ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

ラーメンShow in Tokyo 2009

2009-05-31 21:40:49 | 


全国の有名ラーメン店が東京に集結!
『ラーメンShow inTokyo 2009』
5月29日(金)~31日(日)
場所:駒沢オリンピック公園中央広場



遅ればせながらこれを知り、今日のマラソンコース決定
雨のそぼ降るなか、行ってきました。
見ての通りの〝激混〟



全国から来た味自慢のお店のブースに長蛇の列 
いくつか気になるお店はありましたがとても並ぶ気になれませんでした…
たぶんどのお店も1時間待ち覚悟。

そこで気になるお店の風景だけパシャリ 

 ■博多だるま×博多新風

 ■佐野JAPAN

 ■一風堂&大文字夢のコラボ
 
25もブースがあります。 

他にも気になるところは、、、

 ・長尾中華そば~「津軽ラーメンを全国へ!」
 ・富山ブラック麺家いろは~魚醤を長時間煮込んだ真っ黒いスープ!
 ・徳島中華そば 徳福~甘辛く煮た豚バラは卵黄と激マッチ!
 ・函館麺厨房 あじさい
   … … …

雨模様でしたがいったい何千人の人たちが押し寄せたのでしょう。
ラーメン好きは多いんですね。
金曜日にすればよかった(会社休んで…


結局、〝みただけ〟。。。。 とっても後ろ髪ひかれながら帰ってきました。


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『ハゲタカ』がまたやってくる

2009-05-31 08:30:28 | 



『ハゲタカ』があと少しでやってきます。
そうあの〝鷲津〟が…

リーマンショック以来、世界はめちゃくちゃになりました。
それでも投資銀行はなくなりません。
資本主義は逞しいし、そこにビジネスチャンスを見つけるハゲタカたちも、
また、雑草のように逞しいわけです。

ともあれ、来週から公開される 映画『ハゲタカ』 楽しみにしています。
確かに、僕にとって「他人ごと」とも思えない要素もありますので






志学=十五歳、 而立=三十歳、 不惑=四十歳、 知命=五十歳、

耳順=六十歳、 従心=七十歳


子曰( し い)はく、「吾(われ)、十有五(じゅうゆう ご)にして学(がく)に志(こころざ)す。三十(さん じゅう)にして立(た )つ。四十(しじゅう)にして惑(まど)はず。五十(ごじゅう)にして天命(てんめい)を知(し )る。六十(ろくじゅう )にして耳順(みみしたが )ふ。七十(しちじゅう )にして心(こころ )の欲(ほっ)する所(ところ )に従(したが )へども、矩(のり)を踰(こ )えず」と。


孔子は言います。
私は、十五の時に学問で身を立てようと決心しました。
三十の時に、学問などの基礎がきちっとして、独り立ちができるようになりました。
四十の時に、狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。
五十の時に、天が自分自身に与えた使命を自覚しました。
六十の時に、何を聞いても素直に受け入れることができるようになりました。
七十の時に、自分がしたいと思う言動をしても、人の道を踏み外すことがなくなりました。
と。


有名な『論語 〔為政第二〕』です。

僕はいまどこにいて何をなそうとしているのだろう…
まだまだ「道」は長そうです。孔子の域に達するには修行が足りないようです。
孔子様と比べるなど不遜極まりないですよね 


