルむさしの教会

    JR中央線阿佐ヶ谷駅北口 

    バス 中村橋行き白鷺1丁目下車5分 (バス停前方左折道沿い左)

    西武西武新宿線 鷺ノ宮駅下車10分

内容 詩人達音楽家達による朗読演奏


むさしの教会のホームページ:http://www4.big.or.jp/~joshiba/

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思い出

2011-03-26 10:26:32 | 日記

映画を見ると、スクリーンに映っている出演者を羨ましいと思う。

歌を聞くと、歌い手が逝っても残る歌とともに、記憶に残る歌手が

羨ましく思う。

単なる凡人なので、誰の記憶にも残らないということは無い。誰かの

記憶に残ってくれればいいと、最近思うことにして、手元の記憶に残るもの

の処分を出来るだけすることにした。

以前は、美術展に行ったり、展示会に出掛けた時は、何かしらの思い出にと

ちょっとしたものを、買い求めてきた。

引き出しに入りきらなくなるほどにたまってしまった、これらの品を、

維持していくことの、むなしさを思うようになり、最近は、出掛けても、土産物品は

見るだけで素通りする。

もし、親しい人の思い出の品が津波などで失われてしまったら、どうか、記憶の

中に大事にしまって欲しいと思う。

もし、思い出が、戻ったら、いつくしんでまた、保管して欲しい。

すべての人から忘れられたら、それはとっても哀しいことだろうと思う。

様々な人に思い出を残される人は、やっぱり羨ましい。

ま、今まで通り、気負わずに、そっと残してもらえるような、そんなことを、これからも

続けよう。

記憶に残る作家二十五人の素顔

水口義朗

中公文庫

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地震その後の6

2011-03-25 12:28:12 | 日記

連日、原発関連のニュースが報道されている。

原発の想定外の事故による、汚染が形を変え、深刻な問題になってきている。

「食べるのを控えて」「出荷を控えて」が、「出荷できない」「返品になった」等の

波紋を呼び、野菜の価格が大きく落ち込んでいるという。

原乳の廃棄の報道と、野菜をトラクタなどで、潰している映像が繰り返され、

店先の野菜が哀しげに積まれていたりする。

野菜は拡大され、水の汚染も、確認され、乳児には、水を飲ませないでとの警告と

ペットボトルを3本配るとか、大人が水飲料を買い占めないようにとか、の話題も

上がっている。

その話題も重要ではあるけれど、作業員の被曝事件も注目される。

悪くすれば皮膚の移植が必要になるかもという、怖いニュースがあった。

原発は、放射能と言う怖い物を抱えていることを忘れてはならない。

何重にも、安全のための、策を講じているといっても、想定外だと、こういうことにも

なるのだということを、再確認したほうがよい。

 

危ないものを秘めているものを使うということのリスクは、想定内の場合に限れるもので

は補えないということを知るきっかけとして欲しい。

想定外は、念頭におかないというのは、危険だということ。

想定外の時にはどういう対応をすればよいのか、どういう危険がどう起こるのかも想定する必要が

あるのだと肝に銘じてほしい。

クリーンエネルギーともてはやされた、フロンが、とんでもない悪影響をもたらすことが分かって、

使用を中止した歴史がある。

いまだに影響を払しょくできずに、負の遺産におびえている。

放射能という、目に見えない悪影響も全容を把握できているわけではない。

被爆国とはいっても、怖さをしっかり認識できているわけでもない。

核をなくそうと一方で進めながら、平和利用と称して依存を続けているわけで、何重の措置を講じていても

万全とは、決して言えないということを今回理解したはず。

かつてのチェルノブイリ事故で、大幅に原発に依存する国は減ったものの、推し進めているのは小数の国。

日本のように小さい国に広大な場所を要する原発は、合わないと思ってきた。

今回の事件で、何を学ぶか。注目したい。

 

 

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地震その後の5

2011-03-24 16:23:02 | 日記

あの大地震からもう、2週間がたとうとしている。

久しぶりにあった人とは、被害は?計画停電は?との話題からはじまる。

ここのところの話題で、「迷惑メールの激減」がある。

毎日、大量に来ていたのが、震災後、わずかになっているという。

「発信ができないから」

「発信していないjから」

との憶測が飛び交う。

メルマガも、激減しているという。

職場のメーラーにはメールサーバーが変わって間もないこともあるからなのか、

迷惑メールは、少なくなっている。

アドレス自体変えたわけではないので、スパンメールのフィルターの違いが効を奏している

ことはあるかと思う。

個人宅への迷惑メールは震災直後は少なかったような気がする。

2、3日してぽつぽつ、届き始めた感がある。

最近は、10通くらい。

最近の迷惑メールは、

「入金がありました」とか、

「当選しました」とか、よくもしらじらしいというのがちらほら。

最近増えているのには、

「クレジットカードについて」

とか

「電化製品が安い」

とか、

「ブランド品がお買い得」のようなもの。

 

