2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震は、インド洋沿岸各地に大きな被害を与え、タイの海辺のリゾート地でも大勢の住民や外国人観光客の命が奪われた。スペイン出身のJ・A・バヨナ監督が手がけた「インポッシブル」(6月14日公開)は、そこで実際に大災害に巻き込まれ、信じがたい軌跡をたどって生還したスペイン人一家5人をモデルにしたヒューマン・ドラマです。海辺で巨大な津波に襲われ、夫婦と親子が離ればなれになり、過酷な状況を生き抜いて再会を果たすまで、一家個々人の姿を克明に追っていきます。
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映画では、主人公一家は日本に住むイギリス人という設定。タイのリゾート・ビーチで冬季休暇を過ごしていたベネット夫妻と3人の息子は、ホテルの屋外プールで地震と巨大津波に襲われる。長男ルーカスとともに濁流に押し流された母親マリア(ナオミ・ワッツ)は、瀕死の状態で地元住民に救助され、救急患者でごった返す病院へ搬送される。離ればなれになった夫ヘンリー(ユアン・マクレガー)と二人の幼い子供はどうなったのか。彼らの安否を確かめる術もないマリアは、薄れていく意識の中でルーカスの未来を案じ、死の恐怖と闘い抜こうとする。そんな衰弱していく母を、ルーカスは懸命に励まし続ける…。
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否応なく津波に押し流されたあげく、傷ついて瓦礫の中をさまようマリアとルーカス母子。そのリアルな描写を見ていると、3:11の東日本大震災を彷彿させて、日本人のぼくたちにとっては胸が痛み、切ない。だが、モデルとなったベロン一家のマリア夫人は脚本段階から協力、事故に遭ったオーキッド・リゾート・ホテルを撮影班と訪れて、記憶を呼び起こし、恐怖を克服しようとしたという。劇中、重傷を負って入院したマリアが、ルーカスに「誰かのために、何か役立つことをしなさい。あなた、人助けは得意でしょう」と告げ、ルーカスが自分と同じように離散した人々の肉親捜しを手伝うくだりが感動的だ。
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J・A・バヨナは30代半ば過ぎの監督で、デビュー作「永遠のこどもたち」(07年)で評価を得た。本作の企画は、製作者がモデルになったアルヴァレス・ベロン一家の物語をラジオで聴いたことからスタートしたという。そして2年を費やして準備され、各地でロケ撮影された。その結果出来上がったのは、災害スペクタクルでも、単なる感動物語でもない。被災の現場における地元の人々との温かい触れ合い、夫婦・親子の深い思いに迫る未来志向のリアル・ドラマになった。日本でも、TVドキュメントや観念的な映画だけではなく、3:11の大震災の深部に分け入った作品を作ってほしいものです。(★★★★)
連載記事「昭和と映画」
今回のテーマは「映像の哲学者スタンリー・キューブリック」
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