東日本大震災を扱った劇映画やドキュメンタリーは何本か作られた。その中でも独特の視点を持った作品が、池谷薫監督の記録映画「先祖になる」(2月16日公開)です。池谷監督は、「延安の娘」(02年)、「蟻の兵隊」(06年)などの意欲作を発表しているドキュメンタリー作家。震災から1か月後に岩手県陸前高田市を訪れ、佐藤直志という77歳の老人と出会う。農林業を営み、町内会長やPTA会長も務めた。だが、直志の家は大津波で2階まで浸水して壊され、消防団員の長男は老婆を背負って逃げる途中で津波にのまれた。そんな中で、彼が決意したこととは何か。撮影隊は、1年6か月かけて直志の姿を追ったという。
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「家が流されたら、また建てればいい。大昔から人は、そうやってこの土地で生きてきた」というのが直志老人の主張です。ほとんどの住民が避難所暮らしを送り、やがて同居していた彼の妻と嫁も家を出て行く。だが直志は「自分は木こりだ。山に入って木を伐ればいい。友人から田圃を借り、田植えもしよう」と決意。友人の手を借り、津波で枯れた杉を伐採。旧家を解体し、極寒の中、電気も水道もない納屋に一人で住み、家作りにとりかかる。忍び寄る病魔、耐えがたい腰の痛み、遅々として進まない市の復興計画。そうした困難な状況下、直志は土地に執着し、夢の実現に向かって一歩ずつ前進していく…。
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朝起きると外に出て、「おはよ~、今日もがんばりましょ~!」とメガホンで呼びかける直志。「息子と先祖の霊を守るために、ここを絶対に動かない」。立ち退きを要請する市職員には、激しい口調で反発。空いていた田圃を借りて田植えをし、瓦礫の上に蕎麦の種をまく。名物“ケンカ七夕”の山車の骨組みを支える藤ヅルを切り出す。頑固ジイサンを絵に描いたような言動と、それとは裏腹な茶目っ気とユーモア。町会でもハッキリと意見を言い、自身の生き方に反対する妻とも離れ、先祖と亡くなった息子のために土地を守り、家の再建に執着する老人のパワーと生き抜く力を見ていると、元気を与えられます。
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池谷監督は「徹底して個人を見つめることで、普遍性を持った面白い映画が作れると信じている」と語る。本作では、自ら直志老人に聞き取り取材を続け、試練に立ち向かう老人を通して、故郷とは、生きるとは何かを真摯に問いかける。もちろん、大部分の人々は仮設に住み、家を再建する余裕もない。だから、直志老人の行為はラッキーだし、他に町のために尽くすことがあるのでは? という疑問も残る。しかし、老人が完成した家の居間で朝日を眺め、「いいなァ!」と呟くラストシーンを見ると、無力な為政者を無視し、自らの力で再生しようとする老人の姿に、本来日本人に潜む無限のパワーを感じます。(★★★★)
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