一昨日の雨は昨日の午前中まで降り続いたが午後からは明るい
陽射しの暖かさ(暑さと感じた人たちもいたかも?・・)を感じた私は
翌日(今日)への期待もしていたのだ。
今朝早く、起きるとすぐに予報どおりの空を期待してカーテンを開けた。
少し雲は浮かんでいたがその雲は白く、薄い色の青空が拡がっていた。
朝食の頃には短時間で陽射しがだんだん強くなって行く様子が
物干しの影の濃さでわかるようだった。
私はいつも「陽射し」と「日差し」について思う・・・
どちらも同じ意味を持ちながら人によって感じ方や想像するものが
違うのではないかと・・・
私は詳しく調べることもなく、文字で書く時は子供のころから母に
教わってきたとおりに区別しているのだが・・・
それは「ひざしのあたたかさ・・」などと温かみを感じる暖かさに
ついては「陽射し」を使い、「つよいひざし」というような熱さや暑さを
感じるような時は「日差し」を使ってきたのだ。
「陽射し」は冬や春の暖かく柔らかいイメージで「日差し」は
じりじりと照りつけるような夏の太陽の光・・・という風に・・・
こう考えているとそれを教えてくれた母の笑顔が浮かんでくる。
そしてふと考えた。
もしも母と二人で森や林の中を歩き、木漏れ日を見たときに
母はどの「ひざし」を使うのだろうか・・・と。
読書家でもあり、文字や文章にこだわりをもっていた母なら
木々の間から差し込む太陽の光には「日差し」を使うのではないだろうか。
これは私がいつも起きるとすぐに向かうリビングのカーテンの隙間から
入る光や我が家には無いが雨戸の隙間などから差し込む太陽の光の場合も
同じ「日差し」という感覚になるのかもしれない。
こうして色々と考えてみるとやはり、「太陽が燦燦と降り注ぐ・・」
というようにその光が広く隅々まで行き渡るような場合は季節などに
関係なく「陽射し」のような気がする。
当然、使い分けなど決まりのようなものはなく、使う人がどちらの
意味も含めて自由に使えばいいのかもしれない。
私は今後も母に教えられたことに拘っていくと思うが・・・
太陽を話題にした今日は昔懐かしい曲を・・・
太陽の彼方に / アストロノウツ