迷惑メールの受付サイトへ、その都度送りつけているが、訪問販売や振り込め詐欺のように

目先を変えて、色々な文言で送ってくるので、うんざりする。

手軽に送受信できるメール。

地震の真っただ中の時は、送受信が大混乱し、送受信されずに、ゴミになったのは一体どのくらいになったのだろうか。

復興のきざしが、少しずつ、見えてきた。

迷惑メールも少しずつ頭をもたげてきてもう少ししたら、以前以上にネット上をかけめぐるのだろう。

手軽に使えるツールとして、すっかり定着しつつあるメール。

IPアドレスが枯渇するからと、バージョンが変わって、ゆとりが出来る。

このバージョンが、枯渇するので、次世代のバージョンに移行するという話題が出てくる頃には、多分自分はいないよね。

 

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地震その後4

2011-03-23 16:12:33 | 日記

被災地の復興に、がれきの撤去は欠かせない。

行政でなんとかして欲しいという声もあった。

今回の津波のすさまじさは、家屋も庭も、塀の土台さえ、そのままでは、建て直せそうに

ない。

町ぐるみ、瓦礫と化した被災地に住む家を、立てて行かなければ、いつまでも仮住まいから抜けられない。

今、急ピッチで建設され始めた仮設住宅も、仮設を立てる側からすれば、そこは、仮の住まい。何カ月か何年かすれば、引っ越して欲しいと、すでに言ってもいる。

阪神淡路の時は3年くらいかかったような記憶がある。

終の住まいとして建てるわけではないというものに、終とできない状況は、とにかく空き地に、できるだけ早くたくさん建設できることが優先されることもある。

瓦礫と化した街並みを、終の住宅を建てるには、瓦礫を取り除く必要がある。

それは、行政で一括にできるものではない。

一見してゴミのように見えるものでも、所有者にとっては、大事な物のこともある。

遺品だったり、思い出の品だったりすることもあるそうな。

道端に落ちている物を私物にしたら拾得物隠匿罪。

ゴミ置き場にある自転車や家具も、個人で持ち帰ると、警察から事情聴取されることになる。

震災のゴミでも、所有者にとって、いる物かいらないものかは他人には判断できないし、

所有権というのがあって、難しい問題だそうな。

特別立法をの動きがすすんでいるらしい。

ザル法にならないことを祈る。

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地震その後の3

2011-03-22 15:39:39 | 日記

地震後の計画停電に伴い、百貨店やスーパーの店内の照明が半分以下になっている。

こうこうと照らし出されている店先などをみるにつけ、明るすぎるなぁと思っていたので、

照明の減は、受け入れやすい。

ちょっと落としすぎくらいの感があるが、このくらいにしたほうが、人は、停電への危機感を

持ちやすいだろう。

いつ頃だったか、飲食店の夜間の営業が自粛の対象になったことがあった。

23時以降は営業するなとかだった。

24時間営業なんてとんでもないという時期があった。

いつしか、営業時間が延び、こうこうと照らす照明も当たり前になってきていて、

正月から営業する店も増えて、不夜城なんて言葉も聞かれるようになった。

24時間営業の店もどんどん増えてきていた。

そこに、今回の電気依存の見直しを迫る出来ごとの到来。

大企業が倒産する出来事が普通のごとくに起こった時、製造メーカーなどは、

一社依存は、危険とばかりに、一社依存を止めたり、事業を鞍替えしたこともあった。

今回の電気にのみ依存している生活への見直しを、する、機に遭遇し、どれだけの

人が、見直しが出来るだろう。

計画停電で一日3時間の停電を余儀なくされ、今まで湯水のごとく使っていたことを

反省してくれたら、災いという不幸な出来事も少しは救われるのだろうが、

ほとんどの人は、たぶん、喉元過ぎれば、・・・・・になるのだろう。

せっかく太陽光発電とかは、双方向になっていない機種が多いとかで、売れるけど

自家の停電には使えないとか。

うまくいかないものだ。

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聖書と絵画

2011-03-21 14:17:23 | 日記

聖書の言葉は、六法全書のように、難解。

何回か読んだくらいでは、意味はさっぱり。

聖書の背景とか、人間関係とかを知った上で少し理解の糸口が

つかめる程度。

この書は、わかりやすいとまでは言えない物の、おぼろげくらいは、感じられた

ように思う。

 

絵画で読む聖書

中丸明

新潮文庫

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地震その後の3

2011-03-20 08:04:41 | 日記

楽友に誘われて、某合唱団の練習に参加した。

「詩と音楽による、東北太平洋沿岸大震災への哀悼・支援緊急集会」を3月27(日)に教会で

行うという。

「近代ロシア聖歌集」(恵雅堂出版)4番6番7番9番を奉唱するので、9番だけでもご一緒に

とのことだった。

「近代ロシア聖歌集」(恵雅堂出版)は、ラフマニノフの晩祷の演奏が聖カテドラル教会であったときに、会場でCDとともに購入していて、所有していたし、哀悼・支援の集会というお誘いだったので参加することにに。

