ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

林芙美子を見に

2011-10-09 21:00:11 | 


結局、気になり神奈川近代文学館へ。
その前に…

まったく冴えないスポーツウエアをまとい、
朝もはよから特急に乗って早朝の横浜港みらい21地区へと。



インターコンチネンタルホテル。
いつか泊まりたいと願うホテルのひとつ。

いかにもこのホテルの宿泊者が朝ジョギングしている風を装って。
そんな人々とすれ違いながら、朝の浜の空気はとてもうまい。





なんとも憎たらしい造形だ。
海岸線に垂直にそそり立つ白い怪物。
そう昔々その昔、大怪獣ガメラシリーズに出てた宇宙怪獣「ギロン」。
頭がどでかい包丁の刃となり何でも切り刻む恐ろしい武器に。
それを思い出す。



こんなダサイ格好で赤レンガ倉庫まで駆け抜けました。


そして大桟橋、山下公園、元町から港の見える丘公園へと向かったのでありました。
もうへとへとですね。






林芙美子展を見ました。

物書きに生涯をささげた人の生き様はどんな作家でも僕は尊敬する。
そんなに真剣に自分と向き合えないから。

苦悩、葛藤、矛盾、嫌悪、理想、愛、希望、、自分の中に渦巻く混沌と格闘しなくてはならない。


僕は結局、逃げ回っているに過ぎない。

それでいい。
せいぜい体を鍛え、健康に気をつけ、普通の人のように死ぬまで生きるまでだ。

二子玉川から三軒茶屋経由の「長旅」

2011-10-08 22:59:08 | 


朝6時に家を出て最寄の駅から田園都市線の二子玉川まで電車で行く。
途中の自由が丘で「林芙美子 没後60年記念展」のチラシをピックアップ。
大井町線への乗り換え時間に眺めていました。

10.1~11.13 神奈川近代文学館
会場では残された原稿・草稿、書簡、遺愛品など400点により、
彼女の作品や生涯を紹介するのだといいます。
「放浪記」が有名ですが他にも「清貧の書」「浮雲」など愛すべき作品が多数あります。

さて、二子玉川駅に到着しまずは目の前を流れる多摩川の川原へと向かいました。
早朝の多摩川の流水はとても清らかで荘厳な感じがしました。
いっそバシャバシャ顔を洗おうかと思いましたが、止めときました。
ちょうど鉄橋を見上げると東急の電車が通るところでした。

思い出深い街、二子玉川…
ここを始発に、多摩川美術大学→砧公園→馬事公苑→…(未定、成行き…)
というのが本日のメニューです。

初めての試みでした。やはり初めてとあってのっけから迷走となり、
第一目標の多摩美大にはどうしても到達できないまま、住宅街を放浪(走)することに…



街の中はやたら金木犀の匂いが漂っていました。この辺、とっても金木犀が多い。
こんなでかい木もありまして僕はこの香りが大好きなのでついうっとりしてしまいます。
10月は金木犀の月です。

「瀬田」という地域を行ったり来たりを繰り返しながら第二目標の砧公園に何とかたどり着きました。
何しろでっかい緑地公園です。昔行ったロンドンのハイドパークを思い出しました。



砧公園から馬事公苑へ。これもなかなか到達できませんでした。
事前に見た地図ではけっこう近くにあるはずなのに用賀のあたりをこれまたぐるぐる迷走…
自分の中にある“本能”だけが頼り。アンテナを張り巡らしてそれでも何とか到着しました。
その頃は大学対抗の競技大会の真っ最中で、休憩をかねてしばし観覧させてもらいました。



女性の競技大会のようです。白馬に乗った清楚なお嬢様学生が華麗に手綱をさばいています。
競技場内のアナウンスで大学名が呼ばれ次々と乗馬を披露。
僕にはどれもすばらしい演技に見えるのですが掲示ボードを見ると点数に開きがあります。
要するに見る目がないということです。

まさにJRAが運営する施設で馬好きにはたまらない場所といえましょう。
休憩所にはビデオでレースの案内と競走馬の紹介が常時流れていました。
目の前に東京農業大学があったので構内を一回りしてきました。
「食と農の博物館」もあり佐渡の特集をしていました。
アンケートに答えたら「佐渡の原生林 霧が育てた森」という、
購入したら4~5千円は下らないだろうという写真集を頂きました。
とっても有難かったのですがその後これがマラソンの枷と化してしまいました…