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ミッドタウンの裏の公園

2009-05-26 22:08:22 | 




  東京ミッドタウンの南側の公園。

仕事の帰りに30分くらい散歩した。
平日の午後。たくさんの人がのんびりと昼寝したり甲羅干ししたり。

確かに今日は初夏のいい陽気 


このまま芝にごろんと横になれたら… とぼとぼと帰途につくのでありました。


それにしてもいい公園だ

英国ののガーデニング風だったり意匠彫刻が点在していたりちびっこの遊び場があったり。

また行こう。


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麺づくし 塩と味噌 残るは醤油

2009-05-24 16:28:45 | 



今日は朝からしとしと雨。

止むのか降るのかはっきりしない状態が午後まで続きました。

これならいけると思い、半ズボンに半そでシャツで走りに出たら、
だんだん雨粒が多くなりすぐに近くの食堂に逃げ込みました 


頼んだメニューは 「味噌ラーメン&半カレー」というこてこてメニュー

頼んでから気がついたんですが、そういやあ早朝にあまりの腹ぺこにサッポロ一番塩ラーメンを作って食べたんだっけ…

2食連チャンでラーメンとは、トホホですね 


これでうっかり夕食に醤油ラーメン食ったりしたら1日でラーメン三冠王
全然偉くもなんともない、単なるおっちょこちょいかラーメンお宅です。


さっき鷹番の湯(サウナ)から帰る途中、ところどころ青空が見えていました 

2時間も風呂につかりさっぱりしたんだけど、これから走るか…

涼しくて走るにはうってつけだ。どうしようかなぁ 



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プライベートな空間

2009-05-24 10:35:18 | 



ある生活モニターの結果にちょっと驚きました。
そしてちょっと笑ってしまいました(失礼)


「私のプライベート空間」というお題


そして回答の数々…


■夫は狭いベランダにいすを置き、書斎と読んでいる。時にはお酒も飲む。(20代女性)

■夫は押入れが書斎。パソコンを冗談に設置し、下段にいすと引出を収納。使用しない時は戸を閉めてすっきり。(40代女性)

■2DKに4人暮らし。プライベート空間は夢のまた夢。たまに夫に子どもを連れだしてもらい、1人の空間を作っている。(30代女性)

■駐車場の車で読書や昼寝、考え事をする。かなり落ち着く。(40代男性)

■家族が寝たあと、1人でリビングで過ごす。早く寝ればよかったと後悔することも。(30代女性)

■風呂に鍵をかけ、本や飲み物などいろいろなものを持ち込む。(30代女性)

■リビングの隅に机を置き、自分の空間にしている。(50代男性)

■アパートを一室借りて、書斎にしている。(40代女性)

■トイレに本を置いている。歯を磨いたり小型テレビを見たりしている。(40代男性)

■娘がいない時は彼女の部屋を使う。娘が在宅の時は息子の部屋に。2人ともいたらリビングに移動。(50代女性)

■パソコンの周りだけが自分の空間。(40代男性)

■プライベートな空間は難しいので、早朝や深夜などプライベートな時間を持つ。(50代女性)


現代において自分の時間と空間を持つことは簡単ではないんですね。
プライベート。独身ならまだしも家族を持つと突然それが消滅してしまいます。

結婚をし子供ができ仕事や家事で忙しい毎日。蓄えがあるわけでもなく住む場所は狭いウサギ小屋 … 

けれど誰しもプライベート空間は必要です。

回答をみているとそれぞれ涙ぐましい努力をしているのがわかります。

確かに、、、僕も「お風呂」が一番、落ち着ける〝プライベート〟かな 

それにしても「アパートを借りている」という女性、ちょっとやばいんでは …


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初恋温泉

2009-05-24 07:05:18 | 
初恋温泉
吉田 修一
集英社

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田園調布の本屋さんで、「初恋」と「温泉」というタイトルとカバーデザインにつられ買って読んでいます。
読みやすくさらりといってしまうのですがストーリィがとても印象に残ります。
なかなかのストーリィテーラーですね。

僕は温泉ものに弱い 
テレビでも芸能人の温泉紀行や“湯けむりみちのく殺人事件”のような番組があると心が揺らぎます。

久々に田園調布によりました。駅前のパン屋さんでパンを買いました。
すごくおいしいと評判なんですよ
ケンタッキーでチキンを食べました。
ここに来るとターミナルの小さな噴水池で絵を描いている人を見かけます。
ちょうど周りには赤やベージュのバラが咲いていました。


静かな街ですね。駅前も静かに時間が過ぎていく。
ここからはバスの小旅行が楽しそうです。路線図を眺めてそう思いました。

二子玉川や駒沢公園、用賀方面、逆に蒲田方面もあります。
瀬田、そう 瀬田温泉 。 いつか行こうと思っていました。
昨日は行きませんでしたが、次来た時はここからバスで行こうと思います 



