190:一緒に暮らした痕跡
しっぽを丸めた恭二は、札幌のマンションへと戻った。チャイムを鳴らした。応答はない。カバンから合い鍵を取り出し、鍵穴に差しこむ。動かない。扉の上の、ネームプレートを見上げる。あるはずの、「瀬口・浅川」の名前はなかった。
不思議に思った恭二は、管理人室へ急行する。留美は先週引っ越した、といわれた。行き先は、聞いていないという。携帯をかけた。つながらない。なぜ黙って消えてしまったのか、恭二には心あたりはない。混乱する頭で、おれの荷物はどうしたのだろうか、とふと思う。
行き場を失った恭二は、釧路行きの夜行バスに乗ることにする。バスのシートに身を任せると、どっと疲れがやってきた。二間のマンションは、一人暮らしにはもったいない。留美はそんな気持ちで、どこかに転居したのではないか。落ち着き先は、いずれ知らせて寄越すつもりなのではないか。そんな思いは、携帯がつながらない現実に気づくと、粉々に砕け散ってしまう。そして姿を消した、という確信が支配してくる。
実家では事情の知らない、両親に迎えられた。
「札幌から、どさっと荷物が届いている」
二階を顎で示して、父がいった。恭二は脳天に大きな石が、落ちてきたような衝撃を受けた。留美からの最後通牒(つうちょう)。できるだけ冷静を装って、恭二は食卓椅子に腰を下ろす。恭二は手短に、現在を伝える。
「おれには、営業職は向いていなかった。だから辞めてきた。落ち着いたら、どこかで調剤の仕事を探すから心配いらない」
それだけを告げると恭二は、二階の自室に上がった。信じられない光景を目にした。狭い部屋に、ベッドと机が二組並んでいる。段ボールも、山積みにされていた。開ける気にはならない。
以前からのベッドに横になると、急に悔しさがこみ上げてきた。それは留美に向けられたものではなく、ふがいない自分に向けられたものであった。
ふと思いついて、恭二は留美が勤めていた会社へ電話をかけた。所属部署がわからないので、人事部へつなげてもらった。浅川留美の名前を告げると、「どちらさまですか?」と質問された。恭二はとっさに「兄です。ちょっと急用があって」と告げた。
しばらく間があって、男性が「浅川はアメリカ支社へ、転勤になりました」と答えた。
謎は解けたが、なぜ電話の一本もくれなかったのかは、不可解なままだった。留美が失踪し、一緒に暮らした痕跡だけが、今この部屋にある。
しっぽを丸めた恭二は、札幌のマンションへと戻った。チャイムを鳴らした。応答はない。カバンから合い鍵を取り出し、鍵穴に差しこむ。動かない。扉の上の、ネームプレートを見上げる。あるはずの、「瀬口・浅川」の名前はなかった。
不思議に思った恭二は、管理人室へ急行する。留美は先週引っ越した、といわれた。行き先は、聞いていないという。携帯をかけた。つながらない。なぜ黙って消えてしまったのか、恭二には心あたりはない。混乱する頭で、おれの荷物はどうしたのだろうか、とふと思う。
行き場を失った恭二は、釧路行きの夜行バスに乗ることにする。バスのシートに身を任せると、どっと疲れがやってきた。二間のマンションは、一人暮らしにはもったいない。留美はそんな気持ちで、どこかに転居したのではないか。落ち着き先は、いずれ知らせて寄越すつもりなのではないか。そんな思いは、携帯がつながらない現実に気づくと、粉々に砕け散ってしまう。そして姿を消した、という確信が支配してくる。
実家では事情の知らない、両親に迎えられた。
「札幌から、どさっと荷物が届いている」
二階を顎で示して、父がいった。恭二は脳天に大きな石が、落ちてきたような衝撃を受けた。留美からの最後通牒(つうちょう)。できるだけ冷静を装って、恭二は食卓椅子に腰を下ろす。恭二は手短に、現在を伝える。
「おれには、営業職は向いていなかった。だから辞めてきた。落ち着いたら、どこかで調剤の仕事を探すから心配いらない」
それだけを告げると恭二は、二階の自室に上がった。信じられない光景を目にした。狭い部屋に、ベッドと机が二組並んでいる。段ボールも、山積みにされていた。開ける気にはならない。
以前からのベッドに横になると、急に悔しさがこみ上げてきた。それは留美に向けられたものではなく、ふがいない自分に向けられたものであった。
ふと思いついて、恭二は留美が勤めていた会社へ電話をかけた。所属部署がわからないので、人事部へつなげてもらった。浅川留美の名前を告げると、「どちらさまですか?」と質問された。恭二はとっさに「兄です。ちょっと急用があって」と告げた。
しばらく間があって、男性が「浅川はアメリカ支社へ、転勤になりました」と答えた。
謎は解けたが、なぜ電話の一本もくれなかったのかは、不可解なままだった。留美が失踪し、一緒に暮らした痕跡だけが、今この部屋にある。