アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

933回 あちゃこの京都日誌  俺にも言わせろシリーズ 若者・よそ者・変わり者

2022-12-28 08:41:25 | 日記

ある会社のある会議の風景

第1話 社長が突然言い出した。「会社を変えるのは『若者』『変わり者』『よそ者』だ。」今日の経営会議はそれぞれの議題の最初の意見は、これらの者に聞きたいと、言い出した。

横山やすし - 有名人データベース PASONICA JPN

ここは阪神・阪急ホールディングス株式会社。それではと、最初の議題。・来年の株主総会について  指名された入社3年目の櫛本君。「総会は甲子園球場で開催は如何でしょう。」と、提案。今年から阪神・阪急HDの有力子会社の阪神タイガースのオーナーは初の阪急出身者が務める。タイガースファンの間には不安の声が多い。そこで甲子園球場のグランドで株主総会を行うことで安心してもらう。しかも岡田新監督のもと「アレ」を目指す聖地甲子園で行う意味は大きいと、主張したのだ。「ええ提案や。」しかし社長の横山やすし「アレって何や?」と。一同固まる。アレ知らないのですかとの空気感。広報部長の西川きよしが意を決して、「アレって、岡田監督の言う優勝の事ですよ。小さなことからコツコツと優勝できるチームにまで育ちました。」阪急出身の社長は、一瞬沈黙の後、「だから阪神電鉄出身の社員は嫌いや。そういう重要情報を阪急出身の我々に教えへんのや。怒るで!!」末席の方で、「誰でも知っているよな、」と、声が聞こえた。「誰や!今の発言は。どついたろか!!」馬鹿にされた社長は顔を真っ赤にして立ち上がったが、「まあええわ。今日はこのくらいにしといたる!!」と、若者の発言には自分は良い意見だとした上で、この提案はどうするかと各役員に意見を求める。

横山やすしさんと組むの『絶対やめた方がいい』西川きよしに助言 ...池乃めだか 等身大フィギュア|アーティストコラボレーション ...アルコール依存な人たち(岡八郎 前編) - 最近のトピックスや ...

長い長い沈黙の後、池野めだか営業部長が手を上げる、一同何か声が聞こえるなあ?どこやどこや?池野部長ここやここや!みんな集まったところで、「見下――げてごらん!」一同驚く定番のギャグが爆発。「確かに甲子園球場での総会はインパクトありますが、わが社の総会はいつも株主から『監督を代えろ』とか『4番打者を固定しろ』など怒号が飛びます。まして総会の当日は、デーゲームで伝統の1戦巨人戦です。そんなことも知らず良い意見とは考えられません。」総務部長の岡八郎からは、資料の紙を目にくっつけてちょうど焦点が合うと言いつつ、「阪神園芸さまがいつも丹精込めて整備しているグランドに一般人を入れるとは何事か。」など、やはり若者は何も分かっていないという意見が続出した。遂には、旧阪神電鉄と旧阪急電鉄の対決となり、阪神側からは「やはり阪急の奴は吸収してやったと上から目線だ。」と、究極の罵倒合戦に至った。

チャーリー浜のいた時代 「悲しいじゃあ~りませんか」:朝日 ...

チャリー常務が、「ごめんくさい。」と押しとどめ、「社長に決めてもらおうじゃ、あー--りませんか?」と、最後に社長から「ほんなら、巨人が留守の間の東京ドームでやるか?」と、一同椅子から転げ落ち数人が骨折し、若手の意見具申は空しく消えたのであった。


第932回 あちゃこの京都日誌 京都の紅葉 ⑤ 蓮華寺

2022-12-22 15:10:44 | 日記

蓮華寺に紅葉を見に行った。

所在地 京都府京都市左京区上高野八幡町1
   
山号 帰命山
宗派 天台宗
本尊 釈迦如来
開山 実蔵坊実俊
開基 今枝近義
中興 寛文2年(1662年
別称 洛北蓮華寺

街道沿いだが、注意していないと見逃す。

崇道神社のすぐとなり。右手に土蔵が見える。

今年の紅葉の季節。

そこは上高野にあり、大原に繋がる通称「鯖街道(国道367号線)」沿いにある。その先には近年有名になった瑠璃光寺など名所は多い。この寺は加賀前田藩の家臣、今枝民部近義が再建し寺の整えたものである。近義が蓮華寺を造営したのは、その祖父の願いに応え、菩提を弔うためと考えられている。蓮華寺形灯籠として知られる細長い灯籠が特色の池泉回遊式庭園が見どころ、「基礎は六角で蓮弁がつき、竿は丸竿で中央部が膨らむ独特の形をして」おり、茶人たちに好まれたという。

