徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第二十一話 きみに命があるということ)

2006-03-01 16:06:03 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 「…千春? 亮だけど…。 
あのさ…ノエルなんだけど…急に気分が悪くなって寝込んじゃったんだ。
 兄貴んちでいま治療師に診て貰って…そう…兄貴居るんだ…少し良くなったけどまだ動けないから…今夜泊める…。
 お母さんに言っておいて…うん…大丈夫…熱はないみたい…疲れてるみたいだから寝れば治るって…うん…じゃあな…。 」

亮が電話している後ろで滝川がニヤニヤしていた。

 「亮くん…バイトどうしたの? 休んじゃったの? 
千春ちゃんのお兄ちゃんのためだもんな…。 」

くっくっと喉を鳴らして滝川は笑った。

 「残念でした。 店長の都合で今日は休み。 
だからノエルに会いに行ったんだけど…まさかこんなことになるとは…。 」

 滝川自慢のカレーを大型のスプーンでつつきながら、亮は西沢の部屋の方へ目をやった。
 
 「あの子ちょっと輝に似てるだろ…。 切れ長の目でさ…。
紫苑の好みのタイプだ…。 輝がさらに機嫌悪くなるだろうな…。 」

滝川は二杯目をよそいながら面白そうに言った。

 「男の子です。 さっき触ったでしょ。 治療師さん…。 」

 亮は語気を荒げた。滝川が再び喉を鳴らした。
西沢が部屋から出てきてそっと扉を閉めた。

 「随分…顔色が良くなってきた…。 」

そう言いながらテーブルについた。

 「恭介…あの子…? 」

少しばかり真剣な眼をして西沢が訊いた。

 「おまえの考えている通りさ。 インターセクシャルだ。 」

 西沢のためにカレーをよそってやりながら滝川は答えた。
やっぱり…と西沢は頷いた。
何…それ…? 亮が訝しげに二人の顔を見た。

 「半陰陽…両性具有…男の子だけど女の子でもあるってこと…。
太極が好んであの身体を選ぶわけだ…。 」

 女の子…うそぉ~…亮は驚きのあまり言葉が出なかった。
だって…千春は男だって言ってた。あ…間違いじゃないんだ…男でも。

 「卵巣があるにはあるが不完全で役に立ってない…と診た。 
精巣は完全だから…まあ…本人が男だというのならそれでいいんじゃないのか…。
外観上は男なんだし…。 」

 滝川はなんでもないことのように言った。 
そうだな…と西沢も同調した。

 なんだか空気が重くなり…おしゃべりな滝川までがうんともすんとも言わずにカレーを黙々と食べた。 

 突然…沈黙を破って郵便受けがカタンと音をたてた。
こんな時間に…?
亮が玄関に向かうと封書が差し込んであった。

 西沢宛に決まってはいるが…表書きのない白い和紙の封書だった。
不審に思いながらも西沢にそれを差し出した。

 西沢はそれを受け取るとすぐに開封した。
和紙に書かれた文章に目を通した西沢は少し動揺したように表情を強張らせながらその手紙を滝川に手渡した。

 「紫苑…これは…指令書じゃないか…。 
 どういうことだ…僕が探している裁きの一族の宗主からの指令書…。
なぜ…おまえに…? 」

 滝川も動揺を隠せなかった。
情報通の滝川が半年以上もかけて探し続けても所在が確認できなかった一族から、あっけなくも紫苑に届けられた手紙…。

 「信じていなかったんだ…。 僕の中にその血が流れているなんて…。
会ったことも見たこともなく…所在さえ分からない一族の血…。
 伯父の意識の中から偶然読み取っただけだから…まさかと思っていた。
だけど…この手紙がそれを証明している…。 」

 見知らぬ相手からの指令を受けて西沢は困惑したような表情を浮かべていた。
内容を再度確認してから滝川が亮にもその手紙を渡した。
 
 手紙はごく短いものだった。
西沢が手を出せる範囲内の一族の若手たちを不可思議な呪縛から解放せよとの宗主からの指令書だった。

 「父さんの血で繋がっているんだよ…。 西沢さんも…僕も…。 
この前直行に頼まれて…所在地を聞いてみたんだけど…後継と決まった者にしか教えられないって…。 」

亮は知っているだけのことを話した。

 「けど…なんで今頃…おまえに…? 
あの妙なマインドコントロールには何処の族長も長老衆も手を焼いているのに…おまえなら解けるという根拠は何処から来ているんだろう…? 」

滝川は不思議そうな顔で西沢を見た。

 「さっき大学の駐車場で五人ほど…。 
あれは自己催眠みたいなもので…他から洗脳されたというわけではないんだ…。
 自分で自分をマインドコントロールしているんだけど…スポーツ選手やなんかのトレーニングとは違ってちょっと度が過ぎちゃったってとこかな…。 」

 さっき…ってそれじゃあ紫苑の周りには絶えず裁きの一族の眼がひかってるってことじゃないか…それも一方的に…。
勘弁してよ…やじゃねぇ…それ…?と滝川は思った。

 西沢が五人の若者を暗示から解き放ったのはまだ2~3時間前のこと…。
裁きの一族はこの短い時間の間に西沢の行動を事細かに捉えてその力の大きさを把握し指令を出してきた。
インターネット並みの信じられない速さで情報が伝わっている。

