中野笑理子のブログ

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流れ流れて河口付近~その2~

2016年02月07日 | 日記
その日、私は朝からとても気分が良かった。
朝、起きてから、家で出勤準備をしている時も、駅まで歩いている途中も、ずっと鼻歌をハミングしていた。
こんなに気分が良いのは、久しぶりだった。
何故こんなに気分が良いのだろう。
正直、不思議だった。

5月に引っ越し新居に移ったものの、新しい環境に慣れずに心身ともに疲弊した両親が心配で、7月に私達も近くに引っ越したが、父親は足が弱って歩けなくなり、連日の暑さもあり、ここ数日、固形物を口に出来なくなっていた。
母親は、数年前から物忘れが酷くなり、父の介護も一人ではままならなくなっていた。

けれども父は、掛かり付けのお医者様に毎日往診してもらって点滴を受けていたし、血液検査の結果も悪くはなかった。
夕べは経口補水液も自力でいつもより力強く飲んでいたし、介護認定もおりて、今日は夕方に介護ベッドが搬入できる手筈になっていた。
ケアマネージャーさんも決まり、母も少しは楽になるだろう。
それに今日は母の誕生日だ。
帰りにケーキでも買って帰って、少しでも明るい気分になれば良いな。
父もこの夏を乗り越えて、涼しくなればまた、元気を取り戻せるだろう。
そんな事を思いながら、私は相変わらずカーペンターズのsingをハミングしていた。

お盆は過ぎたけれど、お盆休みの後半組が休暇を取っており、取引先もそうなのか、電話も鳴らずいつもより静かな社内だった。
それでも午後一番に、貨物保険の依頼が数件立て続けに入った。
インボイス(請求書)とLC(信用状)を英文で入力するのだが、いつもは老眼で見えにくい文字さえはっきり見えて、その日はいつもより軽快に指も動いている気がした。さすがに鼻歌はなかったが、リズミカルにタイピングしている時に、携帯が鳴った。
見覚えのない番号だったが、反射的に電話をとった。

『中野さんの携帯電話でしょうか? こちらは西宮警察です。ご両親の家で男性の方が亡くなっているのですが、奥さんに尋ねても知らない人だと仰るのですが、ご確認の為にすぐこちらに来てもらえませんでしょうか』

「亡くなっているって?」と言ったきり、次の言葉がとっさに出てこない。
「それは父では……」

『先ほども申し上げましたが、奥さんに確認してもらいましたが、ご主人ではないと言っておられます。とにかくすぐにこちらに来て下さい。どれくらいで来られますでしょうか』

すぐにと言われても、さっき入力した保険証券を保険会社からデータで送ってもらって印刷して、郵送できる状態にしてからでないと帰ることはできない。証券発行できるスタッフは今日は私しか出勤していないのだ。

「一時間はかかると思います」と答えるのが、やっとだった。
『とにかく早くお願いします』と早口でまくし立てる電話を切って、思わず深呼吸をしたつもりだったが、ひどく咳き込んだ。

続く