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大切な思い出

2009-05-23 19:42:40 | 



大切な思い出って何??
そう聞かれ答えにとまどう。

家族の思い出。
恋人の思い出。
友人の思い出。
同僚の思い出。
行きずりの人だっている。

人もさる事ながら、旅行やイベント、記念日、ハプニングなどの事象が伴う。
また幼少、思春期、青年期と自分の成長段階も影響する。
そうした複雑なマトリックスのなかでしっかり脳に刻み込まれた思い出のうち「大切な思い出」とは何?

記憶はどんどん色褪せていく。
その中で鮮明に今も尚こころに焼き付いている。忘れようにも忘れられない。
うれしくて楽しくて感激して時にちょっぴり物悲しくて切なくて。

そんなスペシャルなもの。
あったかな …

いやある。僕にだってきっとある。

ここに綴ってきたことすべてではないのか。

大切な思い出…なんて聞いてくる相手の聞きたいことはどうあれ、
僕にとってはみな大切な思い出に違いない。

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記念写真

2009-05-23 08:33:19 | 



学校生活にくたびれ人生に悲観しているある女子高生が、学校をさぼって
何とはなしに岬の突端の景勝地に憂さ晴らしに足を運んだ。

いかにも幸せそうな4人の家族を目にしますます気持は滅入るばかりである。
遠く海を眺めているとその家族のお母さんから写真の撮影を頼まれた。

断る理由もない。彼女はカメラを受け取りシャッターチャンスをうかがう。
楽しそうに笑うお父さん、お母さん、そして小さな娘2人の顔があった。

1枚写真を撮った。
実は、4人と関係のない岬の海と空の風景を写した。
幸せそうなその家族に嫉妬し意地悪をしてしまったのだ。


休憩所で彼女はお茶を飲みくさくさしていると、いつの間にかその家族が近くにいて
相変わらず楽しげに話をしている。「ざまあみろ」などと思ったかも知れない。


雨模様となった。彼女が雨宿りしタバコを吸っている隣に、またその家族がいて、
何やら話をしている。
突然に4人は連れだって雨の中を岬の方に歩き去った。
自動販売機のそばの木の椅子にカメラと1枚の紙切れが置いてある。
忘れて行ったんだろうか。彼女は気になりカメラと紙を手に取った。


紙にはこれから4人で無理心中すること、死んだあとに写真に撮った4人の写真を
葬式で飾ってほしいというお願いが記されていた。


彼女は真っ青になり雨の中、4人の後ろを必死で追いかけた。。。。。。。




というような話があった。小説です。
架空の、やや出来過ぎた話ですが、人が負っているものは見かけではわからないものです。
幸せそうだからと言って必ずそうだとは限りません。
逆に苦労の連続で辛い人生のように見えたとしても、本人は意外に平気だったりと。

本当のことは自分にしかわからない。他人のこともわかりません。

僕はまだ幸せなほう、ましなほうの部類かも知れません。


本日は晴天なり
少し外をぶらぶらし会社へ行ってこよう。


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歯車め。今に見ていろ。

2009-05-21 22:00:25 | 




こんな年で同僚の肩たたきと引き継ぎの段取りを一手に引き受けて、
実行せざるを得ない世の辛さよ。


他人事と考えていたことが現実になった 


まだ裁判員制度で裁判員にぶち当たった方がまし。


ひとの人生を左右するようなことをするのは金輪際嫌だと思っていたのに、
なんてこった 


断ればよかったか。じゃあ誰が。
僕じゃなきゃだめなの?