 「ま…相手が相手だから…従うしかないね…。 親父の手前もあるし…。
西沢の名前を出すとなると伯父の許可が要る…なんか面倒だなぁ。
 解放せよと言われても…何処にどんな一族が居るのかあまり知らないからな。
道案内しろよ…恭介…先ず…おまえんとこ行ってやるぜ…。 」

 そいつは…どうも…と滝川は言った。
こいつほんと開き直りが早いっつうか…嫌だと言えないお人好しっつうか…。
けど…上手くすれば裁きの一族と接触する取っ掛かりができるかもしれない…。
そんなふうに滝川は思った。



 描きかけの作品に少しだけ手を入れて西沢は部屋に戻った。
いつもは勝手に滝川が占領している場所でノエルは静かに寝息を立てていた。
 西沢の大きなパジャマを着せられたノエルはまるで小さな子供のように見えた。
容態に変わりがないことを確認すると西沢も静かにベッドに横たわった。

 ぼんやり天井を仰ぎながら思いつくままあれこれと考えた。
取り敢えずこの先、亮をどう護るか…チェーンのカムフラージュはもう効かない。
 お守りの効果がなくなった以上、亮も自分で自分の身を護らなくてはならないだろうが、今日見ていた限りでは…そこいらの能力者に負けることはないだろう。
 心配なのは…太極を修復しているというものたち…と直接相対した時に逃げ果せるかどうか…勿論…戦って勝つなど出来ようはずがない。
まあ…何処へどう逃げようと釈迦の手のひらには違いないんだが…。
 
 ノエルが寝返りを打って…うっすらと眼を開けた。

 「気分…どう? 少しは楽になったかい? 」

西沢が問い掛けるとノエルはうん…と頷いた。

 「何か…食べる? それともジュースかなんか持ってこようか? 」

 いらない…とノエルは首を振った。
寒い…と呟いた。

 「お腹に何も入ってないからさ…。 ちょっと待ってな…。 」

 西沢が起き上がってベッドを出ようとするのを慌ててノエルは止めた。
異常なほど気を使う…疲れるのは当たり前だな…と西沢は感じた。

 「そんなに気を使わなくていいのに…傍においで…少しは温かいから…。 」

 ノエルは少し戸惑ったが西沢の方へ近付いた。
ぶかぶかのパジャマを透して西沢の体温が伝わって来た。

 「ね…ちょっとぬくぬくするだろう…? 」

西沢が微笑むとノエルは素直に頷いた。

 「暖房もいいけどさ…。 僕はこの温もりが好きだな…。
子供の頃にね…伯父の使っている大きな羽根布団を持ち出して居間の片隅に柔らかなトンネルをよく作ったんだ。
 従兄弟たちと三人でトンネルに籠もって遊んでいるうちにとろとろしてきて、いつも子犬みたいに眠ってしまった。

 目が覚めると伯母に叱られるんだ。お布団で遊んではいけませんよって…。
何度叱られても…やめられなかったなぁ…。 」

 懐かしそうに西沢は笑った。
ノエルは不思議そうに西沢を見ていた。
 体温を感じるほどに近寄ると、西沢が本当に生きて呼吸をしているのだということが分かる。
 この絵に描いたような…それこそ写真集から飛び出てきたような男が現実に目の前に存在してノエルに話しかけている…。

 「作り物じゃないってことが確認できたかい…? 
僕の体温がきみを温めているけれど…きみの体温で僕も温かい。
 命があるって…そういうこと…。
どんなに愛してやまない人でも命の火が尽きてしまえば…僕を温めてくれることはない…。
ここに居るだけで…きみは僕を幸せな気持ちにさせている…その温もりで…ね。
僕にとってはそれだけでも十分に意味がある。

 誰かに思われているという確信が持てないと…自分は必要とされていない…と感じてしまうよね…だから大抵の人は自分を思ってくれる人を欲しがるんだ…。
 そういう気持ちをちょっとこちらへ置いておいて…さ。
思ってあげられる人に…なってみたらいいんじゃない…?
その温もりで…誰かを温めてあげられる人に…それこそ必要な人だろ?

 それはささやかだけど…大きなこと…僕はそう思うよ…。
世界規模の功績じゃなくても…きみが存在する価値は十二分にある…。 」

 誰を…どうやって…とノエルは問いたかった。
自分の心さえどうにもならないのに…思ってあげることなんてできやしない…。
僕に思われるだけ…相手にとっては迷惑かもしれないじゃない…?
それに思ってあげるだけで思われなかっったら…悲しいかも…。 

 「そうだな…取り敢えず僕のことでも思っててよ…。
亮のことでもいいや…。
 元気で頑張ってね…くらいで構わないからさ…。
きみがそう思って応援してくれたら…明日からのつまらない仕事に弾みがつくかも知れない。

 ちょっと嫌な仕事が入ってるんだ…。 」

 西沢はそう言って笑顔を見せた。
ノエルは眼をぱちくりさせたが…分かった…と頷いた。
西沢は嬉しそうにさらに相好を崩した。

 なんだか変わった男だとノエルは思った。
悪い人では…ないみたいだけど…ちょっとお節介かな…。

 羽毛のトンネルじゃないけれど…西沢の傍は十分温かくノエルを再び眠りの世界に引き込んだ。
西沢の顔がぼやけて消えた…。






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