冬の庭園。

普段はこんな感じ。

その庭園の紅葉は最盛期を過ぎていたが、見事な情景を見せてくれた。何度か訪れているが秋に来たことがなく念願がかなった。普段は訪れる人は少なく、いつも一人でゆっくり鑑賞し高齢だが会話の弾む住職やその奥さんと談笑するのが楽しみである。私の顔を覚えてくれているとは思えないが、オシッコの近い小生に閉鎖している厠の使用を認めてくれた。ただ、真っ暗な古典的便所は狙いが定まらず苦労した。やっと目が慣れた頃には用は終わっていた。

名水が湧く。

同じ井戸の冬景色。

書院の縁側に腰を掛けてゆっくり鑑賞したい。帰り片隅の土蔵に「寺子屋跡」と書いてある。事情を聞いて見たら、江戸時代には農閑期になると近所の子供たちを男女問わず集めて読み書きを教えていたとの事、土蔵の中なので年中温度が保たれて冬などは快適であったようだ。それは明治時代の初期まで続いていたらしく、維新後の文明開化を短期間になしえたのはこのような結果の日本人の識字率の高さがあったとつくずく思う。アジアの他の国にはない日本の特徴である。


第931回 あちゃこの京都日誌 京都の紅葉 ④ 上醍醐

2022-12-18 16:48:42 | 日記

上醍醐を10年振りに行って見た。

結論は、「なかった」 のである。10年以上前に西国33か所巡りの番所として訪ねた。最初の1度は下醍醐(国宝五重塔がある場所)から果敢に登山をしたこともある。前回は、醍醐山の後方、山科方面から迂回をし横峯峠まで車でショートカットしラストの数百メーターを登って行った。

そのルートを目指したが、建造物は無かった。しかし後日ネットで検索したら近年登山した人たちのブログを複数発見した。建造物は存在するのである。30分ほど山中をさまよった小生は何をしていたのか。クマやイノシシの襲撃リスクを感じながらの恐怖体験だった。

看板に従い上醍醐方面に登山道を登る。

この先は、ロープを頼りに急激な勾配の場所もあり10分ほどで息が上がる。行きつ戻りつ結局もとに戻り出直すことにした。

実際はこのような伽藍の配置となっている。

上醍醐には、国宝の薬師堂や清瀧宮拝殿、豊臣秀吉が慶長11年(1606)に再建した開山堂(重文)と如意輪堂(重文)や五大堂などの諸堂が点在しており、醍醐の花見の1年前の慶長2年(1597)には、豊臣秀吉と徳川家康が下見のために上醍醐へ登山したこともある。また醍醐寺の開祖、聖宝・理源大師をお祀りした開山堂と如意輪堂があり大阪の街や大阪城を一望できる。ここ上醍醐は修験道の道場である。

このうち、清龍宮拝殿は時代が平安時代で国宝建造物である。

写真は他のブログからの引用。

上醍醐・下醍醐の関係は単に「奥の院」というものではなく。修行の場と一般の参詣の場を分けたものと解釈できる。従って、上醍醐が本来の醍醐寺であり修行することのない一般人は山のふもとで祈りを捧げたのである。その場に伽藍配置を豪華にしその宗派の拡大を目論んだのだろう。

体が元気なうちに再挑戦し当ブログにアップする。


第930回 あちゃこの京都日誌 京都の紅葉③ 日向大神宮

2022-12-18 14:45:06 | 日記

京都検定の1級を保有しながら再度の合格(マイスター)を目指して受験しました。超難問が10ほどあって、15の不正解が許容される1級ですが、過去問とテキスト掲載の問題は落とせません。小生のように分かっていても不注意が多い軽薄な受験者には合格は難しい。

案の定、答え合わせの結果、不合格が判明。しかもテキスト範囲からも多く不正解となり絶望しました。超難問は捨てると、7~8は捨てることになる。あと、7~8のテキスト範囲か過去問を漢字を正確に書けるかが条件だ。

年齢による老化を考えると限界か。引退の危機だ。

趣きのある参道

さて、日向大神宮へ行って来た。5条通りの大谷廟越えてバイパスの将軍塚への入り口を見逃し、山科の蹴上から逆走し進入した。以前、車で探ったが辿り着かず断念したことがある。やっと見つけたが、霊気漂う山肌にそれは鎮座していた。