その点では僕は会社の中の歯車のひとつにすぎない。
つくづく思い知る。


いまにみていろ。



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「千恵子抄」高村光太郎

2009-05-20 22:53:12 | 

あの頃

人を信ずることは人を救ふ。
かなり不良性のあつたわたくしを
智恵子は頭から信じてかかつた。
いきなり内懐(うちふところ)に飛びこまれて
わたくしは自分の不良性を失つた。
わたくし自身も知らない何ものかが
こんな自分の中にあることを知らされて
わたくしはたじろいだ。
少しめんくらつて立ちなほり、
智恵子のまじめな純粋な
息をもつかない肉薄に
或日はつと気がついた。
わたくしの眼から珍しい涙がながれ、
わたくしはあらためて智恵子に向つた。
智恵子はにこやかにわたくしを迎へ、
その清浄な甘い香りでわたくしを包んだ。
わたくしはその甘美に酔つて一切を忘れた。
わたくしの猛獣性をさへ物ともしない
この天の族なる一女性の不可思議力に
無頼のわたくしは初めて自己の位置を知つた。




ちえこ、ちえこ、…   ち○こ  … 昔の女の名前にも似て
「レモン哀歌」 は、光太郎との出会い。美しい詩。
「道程」もそう。励まされる詩。

「あの頃」。そう、あの頃。


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今日は中也といきますか

2009-05-18 21:38:52 | 



懐かしい詩歌。中学か高校の国語の教科書にあったかな…。
子供の頃うちの田舎にも「サーカス」は来ました。
あまりに小さくて、お小遣いもなく、入りたいのにテントの中を見れませんでした。
テントの外の雑踏の中、小さい僕はうろうろうろうろ、とりとめのない時間を過ごしました。
微かに、そんな場面を今も覚えているということは、
そうとうサーカスが見たかったのだと思います。

その後、この中也の歌を知り、その時の思い出がそのたびに蘇るのです。
そんな詩です。


===============================

サーカス


幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
夜は刧々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴(らくかがさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


=================================




見たこともないサーカスなのに、〝ゆあーん ゆよーん〟が、ぼんやりしたようで、
何か鮮烈な、そのサーカスの場面を、僕に想起させます。
今となっては、そのサーカスを見たかどうかは、多分、問題ではなくなっています。


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永遠の問い

2009-05-16 20:51:32 | 



ひと、宇宙、神、時間、過去と未来、僕という存在。

答えのない問いを性懲りもなく何度も繰り返す。
やっぱり答えはない…


結果、享楽主義や徹底した個人主義に生きるか、
はたまた厭世主義、虚無の世界を彷徨うか、
それとも立身出世主義、エコノミックアニマルとこの身を化すか。


何も余計なことを考えずその日その日をせつな的に過ごしている。
これが今の僕の、また今から過去数年間をさかのぼっての僕の有り様だったろう。


時として発作の如く先の問いが僕を襲う…

気だるく、退屈で、なにか物足りなく、そう前日遅くなるまでお酒に浸り、
目が覚めて心がとても空虚になる時など、その問いが突然僕を襲う。
忘れた頃に去来する永遠の問い…


もし正解、疑いのない答えが見つかったならどうだろう。
僕の中で〝革命〟のような変化は起きるのだろうか。



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萩原朔太郎

2009-05-16 12:08:53 | 


  物質のない心の世界にあこがれる。無垢な心の交流。
  朔太郎、白秋、そして犀星。僕にはない。



月に吠える、それは正しく君の悲しい心である。冬になつて私のところの白い小犬もいよいよ吠える。昼のうちは空に一羽の雀が啼いても吠える。夜はなほさらきらきらと霜が下りる。霜の下りる声まで嗅ぎ知つて吠える。天を仰ぎ、真実に地面(ぢべた)に生きてゐるものは悲しい。

 ぴようぴようと吠える、何かがぴようぴようと吠える。聴いてゐてさへも身の痺れるやうな寂しい遣瀬ない声、その声が今夜も向うの竹林を透してきこえる。降り注ぐものは新鮮な竹の葉に雪のごとく結晶し、君を思へば蒼白い月天がいつもその上にかかる。

 萩原君。
 何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。君は私より二つ年下で、室生君は君より又二つ年下である。私は私より少しでも年若く、私より更に新らしく生れて来た二つの相似た霊魂の為めに祝福し、更に甚深な肉親の交歓に酔ふ。
 又更に君と室生君との芸術上の熱愛を思ふと涙が流れる。君の歓びは室生君の歓びである。さうして又私の歓びである。
 この機会を利用して、私は更に君に讃嘆の辞を贈る。

