アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

617  アチャコの京都日誌 新シリーズ京都100寺巡礼  70番 浄福寺

2019-05-20 08:33:17 | 日記

70番 浄福寺

 

京都市上京区浄福寺通一条上がる笹屋町2

山号  恵照山

宗派  浄土宗

建立  班子女王

本尊  阿弥陀如来

別称  村雲寺

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京都のお寺が大好きだ。おすすめ一番はここだ。

 

浄福寺は西陣地区の西のはずれ千本通に近い地域にある。創建は奈良時代末期と伝わるが、光孝天皇の皇后の班子女王の御願寺として今に伝わる。陽成天皇から数代遡り皇位を継承した為、およそ天皇・皇后への可能性のないお二人には多くの逸話が残る。自ら薪を燃やし米を焚いたり、市井に出て買い出しもしたらしい。班子女王は神としては福王子神社の主祭神となっているが、お寺についてはこちらが御願寺である。

 「班子女王」の画像検索結果福王子神社

この班子女王という女性は、実は「天神」菅原道真と共に怨霊の可能性が高い。宇多天皇の生母である事は書いたが、藤原基経との「阿衡の紛議」で失脚した橘広相を信頼していた。その娘と宇多天皇の間には斎世王という皇位継承者がいた。その后は道真の娘である。分かり易く言うと、班子―宇多―道真―斎世というラインと、醍醐(宇多の子)-基経(阿衡の紛議の勝者)-時平(道真の政敵)ラインとの対立軸である。結果は言うまでもなく道真の左遷で決着し本邦屈指の怨霊となった。班子女王を主祭神とする神社を建立し御願寺も出来たのもうなづける。筆者は怨念をもって死んだ貴人は祟りを成すと言う日本の怨霊伝説がここでも生きていると考える。死者を仇やおろそかには出来ないのである。

浄福寺にはまず、赤門から入る。東京では赤門とは東京大学が有名だが、京都には常照寺の「吉野門(吉野大夫寄贈)」とこちらを覚えておきたい。「東門」の事だが、天明の大火の時この門のところで火災の勢いが止まったと言う。鞍馬の天狗が出てきて大きな扇で風を起こし火を止めたのだ。鞍馬の天狗は昔、洛中に様々な悪さを仕掛けるが、この様に良いこともしている。

また、日本初の違法建築の本堂も見ておきたい。難しい事はさておき柱の数や幅の制限を逃れる為、2棟の建物を巧妙につなげている。規制した幕府も知って知らぬふりをしたのだろう。広い境内は駐車場や幼稚園を経営していて現代の寺院経営の実態を垣間見る。いずれの話も班子女王が今でもお寺を物心両面で支えているのではないか。