世田谷通りを成行きで走る。
いつの間にか世田谷線の松陰神社前のあたりに来てしまい、
せっかくだから吉田松陰先生の鎮座像とお墓参りに立ち寄りました。
10.22~23日にかけ「第20回 萩・世田谷幕末維新祭り」というのがあるらしいです。
幕末の志士・奇兵隊パレード、神輿、幕末歴史講演会、萩&会津観光物産展など町中が幕末維新と化すとのこと。

さてようやく三軒茶屋に到着です。





もうお馴染みの三茶です。
すずらん通りの雰囲気が大好きです。
ここの駄菓子バーの椅子でいつもタバコを一服します。
今日も一服。ガキの頃を思い出すこの佇まい。ほっとしますよね。



いよいよ佳境です。
実はこのあたりでは膝や足のくるぶしがジンジン痛んできていました。
もうそろそろ限界かなと思いながらも初志貫徹で頑張ります。

世田谷公園で恒例の植木市が執り行われていました。
「盆栽」眺めるのけっこう好きなんです。
もし一戸建てで庭があったらたぶんこんなんでいっぱいになるはずです。
今はマンションのベランダでこじんまりとですけどね。

もうこの頃には午後1時を過ぎていました。
実は途中で朝飯を済ませました。
またぞろ小腹が空いてきたので三宿通りのラーメン屋さんで、
特製中華そばを食べて今回のマラソンによる「長旅」の終了といたしました。

※ 帰宅し本を読んでたらいつの間にか2時間くらい昼寝してました。
 かなり疲労困憊だったようです…








多摩川から田園調布、自由が丘、そして・・・

2011-10-01 09:22:13 | 
自分に対する「制約」としてのマラソン、今日はやや趣向を凝らして。
早朝、最寄の駅まで軽くジョギングし東横線に乗って多摩川まで行く。
そこが本日のスタート地点です。



駅の前に柿がなっていました。向こうに素敵な洋館が見えます。
さて、走るか。
大きく朝の新鮮な空気を吸い込み、いざ。



すぐに「多摩川台公園」の急勾配に直面…
ここは小高い丘陵になっており古墳が点在しています。
すぐ隣を多摩川がゆるく流れているので太古から住みやすい場所だったんでしょう。



こんな赤い橋が途中にあります。
散歩している人もちらほらおり毎朝こんなところを散策できたら
とても健康な日々を過ごせるんだろうなぁ…
とか思いながらマイペースで走る、走る、走る。

そうしてこの丘陵を過ぎ下っていくとそこは田園調布の街並み。
まずは「宝来公園」に行き着きます。
何度か来たことがあり、ここの大木に付着する苔を家に持ち帰り育てようとしましたが
結局2~3日で枯れてしまったという苦い体験を思い出しました。
無理に環境を変えてもそれぞれの事情を無視すれば生きられない。そうなんですね。





田園調布駅です。
ここを中心点に同心円上に広がっている。
そのような街づくりがなされている。西洋の都市を見習って作られた街です。
なのでうっかりすると今自分がどこにいるのか分からなくなってしまいます。
碁盤の目のような道に慣れているためこのような作りの街を走っていると
ちょっとした錯覚に見舞われます。いつの間にかまた駅に戻ってしまうとか。



さすがこの街は「匂い」が違います。どこに行ってもなにかフローラルの香りが漂う。
選ばれた人、成功した人、富裕層そんな人たちが静かに暮らしているところです。
比較的こじんまりした瀟洒な洋館があります。こんな家にすめたらなぁ…と思いました。

田園調布を抜け次は自由が丘へ向かいます。
自由が丘は毎日の通勤路でもあり長年親しんできた街ですので、
いわば自分の「庭」のような場所です。その庭に変化がないかどうか、
確かめるようにぐるぐる回りました(もちろん、小走りで)。

ひとつ発見!
マリークレア通りの大井町線ガード下の壁面に素敵な絵が描かれていました。
いつからなんでしょう、全然気がつきませんでした。



お母さんと娘たちの「女の園」といったところでしょうか。
そう自由が丘は女の人のためにあるような街なんです。
トップにある女の子の絵もとっても気持ちよさそうです。
自由が丘に住む女性はみなとっても幸せなのかな。
そんな願いがこめられた絵なんですね。