  大正六年一月十日

葛飾の紫烟草舎にて
北原白秋




愛憐

きつと可愛いかたい歯で、
草のみどりをかみしめる女よ、
女よ、
このうす青い草のいんきで、
まんべんなくお前の顔をいろどつて、
おまへの情慾をたかぶらしめ、
しげる草むらでこつそりあそばう、
みたまへ、
ここにはつりがね草がくびをふり、
あそこではりんだうの手がしなしなと動いてゐる、
ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、
お前はお前で力いつぱいに私のからだを押へつける、
さうしてこの人気のない野原の中で、
わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、
ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、
おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。



田舎を恐る

わたしは田舎をおそれる、
田舎の人気のない水田の中にふるへて、
ほそながくのびる苗の列をおそれる。
くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。
田舎のあぜみちに坐つてゐると、
おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくする、
土壌のくさつたにほひが私の皮膚をくろずませる、
冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。

田舎の空気は陰鬱で重くるしい、
田舎の手触りはざらざらして気もちがわるい、
わたしはときどき田舎を思ふと、
きめのあらい動物の皮膚のにほひに悩まされる。
わたしは田舎をおそれる、
田舎は熱病の青じろい夢である。





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「人間失格」が初めて映画に

2009-05-14 21:28:32 | 



「人間失格」が映画化されるそうです。

 太宰治「人間失格」生田斗真で初の映画化




神に問う。無抵抗は罪なりや?
 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、
判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、
そうしてここに連れて来られて、
狂人という事になりました。
いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、
いや、癈人(はいじん)という刻印を額に打たれる事でしょう。
 人間、失格。
 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。


自分は仰向けに寝て、おなかに湯たんぽを載せながら、
テツにこごとを言ってやろうと思いました。
「これは、お前、カルモチンじゃない。ヘノモチン、という」
 と言いかけて、うふふふと笑ってしまいました。
「癈人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。
眠ろうとして下剤を飲み、しかも、その下剤の名前は、ヘノモチン。
 いまは自分には、幸福も不幸もありません。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、
たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分はことし、二十七になります。
白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。

(抜粋)


どんな映画になるんだろうか。

あまりうまくいかない気がします 



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こうなったら飲むしかない!!

2009-05-12 21:29:37 | 
  


ということで、〝親友〟(悪友)のNと恵比寿で酒飲んできました。
相当早くから始め、いろいろ都合もあり、「〝超〟短期決戦」でした

今日は意外な穴場、 『恵比寿横丁』 というひと坪飲み屋が10か所もひしめく一隅です。
いやあ、知らなかった。こんな近くにこんないい場所があったなんて…
もう次回からはここがひいきに決定






ホルモン、もつ焼き、海産物、焼き鳥、中華、なんでもあれ。
しかしどのお店もオープンなひと坪ショップです。
平日なのにどこも凄い活気 しかも安い もちろん美味い



男女、老若問わずという感じです。
誰でも気軽に入れます。
いわばモールの中に屋台がひしめく感じで、
どこの店長さんもこれまた若い。
オヤジっぽくないんです。こんなにオヤジっぽい雰囲気なのに


奴は親友とはいえ、実は商売敵でもあります

お互いの情報交換をし、ほっぴー3本開けて1時間半で済ませました。
彼は恵比寿の行きつけの床屋に予約しているとかいうことで短期決戦になった次第。
なので今回は彼のおごり
それでもさんざん飲んで食って8千円…

「次はお前のおごりな…」


なんか得したような損したような不思議な感覚に襲われましたが、
それっきり寄り道もせず帰ってきました。

ただちょいと物足りないので近くのコンビニでチュウハイなど〝ちょっぴり〟仕入れて今飲んでいる次第です。


今日は決算発表を終え、株価もストップ高に張り付き言うことなし
こんな日くらいは平日でも多少オイタしても文句は言われないでしょう。

たぶん


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