岩の入り口は何か女性器に似て胎内へ向かうような感じ

注目の「抜け参り」は、天の岩戸の中をくぐるお参りである。暗闇の中、途中の社に祈祷する厄払いの儀式である。いつでもだれでも出来るが、節分は1年の節目。最も厄の多い日でありそれを祓う重要行事である。見たところ真っ暗闇に入る勇気は必要だ。すぐに目は慣れるが厳かな気分にはなる。

神明造の社殿

日向大神宮は、創建は、顕宗天皇と言うから神代の時代と歴史の時代の狭間、大和朝廷の前段階の時代である。西暦480年ごろである。天智天皇がこの地を日山(かみやま)と命名。清和天皇が「日向宮」の勅額を与え、醍醐天皇は官幣社に列せられた。南北朝時代には新田義貞が戦勝祈願した。例によって応仁の乱で一旦焼失する。いつもながら思うがこのような山間の祠を焼いて何の意味があろうか?その後、後奈良天皇、後陽成・後水尾天皇親子で充実させた。外宮・内宮遷宮に際しては光格天皇も御宝物を御寄進している。昭和天皇御大典でその格式は確たるものとした。

紅葉が残る

元旦の「若水祭」は、元旦の朝汲んだ清泉の水を庶民に与える儀式だ。泉は「朝日泉」という。節分の厄除大祭が重要祭儀で、境内にある天の岩戸(戸隠神社)の御神体である大岩をくぐる日本唯一の神事である。厄除けの御利益は間違いない。10月16日には新嘗祭にあたる神嘗祭が行われ「人長の舞」が奉納される。「京の伊勢」と言われ、東山36峯神明山が御神体である。

境内は京都トレイルのコースにあたり訪れた日も寒い中多くの人が、神社に似合わない派手な格好で足早に駆け抜けて行った。南禅寺境内迄30分ほどと聞くと小生でも出来るかと思ったが、充分な準備がないと思わぬ怪我をすると断念した。その分、抜け参りで心を込めて祈った。その内容は秘密。


第929回 あちゃこの京都日誌 「竈媚」

2022-12-13 11:59:42 | 日記

美しい夜の曼殊院門跡、一般公開は今年が最後に | 朝日新聞 ...

曼殊院(まんしゅいん)は、京都市左京区にある天台宗寺院本尊阿弥陀如来。開山は是算(ぜさん)。竹内門跡とも呼ばれる門跡寺院であり、青蓮院三千院(梶井門跡)、妙法院毘沙門堂門跡と並び、天台五門跡の1つに数えられる。国宝黄不動曼殊院本古今和歌集をはじめ、多くの文化財を有する。紅葉の名所である。

その曼殊院の庫裏入口にこのような扁額がありました。「ビソウ」と、読みます。竈(かまど)に媚(こ)びると言う意味です。

・さてこれをどう理解するか。ネットで調べれば色々出てきますが、単純に理解すれば、やはり人間というものは生きていることを感謝すべきと思います。「生きてるだけで丸儲け。」とは、明石家さんまの名言です。もとは師匠の笑福亭松之助の言葉です。「生きてるだけで丸儲け。」なら、「健康であれば大儲け。」ですね。ならば、毎日米の飯を提供する「かまど」に感謝をすることと教えているのでしょう。

・まさかそのような単純な話ではない。世間には「媚びへつらう」輩が多い。リスペクトするのではなく「媚びる」のである。辞書には、『他人に気に入られるような態度をとる。機嫌をとる。へつらう。「権力者に―・びる」「観客に―・びる演技」』と、書いてある。特にサラリーマンであれば、媚びて生きていくことは避けられない。媚びられて気分を良くする上司が多いのである。尊敬されているのと、媚びられている区別のつかいない輩は多い。

・つまり、人間の矜持を持って生きよという事でしょう。そんな人間に媚びて生きるよりよっぽど世話になる「かまどにでも感謝しておけ」という教えなのだ。物言わぬ竈に媚びていると裏切りはない。飯を食うことに感謝するのは徳を積む修行にもなる。

・しかし、である。尊敬できない上司でも媚びることは間違いなのか?サラーリーマンたるもの自分が生き残らない限り地位も収入も断たれる。家族を養う為には媚びることもある。大切なのは、媚びているのか、敬っているのかの区別が分かっているかどうかだ。媚びる相手を間違ってもいけない。媚びる価値もない上司に媚びれば、周囲から信用されない。

・そして、自分の矜持の限界線を越えてはならない。卑しく生きることになるからだ。そうであれば「竈媚」する方がましだ。生きるとは矜持や誇りを削って行きていくのである。

皇室との関係が深い。

梟の手水鉢

庭園 茶室は「八窓軒」

鶴島の庭

所在地 京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42