ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

ジュリアード

2010-11-29 07:05:19 | 日記

物事に打ち込めるというのは、素晴らしいこと。

打ち込めることがあるというのは、嬉しいこと。

熱しやすく冷めやすいという性格は、不幸なことだ。

夢中になれることがあるのは、羨ましいことと常々思っている。

よく、「三度の食事より××が好き」とかの言葉がある。

最近では、あまり聞かれない言葉だが。

天才は努力しなくても、出来る人。

秀才は、努力をして手にすることができる人。

凡人は、努力をしない人とか。

凡人でいいと思ったこともあるが、打ち込めることが欲しいと渇望した頃があった。

「三度の食事より」を手に入れることができ、充実した日々を手に入れることができた。

凡人でも、努力に毎日が出来ることに感謝しよう。

 

ジュリアードの青春 音楽に賭ける若者たち

ジュディス・コーガン 著

木村博江 訳

新宿書房

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ジャッキー・チェン

2010-11-28 14:07:46 | 日記

アクション物は結構気にいっている。

「ダイ・ハード」とか「スピード」「ビバリーヒルズ・コップ」とか何回もみた。

ジャッキー・チェンのアクションものは、スピード感、2枚目半的なところとかで親しみもある。

「香港国際警察/NEW POLICE ST」ポリスアクション2004 は

3拍子揃っていると言える。

ジャッキー・チェンのアクションは、スカッとする。

彼の人間性と温かさも際立っている。

窮地に落ちた恋人が、自ら手を下すのを、必死で走っていって、阻止しようとする件。

そして、ジャッキー・チェン扮するチャン警部を「僕のヒーロー」としたう謎の青年の秘密があきらかになっていく件。

そして、チャン警部のもとをひそかにさろうとする恋人との結婚を警察署の警官たちが総出で応援し、の件は、何回見ても、目頭にこぼれるものがある。

映画の最後に必ず挿入されている、撮影時の一こま一こまも、ほっとさせる、雰囲気がある。

「人間に罪はない」精神は、これからも持ち続けてほしいと願う。

 

 

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決断

2010-11-26 11:51:43 | 日記

スポーツマンとか、芸能関係の人とかが、スランプに陥ることがある。

スポーツなどは、上手な人がなるものらしい。

下手な人の場合はスランプと言えないと以前「あぶさん」という漫画で主人公のあぶさんの言葉として出ていたことがあった。

声楽家や、歌手にもスランプはあるだろう。

スランプとは言えないことだがプロは、演奏会やコンサート当日に、ベストコンディションになるように、日々心がけているだろう。

それでも、本番に体調を崩すことはある。

実際に、体調を崩してしまって、それまでの練習の時とはまるで違う状態になってしまったプロの演奏を何回か聞いたことがある。

私的な事件で心理的な動揺を持って、本番に臨むなんてことも、実際には少なくないだろう。

先日、妻が自殺した芸能人が、公演を務め、「妻より仕事を優先している」とバッシングを受けているニュースがあった。

ソリストならば、「すみません」と入場料を返すということで収まるだろうが、興行の座長等であるならば、自分の意思だけではすまないのではないかと思う。

妻の件を優先すれば、仕事軽視とか、お客様軽視とかで、非難される。

仕事を優先すれば、「妻より仕事が大事?」などと揶揄される。

他人の批判は、10人十色。

どちらに転んでも、非難される。

事件をきっかけに、芸能界から追放される人、忘れ去られる人、バッシングされる人がいる反面、たくましく返り咲く人もいるのは、不思議な世界だなと思う。

しかしながら、本人の意思ではどちらかを取るしかないという事柄については責めないで欲しいと思う。

苦渋の決断をしたと思うから。

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希望退職

2010-11-25 13:09:22 | 日記

また、「希望退職」という見出しの記事があった。

表面では「希望退職」とある。

会社の経営が厳しくなり、リストラを余儀なくされたやむをえない事情による首切りが、

「希望退職」というオブラートに包まれて、横行する。

『お前は辞めろ!「希望退職」残酷な実態』というタイトルに、目をひかれた。

会社は、リストラと称して首を切るが、「希望者はいませんか?」と穏やかに話があるとは

限らない。

辞めさせたい者のリストが作られていたり、上司から、あれこれと、「辞めます」と言わせるような

事を言われたりすることもある。

圧力に負けて、辞めざるを得ない状況に追われる者も多い。

水面下の攻防は、外部には知る由もない。

「希望退職に上回る応募」とのニュースでも、どれだけの根回しがあったのか、心からの希望者は

果たしてどのくらいいたのだろうとついつい詮索してしまう。

そんな過酷な状況に立たされる人もいるのに、天下りとかで優遇されて、多額の退職金を得て、ぬくぬくと

富を増やしている者もいるという記事を目にすると、弱い者にはあくまでも非情な社会。

 