駅で待ち合わせして練習会場へ。

先生と、一人の団員が個人ヴォイトレの練習をしていた。

少しづつ、団員が集ってきた。

団員のお一人が、今回の東日本大地震の出身。ご両親や幼友達が被災地に。

「連絡がやっと取れて・・・・・」との話になった。一通り話を聞き終えた頃に別の団員が

到着、その人も被災地にゆかりがあるとかで、消息や、現地からの声などの話で、時間が過ぎた。

7人ほど集まったところで、練習開始。

奇しくも、練習中に余震が。

一度、中断。

ほどなく、練習再開。予定の練習曲をとりあえず、一通りさらうことができた。

次週の練習の再会を確認しつつ駅に向かった。

以前、二つの合唱団に所属していた時私生活でショックなことがあり、練習に行くことができなくなった時期があった。

皆の顔を思い出しては、顔を合わせる辛さが心に浮かんで、練習場に出向く気力がなくなった。

結局、そのことをきっかけにして、その団は、休団。

しばらくは、パートマネージャーから連絡メーを貰っていたが、結局、退団。

もうひとつの合唱団には、かわらず、参加を続けていたので、今にして思えば、あの差は何だったのかと思う。

てんびん座なので、物事は、すぐ秤にかけて判断する。

今回も、やっぱりそうだったが、あの時期も、天秤にかけながらの判断だったなと、いうことは確か。

 

 

 

 

 

 

 

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記録的地震

2011-03-19 08:50:32 | 日記

新記録を塗り替えつつある、未曾有の大震災から1週間がたった。

連日、震災関連のニュースが報道されている。

地震は、地震そのものの情報より、関連した情報の多さと、その深刻な事を今回思い知った。

今回は、広域地震、原発への影響、それから引き起こされた、関連は、昨日、ついに阪神淡路大震災の

死者の記録も超える災害となった。

そして、またしても新しい問題が噴出。

阪神淡路大震災で学んで様々なシステムや、対応マニュアルが随分整備され、今回生かされた

ことも多かったけれど、新たな問題の方が多く、行政の対応は後手後手と揶揄され、東電への非難

や問い合わせもものすごい、数になったそうな。

新たな問題に直面して、また、新たなシステムやら危機管理の見直しやら、改訂がおこなわれるだろう。

歴史は繰り返されるという。

けれども、同一なことは一部にしか過ぎないのだということが分かった。

何にでも対応することは難しいのだから、柔軟な対応と、素早く判断できるトップが、求められるという

ことは重要だろう。

マニュアル人間が最近多いらしい。

指示されないと動かない人。デマに翻弄される人。

そういう人の対応も求められるということも視野に入れる必要もある。

やれやれ・・・・。

末端のユーザーでよかった。

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地震その後の2

2011-03-17 13:11:17 | 日記

今日は、久しぶりに菓子パンを入手。

パン好きもあってパン食が多い。

日曜日に1人2個までの、表示に2個だけ購入して帰宅。

翌月曜日の夕刻、店に行ったら、何もない。

火曜日、職場近くのコンビニに行ったが、そこにもなし。

カップ焼きそばがあったので、昼食は、久ーしぶりのカップ焼きそばにした。

夕方、帰宅途中、大型スーパーによる。

パンもカップ焼きそばも、なし。

カップ麺が少しある程度だった。

昨日、「孫におもちゃをあげたけれど乾電池がない」との話があり、常備していた単4乾電池

を4個提供していたのだが、日用品も、非常食になりそうなものも、ほとんどなかった。

「買占めしないで」「買いだめしないで」とニュースで繰り返されていたが、現実に空っぽの店の棚を見せられると、異常ぶりが、よくわかる。

かつてのオイルショックではトイレットペーパーやボックスティッシュが奪い合いになった。

テレビは、原発の事故のことを集中して、伝えているので、買占めだの買いだめだのは、

こんなに、酷い状態になっていることに、驚きだった。

赤ちゃんのいる家庭の紙おむつ、ミルクは必需品。食料もないと困る。

けれど、日常にあふれるばかりだった店の品が、軒並み消えて、明かりさえ落とされる状態は、行き過ぎという気になる。

「燃料の買占めをしないで、被災地に送れません」という、張り紙も、心が寒くなる。

「ちょっと我慢、少し、節約」という気持ちをなくしてしまった所以かもしれないと思う。

 

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地震その後

2011-03-16 09:44:51 | 日記

3つの合唱団に所属しているが、地震以降、3つの合唱団の練習が中止になった。

団からのMLの中に、20日の演奏会の中止の知らせもあった。

以前、所属していた団が18日に演奏会を予定していた。

「練習どうなったかな。演奏会は?」と気にはなっていたが、先ほどホームページにアクセス

してみた。

丁重な無期延期のお知らせがあった。

 

3月28日に本番のもう一つの方は、何のお知らせもないようなので、予定通り、行う予定

かも。

事件は、あっという間に起こり、人々を襲う。

たいていは、少しすると、日常に戻れるはずなのだが、事件によっては、その後の生活に

多大な影響を与える。人生が大きく変わる人もいるだろう。

92時間ぶりに救出された人のニュースがあった。

ちょっぴり、複雑に受け止めてしまう。

 

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