そして都立大学から学芸大学へ。
これは碑文谷公園の噴水です。
ボートにも乗れます。
昼くらいには家族連れでボートを漕ぐ姿でにぎわうはずです。

街並みの一角に彼岸花が真っ赤に色づいて咲いていました。



秋ですね。
彼岸花を見ると田園風景を想起します。
田んぼのあぜ道、お地蔵様の脇にそっと咲いていた彼岸花。
なんで田んぼに咲いているのか今でも不思議です。
刈って干してある稲の黄色と田んぼの茶、そこにある鮮やかな赤色は
とっても印象的でした。
お墓にもよくあったのでそれを思うと少しゾクゾクしたものです。

これから少しずつ寒くなりまた冬がやってくるのですね。
秋は淋しい季節です。
しっかりしないといけませんね。

洗濯も終わったようです。外はやや曇りぎみ。
早めに洗濯物を干し、これから渋谷に映画を見に行きましょう。
今日はそう決めています。



滞在記・二日目

2011-09-06 18:09:33 | 
旅先で早朝走るということ。旅の定番となった。
日が昇か昇らないかの境に颯爽と町に繰り出す。
誰もいない町の空気を吸い景色を目に刻む。
健康のためもあるがそればかりではない。
日中人だかりの町にない自然の息吹きを感じられるのがいい。
僕と自然だけある世界だ。今朝は伊江島の早朝を堪能した。
朝食も美味い。

旅の今回のもう一つの友は「与謝野晶子」。
愛と情熱の歌人だ。

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

こんなにも愛された鉄幹は幸せものだった。
それにしてもエロチック過ぎ。
コバルトブルーの海と真っ青な空をデッキチェアから遠く望みながら
こんな歌集を読んでる人などいない。
しかも朝っばらだ。

午前中いっぱいプールで泳ぎ、沖縄そばを食いに町場へ出かけた。
暑いが日陰は風がひんやりとして涼しい。これが沖縄の空気だ。
過ごしやすい。
漁師さんや地元の人で溢れるさり気ない食堂へ。
当然まずいはずがない。

午後は沖へ釣りに出かけた。
漁港から15分くらいで大海原。水深は30メートル。水は濃い青だ。
撒き餌の下に針が6本もある仕掛けで釣り糸を垂らすや否や、
もう「入れ食い」!!
グスクンというアジのような魚の他、あいなめを七色に染めたようなのや、
真っ赤な魚、黄色と青の魚。あっと言う間の2時間、30匹は釣れたろう。

帰って風呂に入りこうして夕涼みをしている。
波の音を聞きながら夕食までの束の間のひととき。
ほどよい疲れと少しばかりの空腹が何となく幸せだ。
今日はどをな古酒を堪能しようか。

初夏もあけぼの ・・・

2010-06-13 08:12:30 | 
春はあけぼの
ようようしろくなりゆく・・・・

夏は夜
つきのころはさらなり
やみもなお・・・

真夏はどうか知らないけれど初夏もやはりあけぼのです。

今日は天気が悪いということなんで雨の降る前にと思い立ち、
なんと午前4時半に起床し、いつもの体操とストレッチをみっちり行い、
6時前には外に出ました。
あかつき、しののめの時刻は過ぎてあけぼのからあさぼらけの時間帯。

とっても気持ちが良かったしあちこちの庭や公園に咲くポーチュラカの花が奇麗だった。



一等賞!

誰もいないこんな朝の住宅街や公園、車の通りの少ない道筋をたった一人走る。
きょうは僕が一等賞だと思うと、とっても得した気分になる。

花々や小鳥のさえずりが皆僕を応援してくれている感じがする。
朝はすべての始まり、新しい創造がここからスタートする。
その一番先頭に僕がいるような〝錯覚〟に陥る。
決して悪いことではない。



見知らぬ公園でガブガブ水を飲んだ。
こんな水道水さえとっても美味い!
僕は生きている。生を実感できる。


犀星の詩の通りだな。



      朝を愛す         室生犀星


      僕は朝を愛す
      日のひかり満ち亙(わた)る朝を愛す
      朝は気持が張り詰め
      感じが鋭く
      何物かを嗅ぎ出す新しさに餓ゑてゐる
      朝ほど濁らない自分を見ることがない
      朝は生れ立ての自分を遠くに感じさせる