 

 

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凹み

2010-11-24 09:11:27 | 日記

最近、凹んでいる。

第一回定演のDVDが出来、早速、見た。

気のない、気迫も微塵もない、自分の顔があった。

気持ちを入れていたつもりだったのに、心を映した映像は正直だった。

11月から復団した合唱団への練習も、気持ちが晴れず、気持ちが思いまま。

駄目押しの件が起こり、大好きな合唱から退きたいくらいの状態に。

以前、練習に足が向かない程の状態になったことがあった。

その時は結局、休団した。

今回も手を広げ過ぎたことへの後悔もあり、一つ退団。

休団を考えていた団には留まったが、気持ちの落ち込みは癒されず、引きずったまま。

一つの合唱団への復団も、凹み状態を解消には至っていない。

12月の演奏が4つあったので、半分に減らすことにした。

光がすこーし灯った。

来月の会費を払う時期になった。

今回も1カ月だけ支払うことにしよう。

 

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重過失致死罪

2010-11-22 12:35:12 | 日記

「禁固2年執行猶予3年」東京地裁が43歳の男性会社員に有罪判決。

自転車で走行中、交差点で75歳の女性とぶつかった。

女性は転倒、頭を打ち、5日後に死亡したという。

男性はサイクリングが趣味だったそうだ。車道の左側を走っていて赤信号に気づかず、横断歩道を左から渡ってきた女性とぶつかったらしい。

加害者も被害者その一方、遺族の悲しみは癒やされない。

「私は被告人に母を殺された」。女性の長男は(40)は重い処罰を望んだとか。

 自転車事故で適用される罪は多くの場合「重過失致死罪」。最高でも5年の懲役か禁固。「せめて実刑を」と訴えたものの、受け入れられなかったという。

 

エコだとか、手軽な乗り物として市民権を得ている自転車。

自転車のマナーの悪さは、目に余る。

商店の前や道路上に、歩行者の迷惑になる状態で平然と 置かれていることも多い。

夕刻の無灯火も点灯しているほうが少ないくらい。

歩道をわがもの顔に走ってくるし、歩行者がいれば、よけるどころか邪魔だとばかりに

リンリンと鳴らして疾走していく。以前から歩行者との接触事故はあった。坂道ではねての

死亡事故も起きている。

自転車事故はなぜ減らないのか。

どうして増えているのか。

マナーなんて、甘いことを言っている場合ではないと思う。

事故が起き、実刑が言い渡されても、被害者は生き返らない。

遺族の無念さは晴れない。

加害者だって、人を殺したわけだから、一生、罪を背負うことになる。

たかが自転車事故。されど死亡事故。命軽視はご免だ。

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クラシック

2010-11-20 12:26:28 | 日記

ジャンル別スピリチュアル名曲20の付録は、圧倒。

楽しめた。

 

クラシックの魔法

スピリチュアル名曲論

西村朗

講談社

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2010-11-19 10:43:25 | 日記

顎への力が入りやすくなってしまった。

webで調べたら、結構相談が多かった。

複式呼吸、頭声の発声、口の開け方などについてのコメントがあった。

 

顎に力が入るようになった経緯を考えてみた。

カルミナ・ブラ―ナの練習から出現しはじめたように思う。

 

合唱の練習で、椅子に座ったまま練習する団は、昨年から増えた。

以前は、椅子にかけてても、足先に力が入ったものだった。

最近は、足先への力はあまり感じないが、顎に力が入るようになったということか。

顎の運動を最近始めたが力を入れる癖がついてしまったようだ。

力が入ったという自覚をする機会が増えてきてしまった。

年末にむけて、風邪対策を気にかけていたが、発声の乱れについては、自覚が足りなかった。

根本に戻って対処しなければと猛省。

 

 

 

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2010-11-18 12:52:40 | 日記

被曝した船員の壮絶な闘病記録を読んだことがある。

「家庭の医学」の本でさえ5cmくらいの厚さがある。

新しい病気が発見されることもある。

医者は万能ではありえない。

専門分野でも分かれるし、得意な病気というのもあるようだ。

人間ドックの調査を行ったジャーナリストの記事を読んだこともある。

病気一つというが症状というのも、様々あるようだ。

一つの病気がいろんな症状を出すし、複合の病気が見つかることもある。

人体の神秘は病気の症状にも現れる。

余命1年と言われたひとが、全快したり、単なる軽い病気と診断されたものが

半年もしないうちに亡くなってしまったりすることもある。

医者の責任は重いけれど、すべて医者の責任にするのは筋違いという気はする。

しかしながら、もう少し、患者のことを思ってくれてもいいのではないかとか、もう少し

病気のことを謙虚に学んで欲しいと思うこともある。

誤診率をゼロにはできないかもしれないが、ゼロに近づける努力をすることはできるはず。

運がなかったで、すませられたのではたまらない。

 

