わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

強烈な実録ドラマ「囚われ人/パラワン島観光客21人誘拐事件」

2013-07-14 20:30:04 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img012 2001年5月、フィリピン・パラワン島リゾートで21人の観光客が、イスラム武装勢力アブ・サヤフによって誘拐されるという事件が起こった。フィリピン人監督として「キタナイ・マニラ・アンダーグラウンド」(09年)で初のカンヌ国際映画祭監督賞を得たブリランテ・M・メンドーサが、いまなお謎が残るこの事件を映画化した(兼脚本)。タイトルは「囚われ人/パラワン島観光客21人誘拐事件」(7月6日公開)。同監督は、カンヌで出会ったフランス女優イザベル・ユペールにインスパイアされてヒロイン役を創作。ドラマ性を盛り込むために幾らかのフィクションを入れたが、作品の75パーセントは真実だという。
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 フランス系非営利団体のソーシャルワーカー、テレーズ(イザベル・ユペール)は、たまたまパラワン島に立ち寄った際に誘拐事件に巻き込まれる。人質21人はアブ・サヤフ・グループのボートに乗せられ、ミンダナオ島バシランに向かう。道中、人質は身代金をいくら出せるかを問われる。やっとバシランにたどり着いたものの、フィリピン軍による攻撃が始まり、一行はジャングルを踏みわけて山間の病院に逃げ込む。だが、救出作戦という名の軍による無差別攻撃の失敗、加えて身代金が支払われたとして人質が解放されていく過程で、残されたテレーズらは猜疑心を募らせていく。やがてアメリカでは9:11同時多発テロが発生。人質の拘束は377日に及び、移動距離は1600キロにまでなったという。
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 メンドーサ監督は、出演者の顔合わせをせず、映画を順撮りにして、ドキュメンタリー・タッチで事件を緻密に再現した。そして、事件を三つの視点から客観的にとらえる。一つはイスラム過激派グループ。彼らはミンダナオ島を本拠に、病院や学校、大衆に受け入れられているように見え、身代金が支払われれば人質を解放する。もともと、この組織はイスラム・コミュニティの独立を目指していたが、次第に犯罪組織に変貌したらしい。第二の視点は無差別攻撃を繰り返すフィリピン国軍で、身代金はフィリピンの政治家や軍人が着服したという。第三はテレーズの視点で、彼女が残虐行為や殺人・暴行の全貌を目撃、アブ・サヤフの少年兵と交流を深めていくくだりが興味深い。更にジャングルに棲息する生物たち―鳥を呑みこむ蛇、蜘蛛、蛭、蠍、蟻などの自然描写が人質の恐怖を増幅する。
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 事件はいまも未解決であり、逃亡犯の何人かが逮捕されただけだそうだ。生還したアメリカ人宣教師の妻が04年に手記を出版。本作は、さらに調査を加え、前後に起きた誘拐事件も参考にしたとか。驚くべきことは、9:11テロ発生のためにアメリカが身代金を払わないという姿勢が世界に伝播し、人質の拘束期間が長引いたという。つまり、この作品は単なる過激派批判映画ではなく、欧米政府の冷たい反応と、フィリピン軍の無能さも問いつつ、国際的な誘拐・テロ事件の本質を衝くのである。それだけに、メンドーサ監督の告発は勇気あるものといっていい。フランス・フィリピン・ドイツ・イギリス合作。(★★★★)

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連載記事「昭和と映画」

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