      朝は素直に物が感じられ
      頭はハッキリと無限に広がってゐる
      木立を透く冬の透明さに似てゐる
      昂奮さへも静かさを持って迫って来るのだ
      朝の間によい仕事をたぐりよせ
      その仕事の精髄を掴み出す快適さを感じる
      自分は朝の机の前に坐り
      暫らく静かさを身に感じるため
      動かずじっとしてゐる
      じっとしてゐる間に朝のよい要素が自分を囲ひ
      自然のよい作用が精神発露となる迄
      自分は動かず多くの玲瓏たるものに烈しく打たれてゐる




昨夜、父親から親戚の伯父さんの訃報を聞いた。
弟からも電話があった。
週明け早々に通夜がある。

生き続けるもの、終焉を迎えるもの。
世の常とはいえなんとも儚く辛い定めだ。
僕らはみなこの運命に従って生きている。


2032年にどんな夢が

2010-04-18 11:57:40 | 
TIME CAPSULE

どこかの木の下に友達と埋めたことがあったっけ。
遠い昔の記憶。

世田谷公園の高台にありました。
1982年→2032年へ。50年後のドリーム。
開封の時まで半分以上過ぎたのですね。



どんな人たちが、どんな思いを込めて詰めたのでしょう。
子供たちかな?? 大人だったら50年後、いるかどうかは分かりませんものね。



昭和52年か… 昭和もずいぶん遠くに行ってしまいました。


また、その高台に「日時計」もあります。
世田谷区のロータリークラブが寄贈したものです。
これもだいぶ年季が入っています。



ここの経度、緯度や世界の世界の主要都市の方角が時計盤に記してあります。
側面に季節による修正グラフがありまして、今日だと実際に日時計が示す影の時間から、
約20分ほど補正する必要があるというのがわかります。
この時の補正後の正確な時間は8時20分ということでした。



こんな戒めの言葉が書いてありました。

1.真実かどうか
2.みんなに公平か
3.好意と友情を深めるか
4.みんなのためになるかどうか

以前なら気にも留めず見過ごしていたこんな当たり前の言葉が、
なぜか最近は身にしみるよう…

真実、公平、好意、友情、みんなのため。
人間は何度も何度も戒めねばなりません。




早くも鯉のぼりが青空に気持ち良さそうに泳いでいました。
春から新緑の季節に空気は変わりつつあります。
数日前40年ぶりという雪そして寒気は嘘のようなポカポカした陽気です。



今頃はちっちゃな子供たちでいっぱいの世田谷公園でしょう。
お母さんお父さんに連れられてこんな鯉のぼりと遊べる子供たちは幸せです。

そんなおちびちゃんたちとのんびりできたなら幸せだろうね。



世田谷観音で最後の桜

2010-04-11 17:06:38 | 
初夏を思わせる陽気の中を世田谷観音へ行ってきました。

ここの桜も見事です。
今年最後の桜ですね。

結構穴場ですよここは。



観音様のお顔も麗しく。
そしてとっても優しげです。




境内にあるしだれ桜は今が見ごろのようです。
普通のそめいよしのは三分の一くらい散っていますが、
まだ蕾さえありましたよ。







この辺の〝緑道〟はどこも桜がいっぱいです。
三軒茶屋から下馬のあたり。
世田谷観音は一番最後に立ち寄りました。

こんな三重塔もあり見ごたえたっぷりです。




由緒あるお寺です。
明治薬科大通り沿いにあります。
一見の価値ありですよ。






大宇宙の法則の前で僕らは

2010-03-14 09:46:47 | 

こんな朝のマラソンはとっても気持ちがよい。
少し肌寒かった先週から今日は春のまろやかな空気に変わっている。
早咲きの桜が咲いているのを見ました。


走りながら今日考えたこと。

大宇宙の法則、地球の法則、国ごとの法則、そして僕ら個人の法則。
大きいものから小さいものへ、小さいものから大きいものへ。
何らかの力で結びついているのだろう。
僕には計り知れない。

宇宙を理解することはできない。
多分僕らの時間からすると無限といってもよいし、
どんな構造でどんな動きをしているのか。その法則など知る由もない。
けれども地球も、世界も、日本も僕らもその一部に過ぎないのだろう。

地球という1個の星に限ってみても僕らには無限に感じる。
過去何億年、これからも数億年という単位で続くのでしょう。

それではこの星に無数に点在する世界は、日本はとなると少しは実感がわく。
無限から有限という感覚。それでも僕らの時間からは遠く隔絶されている。

僕らの一生という時間はせいぜい80年くらいでしょうか。
僕らを貫く法則は「生まれた途端に死に向かっている」こと。
そして「生のバトンタッチ」をするために新たな生を生殖により作り出すことを宿命とされていること。