認められぬ病

現代医療への根源的問い

柳澤桂子

中公文庫

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こんにゃくゼリー

2010-11-17 11:16:03 | 日記

こんにゃくゼリーで窒息死した男児(事故当時1歳9カ月)の両親が「商品に欠陥があった」などとして約6240万円の損害賠償と製造差し止めを求めた訴訟の判決が神戸地裁姫路支部で言い渡されたそうだ。

初めて、こんにゃくゼリーによる死亡の記事がでたのはいつだったろう。

その後、凍らせないでという警告を製造元以外から何度も報道された記憶がある。

それでもしばらく、犠牲者は、出ていた。

製造元のCMも警告文のないままずうっと続いていた記憶がある。

可愛いさかりのわが子をみすみす死なせてしまった、両親の心の痛手を思うと

やり切れない思いになる。

餅より危険と言われ、メーカーもたくさんある中で、こんにゃくゼリーの販売は減らず

CMの自粛もみられず、犠牲者はその後も続いていることに、心がいたんだ。

高齢者の場合はともかく、小さい子へ与えるのは保護者の責任も一部ある。

警告がなされ、何人も犠牲となった乳幼児がいるというニュースがあったにもかかわらず

凍らせたこんにゃくゼリーを与えた両親にも責任はあると思う。

保護者は、乳幼児の保護の義務もあると思う。

危険行為を予知し、排除する義務。

危険なことをさせるのであれば、迅速に対応する準備を持って行うことの責務もあると思う。

請求棄却は、当然と言えるだろう。

危ないよと言われていることを危ないままに使うのであればそれは、製造者の責任は免責

となってしまうのは、仕方がないこと。

こんにゃくゼリーにかかわらず、危険はことに対して感じにくい人が最近多いように思う。

危険なことが増えてきたということも要因にはあるだろうが。

危険なことは、自分で守らなければならない時代だと思う。

判断の未熟な乳幼児の危険については大人たちが配慮しなければ、ならないと思う。

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所属団体点検

2010-11-16 12:38:06 | 日記

気楽に歌える団は、団員のスキルが低い。

マナーも比例して、他のパートが練習している時に、べちゃくちゃと井戸端会議を

始めることもある。

一時期私語がほとんどなくなったのは、定演まじかの頃だった。

一部に話をする人もいたが、他パートから「失礼だ」という声があったりして影をひそめた。

定演が終わり、年末恒例のイベントに向けて、練習が始まった。

半数以上の団員は何度も歌っている。

久しぶりの復団者と新人さんも最近増えた。

練習中お構いなしの私語も復活してしまった。

もう、うんざり。

 

4か所の段に所属、練習曲は6曲。

経済的にもきつくなった。

練習日の練習時間がさらに重なることも今後増える可能性もある。

ひとつ、退団あるいは、休団にしようかと考えている。

どれに絞るか。

思案のしどころ。てんびん座生まれの人間としては、あれこれ、秤にかけて

考えを練る。

今月末に、候補がひとつ。

 

 

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顎の疲れ

2010-11-15 12:38:47 | 日記

カルミナ・ブラーナの一節に

        ave   mundi    luminar,
        ave   mundi   rosa

そして
        Blanziflor   et   Helena,
        Venus       generosa!
と続くのだが、

カルミナの練習を初めて2、3か月たったころだろうか。

「ave   mundi   rosa」を歌う頃になると顎の疲れを感じるようになった。

他の曲をいくつか練習し、この曲を練習すると、顎の疲れがぐんと増し「Blanziflor」

の頃になると、発声が出来なくなった。

このあたりを歌う頃に、出だしで顎の疲労度を読み、顎の疲れていると感じた時は、

歌うのを止めて口パクにしてみた。

そうすると「 Blanziflor   et   Helena,  Venus generosa!」まで声がでる

ことがわかった。

しばらく、顎の疲労度を観察しながら、駄目な場合は口パクを取り入れていた。

ところが、別の曲を練習していて、顎の疲労がピーク状態に陥り、半分くらい

声が出せなくなった。

「顎の疲労」だから顎を使い過ぎているのだろうと思いいたり、顎の体操をとりいれ

顎に力が入っているのだろうと顎に力を入れないようにしてみた。

症状が出始めて、何カ月も過ごしてしまったけれど、顎への余分な力の入ることに気を使うことで

ようやく、顎の疲労が軽減されることがわかった。

 

