ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

女友達

2009-10-10 19:04:26 | 



多分僕には「女友達」っていないんだろうなぁと思います。
リアル世界でのお話です。


振り返ると僕の生涯になぜか女友達というカテゴリーがないんです。
あるのは恋人かそれ以上の関係のみ。

そもそも男子と女子で友達関係が成り立つかどうか。
僕のなかで消化できずにいます。
面と向かった実生活の中でもし「友達」になったとすると、
僕はそこに止まれずきっと次のステップに進もうとするでしょう。

また「友達で」ということ自体、相手の女性に失礼な感じがします。


だから僕の中で「女友達」というのが、
原理的に存在する理由がなく実際にもありませんでした。




会社内、取引先でのビジネスライクなお付き合いは、
友達という概念とは異なりますから何ということもありません。
相手にしろビジネスと割り切っているでしょうし。
それはたんなる「知り合い」ということになるのでしょうか。
(もちろんそこで彼女ができたこともありましたが)


友達は男友達でしかありません。
酒飲んでなんでも話せる。
相談にのったりのられたり。
気のおけない遊び仲間。
何年会わなくても会えば昨日会ったばかりのようなそんな仲。

周りには見るからに器用な男連中が結構いますが、
僕は彼らのように巧くは立ち回れません。
どうしても軽薄に思えてしまいます。

女子からの引き合いもないわけではありません。
けれどもう、うっかりのることもなくなりました。
きっと彼女らにとり現実生活の僕はとてもクールに映っているでしょう。


けれどそれが僕の性分でありポリシーなのだから仕方ありません。
これからも多分よほどのことがない限りスタンスは変わらないと思います。
(何らかの“コペルニクス的転換”があれば別かも知れませんが・・)


なんでこうなってしまったんだろう。よく考えます。
古風な家、保守的な風土で育ったのが良くなかった。
男子校、大学は理系。女性と接点の少ない環境。
どうも大事な時期に大切なことを学び忘れまったようです。
またうっかり深入りした恋への後悔。
心の奥で疼く傷跡が僕にそうさせているとも思えます。


けどいいんです。

最近はブログ世界で友達ができつつあるのが新鮮です。
不思議な感覚です。言葉や気持ちだけに限定されたコミュニケーション。
できるだけ大切にしたいと思っています。


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堂々巡りが続くばかり

2009-10-10 09:21:19 | 



ほんとうに自画像を描いてみようかと考えましたが、
結局、それで自分の何を表現するのだろう。
仮にモチーフが見つかったところでうまく表現できるだろうか。
この二つの難題に答えが見いだせないまま、いつしか眠りにつきました。


ところで自分とはいったい何者なのでしょうか。
この「永遠のテーマ」は、永遠と称しているように、およそ答えが見つかりそうにありません。


それでは今を輪切りにした自分の、自分の心の、態度の特性はどうだろう。
愉快である。真面目かも。投げやりである。いい加減である。
優しい。時に残酷な心。逃げてばかりいる。理想を愛する。

結局、とらえどころがありません。


いつまでたっても〝大人〟になりきれない自分があります。
妙なお話しですがこれはとっても「確信」できます。
幼稚であるということ。決して褒められたことではありません。


また、時に深山幽谷で霞を食べて生きている仙人のような、
それはそれは悟りきった自分を発見することもあります。
とても澄んだ心、清廉潔白な自分がそこにいます。


かと思えば、いまだ〝けだもの〟の如き自分に驚きます。
枯れ果てるまで、肉体がある限り続く、不逞な衝動。
これを抑える術を僕は知りません。


一枚の絵画に、自画像としていったい何を表わしたらよいのでしょうか。

結局、この「迷路」にこれ以上踏み込むことは止めにしました。
こんなことを考えなくても生きていくのに何ら不自由はありません。
逆に迷路から抜け出せなった時の副作用の方が気持ち悪く思います。


朝っぱらから堂々巡りでしたね。
ということで今日も明日も暇なんです。
この1週間、けっこうきついものがありました。

こんな時は、そう!体を動かすに限ります。




午後から天気が崩れるらしいので、今のうちにひとっ走りしてこようか。
なにか楽しいアイディアが浮かぶかもしれませんね。


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