「あなたに向かって 私は目を上げます。天の御座に着いておられる方よ。」(詩篇123:1新改訳)
ペルシャ王国時代、捕囚から聖地に帰って神殿を再建したユダヤ人たちは、周囲の異民族たちから蔑みや嘲りを受け、苦しみの生活を強いられた。本篇はそのときの気持ちを歌ったものと想像する。だが幸いなことに、彼らは天の御座に着いている神を見上げることができた。▼これは私たちキリスト者にとってもおなじである。この世で「まことの神への信仰」に生きようとすれば、圧倒的な数を誇る不信仰者たちに囲まれ、いわれなき中傷やそしりを受けざるを得ない。だがその中から祈りが生まれ、大祭司キリストへの信頼と愛がますます純化されていく。▼主は人として地上におられたとき、どれほどの孤独を味わい、嘲笑を受け、生命までねらわれたことか。しかし、だからこそキリスト者たちが同じ目に会う時、その悲しみや辛さを我がことのように感じてくださるのである。「恐れるな、わたしはあなたと共に居る。インマヌエルの事実を信ぜよ」。主は私たちに、いつもそう仰せられる。
<高き岩よ>
①高き岩よ わが君よ、すがる我をかくまいて、迫る罪の力より 守り給え この身をば
②憂い胸に満つる時、悩み強く寄する時、嵐狂いすさぶ時 守り給え この身をば
③仇なす者迫り来て、この身ちぢに裂かんとせり 永久の堅岩よ 守り給え この身をば
(折り返し)岩なる み神よ 守り給え この身をば
<新聖歌308 詞:WILLIAM O CUSHING,1823-1902>