生と死の連鎖。

そんなことを僕らの日常はほとんど意識させません。
それぞれが喜怒哀楽しながら好きに生きているのでしょう。
それでいいのだと思います。

自分たちは日々死に向かって生きていることを自覚して生きることは多くの人にとって辛い。
それを乗り越えて達観、開眼した人はより良い生を生きられるのかもしれませんが、
そんなことは一部の人が可能なことであって一般化はできません。

多くの人はうすうす気が付きながらどうにもならない死の現実を目先の享楽や瑣事の連続の中で意識下に置くことによりかろうじて生きている。
僕もそのひとりです。

出家する、洗礼を受ける。
宗教に入信することで苦悩から解放されるというのも一つの道でしょう。
僕はそんなきもちはさらさらない。

こんなことで僕らが生の修羅場でもがいていても、
日本や世界は、何にも変わらないし、何も影響を受けないのだろう。
ましてや地球、大宇宙は微動だにしない。

しかしながらそんな大宇宙でも芥子粒にも満たない僕らのような存在の無限の寄せ集めなんだろうと想像していました。

何ともむなしい循環的な思考。
こんなことを考えていました。

こんな春麗な空気の中で変な奴だよねまったく…


東岳へ

2010-02-14 10:11:31 | 
旅館を出て八ヶ岳連山のひとつ、東岳へ登山。

と言っても県道を上り歩いているだけです。
周りは白樺や赤松の枝の隅々まで細かな氷細工、まるで別世界です。

道は雪氷で歩くたびにみしっみしっと音をたてます。
氷の森から望む空は真っ青です。
標高1800メートルをただ歩いています。
谷川の音、小鳥の囀り。

〝徒競走〟 小学校の校庭で

2010-02-07 20:48:30 | 
大学の構内なら屁でもないのですが、小学校や中学校の敷地内に入ることにはとても抵抗がありました。
高等学校も比較的そんな感じです。
今朝、思い切って近くの小学校の校庭に「突入」し、校庭を何周も走りまわりました。



校庭にはもう土がないんですね。草もありません。
その代わり柔らかなグラスファイバー製の草もどきが一面に敷いてあります。

雨の日に水たまりができたり校庭がぬかるんだりすることがありません。
水はけもいいんでしょう。

すでにご近所の一団が先客で来ており数名で太極拳のような運動をしていました。
なので少し気が楽になりました。じゃないと〝不法侵入者〟みたいで気が気ではないので…




白いラインもファイバーです。
白い粉でラインを引くなどという作業は無くなったんですね。

 「よ~い、ドン!!」

第一コーナーのスタートラインについた僕は一気に飛び出しました。
そして全力疾走し校庭を一回りしました。

こんなの何十年ぶりのことでしょう。
徒競走なんて中学校以来のことかもしれません。
ドキドキしたなぁ… 徒競走は大の苦手でした。




サッカーのゴールポストもあります。
定番ですね。
サッカーしたいなぁ…
雪の積もった中でのサッカー、今でも覚えています。
雪の中だと転んでも痛くないし大胆な技がいっぱい使えます。


いろんなことを思い出したり想像したりしながらぐるぐる校庭を回りました。
ゴール前でシュートをするふりをしたり、ドリブルのまねごとしたりしました。
まったく「一人上手」この上ありませんね。




公園には早咲きの桜がつぼみから花を咲かせる寸前でしたよ。
2月とは少し早過ぎです。しかもここ数日とっても気温は低いし咲く陽気でもありません。
多分、「10月桜」なんでしょうかね。





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早朝のきれいな空気をすって

2010-01-31 12:19:44 | 


朝焼けがまぶしい朝に冷たいけれどきれいな空気をいっぱいすって走るのは気持がいいです。
いろんな悩み事や心配事、くよくよする気持ちをみんな吹っ飛ばしてくれます。
この1週間の始まりのランニングは、僕にとってかけがえのない生活のリズムになっています。

気を取り直して「明日からがんばるぞ!」っていうエネルギーを与えてくれます。






都心では珍しい竹林。その奥にあるのは。そう「雀のお宿」です。
雀は早起きです。竹林の中でチュンチュンさえずっていました。
前にも紹介しましたが碑文谷にある「雀のお宿公園」まで走りました。