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相性

2010-11-13 13:06:20 | 日記

指導者との相性が一番いいと思うのは?と聞かれて、最近入団した合唱団のバリトン歌手でもある

N先生の名前が浮かんだ。

一か月に一回くらいしか、指導を受けることがないけれど、一番指導を心待ちになる先生だ。

どの指導者も、忍耐強く、同じことを何回でも繰り返し、身に着くようにと色々が冗談やら、例えやら

出来事などを交えて教えてくださる。

それぞれに、工夫した、言い方、言い回しで、伝えようと心を砕いてくださる。

でも、やっぱり認められているという実感があるのが一番かと思う。

他の合唱団と比べて、他の合唱団を褒めたり、偏見めいた言葉で非難されたりすると、落ち込んでしまう。

初めての練習会場で、いつもの指導先生がすでにいらしていた。

後ろ姿で、G先生だとすぐわかった。

「おはようございます」

と声をかけると、にこやかに「ガンバってるね」と返してくれた。

この日の練習は、心ウキウキで、伸び伸びと声も出た。

「嫌われていなかった」

と、嬉しかった。

 

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息の流れ

2010-11-12 12:49:48 | 日記

息の流れを保つというのは、合唱においては不可欠。

一定に保つための練習法に「ZZZZZZZ」と発声するとか、

空うがいをする方法をある合唱指導者が取り入れていた。

「アクセントが付いたら息の流れができない」と別の合唱指導者が断言する。

アンサンブルの練習前にたいてい発声の時間がある。

複式呼吸とか、息の流れとか、発音とか和音とかを取り入れて行われる。

不思議なのは、発声練習で、行われることが、アンサンブルの練習になると、

生かされていないという感じることだ。

発声練習の時から、ただ、声を出しているように聞こえる人は、アンサンブルの練習になっても

同じようにしか出していない。

何回も何十回も何百回となく、繰り返される、基本練習だが、身につけようという姿勢があると思える人は

ほんの一部だけのような気がする。

本番で見違えるようなアンサンブルが出来るというのは、身についたといえると思うのだが、なぜ練習時に

わかる形で表現されないのだろうか。

七不思議のひとつである。

 

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パワハラ

2010-11-11 13:10:36 | 日記

東京都葛飾区の産院で、勤務1年目の助産師、森山愛子さん(当時29歳)が自殺し、上司の言葉によるパワハラが原因として、労災を認定していたそうだ。

森山さんは05年4月から勤務。上司の看護師長から「能力がない」「年だけ食っている」「辞めてもらうしかない」などの暴言を人前で浴びせられるようになったとか。

森山さんは11月ごろからやせ始め、12月には精神科で不安抑うつ障害、不眠症などと診断。

夜勤明けに提出を求められたリポートを届けに行った際に「あんたができないことを上に報告してやる」などと言われ、その夜に自殺を図ったらしいとか。

勤務を初めて1年もしないうちに、自殺に追い込まれたなんて、職場の同僚や、遺族にとっても、思い問題になっていることだろう。

以前、派遣で某工場に勤務していたころ、別の派遣先からきていた人が、派遣元の事務所勤務にうつったことがあった。

何ケ月かして、所用で工場にやってきた。

目がぎょろっとして、ふたまわり位やせていて、別人のようだった。

それから何カ月もしないうちにその人は、自宅の布団のなかで、就寝した状態で死亡しているのを娘さんに発見されたという。

突然死だった。

勤務を変わって何があったかは知る由もない。快活だったその人が、半年もしないうちに別人のように

変わってしまったことを、同じ派遣元の人が、「職場のせいでは?」と言ったことを思い出した。

パワハラとかセクハラとか、何があったかはわからない。

死に追い込まれてしまったことを、なんとか防げなかったのかと、誰もが思うだろう。

救いの手がなぜ、届かないのか。パワハラとか、異常なことが起きていることがなぜ、継続されてしまうのか。

人間関係に不満を持って、職場を去る人は多い。

「いごこちがよければ、辞めないよ」とかつての同僚が言ったことがあった。

居心地が悪くても辞めるという選択肢を選べない人もいるんだということをこの事件で悟った。

職場環境の改善は、ものすごく難しいこと。

かつて、職場の環境について上司にモノ申して改善してもらったことがある。

改善の要求ができない。改善を申し入れたら、かえって左遷させられたとかなんてことを聞いたこともある。

労働環境は、経営者と労働者双方の努力と改善意欲と、モノ言える環境がそろわなかれば、よくならない。

その点でいえば今回の労災認定は、意義あるものと評価できるだろう。

 

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