中野笑理子のブログ

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2016年を振り返って

2016年12月31日 | 日記
作劇塾も創作落語の会も、去年から休塾、休会中に迎えた2016年でした。
そしてこのブログの更新も途絶えがちで、自分はもう終わりかけてるのかもしれないと夢を諦めかけていました。

けれど、9月の中山先生のブログの中でこんな不肖の塾生にも『まだ夢は追ってる?』とのお言葉を頂き、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちと、自分に対しての情けない気持ちでいっぱいになり、1日も早く今の気持ちから脱出したいと強く思うようになりました。
まず身近にあるブログを更新しようと思いましたが、それまで全くものを書いていなかった不安や家族の介護に加えて入院もあり、ぐずぐずしていました。

年も終わりかけの11月からようやくブログを再開し、今日まできました。
ブログを再開して、沢山の方々に読んで頂き、書くことの楽しさや難しさをまた一から勉強させていただいております。
このブログをご覧いただいているすべての皆様に感謝致します。
またこの拙いブログに、コメントを下さった方々にもここに感謝致します。
いただいた数々のコメントによって、非常に前向きなモチベーションをいただくことができました。ありがとうございます。
まだまだ先は長いかもしれませんが、来年も日々精進し、書くことを続けてゆく所存です。
どうかよろしくお願い致します。

それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。

やっと仕事納め

2016年12月30日 | 日記
ようやく仕事納めを迎え、明日から会社に行かなくてもいい~♪
嬉しさを噛みしめている、にゃかのです。

でももう明日は大晦日。
大掃除して、洗濯して、買い出しに行って、おせちの用意なんて1日でできるかいなッ(怒髪)。

今朝の通勤電車は、昨日より乗車率は高く、席はほぼ埋まっていました。
しかし乗客の殆どは、どう見ても通勤客ではない。
1人に1個ガラガラをひいた女子達や、チビッ子をつれて沢山の荷物を持った家族連れ、そしてラブラブカップルなど、皆さん楽しい旅行や帰省のご様子。

よろしいなァ~、ワテこれから仕事ですねん。
もうちょっとで世を恨みそうになるところ、制服姿の凛々しい女性車掌さんを見て、あぁこの人も今日はお仕事なのだ、きっと明日までお仕事の人だって沢山いるのだと、我に返ることができました。

人はどうして、上を見て羨んだり、下を見て優越感に浸ったりするのでしょうね。
自分の立ち位置を、自分で肯定できないからでしょうか。
上を見ても下を見てもきりがないのに、いったい自分がどこにいたら安心するのでしょうか。
そんなことを思いながら、会社に向かった朝でした。

しかし明日。
しないといけないことが多過ぎる。
明日の今頃、私はどこで何をしているのか、自分でも想像がつきません。


夕刊今日からお休みです

2016年12月29日 | 日記
一人暮らしをして以来、新聞をとっていませんでした。新聞が読みたい時は、駅売りのを買っていました。
それはひとえに、勧誘員の人が怖かったからです。

24歳で一人暮らしを始めましたが、エレベーターに下半身丸出しの男が乗って来たり、知らない男の人に毎日白紙の手紙をドアに挟まれたり、夜中の2時過ぎにオウム事件について聞きたいことがあると言って、警察を騙って来る奴がいたりと、怖い思いをしていたので、ちょっと過敏になっていたのかもしれません。

そんな訳で引っ越して来て初めて、朝夕刊セットで新聞をとるようになりました。
朝刊の連載小説や地域密着の事件記事、夕刊の読者からの電話でひとことコーナーやリレーエッセイなど、新聞が毎日の楽しみになりました。
神戸新聞をとっているのですが、夕刊には前からファンで著書も持っている、神戸元町の古本屋ちんき堂店主の戸川昌士さんの月イチ連載もあり、楽しさもお得感も満載なのです。

どちらかというと夕刊の方が楽しみだったのですが、そんな夕刊が今日から1月3日までお休みなのです。
日曜日のお休みでさえ寂しかったのに、6日間ものお休みはとても悲しい。
夕刊は、寝る前に読む1日を締めくくる楽しみなのです。
夜の楽しい時間の中に、そこだけポッカリ穴があいたような、毎日見ていた夕方の再放送アニメが終わってしまったような寂しさです。

若い頃には決して感じなかった寂しさを、ひしひしと感じる年末年始。
今朝の通勤電車も空いているどころか、42席ある車両に乗客は7人という寂しい空間でありました。



今思うこと

2016年12月28日 | 日記
今年も残すところあと3日となってしまいました。
今日が仕事納めという方も多いのではないでしょうか。

私は30日が仕事納めなので、今日が御用納めなどとニュースで見ると、ついついイイナァ~、羨ましい、などと浅はかな事を思ってしまい反省しております。
けれどきっと明日から電車は若干いつもより空いていて、ギュウギュウ詰めの満員電車に乗らなくてもいいのは少し嬉しい。
但し30日から土日ダイヤに変わるので、最終出勤日は通勤時間に注意が必要です。

会社勤めも、もうすぐ四半世紀を迎えようかというところですが、早く好きな時間に起きて作品を書いて世に出して、それで食べられるようになりたい。
本当にそんな日が、果たして来るのでしょうか。
この時期になると、つい自分の来し方行く末を思って、これからどうなるんだろうと、夢を見たり不安になったり。
これがハタチ過ぎの夢見る夢子さんであれば、微笑ましくも思えますが、ハタチを過ぎてだいぶたった身としましては、そんな自分がイタくもあり。
どうすれば、こんな悶々とした日々を抜け出せるのか。

とにかく書くのだ。
それしかないのだ。

親の介護や会社勤めやその他諸々、そんなことはみんな言い訳。
皆、誰にだって、抱えている事情がある。
プロを目指していて、時間がたっぷりあって、作品を書くことだけに費やせる人なんてきっといないでしょう。
食べるためには、働かなくてはいけない訳で、もしそういう人がいたとしても、とても少ないと思うのです。


書きます!




こわい歌

2016年12月27日 | 日記
ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの『風に吹かれて』をどんな曲なんだろうと、YouTube で検索して聴いてみました。
自分では聴いたことがないと思っていたのです。
曲が始まってすぐ、あ、知ってる!
有線のアメリカンポップスチャンネルだったのでしょう。
学生の頃、バイトしていた喫茶店で1日1回はかかっていた曲でした。

YouTubeでは『風に吹かれて』に続いてイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』が流れてきました。
この曲はもちろん知っていましたが、初めて聴いた時は小学生で、歌詞の意味などもちろん知らず、けれどもメロディラインが子供の自分にとって、なんだか心が不安になるこわい歌という印象がありました。
曲自体は好きではないのに、なぜか耳に残って頭の中でリフレインする不思議な曲、という記憶があったのです。

そして大人になった今、勇気を出して訳詞を見てみたら、めっちゃこわい歌詞でした。
初めて聴いたあの頃は、漠然とした怖さでしたが、こんなおとろしい歌詞だったとは!
今知って良かった、とさえ思いました。
解釈は様々あるようですが、初めて聴いた時に感じた怖さは本物だった。
ちょっとしたホラー映画のような歌詞を知ってもう一度聴くと、あのメロディにリンクして怖さもひとしおです。
という訳で、2日に1度は聴かずにはいられなくなってしまいました。
何かにとり憑かれてしまったのでしょうか。
危険ドラッグはやってませんよ。