竹林の中に女の子が雀と遊んでいる銅像があります(トップの写真)。

雀のお宿と言うと「舌切雀」の童話でしょうから正直じいさん、意地悪じいさんのモニュメントでもありそうですが、
とってもほほえましい女の子の様子です。



その公園の隣には「碑文谷八幡神社」があります。
ここの桜並木はすごく見ごたえがあります。
いまは冬枯れた景色ですが桜の頃が待ち遠しくなりますね。

境内に入り柏手を打ってきました。

ここの神社から始まり住宅街を目黒線の西小山まで長々と走る緑道も桜の名所です。
そしてこの経路は僕のマラソンコースの定番でもあります。

というかこの辺一帯は聖サレジオ教会を中心に縦横に続く道と言う道沿いに桜の木が植えてあり、
街全体が一面桜の花に覆われます。そういう素敵な街ですね。







ゴールは僕の住むマンションの側にある公園。
名もなき公園ですが休日は子供連れで賑わっています。

小さな子供にうけそうなちょっとした遊び道具がそろっているからでしょう。


僕の住んでいる地域は大中小の公園がとても多いです。
またあちこちに八幡様やお稲荷さんが祭ってあります。

比較的安心して住める街です。

そういえば今年の3月でマンションの賃貸契約更新なのですが、
大家さんから1万円の家賃値上げの要請が来ていてちょっとびっくりしました。
こんな不景気で不動産、家賃はどちあかというと〝値下げ〟方向だろうと思っていた矢先、
ちょっとショック!でした。

引越しするのも面倒だから多分更新するのだろうと思いますが、
今年は「引越し」も視野に入れようかと考えています。
いい場所だけど、ここにも長く住みすぎたかな。


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吉田松陰  「松陰神社」へ行ってきた

2010-01-23 20:24:15 | 
今日は少し足を延ばして世田谷区・若林にある「松陰神社」に行ってきました。
もちろん走ってです。結構遠かったです。
行きはそれほど距離を感じませんでしたが、帰りは多少グロッキーぎみ。
歩いていて足首が痛くなり近くの「鷹番温泉」で養生へ。




吉田松陰を祭る神社があるとは知っていました。
ネットで検索しだいたいの位置を確認し後はその方向へまっしぐら。
三軒茶屋の辺りはよく行きますから土地勘はあります。

世田谷線の「松陰神社前」を目指せばいいんです。
実際は「環状七号線」沿いに走って行ったんですが。



住宅地の中を迷いに迷い、結構近くにいるのですがそこに行けませんでした。
道行く人に尋ねたりしてなんとかかんとか行きつくことに成功しました。

おー!空の青にくっきりとその建物がありました。
「松陰神社」です。
松陰が安政の大獄で獄死後、弟子の高杉晋作、伊藤博文が東京に作った神社です。
山口県の萩にも松陰神社があります。もともと生れ故郷は萩ですから。



神社内に吉田松陰先生が静かに鎮座しておられました。
先生は当年30歳の若さで亡くなったんです。
有名な「松下村塾」を約3年開き、幕末維新の多くの立役者を輩出しました。

前記二人のほかにも山縣有朋、久坂玄瑞なども塾生です。



松下村塾を再現した建物が神社内にありました。
本当に小さな建物で私塾を開いていたんですねぇ…
8畳間と10畳間があるだけの質素な平屋造りです。

  

草莽崛起 = そうもうくっき

「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指します。
「崛起」は一斉に立ち上がることを指し、合わせて“在野の人よ、立ち上がれ”を意味します。
尊王攘夷の精神的支柱となった吉田松陰の真骨頂がこの言葉に表れています。



松陰のお墓です。
安政の大獄で処刑された多くの人たちと一緒にありました。


静かに合掌してまいりました。

※ このすぐそばに日露戦争の時に首相であった「桂太郎」のお墓もあり、
  こちらも拝んできました

※ 日本史の生きた学習にもなりましたね。こういう所縁の地を歩くのは楽しい



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いつもの朝 気持ちのいい朝

2010-01-17 09:34:34 | 
洗濯機がガーガー、ガタガタいってます。
真っ青な冬空、サッシを全開して冷たい空気を部屋にいれ。

炬燵でぬくぬく。まさに「頭寒足熱」。気持ちがいい。

もう梅が咲いていました。
近くの「油面公園」。ここは紅梅、白梅で有名です。
白梅はまだですが、紅梅が1本だけ満開でした。



今日は6時前に起きてストレッチを済ませランニングに出かけました。
ひと汗かいて洗濯機を回しているんです。


「あかつき」。真っ暗な闇にポツンと光の点がともる様子。夜明けの始まりです。
残念ながらあかつきはとらえられませんでしたがそれに続く「しののめ」に近い景色がこれ。



マンションのベランダから撮りました。
三色のシクラメンはまだ元気に咲いていますよ。
水を忘れると花がぺったりとしなってしまいます。
けど水をやると再びしっかりと花を持ち上げてくれます。強い花です。

そして「あけぼの」です。しののめは太陽の光が点から線になる瞬間ですが、
あけぼのは空が光で青く輝く瞬間です。



ここが「油面公園」。この時間何人か散歩する人がいました。
この公園の片隅に紅梅白梅の植え込みがあるんです。

しののめ、あけぼのの境目は微妙ですね。

    春はあけぼの。
    やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

あけぼのというと清少納言の枕草子が口をついて出てきます。


「あさぼらけ」。これは太陽がしっかりと空に昇る様です。



目黒川から撮ったあさぼらけの様子です。
太陽が昇ると〝朝が来た〟と実感しますね。


夜明けと一言で済ませることが多いけれど日本語は本当に機微を表現できる言葉だなあと思います。
また日本人は四季の中で季節や自然を感じる感性が奥深いのだとも言えます。

あかつき、しののめ、あけぼの、あさぼらけ。どれも夜明けなんです。


そして「魚屋」で朝の焼き魚定食をたらふく食べて帰ってきました。



今日のお魚はにしんでした。
生卵とほうれん草のおひたし、白菜の小鉢がついて780円でした。

なんとも健やかで気持ちのいい朝になりました。
この積み重ねが大切だと改めて思った次第です。

あっ!洗濯が終わったようです。干さなきゃ。


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大納会→仙台へ

2009-12-30 14:34:26 | 
大納会。

金融関係の人なら聞きなれたお馴染みの言葉です。
御用納めのことです。

多くの金融関係の会社、機関は今日がそれにあたります。
いつもなら午前中に仕事は終わり、午後は三々五々というパターンですが、
今年からは終日仕事をします。
不景気の煽りなのでしょう。

当社も夕方5時に大納会の「儀式」が執り行われます。
といっても一部の業務は1月1日の朝7時ごろまで行われます。
因果な商売です。


僕はと言えば本日、大納会終了後に社内で一杯やった後に、
新幹線で仙台に向かう予定です。
そこからさらに離れた先に郷里はあるのですが、
時間的に無理なので仙台に1泊します。
久々に国分町でも徘徊しましょうか。

いっぱい青春の思い出の詰まった街、仙台。
記憶巡りの一夜も悪くはない。
それにしてもすっかり街の景色も変わってしまい、
年年歳歳思い出の欠片はどこかに飛び去ってしまう。
もう僕の心の片隅にあるばかり。

そんな街へ忙しく今夜向かいます。



恵比寿風景

2009-12-06 18:18:43 | 



 


走ってきました恵比寿まで。そして代官山から三宿方面へと。
12月初めの恵比寿のワンショットを。

まずは恵比寿さんのいる恵比寿駅前(西口)の名物クリスマスツリーから。
下から見上げる角度と遠景です。

夜のほうがきれいですが僕のカメラでは昼のほうがいいかも。
JR恵比寿駅で帰省の切符を購入しました。
行きも帰りもすでに指定席は満席…

仕方なく帰りだけグリーン車にしました。行きは自由席…(根性で並ばなきゃ・・)




とある靴屋さん。
店頭のサンタのおじさんが何とも印象的だったもので。

お仕事はこの時期だけですから太ったお体で長靴を履くのも大変です





「スタッフ募集中」らしいです。
ノスタルジックな恵比寿お菓子バー。
錆びて汚れたトタン、木製の電柱に裸電球がまたいいですね
文字は右から読むのか左から読むのか判然としません。
有名企業の看板も懐かしく…




これはなかなか捜しにくいところにあるお店です。

「チョコホリック・パティシエ・カフェ」て言うんですね。
とっても可愛くて女の子に受けそうなお店です。

ケーキやクッキー専門のカフェテリアですね。
いつかいい人を誘って入ろうかと。。。。チェック印


とっても天気が良くてすがすがしい一日でした

帰ってからはシコシコ年賀状の準備をば。


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